王子の憂鬱
煮詰まったので軽い話を。
色々設定ありで書いてますけど多分読めるはず。
『青の淑女の予想外』(本編)と併せてお楽しみ下さい。
数多くの種々様々な花々が咲き乱れる陽だまりの庭の中で、ふわふわしたブロンドの、太陽のように暖かで優しい笑顔の美しい少女と、貴公子然としつつも武人らしい身体つきの見目麗しい少年が互いに互いしか見えていないといった様子でダンスをしている。
そこにはその2人しかおらず、人払いされているからか、それとも騎士達が守りを固めているからか、誰一人として邪魔をするものは居なかった。
もちろん、だからと言って誰も見ていない訳ではなかった。
光を避けて木陰から、その様子を見る影が2人。こちらも少年と少女である。癖の無い艶やかな黒髪の美しくも冷たい顔立ちの少女と華奢で美少女に間違われそうな美少年だ。
陽だまりと日陰。あちらはあんなにも暖かいのに、こちらは冷え冷えとしていた。黒髪の美少女は、ただ静かに、あちら側の世界を壊さないように、踏み込む事を許さないとでもいうかのように、言葉を紡いだ。
「道連れが欲しいなら私をお使いください。独りが寂しいと仰るなら、地獄の底までお供いたします」
なので、姉は諦めてください。と、自覚するまもなく散った初恋を言外に指摘された僕は、これまた無自覚に、その姉とは正反対の目の前にいる夜の女神に恋をした。
彼女は自分で言った通り、姉を諦める代わりにと僕が望めば、全てそのようにした。あまり非道な事は望まなかったけど、それでも何度か友人より僕を優先させたし、危ない目にも遭わせた。それでも彼女は立場を考えれば当たり前のことです、と、顔色を変える事は無かった。僕のわがままで、彼女を婚約者にした時すら、多分、遂に道連れ確定か、くらいの事しか感じなかったんだと思う。
常に一緒にいたくて連れ回した。本人は地味だと思っているけれど、癖のなく艶があって長い黒髪に目を奪われると白い肌がその下に見えてぞくりとした。目を合わせたら、憂いを帯びたような紫の瞳は引き込まれそうな魅力がある。
大人になっていくほどに、美しく妖しく、人の目を集める完璧な淑女へと近づいていく彼女に手を出そうとする輩が増えて、急いで婚約者にしたんだよなぁ。
婚約者にするくらいだから好きだと伝わらないかなと思ったけど、全然ダメで、風除けとしての効力を発揮してみせますので、お相手がいるなら早めに周知をお願いしますと言われた時のぼくの絶望は計り知れない。
卒業したら彼女と結婚しようと思っているのに、何故か特待生が僕に付き纏って、僕は女神の様子を伺うものの、気にした様子もなく、寧ろ婚約破棄が近いのかもとか、自分がいなくなった時に彼女を堂々娶れるように知識や教養やマナーを教え始めちゃった。
……本当に、女神は僕の気持ちに気付いていない。
「でも、好きなんだよなぁ……」
「はいはい。惚気はいいんで、次の書類ですよ殿下」
「マルク、休憩にしたいんだけど」
「ノロケ話聞かされるこっちの身になれよ色ボケ王子。このクソ忙しい時に、婚約者様のここが好き話を聞かされながら仕事をする俺の苦痛、分かります?」
「惚気てないよ。寧ろ慰めてよ。私の気持ちが我が愛しの婚約者に伝わっていないんだよ。これは由々しき事態だ。仕事が手につかない」
「口ではノロケ話しながらこんなに完璧に書類を仕上げといて何が仕事が手につかないだよ。嘘だろ。休憩いらねえだろ」
「マルク。休憩にする。それにしても、ふらぐってなんのことだろ……。僕が彼女を捨てるはずがないのに。もう。なんで僕の女神は、僕がもうじき婚約破棄をするとか、こんな変な女にのぼせ上がるだなんて言ったんだろう……。お告げにしてはひどいと思わないか?」
卒業年度になって急に入ってきた特待生に関する資料をマルクに見せてあげようとそちらに放り投げた。年度の初めはたった1枚の資料だったのに、諸事情あって分厚くなったんだよね。諸事情っていうのは特待生が入ってきてから起こした問題行動とかだよ。地味に重い。
器用に受け取りながら僕に非難の目を向けてくる側近に、僕は笑顔を向けてあげた。
「おい、一人称」
「休憩中だから僕でいいじゃないか。王子は休憩。
それに女神の姉も酷いんだ。頭の中綿菓子詰めてんのかってくらいふわふわして兄上や女神に守ってもらって何も知らない苦労知らずで女神に助けてもらってるくせに、
僕の女神が僕以外の男に靡くわけ無いのに妹が侯爵家の跡取りと仲良しとか、
辺境伯の息子がアプローチにきてるとか、
しかも女神が満更でもなさそうさにしてるとかって話をしてくるし……。
終いにはあんなはしたない妹でお恥ずかしいとか。僕としてはあんな姉を持った女神が気の毒だよ。早く連れ出したい。心身ともに僕のものにしたい」
「怖えよ。つかその言い方まさかお前……お手つきなんて「言っていいことと悪いことがあるよマルク。僕の女神を陥れる気かな。残念ながらキスもまだ出来てなくてね。せいぜ膝枕をしてもらったことくらいだよ」すみませんでした!……お前、初恋は女神の姉じゃなかったか?」
「うん。忘れたい黒歴史だよ。本当に、本当に無かったことにしたい。あんなビッチに惚れるとか何その拷問」
「!おいおいおい!誰が聞いてるかわからないんだぞ!?……まったく、アレでも立太子寸前の第一王子妃候補筆頭だ。お前の我儘で兄王子を苦労の末に戴冠可能まで押し上げたんだろうが……。誰かに聞かれたら……」
その言葉に思わず笑いが込み上げた。
そうだね。確かに、第一王子妃候補だ。……いまはまだ。ね。
その呟きを拾ったのか、マルクが怪訝そうに声を潜めて「今はまだ?」と聞き返した。
「そうだよ。今は、ね……。
ああ、そうだ……。
最近おかしな噂が流れていてね?」
特待生と僕が婚約発表寸前の蜜月の仲らしいんだよね。
マルクが手に持っていた書類を派手にぶちまけた。すぐに僕の顔色を見て、真意を測ろうとしているようだけど、そんな事しなくても側近の君なら分かるんじゃないかな?と、問い掛ければ、直ぐに噂の出所を探りに部下を部屋から蹴り出した。かわいそうに。
「他には?具体的にはどの辺りまで流れてる?」
「局所的だよ?父上とか母上とか、兄上。あとは学内。
ついこの間も、我が女神の友人にどういうことかと詰め寄られたよ」
「親どもは?」
「我が女神がどんな人間かは、学友である彼らが1番わかってる。だから堅実な女神の学友たちは口を噤んで、話は外に出ていない」
その言葉にマルクは心の底から安堵のため息をついて、「流石"フェアブルー"」と呟いたのがわかった。
それは学内でつけられ、今や貴族の社交界の彼女の通り名になっている。
正確には『公正の青の淑女』(レディー・フェアブルー)である。
それは彼女が貴族の派閥争いに関わらず、物事は全て客観視し、遭遇した争い事に関しては身分や性別に囚われずに、あくまでも淑女として出過ぎない範囲で正しいもしくは最善の結末を提示し続けた事からつけられた尊敬の称号である。
もっと簡単にいうなら、淑女の鑑+αと言ったところか。
そんな彼女は間違いなく僕の不貞の噂を聞いているだろうに特に何も言わないし、探りも入れない。
多分本命の彼女か。卒業と同時に婚約破棄して彼女と結婚する腹積り又は彼女の身分的に結婚は無理だから愛妾にする為に結婚自体は私とするつもりかな。くらいに思っているんだと思う。
「はぁ、つれなすぎ……。僕の事どうでも良さすぎ……。冷たい……。愛情を全く感じない……。でも好き……!」
「うわぁ……。フェアブルーも、よくこんなのとの婚約に応じてくれましたよね、本当に……」
「こんなのとは失礼じゃない?減給にするよ?」
「給料は陛下から出てるのでご心配なく。この間殿下から減給って言われたので手を打ちました」
「まあどうでもいいや。
そんな事より、僕は彼女に恨まれているかな?」
「……姉を守るために殿下の我儘に散々付き合って、婚約させられ、挙句に浮気の話を聞いて怒らない人っています?いくら常に冷静沈着、公平無私なフェアブルーでも激怒案件でしょうよ。
それで何の感情も見せてくれないなら、そもそも殿下に対して何の感情も抱いて無いのでは?」
「……無関心かぁ。……それは、キツいなぁ」
そこに手紙が届いた。
女神からの手紙で僕は大変舞い上がったんだけど、その喜びは一瞬の事で、理解不能な手紙を破り捨てたくなった。マルクに掠め取られたせいで無理だったけど。
「……うわぁ。特待生が酷いいじめを受けているから、明日から出来る限り一緒にいて、創立祭パーティーもエスコートして虫除けしてやれって……うわぁ。フェアブルー、なかなかえげつない事を……」
直ぐに手紙を書いた。僕がエスコートしないのに誰がするのと。従兄がするって?なんで!?と聞き返すのが分かっていたのか、返事の手紙の最後には
"どうぞ、最愛の方と祝いの日を楽しんでくださいな"と書かれていた。
はぁ、もうさあ、頭を鈍器で殴られたというか、鋭利な刃物でズタズタにされたというか、暖炉に焚べられ灰になって飛んでいくというか……しんどい。
僕が隣にいないせいで悪い虫が付かないようにと彼女を象徴する青い薔薇に僕の色である金色の薔薇を寄り添わせた飾りを使ったドレスや髪飾りを贈って、それを着てくれる事を願った。
パーティー当日は当然ながら散々だった。
当たり前だよねー。僕が惚れ込んで散々連れ回して婚約者にまでした淑女の鑑である彼女をパーティーまで放置して、挙句パーティーも別の女性をエスコートしてるとかないでしょ?しかもフェアブルーに自分の色を纏わせている癖に自分は他の女の子から離れないでニコニコしてるとか、堂々と二股宣言かよ。
僕の評価は下りに下がって、フェアブルーへの愛も疑われ、
「その状況を作り出した元凶である君を、何故私が好きになる?」
息抜きがしたくて外に出て、王子だとか恥とか外聞とかどうでもよくなってそれはもう素直に特待生に怒りをぶつけたら、特待生は顔を真っ青にして謝罪してきたよね。
でも君に謝られたところで、僕は何の得もしないんだけど。
折角贈ったドレスを身につけてくれた彼女を愛でることもできずに男どもが彼女に群がる姿を見てなきゃいけないとか何その拷問。
君が学校で付き纏ってきたせいで僕がロスした女神との時間は帰ってこないよ?下がりまくった評価も、心底虫唾が走るような噂もこれからどれだけ頑張ろうと完全には消えない。鬱陶しく付き纏ってくるんだけど?
ただでさえ低かった女神の僕への関心が完全に無関心になったこの絶望は君がどれだけ献身しようが僕からすれば嫌悪の対象が僕に付き纏っているのと変わりないんだけど?
あー、そんなに泣かないでくれる?僕、女神以外に差し出す優しさもハンカチもないから。
え?いや、謝られても同情も何も無いけど?むしろ迷惑。は?嘘つき?ばぐ?思い通りにならない?作戦……?ねえそれ、何のこと?
……ちょっと、お話しようか。
王子視点でお送りしました。
読了ありがとうございます。