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従者のお使い『とってこい』5

 

 美味しいジュースで水分補給しながら真面目くさった大人たちを見つめる。

 ちなみに味はミックスベリーだ。苺とブルーベリーとラズベリーが入っている。


 僕はいつでも人任せだ。同乗者のおばあさんがそっと僕の頭を撫でる。フードとバンダナを装備した僕に頭の感覚はよくわからなかったが、ご主人様より丁寧な触り方だと感じた。



「大丈夫よ、戦える人がいるからね」


 そうですか、と相槌を打つのもどうかと思い、返答を考える。あまり余裕ぶるのもよくないだろう。



「……おばあさんもお一つどうぞ」



 そっとしわしわの老いた手のひらに小瓶を握らせる。



「なあに、これ?」


 そっと持って小瓶の中身を光に照らして確認するおばあさんに、僕は静かに答える。


 中身の説明などいらないだろう。


「もし、危ない目にあったら中身を相手にかけるといいよ。時間稼ぎになる」


 なぜこのおばあさんに渡したのかというと、単純にあの二人を除いてまともに喋った相手だからだ。

 他の人が襲われたとして、会話もしていない相手が死んでもどうとも思わないが、気を使ってくれたおばあさんなら、多少よくしてもいいだろう。



「ありがとうねぇ」


 微笑む彼女は、美しかった。




 こういう美しさを閉じ込めたものが、ご主人様の欲しいものなのかも知れない。



「よし、戦闘の作戦はわかったな? 行くぞっ」


 僕がおばあさんと喋っている間に、これからの方針が決まったらしい。



「後衛二人の先制攻撃の後、前衛二人で抑えつつ撃退。その間に他の皆さんを安全な場所まで運んでもらう形でお願いします」


 にこりと笑うペンネは頼もしい。


「でも、あんたらは……」


 馬番のおやっさんが口ごもる。


「もうシルフィゼリアまで距離がないですし、この距離なら場慣れしている私たちは行けます」


「馬車乗って楽できなくてめんどいな〜ってくらいだね」


 ペンネの言葉に青年が茶化して言う。


 すまないな、と告げるおやっさんは辛そうだが、覚悟を決めたように手綱を握る。交代要員の馬番のおじさんがとばすからしっかりと捕まるように声をかける。


 四人が馬車から飛び降りて、軽く僕らに手を振った。



 これが別れの挨拶にならないといいね。



 そろりと四人がそれぞれ己の武器を構えながら近づいて行く。


 ティータスが弓を引く、青年が何かをくちづさんでいる姿をチラ見した後目を閉じる。



 悲鳴じみた()()のなきごえを、僕は耳を塞いで無視した。





 僕らはおやっさんがとばして走らせた馬車の中で、安全にシルフィゼリアにたどり着けた。


 もう日は暮れていた。


 着いてしばらく、僕らを降ろして彼らを迎えに行こうと準備をする馬番のおやっさんに声がかかった。


 あれから後に何があったのか詳しいことは知らないが、俺を残して先に行け、を実行した四人は怪我をしつつもシルフィゼリアに到着したようだった。意外と早く倒せたらしい。


「倒したよ!」



 ペンネさんの声と共に少しボロボロの四人組が帰ってきた。


 剣士のおじさんが緑色のオオカミを背負っている。


 アレが、魔物。


 僕には艶のある緑の毛がステキなただのオオカミに見える。


 涙もろいのかおばあさんがペンネさんに抱きついて号泣している。


 乗客だった人たちは皆喜んでいて、オオカミは冒険者組合に売り飛ばして四人で山分けにするらしい。



 僕はそれをちょっと離れたところで観察している。



 どうして、会って間もない人の帰還を喜ぶのか全く理解できない。ご主人様ならわかるのだろうか。


 疑問を抱えながらも、緑のオオカミの材料は何に使うのかを予想する。僕の予想としては、コートだ。美しい緑のコートができる気がする。でも、量があるなら絨毯の材料にもできる気がする。一匹分では到底作れないであろうが。




 歓声に紛れて、悲鳴が聞こえたのはオオカミをその場に下ろしてすぐだった。


 緑のオオカミの死体を追いかけ、もう一匹がここにやってきたらしい。


 血の匂いを追ってきたのだろう。


 シルフィゼリアの人々は、先ほどの騒ぎを聞きつけていて、そういう自体も想定していたようで、他の冒険者たちが一斉攻撃している。集めるのも早いし、攻撃するのも早かった。迅速だ。



 なぜあのオオカミは敵地にやってきたのだろうか。



 首を傾げていると、死体だったはずのオオカミが何かを大声で叫んだ。



 何と言っているのかはわからないが、悲鳴と憎悪の混じった()だと感じた。



 その声に反応するかのように今まさに攻撃されているオオカミも咆哮した。


 会話でもしているのだろうか。



 元気な方のオオカミは勢いを増して、囲んでいる冒険者たちを蹴散らし、死体になりかけたもう一匹に一直線に走って行く。


 ソレに一番近かったペンネとおばあさんはロックオンされた。


 緑の閃光が駆けていく。


 冒険者たちが追いかけるが、オオカミの方が速かった。



 僕は、見ていただけだった。



 ペンネがおばあさんを庇うように立つ。

 咄嗟のことだ。おばあさんが抱きついている位置関係のせいで短剣を抜けなかったようで、二人は完全なる無防備に近い状態だった。



 ぱしゃん、液体が弾ける音で、その場に居た者は目を覚ました。別に寝ていたわけではない。ただただはっきりと意識を持ったのだ。


 一瞬だけ呆然とした空気が辺り一帯を包んだ。



 おばあさんが手に持っていた小瓶をそのオオカミに投げたのだ。宙を舞った小瓶は蓋が外され、躊躇なくオオカミに中身をばらまく。


 その液体がぱしゃん、と音を奏でた。


 その後にカランと小瓶が地面に落ちる音。


 僕はそれを見ていただけだ。


 オオカミは液体をモロに被り、減速することなく二人に向かっていく。しかし、たどり着く前に液体の効果が発揮されてしまった。


 ジュッと肉の焼ける音がした。緑のたくましく生き生きとした美しいオオカミが瞬時に焼けて、溶けて、骨になる。


 二人の目の前で、液体を被った部分だけ骨諸共灰になり少量の毛や血肉を残してソレはこの世を去った。


 断末魔は聞こえなかった。


 死にかけのオオカミはソレを見てくぅんと、力無い飼い犬のような声でなき、絶命した。



 その場は呆然としていた。


 彼らは起きた出来事を飲み込めていなかったのだ。



 僕は傍観者として見届けて、この事態の原因の一人として何が起きたか理解していた。



 小瓶の中身は即効性のある溶解液のようなものだ。


 おばあさんにかからなくてよかったな、なんて思いながらその場を後にする。



 その灰と毛と血肉を見つめていた人々は、消えた僕には一切、目も向けていなかったので、気がつくこともなかった。



 僕はそのまま一番近くにあった宿屋の看板を見て、宿を決めた。


 その日の夜に星はなかった。



 そういえば、あのオオカミはオオカミじゃなくてワイルドウルフとかいう名前だった気がする。


 でも、見た目は葉緑体マシマシのオオカミだったから気にしなくてもいいか。



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