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ロル、目的を果たす

 


 先日のパーティーの興奮も冷めやらぬ中、ラルベルは忙しく動き回っていた。


「黒苺のピューレはこんな量でいい?あとレモネンがもうないから買い足してこなきゃ」

「悪い、ラルベルちょっと角のジョナさんとこで買ってきてくれ。あればメローも三個」


 ロルの代わりに急いでエプロンを外して町へ飛び出していくラルベル。ジョナさんはこれも持っていきな、と袋いっぱいのピーナという甘い果実を渡してくれた。礼をいって飛び出していく。



 実は、今日はロルの念願が叶う日だ。

 本人曰く念願というほど強い目的ではなかったようだけど、スイーツ職人としての第一歩を踏み出すのだ。


 先日の海猫亭でのパーティーでロルが作ったケーキが大評判になり、普段は男ばかりの海猫亭にその日は女性も多く訪れていたため一気に話題になったのだ。そのケーキを食べたいという熱烈な声に押されて、ダンベルトの知り合いが格安で貸してくれたスペースを店舗としてショップを開店する運びとなったのである。


 ラルベルもこの急展開には驚いたが、一番驚き困惑しているのはロル自身だろう。


 今日はそのプレオープンで、ラルベルはマルタとともに手伝いに駆り出されている。午後にはあと二人ほどくるはずだ。実はその全員が、味見要員を兼ねている。

 当然のことながら、ロルは味見ができない。口にしたところでおいしいともまずいとも感じないし、無理に食べると体調を崩してしまうのだ。そのため、味見要員は絶対に必要なのである。量的にはラルベル一人でも問題ないのだが、客の色々な好みや意見を探るためには味見要員は多い方がいいらしい。


「よし。あとはスポンジにリキュールを染み込ませて馴染ませれば……。おっと、レモネンの皮をすりおろすの忘れてた」


 次々に色とりどりの美しいケーキやゼリー、焼き菓子などを作り上げていくロル。

 その鮮やかな手つきとセンスに、マルタたちは口をあんぐり開けてうっとりと見つめている。


 ――なんかロル、お菓子作りの腕以外でも人気者になりそうな……。まぁ、見かけはいいもんな。中身はちょっと癖があるけど。


 こっそりと心の中でそんなことをつぶやくラルベルを見透かすように、後ろから檄が飛ぶ。


「ラルベル、つまみ食いすんな!売り物が減るだろうが」


 ――ばれた。なんでばれたんだろう。完全に死角だと思ったのに。



 ちなみにこの店が正式にオープンして軌道に乗ったら、海猫亭でも新規顧客開拓を目指してスイーツをメニューに取り入れることが決まっている。でも男性客が減るのも残念なので、そこはちょっぴりスパイスを利かせたり、お酒入りのスイーツだったり、甘さを控えた種類のスイーツも取り入れる予定なのだという。

 今からその日が楽しみだ。きっと今まで以上に海猫亭は繁盛するし、厨房のみんなも新しい試みにやる気満々らしい。


「よ~し!準備は完了だ。じゃあそろそろ試食してもらって、問題なければあと一時間でオープンするぞ」


 いつになく緊張感漂うロルの声に、背中をばんと勢いよく叩いて励ますラルベル。


「ついにスイーツの神様、ロルの出発だね!頑張れ~。私もできる限り手伝いにくるからねっ」


 ラルベルの能天気な明るい声に、ふとこわばっていた表情がやわらかくなるロルである。


 まさか自分が人間の町にどっしり腰を落ち着けて、店まで開くとは思わなかった。ちょっと小遣い稼ぎにお菓子でも作って行商しよう、くらいにしか考えていなかったはずなんだけどな。

 思わぬ方向に思わぬスピードで動き出した自分の人生に、苦笑するロル。


 ――人間はヴァンパイアと違って短命だからな。だから食べる楽しみと喜びが必要なんだろう。だったら少しそれに付き合ってやってもいいかな。他にやることも特にないし。


 そんなことを思いながら、試食した面々の口から次々と幸せそうな感嘆の声と緩み切った幸せそうな顔がこぼれるのを照れ臭そうに見つめる。


 ――もし町を追い出されたら二人で一緒に旅にでてもいいと思ってたけど、とりあえず俺の出番はなさそうかな。ダンベルトもそのうち嫁にもらうだろうし。でもいつか先立たれて一人になったら、俺が一緒に生きてやるかな。俺たちは家族、なんだし。


 そんなことを考えつつも、きっとそんな日は来ないだろうと思うロルである。

 自分の気持ちが果たして仲間に対するのと同じものなのか、それよりはほんの少し特別な、たとえばダンベルトがラルベルに向けている気持ちと似たものなのか、ロルには分からない。


 ――でもまぁ、こいつがこんなふうに馬鹿みたいにへらへら笑っていられるんならそれでいいか。


 どこまでも能天気で、どこまでも幸せそうな幼馴染みのだらしなく緩み切った顔に、ほんの少し寂しい思いも滲ませながら笑うロルだった。




 プレオープンは、たくさんの客でごった返した。


 一部の品は宣伝がわりに無料で配られ、もちろんきちんと値段の付けられた販売用のケーキなども飛ぶように売れ、噂が噂を呼んで、午後を過ぎるくらいにはショーケースの中はほとんど空になってしまっていた。

 教会にいた子どもたちも、シスターに連れられて来てくれた。その小さな手で一生懸命にビラ配りをお手伝いしてくれ、その報酬にケーキを食べて嬉しそうに帰っていった。この後は里親を探したり、もっと設備の整った施設に移って暮らすことが計画されているらしい。

 ジーニーという年長の少年はどことなく小さい頃のロルに似ていて、なんだか懐かしく思えてむぎゅーっと抱きしめてしまったラルベルである。予想通り、暴れられたけど。マルタがジーニーの里親に、なんて話も出ているみたい。


「塩クッキーが人気だったの意外だったな。あとジンジャーもね。案外酒に合うって男性が買っていってたよね」

「あと割とド定番のものより、ちょっと変わったものが反応良かったよね。果物や木の実の使い方が斬新だって言ってたよ。やっぱりヴァンパイアだから発想が違うのかも!」


 口々に今日の感想を言い合う、売り子兼味見要員たちである。


 ラルベルはといえば、一言で言ってとんでもなく疲れていた。いつもの調子で品物を運ぶと、クリームが崩れる!とかフルーツが寄る!とかロルの言葉が飛んでくるのだ。スイーツは揚げ物やお魚と違って、繊細に運ばなければだめなのね、とちょっとくじけたラルベルである。



 あれから一か月。ロルはすっかりこの町の人気者になった。

 新進気鋭のパティシエとして王都からもお呼びがかかるほど。でもロルは品物を卸しはするけれど、決して王都には近づこうとしない。やっぱりまだ人間を信用しきれていないのかもしれない。イレウスも言っていた。王都や貴族の中にはヴァンパイアを異端として弾こうとする人がいるって。


「そういえばキィナさんたちは今集落にいるのか?」


 久しぶりに休みのとれたロルが、隣で紙袋いっぱいに積まれた果物を抱えたラルベルに話しかける。お休みとはいえ、買い出しという名の仕事である。


「うん。久しぶりに故郷でゆっくりするって。でもすぐまた旅に出るらしいよ。今度は北の国に行ってみたいんだってさ」


 実はあのパーティーの数日後、町にいきなり両親がやってきたのだ。なんでもこの町にヴァンパイアの少女が来て一躍人気者になっているらしいとの噂を聞きつけたらしい。


「でもさすがキィナさんだよな。ダノさんが病気で先が長くないと知って、思い出作りのために旅に出たんだろ?それがあちこちで働いたり遊んだりしてるうちにいつの間にか完治してるとか。悪運強いっていうか、バイタリティの固まりっていうか」


 そうなのだ。

 実は両親が旅に出たのは、父が病気になり、死期が近いと告げられたためなのだという。父はヴァンパイアの母と結婚する時に縁を切るようにして家を出てきてしまったらしく、ずっと母は後悔していた。つまり当初は、里帰りさせるのが目的だったらしい。それが一つ山を越え、町から町へと渡り歩く内にみるみる父の病気は良くなり、全快したのだという。


 嘘みたいだが本当の話らしい。現に久々に会った父は、以前よりも健康的に日に焼けて顔色も良く、肌もツヤツヤだった。残念なことに、頭皮もツヤツヤになっていたけれど。


 何はともあれ、両親の元気な姿を見られて自分が元気にこの町で暮らしている様子を見てもらえてひと安心である。

 おかげでこの町でのラルベルの暮らしは今まで通り、いや。今まで以上に賑やかで楽しいものになった。

 時々ヴァンパイアの仲間たちも、山菜やら珍しい鉱石などを山で採ってきては町に売りに来ている。もちろん、この町限定ではあるが。

 少しずつヴァンパイアと人間の仲がいいものに変わっていけばいいな、と思うラルベルである。



 ダンベルトとはどうなったかというと――。







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