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ラルベル、里帰りする

 



「……ということだ。覚えたか?ちゃんと辻褄合わせておけよ。まさか自分たちがヴァンパイアで、その集落に帰りますなんていうわけにはいかないんだからな」


 心配そうに何度も念を押すロルに、いい加減にしろと頬を膨らませるラルベル。


「どんだけ信用ないわけ?わかったってば。知られたくないのは私だって同じだし。知られたらもうあの町に戻れなくなっちゃうだろうし……」


 自分がヴァンパイアであるとばれて、あの町から追い出される光景を想像して、落ち込むラルベル。

 絶対に知られてはいけないいんだ。そのためには今は集落に身を隠さなければ。

 自分に言い聞かせるように強くうなずくラルベル。


 あの日仲間だと名乗る怪しい男と遭遇して、ロルとラルベルはしばらくあの町を出て集落へと戻ることに決めた。

 同じヴァンパイアとはいえ、その住処は互いに知らない。しかもあんな人目につかない山奥なのだ。身を隠すには絶好の場所である。



 出発は明日。

 海猫亭のノールには、あの日ロルとラルベルが一緒に休みをもらいたいと話して了解を得た。

 もともとダンベルトからはしばらく休ませてもいいかと相談を受けていたらしく、心配はされたが気持ちよく了解してくれた。ラルベルが事件の目撃者であることでねらわれている可能性があると説明をうけていたらしい。


 それを聞いたロルが機転を利かせて、旅行中のラルベルの両親と連絡が取れたため、事件が落ち着くまでしばらく一緒に行動することにしたと説明してくれた。本当は両親の居場所なんてまったく知らないけれど。

 こんな時に頭の回転の速い幼馴染みがいてくれてよかったと、安堵するラルベルである。


「ダンベルトさんにはなんて言うの?王都じゃないにしろ、連絡を取りたいとか言いそうだけど」


 ラルベルの問いかけに、ロルはしばし考えこんだ。

 ダンベルトには優秀な部下がいるのだ。しかもこの近隣の町全部に。その部下たちを使って、こちらの動向を把握しておきたいと言い出すのは目に見えている。

 まさかロルが手なずけているフクロウを使ってやり取りしよう、と話すのもどうかと思われる。


 う~ん、と頭を抱えるヴァンパイア二人である。


「まぁ、代わりにだれか集落の仲間を町に置いておくかな。ジョルアのじいさんとかな」

「ちょっと!あんな男がうろうろしてるんだよ?ジョルアさんに何かあったらどうするの?」


 せっかくあの男から身を隠そうというのに、他の仲間を差し出すような真似をしてどうするのだ、と声を荒げるラルベル。

 へらり、といつもの調子で笑いながらロルがまぁまぁ、となだめる。


「まぁその辺は俺がなんとかするよ。ちょいちょい俺は町と集落を行き来することになりそうだしな。ダンベルトだけじゃ心もとないし、俺が手伝ってやんないと」


 いつのまにかダンベルトといいコンビになっているロルである。いつのまにそんなに仲良くなったのだと意外に思いつつ、これからしばらくダンベルトと離れて暮らすのかと肩を落とす。

 あの町にいれば遅かれ早かれ会えるし、噂だって聞こえてくる。でもあの集落は完全に外界からは遮断されているのだ。

 想像するだけで寂しい。


「とにかく出発は明日だ。お前はとにかく食料を中心に持って行けよ。服なんて洗えばいいんだし、ゴーダに買い出しってわけにはいかないんだからな」


 今のゴーダはまだ平常通りとは言えないため、買い出しにいける場所がないのだ。ラルベルは一体どれだけの食料を持っていけばいいのかと少し不安になる。どんなに寂しくはあっても、腹は減るのだ。

 何度も念を押して、ロルは帰っていった。


 明日は早朝五時にここを出る。あまり人目につかないようにとそんな時間を選んだのだが、正直気が重い。リュックにぎゅうぎゅうに保存のきく食べ物を詰め込みながら、ラルベルは明日の準備をする。


 心に浮かぶのは、ダンベルトのこと。

 すでにダンベルトには明日の早朝に出発することは伝えてある。夜通しでタニアの捜索にあたるため、見送りにはこれないと言っていたらしい。もちろん来られたら来られたで、両親はどこにいるんだとか詳しく問いただされそうで困るのだけれど。


 ――この間もっと話をしておけば良かった……。忙しいだろうからって遠慮したけど、こんな風に会えなくなるなんて思わなかったし。そもそもなんであの女の人は私を狙うんだろ。私に見られたからって言ってそれがなんだというのだ。ダンベルトさんもダンベルトさんだ。早くあの人が逃げたことを言っておいてくれたらよかったのに。


 ぶつぶつと、今更言ってもしかたのないことをつぶやき続けるラルベルである。

 心の声を出し続けていないと、不安と寂しさで爆発してしまいそうだったから。


 ――コンコンコン。


 ノックの音に、マルタだろうかとドアを開ける。


「マルタさん?どうした…………、ダンベルトさんっ?!こんな時間にどうしたんですか?」


 そこにいたのはまさかのダンベルトであった。驚きとともにじわじわと嬉しさがこみあげて、つい頬がゆるむラルベル。


「遅い時間に悪いとは思ったんだが。明日の用意をしていたのか。……随分食べ物を持っていくんだな。行った先で買えばいいだろうに。山越えでもする気か?」


 部屋に広がる食料の山と、ぱんぱんに膨れ上がったリュックを目にしたダンベルトは、ぷっと噴き出して笑い出す。

 ぷぅ、と頬を膨らませて怒ってはみせるが、会えた嬉しさにどうしても表情が緩んでしまう。


 ひとしきり笑い終えたダンベルトが顔を上げて、ラルベルを見つめる。

この前に詰所に食事を持って行った以来だから、ダンベルトとこうして会うのは数日ぶりだ。でもここのところダンベルトは事件で忙しいし、ラルベルも家に缶詰め状態だったりして、なかなかじっくりと話す時間はなかった。

久しぶりにこうして二人でこの部屋にいると、なんだか落ち着かない。

 それはダンベルトも同じようでしきりに鼻の頭をかいたり座りなおしたりと、どうにもそわそわしている。


 二人の間に流れる沈黙。


「出発は五時だったか。見送ってやれなくてすまないな。ご両親はもう近くまできてるのか?なんならそこまで送っていくぞ?護衛がロル一人だけじゃやはり心配だし。それにやはり挨拶もした方が」

「大丈夫ですよ。ああみえてロルはしっかりしてますし、いざとなったらロルをおとりにして逃げるんで」


 あまり両親ネタに突っ込んでくれるなと思いつつも、その心配が嬉しいラルベルである。


 ――でも挨拶ってなんだ、挨拶って。別に嫁入りとかじゃないんだし。


 嫁入りというワードに思わず赤くなるラルベルである。自分で何を言っているんだと突っ込みいれる。


「まぁそれならいいが。ロルからは念のため連絡を定期的にもらうことになっているし、何かあればすぐにかけつけるから安心しろ。必ずあの女は捕まえるし、事件ももうすぐで解決だ。しばらく我慢してくれ。できるだけ早くこの町に戻ってもらえるようにするからな」


 思いのほか甘さを含んだ優しい口調に、思わず言葉を失ってダンベルトを見つめるしかできないラルベル。

 ダンベルトもまたじっとラルベルを見つめたまま動かない。


 その空気を破ったのはダンベルトであった。


「ごほっ!う、あ~えぇと。まぁ明日早いからな。しっかり休んでおかないと。ぐっすり寝て明日に備えろよ。でも食べ物はそれくらいにしとけ。リュック破れるぞ」

「……はい」


 なんだか空気感をぶちこわしにされた気がしないでもないが、ラルベルは名残惜しそうに食べ物に目をやる。


 ――すでにリュックの端が、ぶちっという音とともにほつれたことは黙っておこう。


 「おやすみ」といってラルベルの頭をそっと撫でて、ダンベルトは帰っていった。その背中を窓から見えなくなるまで見送るラルベルの胸に、あたたかさと寂しさが同時に押し寄せる。


 ――早く帰ってこれるといいな。この町に。ダンベルトさんのところに。


 ラルベルの願いとともに、ゆっくりとこの町で過ごすしばしの別れの夜が過ぎていくのだった。






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