従者のお使い『とってこい』4
馬車生活二日目。
一日目では案内人をゲットした。
人と長く話すのは随分と久しぶりである。
少し疲れた。
ご主人様にもらった。僕専用のでんわはあれ以来うんともすんとも言わない。通話以外で使ったことがないので、メッセージも欲しい。ご主人様、送ってください。
馬車でのお泊まりは、野宿ではなく、馬車が動いたまま中で眠る様式だった。馬番の方が交代で行うから、動いたままでも大丈夫らしい。
風呂に入りたい。ご主人様のお屋敷には湯船付きの風呂があって、僕の記憶と大差なかったが、外の普通の風呂はどうなのだろうか。
食べ物も他の人たちはなんだか美味しくなさそうな保存食だった。
うわあと思いながらコソコソパンケーキをかじっていた。
ジャムをつける余裕はなかった。
水筒は男性に見られた。前にご主人様のために知識を頼りに竹に似た植物で自作したものなので、変わった形だなで済んだ。よかった。
ご主人様、僕は早くも帰宅したいです。
お土産忘れていたらわさびの刑にしますよ。
僕は薬草探しで森を漁っていた時にわさびのような植物を見つけて、実食もした。わさびの味だった。ご主人様のパンケーキ、わさびかけちゃいますよ。
心の中で脅すと、僕の脳内のご主人様は、ごめんな、って全く反省の見えない顔で笑いかけてきた。
そして二日目、今日の夜中に着く予定だ。
そしてできればすぐに『とってこい』のいいつけをこなしたい。
いや、案内に最低二日だとして、立ち去るのはできればその日中に、長くて次の日。計三日程かかる予定だ。長く伸びたとしても一日余裕がある。『もってこい』に期限はないから、頑張ろうと思う。
「おはよう、ガトー…ちゃん? くん?」
「お好きにどうぞ、おはようございます」
寝ている間も借りた毛布を頭まで被っていたので変に髪を見られたりはしていない筈だ。ご主人様の言いつけは第一だ。
「じゃあ、ガトーくんで、今日も何もないといいよねぇ」
「昨日は魔物に襲われもせず、トラブルなんて鹿の群れが前を横断していて立ち往生しかけただけだったからな」
「そうですね」
立ち往生で、時間ロスしたらどうしようかと不安で仕方なかった。
だがしかし、そのセリフはフラグに聞こえる。
僕はステキなフラグですね、とは言わなかった。
「なぁ、あれ、なんだ」
ステキなフラグは、回収が超スピードだった。
「何ですか、その超スピード回収」
思わず口に出してしまった。隣でペンネに何言っているのかとツッコミを入れられてしまった。怪しまれていないといいが。
「魔物だ。魔力量が多い」
弓使いで目が良いのであろうティータスが呟いた。
魔力量なんていわれても僕にはさっぱりだが、要は危険な猛獣がやってきたという認識でいいのだろうか。
「嘘だろ。……おやっさん、逃げられるか」
声をひそめる彼の顔は真剣だ。
おやっさんというのは、馬車の馬当番のおじさんのことだ。おじさんは黙って首を振る。
「距離が近すぎて、逃げる時に馬の足音に気づかれる。足の速いの魔物ならまず追いつかれる」
戦闘になる確率はだいぶ高いようだ。
おばあさんも不安そうに荷物を抱きしめている。
僕が戦闘チート転生者なら、倒しちゃうぜーと勢いづくのだが、僕は弱い。
「傭兵か冒険者いるか?」
誰かが声を荒げる、しかしその声は小さい。
手を挙げたのは十数人いる同乗者のうち四人。もちろん、ペンネとティータスを含めてだ。
いざという時のためにこっそり毒瓶を取り出す。
腰のベルトホルダーに即効性の薬品を装備する。
さすまたを組み立ててもいいが、目立つ上にあれは殺傷目的の武器ではない。ましてや動物などの相手をできるのかどうかも怪しい。
下手に戦力に数えられるのも困るので、組み立てはしない方針で、ナイフだけ取り出しやすい場所に移動させる。
荷物は、リュックとバック両方持つ。いざという時は他人を囮にして一人で遠くまで逃げる予定だ。僕に思いやりの心はない。
「何匹いる? 群れ?」
戦えると告げた青年がティータスに聞く。
「多分、一匹だが、さっき言った通り魔力量が多い。ランクは……多めに見積もってBだ」
ランクって何だろう。今回も聞ける雰囲気ではないが、多分Cよりは強いのだろう。
「種別は…アレは、四足歩行、ワイルドウルフか」
もう一人の戦闘可能者のおじさんがつぶやく。
ワイルドウルフって誰。
聞いている限りだと強いようだが、予想はオオカミ。
ワンコか。人食いワンコか。怖い。
四足歩行なら前足と後ろ足一本づつダメにすれば追いかけてこないのではないか。
「こっちから攻撃するか?」
「一撃で仕留められるならそうしろよ」
おじさんと青年がしゃべっている。
「仕留め損ねたら、まとめて一瞬で殺されるぞ」
おじさんは剣、青年は杖が武器のようだ。杖ということは、魔法使いだろうか。
「弓と魔法で一斉攻撃は駄目かしら?」
「この距離は無理だ、俺は当てられない」
悔しそうな顔のティータスだが、事実は変えられない。
何だか大変なことになった。
真剣な表情の同乗者や馬番のおやっさんたちを眺めながら、僕は無表情で水筒に入ったジュースを味わっていた。
僕は一人で逃げる気満々だった。