研究所
イルカさんの方(別作品で現在完結済、稀に番外編投稿)のような毎日投稿ではなく週三回ほどの投稿で進めていきたいと思っています。
ぼんやりとした知識で書いているので矛盾点がある可能性があります、すみません。
ゆらゆらとどこかを浮いているかのような感覚が包んでいた。
ゆっくりと芽生えた意識に身体が驚いて反応できないのか、自分の四肢はまるで鉛のように重く、動くことができない。
何がなんだかわからなかった。
ただ、意識がぼんやりしていても反射的に動かすことができたのが瞼だったようだ。
ぼやけてよくわからない視界がさらに困惑を誘ってくる。
それでも、このままでは何も進展がないと思い、見えない視界とよくわからない状況を必死に頭に入れる。
段々身体が順応してきたのか、腕や足が動かせた。
まるで水の中で迷子になっているかのような細くて白い何かが見えた。
それが己の腕であると気づく。
よくよく目を凝らせば、己が腕には何本ものチューブが繋がっていて、あまり肉付きがよくないことがわかる。
頭を動かせば、それとともに動く視界。
まずは状況把握だ。
自分の身体を観察してみると、お腹や足も細くて白く、まるでフランス人形か何かのように、限りなく肌に近く、それでいて滑らかなのに、どこか現実味がなかった。
そして腕と同じで多くのチューブが伸びている。
ついでに服は着ていた。水の中で揺れる純白のシャツ一枚。
長いから大事なところは全部隠れるが、ズボンが欲しい。
ふと揺れる視界の中で、ゆっくりとした動きの糸の束か何かが見えた。黒にも見えるソレは、注意深く見れば灰色に近いことがわかった。
髪、だろうか。
髪を追って頭を動かせば、それに従い髪も動く。
なるほど、この髪は僕のもののようだ。
そして自身より上の方を見ようとして気がついた。
僕には呼吸器のようなものが取り付けられているらしい。
そこでふと、自分は何かの保存液の中にいて、人体実験でもされていたのではないかという考えが浮かび上がってきた。
なんでだろうか。
そもそも自分は誰であったか。
というかこの状況は一体どういうことか。
聞く相手がいればよかったのだが、あいにくこの保存液であろう液体の中にも、自分ごとその液体が閉じ込められている水槽の外にも、人影は見つからない。
記憶がないにもかかわらず、何故だか自身の直感が早くここを出ろとせがんでくる。
何かに追われているはずでもないのに、焦りかける思考に戸惑いながら、とにかくここを出なくてはいけないと脳が命令してくる。
水槽をどんどんと叩くが、ガラスは割れる気配もなく、軋みもしない。この弱々しい身体では脳筋の如く壊して進む道は険しいようだ。
仕方なしに他の方法を考えるが、思いつかない。
なんせ、自分は閉じ込められているのだ。
頑丈な折の如き水槽、水のような保存液、まるで見せ物のように一人でその中に閉じ込められている自分。
ここはまるで水族館だ。
どうしようもないこの状況に、不安と焦りと困惑を抱えたまま、ガラスを壊すのを諦め、目を閉じた。
一瞬で襲いかかってきた眠気には一切抗わなかった。おそらく現実逃避でもしたかったのだと思う。
次に意識が浮上した時にも、水槽の外には誰もいなかった。
身体には倦怠感こそあるものの、別段具合の悪いところはない。
策を練ろうとガラス以外の部分がこの水槽にないか探す。
存外近くにあるもので天井の部分が、自身に繋がれたチューブの束で、外への入り口であると分かった。
軽く泳いで上に浮上しようともがく。
この細腕細足、貧弱筋肉では時間がかかったものの、天井部分にたどり着くこと自体は可能だった。
上の蓋を両手で押し出し、開けようと試みる。思いのほか軽く、簡単に外すことができた。
カシャンと鉄が地面に押しつけられる音が、空気を伝い、さらに水面を伝って鼓膜に入ってきた。音は何かを通したかにように鈍く歪んで聞こえたが、音量がそれなりにあったことはわかった。
誰かに気づかれてはいないであろうか。不安はさらに容赦なく降り注ぐ。
焦りを沈めようと心を落ち着かせながら必死で保存液から脱出する。
ごぽりと音がして、水面から顔を出す。
呼吸器を取り外しつつも風のない室内であることを皮膚で感じながら、状況把握に努める。
これは一体どういうことか。
周囲には、これでもかというほど書類がバラバラに放り出されていた。
所々、血もばらまかれている。
ただ、その血の根源たる死体が見当たらない。
きょろりと左右や後ろも確認してみるが、本棚やおそらく己が入れらていたであろう水槽と同じものが三つ、どれも何も入っていなかった。
水槽はそれなりに高さがあり、自身が降りるには飛び降りるしかないであろうが、このか細い身体では落ちた時に痛いであろうことが予測される。
恐怖心はあったが、そうしなければ一生このままだ。
勇気を出して飛び降りて、身体を打った。
身体を打ちつけたが、思っていたような痛みは襲ってこなかった。それなりに衝撃はあったが、痛みという形では襲ってこない。
まぁいいか。と気にせず立ち上がる。
だが、身体はやはり弱っているのか、それとも保存液に長らく居たせいで筋肉がないのか、立ち上がるのも一苦労だ。
動くのもただ立っているだけで体力を消耗しそうだ。
服も水を吸って重い。
今のままでは走るのもできないだろう。
動きづらいなと感じながらも、まずはこの部屋を探索する。
書類にはミミズ文字のような、英語の筆記体のような文字が延々と綴られていて、読めない。それに混ざった挿絵を見るに、この水槽の解説書のようだ。
書類を纏めながら目を通していく。
ゴソゴソと漁っていく。
ふと、目に入った図解。
大きな紙のくせして他の書類に埋れていて分かりにくかった。
一枚の大きな紙に事細かに何かが書かれている。
人間の形をしているものが4体。写実的な絵だ。
ちょうど水槽の数と一致している。
縦に長い紙だ。
上から見ていく
大きな体格の男。
金色の髪青い瞳のイケメン。
獣の如き毛深くガタイのいい身体をしている。
冬なら寒いであろうノンスリーブのシャツに半ズボン。
はっきり言って寒そうだ。
そして何よりケモミミがある。何故か己は、これは獣人だ、なんて頭のどこかでファンタジーを感じていた。
その下。
髪の長い美女。ボンキュボンでスタイル抜群だ。
自分と同じ灰色の髪をしている、目の色は青だ。
ぱっと見人間のように見えるが、身体のあちらこちらに見えるタトゥーが怪しい雰囲気を醸し出している。
一言で言うと妖艶である。
とんがり帽子にロングカーディガンを羽織った姿だ。
巨乳美人、魔女かな。魔法使えるのだろうか、火属性か水属性か、それとも、なんて想像が膨らむ。
さらにその下。
一番上の男より若く見える気弱そうな男。
金髪で赤い瞳の美男だ。
首や腕には鱗のようなものがついていて、頭にはツノが生えている。
黒いローブにジーンズ姿。
カッコいい。この人すごいかっこいい。ドラゴンヒューマン、つまりは竜人族か、なんて妄想が暴走し始めていく。
ここで、疑問が生じた。
はて、自分はどこでこの知識を学んだのか。
考えても答えは出ないしそもそもこの知識があっているのかも謎であったので、気にしないでおくことにした。
最後に一番下。
これはおそらく自分だ。
灰色の髪、赤い瞳に細い手足。
シャツ一枚の姿はまさに今の自分である。
この絵を見るに中性的な顔立ちのようだ。
さて、自分の性別はどっちだろうか。
どっちでもいいか。
流石にシャツ一枚は誰かに遭遇した際恥ずかしい以外の何物でもないので、何か着るものがないか探索する。
この部屋には書物と水槽しかない。
扉があったので、とりあえずこの図録付きの紙と目についた書類を全部を出来るだけ丸めて持てるだけ持って抱えたまま移動する。
扉を開くと別の部屋につながっていた。
真っ先に目につくのは向かい側にある鉄製の扉。
自分にも読める文字で何かが書いてある紙が貼ってある。
大きく、ポップ体で。
『知識ある我が子よ』
訳がわからない。
しかし、我が子よという文字通りならこれはこの筆者の子に宛てたものらしい。
知識か、それなら自分にもある気がする。
他の場所を見ると、一面白い空間の中で、テーブルが一つあることに気がつく。
籠いっぱいのサンドイッチと水筒が二つ乗っていて、近くにはメモが一枚。
近づいてよく見てみれば、小麦の良い香りとともにメモの文字が見えた。
『腹が減っては戦はできぬ、君の世界での言葉だろう?』
御丁寧にクエスチョンマークも書いてあった。
君の世界の言葉、という単語は今考えたら発狂ワードになる可能性があるので考えないでおく。
自分は今から戦に行かされるのだろうか。
だいたい、今自分に必要なのは食い物ではない、ズボンだ。
でも持っていく。
もう両手は塞がってしまった。
不安と困惑を織り交ぜながら、行くあてもないので前に進む。
扉を開く際、ふと後ろを向けば、そこにあったはずであろう入ってきた時に開けた扉がなかった。
ここは普通の空間ではないのだと、悪寒が走った。
次の扉を開ける。
まさかまた扉が消えたりしないだろうなと振り返れば、今開けたはずの扉がない。
ぞわりと背筋に何かが走る。
恐怖を感じた。
前を見てみればまた一つテーブル、そしてその先に木製の扉。
扉にはまたもや大きな文字、ポップ体で何かが書いてある。
『かわいい子には旅をさせよう、楽しく過ごしてくれ』
旅、今から戦に行くのではなかったのか、旅だったのか。
テーブルの上には、大きなリュックと太ももは隠れないであろう短パン。
そして黒いガーターソックス。
ついでとばかりに黒いフリルマシマシのネクタイとベストや新品の白いシャツ、上に羽織るようなのかブレザーもついている。まぁ学校用というには装飾品が多い気がするが。
だいたい、ブーツまでテーブルの上に置くな。いくら未使用でもモラル的にまずいだろう。
そもそも、誰の趣味だこれ。
そしてメモが一枚。
『君に似合うと思うんだ。髪にはお好みで飾りをいくつか用意した。気に入ったのを持っていってくれ』
これはどうも自分宛のものな気がしてくる、それとともになんだか気持ちが悪くなる。
しかし濡れたシャツ一枚の格好も流石にまずい。
他に着るものもなし、仕方がないのでこれを着る。
サイズはぴったりだった。
髪飾りは黒い髪ゴム三つ、黒のカチューシャ一つ、ピン留めが三つ、黒のシュシュが一つ。
どれも百円ショップで揃いそうなものだが、黒ばっかりだ。
自分が黒髪だったなら、わかりづらいことこの上なかったであろう。
両手いっぱいのものは全てリュックに押し込んだ。
籠の中のサンドイッチが一番上。使わなかった髪飾りは中に押し込んで、書類は丁寧に折りたたんで詰めた。
リュックはパンッパンに膨らんでいる、わけでもなく、まだまだ余裕だ。
容量が見た目よりも多いらしい。不思議だ。
扉を開けると、トンっと誰かに押された気がして、驚いた。そして振り返ることもままならずに身体が扉の向こうに追い出される。
何事。
目の前に広がっていたのは何もない暗闇だった。いや、ゴツゴツとした岩肌がうっすらと見える。
どこだよ、ここ。