Ⅰ:何事も最初が肝心(前)
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ギルド。それはほとんどの国にあり、多くの依頼を中継する機関である。依頼主は町人から国家までと幅広い。
その中に、ギルドとは名ばかりこ何でも屋が存在するのがここ、港町エルミナルに建つ私設ギルド《ハコブネ》である。
ギルドの大きな建物とは違い、二階建ての一軒家である。その一階が、ハコブネで働く者たちの職場である。ちなみに二階は住居として使われている。
そんな私設ギルドの一階では、今日も社長と一人の従業員、そして一匹の番鳥が働いている。
「いやリョウさんもヴィルも働いてませんからね!?今思いっきり寝てますからね!?」
三人称に対して無意味なツッコミを入れたのが、このハコブネの従業員にして一応秘書のような仕事もしているツッコミ担当のノアである。綺麗な茅色の髪をした少女だ。
「ぎゃーぎゃーうるせーよ。オレはなァ、別に寝てるわけじゃねーよ。ただちょっと、頭を活性化させようと身体を横にして目をつぶっているだけだ」
そして来客用のソファーで寝腐っている男が、この私設ギルド《ハコブネ》の社長であり一応は主人公、泉水リョウである。中性的な顔と黒髪、普通の男子高校生より少し低い背、そして灰色のワイシャツに黒いジーンズの青年である。彼のダメっぷりは、ここで語るとなると長くなるくらいである。背は低いがこれでも二十歳は超えている。
ちなみにもう一匹の、机で毛布をかぶって丸くなって寝ている黒い鳥はこの私設ギルドのペット兼マスコットのヴィル、現在五歳である。
「いや、それはどう考えても寝てるんじゃないですか。どうするんですか?ここ三日間、依頼が全くきてませんよ?このままだと貯金が尽きますよ!」
「大丈夫だ。それに度々カジノに行ってちゃんと倍にしてきてるだろうが」
「それで負けてお金なくなったらどーするんですか!というか年下にここまで言われる大人は滅多にいませんよ!?」
ノアはリョウに対して溜まっていた不満をぶち撒ける。それに対して涼はのらりくらりと言い逃れをしている。
ほぼ毎日、ハコブネで繰り広げられる無意味な会話である。
そんな中、室内にピンポーンとチャイムの音が鳴り響く。ピタリと言い合いをする声が止まった。
「お、おい………これってもしかして………」
「依頼人が、やっと………!あ、リョウさんはお客様を中に入れてください!私はお茶を淹れてきます!」
「よしきた!おいヴィル、依頼人が来たからオレの仕事机の上に移動しろ。おいヴィル、起きろ!………ったく、全然起きねぇ………しょうがねぇ………このまま押し入れに突っ込むか」
ヴィルを移動させた後、リョウはすぐさま玄関の方へと行き、木造の扉を開ける。
扉の先には鎧を着た大きな男、ローブと魔女帽子をかぶった女性が立っていた。着ていた装備はボロボロ、あちこちに傷や血の跡が見受けられる。
◇
「ここでは人探しもやってくれると聞いてきた」
客人をソファーに座らせ、リョウは早速依頼人から依頼内容を聞いた。
二人はこの町で名前をギルドに登録しており、そこそこ中堅の冒険者なのだそうだ。この際ギルドの細かい説明は省くとしよう。どうせいつか説明することになるのだから。
依頼内容は人探しとその救助。
探しているという人物は元々この二人のパーティメンバーだったという。他にも二人ほどおり、計五人で活動をしていたそうだ。
しかし、魔獣討伐の依頼中に突然大きな鎌を持った男に襲われて二人は死亡、捜索対象の人物がその不気味な男を引きつけて残った二人を逃したのだそうだ。
二人はその後、すぐにギルドに依頼を出そうとしたが受付には「諦めなさい」と言われたそうだ。
それでも、どうしても諦めきれずにここへやってきたそうだ。
「ふーん、ギルドで断られたからここでお願いすることにしたと…………妥協案で依頼することにしたと…………正直気分は良かねぇなぁ」
当然である。今回の依頼は下手するとその鎌を持った男に襲われる可能性、つまり死の危険性があるのだ。
最初からここを頼りにくるならまだしも、断られたからという理由で来られたのでは仕事を受ける側もあまりいい気持ちはしない。
「分かっているわ。でも、それでもお願い。どうか、あの子を助けてあげて…………!」
「俺からも、頼む」
「あ、頭を上げてください!リョウさん、この人達の為にも依頼、受けませんか?」
「あ?嫌に決まってんだろ?んな死ぬかもしれないような危険な依頼を受けるだなんてめんどうなこと……………」
「報酬は弾む」
「任せろオレ達に。その男の首と一緒に連れて帰ってやる」
「金で意見変えたよこの男!」
まるで綺麗な手のひら返しである。金が出るとなったらこの様子。欲に忠実である。
「んで、まずはその探す相手だが………写真なんかはあるか?」
ちなみにこの世界ではカメラが存在する。シャッターの音が大きいため、偵察などではなく娯楽に近い用途でしか使用されることはないが。
「ああ、これだ」
「あ、どうも…………へぇ、綺麗な方ですね」
「ええ、あの子はモテたわよ?まあ胸は可愛そうなんだけど………」
胸を腕の上に乗せ、魔女風の女性はため息を吐く。それをみてノアは複雑な顔をした。
(これが持ってる人の余裕ですか………いいなぁ…………それにしてもこの人、どこかでみたような…………)
先日の森のことは、二人はただピエロを逃したとしか覚えていない。当然その場にいたのがこの探し人であると気づくわけがなかった。
「それと男なんだけど………ハコブネさんはこの街の指名手配犯を知っているかしら………」
「ああ?……………………!ああ知ってるぞ!
あっのクソピエロが!!せっかく生け捕りのチャンスだったのによォ………まさか逃げられるなんて…………全くこの前は………なんて日だ!」
小○さながらの大声と仕草でリョウは叫ぶ。
「あ、わたしも知っていますよ?ここから離れた村に住む人を皆殺しにして、この街でもカジノと民家二件程を破壊した指名手配犯ジャックですよね?」
「ああそうだ。その男に偶然出会してしまった」
「それはもう、強かったわ………まるで歯が立たなかったわ……私達が弱かったせいであの二人は………」
「なるほど、心中お察しします………」
依頼主の二人はそのことを思い出すと気分が落ち込んでいき、その場は暗い雰囲気に包まれた。
「んで、報酬はどれくらいだ?」
「空気読んでくださいリョウさん」
全くもってその通りであろう。
「俺達が払えるだけ払う」
「ええ。あの子が帰ってくることに比べれば安いものだわ。だからお願い、私達の大切な仲間を助けてあげて…………」
二人は再び覚悟を決めてリョウとノアに頭を下げる。そこまでの誠意を見せられて断るほどリョウもクズではない。決して報酬に靡いたわけではない。
当然、リョウの決定は決まっている。
「任せろ。確実に見つけてみせる。そうと決まればノア、身支度をするぞ。必要なものテメェの収納空間に入れろ。準備が出来次第出かけんぞ」
「わかりました。あ、それとお二方に聞きたいのですが、その指名手配犯と遭遇したのっていつですか?」
「え?え、ええと………確か一昨日だったわね………」
「なるほど………ということは逸れた場所迷いの森ですね」
「何故わかったの!?」
「いえ実は一昨日、わたしとリョウさんで迷いの森に行った際、リョウさんがその指名手配犯を見つけたらしくて捕まえようと素手でその男をボコボコにしたそうです」
「「………………………………は?」」
「あはは…………まあ簡単には信じられませんよね……………」
ノアは苦笑いをしながら頬を掻く。
当然である。なんせ村を壊滅させた男をまさかこのパッと見十六歳ほどの男が拳だけで痛めつけたなど誰が信じられるものだろうか。
「ま、まあとりあえずわたし達に任せてください!必ず見つけてきますから!」
「た、助かる」
二人は藁にもすがる思いでここを訪ねた。しかし誰が予想しようか。そのすがった相手がまさか自分達が苦戦した敵を素手で殴り飛ばすほどに強いとは…………。
もしかしたらという小さな希望が二人の心の中には芽生えた。
「おいノア、さっさと準備しろ。早く行かねぇとそのガキが殺されるかもしれねーぞ」
「ちょっ、言葉選んでください!」
ノア「そういえばカジノで好きなゲームってなんですか?」
涼「ブラックジャックとポーカー。ちなみにあのピエロに邪魔された時はポーカーで勝負してたぞ。だから尚更腹が立った」
ノア「そうだとはいえピエロのマウントをとってタコ殴りにするのは………敵ながら可哀想に思います…………」
ちなみに作者の立ショウはカジノに行ったことがありません。ただポーカーとブラックジャック、あと大富豪は好きでした。