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従者のお使い『とってこい』8

 

 僕はため息をつきながらバックを抱える。


 中には今日買ったダミーの鏡。正確には奢ってもらったので、貰ったという方が正しい。


 窓から外出して、今日覚えたばかりの道を行く。


 視界の中に人はいない。


 どこかで誰かの騒いでいる喧騒は聞こえるが、付近に誰かの気配もない。


 ああ、心臓がうるさい。僕は悪いことをするのに向いていないのかもしれない。



 スタスタと道を行く。


 昼間とはうって変わった雰囲気に、僕は飲まれかけていた。


 とても長く感じた行きの道、行きはヨイヨイ帰りは怖い、とばかりに簡単に入れた。


 簡単すぎて怖い。何かの罠にはめられていたらどうしようか、ともう既に頭痛がする。


 色々考えてはいても歩みは止めず、指紋の概念がない可能性もあるが念のため手袋をした手で本物の鏡を台座から外す。

 鏡は確かに淡く緑に光っていた。


 ダミーの鏡も指紋は拭き取ったので問題はない、筈だ。


 ダミーの鏡をポンと置く。


 置いたら警報が鳴るとかそういうこともなく、帰りの道中も誰にも会わずに窓から部屋に戻る。



 これで誰にも見られていなければ完遂した、ことになる。


 本当は明日にでもこの場から去りたいが、それだとあまりにも急すぎる。


 うずうずしながら着替える。

 木箱の中に仕込んだ板を外しその下に新聞紙で包んだ鏡をワタを詰めてから入れる。また板を入れて、その上にまた新聞紙とジャム瓶を入れる。


 その木箱をさらに隠すようにリュックに詰め込んで終了だ。



 バレませんように。



 神に祈らずご主人様に祈りながら布団に入った。



 ドキドキしていた胸に反して、意外とすぐに眠ることができた。



 朝になって、着替えて食堂に行くと、二人が当たり前のように食堂にいて、今日はどこに行こうかという話になった。


 特に行きたい場所もないし、お土産も買ったし、何かしたいことがあるわけでもない。

 オススメを聞くと、噴水の広場だと言われるのでまず広場に行くことになった。


「噴水、すごいですね」


「水の魔法で出来る最高峰とかいわれているからな。すごいよな」


「でもただの飾りですよね」


「風流も何もないこと言わないでよ」


 もはや水源がわからない状態で空中から地中から水が吹き出し、涼しげな雰囲気を作っている噴水は、すごいけれど、僕としては騒がしい感じがした。


 この世界にししおどしやため池のような和風な場所はあるのだろうか。


 この時点ですでに昨晩の隠密作業のことは頭になかった。

 いや、ご主人様からのお使いなのだから、忘れたわけではないけれど、楽しいことをしている間に杞憂なことは考えないようにしていたのだ。



「他に何をしましょう」


「広いから昨日は行かなかった方向の店を見て回るか」



「それなら、食い倒れの旅……『却下』……えぇ……」


 目を輝かせるペンネに、ティータスは言葉を遮り否定する。

 僕も食い倒れの旅は嫌だ。



「ガトーはそんなに食べられないだろう」


 胃袋がもたないので、別のお土産屋やアクセサリーショップに寄ることにした。


 お土産屋は数店舗回ったが、売り物の内容はあまり変わらず値段も大差なかった。鏡のダミーはもう要らないし、お菓子もあまり買って腐らせるのはどうかと思うので、木彫りの魔物像や金属の魚の置物など、ご主人様の収集癖の対象になりそうなものをチマチマと買う。


 何故そんな不思議な物を買うのかという目で見られたが、僕のではない。ご主人様もいらないと言われれば売るなり捨てるなりするので問題はないのである。


 アクセサリーショップは、どこにでもあるのではないかと思っていたが、シルフィゼリアは鉱山が近くにあるため小物を取り扱う店が多い。武器屋や防具屋もあるようだが、僕には欲しいものがないのでいくことはないだろう。


 …と、思っていたのだが。



「私の短剣、最近痛んできちゃって、武器屋に寄りたい」


「それなら、小物も売っている武器屋に寄るか」



 行くことになった。


 別に構わないので承諾して、テクテクとついていく。


 こう、誰かと共に歩いていると自分の足の短さが際立つ。ご主人様は合わせて歩いてくれたのに…。いや、ご主人様と彼女らは所詮別人。気にしないほうがいいだろう。

 思い直して、到着した店の外観を眺める。


 よくゲームや漫画の中で出てくるようなレンガ作りのお店だ。看板には『つちのこ』と書いてある。何故この名前にしたのか。


「武器は高いけど性能はいいし、整備もしてくれるんだよ。あっ…小物は比較的買いやすい値段だから、平気よ?」


「そうですか」



 いざ、入店。


 店員は二人、大柄な男性と小柄な男性。


「いらっしゃっ……。ペンネさんかぁ。来てたのかぁ」


 気の抜けるような独特な喋り方の小柄な方は、商品を並べながら人懐っこい笑みを浮かべている。一方、大柄な方はカウンターでどっしりと構えながら、静かにこちらを見据えている。


 大柄な方、よく見ると頭にピョコっと何か生えている。

 ぴこぴこ動くそれに僕は目が釘付けだ。


 ぴこぴこ、ぴこっ。



「おや、子供連れかぁ。いつのまにこんな大きな子をこさえたんだぁ」



 小柄な方が喋る。

 小柄な方にも何か生えている。


 ぴょこり、ぴくぴく。動く。


 あれはなんだろうか。


 大柄な方は黙ったままだが、僕を見たまま頭の何かを動かしている。



「違う違う、案内してるの。観光だってさ。……親方さん、私の短剣の整備お願いできないかな」


「……見せろ」


 低い声にドキドキしつつも僕の目線は彼の頭上のままだ。



 黙ってペンネの短剣を受け取った彼は丁寧な手つきでそれを観察する。


「ガトー、さっきから何見てるんだ」


 僕がじっと一点を見つめて黙っているので、ティータスが聞いてくる。僕は黙ったまま、返答しない。彼は僕の目線の先を見て、首を傾げた。


「親方が怖かったか、ん? ……違う?」


「……頭、あれ動く」


 なんじゃあれはと眺めていると、もしかして、と彼は呟いた。

 僕らの目線の先ではペンネと大柄な方が会話を続けている。



「……昨日から思っていたが、別の種族を見慣れていないのか」


 キョロキョロと落ち着きなく周囲を見渡していた僕を不思議に思っていたのだろう。その通りだ。


「……僕は箱入りだと言ったでしょう。それこそ人間以外の方を見るのはシルフィゼリアに来て初めてです」



「……まじか。すごい箱入りだな」


 目を見開くティータスに横で、小柄な方がニコニコと笑いながら口を開く。


「親方様は獣人種の猫科だぁ。おいらは獣人種の熊科だぁ。おまいさんは人間だなぁ。いろんな奴がいるだろぉ、ここぉはぁ」



「そうですか」



 聞きながらも親方様とやらを見る。

 頭の上のぺょこりと生えた三角形は耳だったらしい。

 当たり前の状態をガン見されるとは彼にも失礼だっただろう。心の中で謝っておく。


 それと、おそらく僕は人間ではない。


 水槽で生まれた人間などいないだろう。




「二ヶ月後に取りに来い。替えの短剣を買っていけ」



 査定が終わったらしい。親方が喋る。



「へぇーい。……あ、ガトーくん。いいのあった?」



 会話を終えたペンネが戻ってくる。親方はペンネの短剣を持って店の奥にふらりと消えた。



「いえ、まだ」



 返事をしながらも、棚に並ぶ商品を見る。


 りんごのような形の木の実の置物や、馬車の模型と並んで、指輪が並び、壁には丁寧に一つづつネックレスがかけられている。ピアスやイヤリングもあるようだ。どれも細かいところまで手がかけられた逸品である。


 ご主人様にネックレスを買っていこうかと考えたが、そういえば彼はすでにいつもネックレスをつけていた。


 複数つけるのも悪くはないはずだが、種類や長さを合わせないといけないのは面倒だ。

 ピアスの穴は開けていた気がするが、さてどうするか。


「……指輪は、やめておこう。候補はピアスかイヤリング。イヤリングでは落としますかね」


 指輪は万が一のことがある。いろいろな意味でも勘違いを引き起こしたり修羅場になったりするから面倒だ。


「硬くしめれば落ちやしないさぁ。……おくりものかぁ?」


 硬くしめるのも痛そうだが、僕は普段つけないから細かいことはわからないな。


「そうですね。男性向けで、……まぁ、日頃の感謝を」


 僕はいつもご主人様に感謝している。出生に謎しかない僕が安定した生活を送れるのは一重にご主人様のおかげなのだ。


「はぁん。男相手なら左っ側のだなぁ。全部一点ものだから、よく見て決めなぁ」


 言われて目線を左に移す。


 どれも細い細工が目立つが、ご主人様は別にシンプルでも構わないだろう。


 一つ一つ手に取りじっくり見る。


 獣の形、太陽を模したマーク。星と太陽。魔法陣付き。丸や三角のシンプルな形、いろいろなものがあるが、どうにもピンとこない。初めはお月様の形を探していたのだが、そういえばこの世界に月はなかったなと思い返してやめた。


 猫の形、犬の足。猛禽類系の鳥に、一枚の羽。動物の形はどれも知っているものが多い。キメラのような複数の獣の特徴を併せ持つ形も目にしたが、どれもご主人様に似合う気がしない。


「んんー。……これは?」



 一つ、気になるモチーフを見つけた。


 赤い金属の素材で、目立ちにくい小さなモチーフ。ぱっと見はただの長方形だがよく見ると細かく絵が描かれている。

 片耳用なのか対のものはない。



「どおれ…? ……そりゃ宗教画に近いなぁ、違うけど。大昔、精霊様の怒りをかった罪人が海に落とされる話があってなぁ、その死体が海で朽ちた後の絵だ。こうなるなよ、っていう教訓も兼ねてるから、悪いものじゃないなぁ」


「精霊様」


「知らないか? この国だと水の精霊様のことだろう、だから、()に落とされた」



 なるほど、確かに宗教画に近い。精霊が本当にいると具体的にわかるから、少し違うけれど。


「死体の絵なんて縁起が悪そうだから残ってるんだぁ、そんなことないんだがなぁ」


 僕はもう一度絵を覗く。


 海底なのか魚が泳ぐそのそばに頭蓋骨が落ちている。身体の骨も散らばっていて、貝に紛れている。


 金属自体が赤いので、血の海にも見えてしまう。



 死体なら、ご主人様が気に入りそうだ。



 こうなるなよ、なんて教訓というより、単にモチーフが気に入ったので、これを購入する。



 お会計は親方だった。いつの間にか戻っていた彼はこちらを黙って見つめていた。



「……銀貨一枚と銅貨五枚」



 つまり約一万五千円也。

 高くないだろうか。いや、技術力の高さを考えると妥当だろうか。


 まぁ、高額だったからといって買うのをやめる気はないが。


 ご主人様の金だし、ご主人様も好きに使っていいといっていたし。


 バックの小袋から言われた通りの金額をカウンターに乗せる。



 道中で一枚の金貨をくずしてあるのでじゃらじゃらしていて重い。



「……おい」



 彼はその硬貨を受け取らずにこちらを見る。



 鋭くて茶色い目がこちらを射抜く。


 少し怖い。



「何故これを選んだ」



 責めるような問いかけ方に、ペンネが口を挟もうとして、小柄な方に止められているのがちらりと見えた。



「あの方は、こういうものがお好きでしょうから」



「……死体の絵だ。……作った俺も、何故これを彫ったのかわからないくらいだ。……不気味だろう」



「本物の死体よりコミカルで可愛らしいと思いますが」



 事実である。ご主人様の収集品(コレクション)を見てからものを言うといいのだ。僕も棺桶の中身は見ていないが、この絵より不気味なものが入っているに違いない。



「……そうか」



 彼はそれ以上何も言わなかった。




 …嘘。




「銅貨三枚だ。……銀貨一枚と銅貨二枚の釣りだ」





 吹っ掛けていたらしい。三千円だった。




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