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一網打尽

 




 その夜、崖から厚く覆いかぶさる蔦をかき分けて、抜け道の中から袋と小さな箱を運び出す子どもの姿。

 箱の中身はすでにロルが粉糖にすり替え済みだ。ジーニーは素知らぬ振りで、教会の中にそれらを運び入れる。


 ――いいぞ。そのまま気づかれないように、いつも通りにやるんだ。


 ロルは木上から、ダンベルトは抜け道を見渡せる物陰に身を潜めて、袋を運び出すその時を待つ。


 しばらくしてかちり、と木戸が開く小さな物音。

 重そうに袋を抱きかかえて出てきた三人の子どものあとには、タニアらしきシルエットも見える。ジーニーの話通りならば、子どもたちに鍵を渡してタニアはそのまま馬車に乗り込んで輸送先へ向かうはず。


 抜け道の出口は、港と王都とをつなぐ街道から一本はなれた道のそばに通じていた。その存在を隠すように今にも朽ち果てそうな小屋が建っており、その陰に馬車を止めているようだ。

 すでに数名の部下たちがその近辺に潜んでいる。


 必ず馬車の行き先を突き止めてやる。そしてタニアともども、関わっている者たちを一網打尽にひっ捕らえてやる、と拳を握り締めるダンベルト。



 しばらくしてジーニーの指笛が夜空に響き渡る。

 合図とともに教会に走り込む部下たち。中から眠そうに目をこすりながら出てくるまだ幼い子どもたちと、腕に子どもを抱きかかえたシスターが出てくる。

 最後に出てきたのはジーニーだ。皆を守らなければと、ずっと気を張っていたのだろう。顔を真っ赤にして何かをこらえているその目には、今にもあふれ出しそうに涙が浮かんでいる。


 思わず抱きしめるダンベルトの胸を乱暴に押し戻しながら、目をごしごしと薄汚れたシャツの袖で拭う。


「約束守ってくれてありがとう。もう、終わったんだな」


 ダンベルトは、その年の子どもらしい初めて見る笑顔に胸が熱くなる。

 ぐしゃぐしゃと頭を撫でると、「よくやったな。この国は絶対俺たちが守るから、みんなと王都で安心して待っててくれ」と言って、馬に飛び乗る。


 ――あんな笑顔を見せられたら、頑張れる気しかしない。絶対に捕まえて見せる。あいつらが安心してこれからも暮らせるように、この国を守って見せる。


 ひんやりとした夜風を切りながら、夜の闇を疾走するダンベルトであった。



 

「さて、と。俺の仕事はここまでか。筋肉仕事は俺向きじゃないからな」


 ジーニーのおかげで、今頃は甘い石鹸を乗せた馬車をダンベルトたちが追っているはずだ。


 ――あの女を必ず捕まえてくれよ。じゃないとラルベルが安心して飯を食えないからな。


 町へと戻るロルの顔には、ようやく一仕事終えた達成感と心地よい疲労がにじんでいた。




 その頃馬車は、タニアを乗せてある場所へと向かっていた。まさかその後をダンベルトの部下たちがつけているなどとは夢にも思わずに。そしてその後からダンベルトもじわじわと距離を詰めていく。

 

 ダンベルトが教会をあたっている間、イレウスと第一師団はゴーダとリューグ男爵家の屋敷の監視に当たっていた。おそらく馬車が向かう先は、ゴーダだとふんでいたのだ。


「団長の読み通り、馬車がゴーダに入りました。給水塔内部に荷が運び入れられているとの報告です!御者以外にはグンニルと女が一人がいるようですが、捕らえますか?」


「あいつの到着を待って、指示に従ってくれ。あいつの判断に任せる。こちらはリューグ男爵家へ踏み込む。所有する他の屋敷や使用人たちも全員残らず捕らえてくれ。全員に事情を聞く」


 イレウスは、ゴーダをダンベルトに一任して自身はリューグ男爵家へと向かう。


 ――腐った貴族は、同じ貴族が始末しないとな。もっとも男爵が生きているかどうかも怪しいところだが。


 ダンベルトは馬車がついたのとほぼ時を同じくして、ゴーダに到着した。

 そこで見たのは、タニアとグンニルがあの給水塔内に運び込まれる石鹸の袋を確認している姿だった。


「そこまでだ。ここにいるすべての人間を捕らえる。抵抗すれば容赦はしない」


 影に潜んでいた第一師団と第二師団の優秀な部下たちがいっせいに、御者と二人に飛びかかる。追跡にはまったく気が付いていなかった様子のタニアとグンニルは、何かを大声でわめいていたものの、こちらの力と人数に観念したのか、大人しく捕縛された。

 エディオン侯爵家の私兵の襲撃にも備えていたダンベルトだが、どうやらここにはいないようだ。


 御者はこの町で馬車の修理や給水を行っていた男で、大きくのっそりとした体を震わせて大人しく捕まった。おそらくは日用品店のおかみ同様、グンニルに脅されて手伝わされていたのだろう。



 これから王都で、捕らえた者たちへの聴取が始まる。

 その中で何が明らかになるのか、ダンベルトはようやく見えてきた事件の全貌に束の間安堵の息をついていた。


 もちろん残りの花粉を無事に見つけ出し、この事件の黒幕であるエディオン侯爵を捕らえるまでは本当の安心とはいかなかったが、ひとまずラルベルが狙われることはもうないと思うと、ひとつ肩の荷が下りる思いだった。



 王都に戻り、すぐにグンニルとタニアが収監されている牢へと足を向けたダンベルト。


「グンニル。やはりお前が給水塔に隠していたんだな」


「わしは何も言わん。言ったら殺されるからな。そんな割に合わん真似ができるか。ただあの男が金儲けの口があるからとうまい話を持ちかけてきおったから、それに乗っただけだ。それにわしはただ石鹸をいくつかゴーダの店に置くよういっただけで、あの給水塔は荷の保管庫に使いたいというから貸していただけだ。それが何の罪になる」


 ――何も話さないと言う割には、ぺらぺらとしゃべってくれるな。馬鹿なのか、こいつは。


 狡猾そうな目を吊り上げて、頭からだらだらと滝のような汗を垂らしながら必死に自己弁護をし続けるグンニルに、呆れた目を向ける。よくもまぁ息継ぎもなしに、そんなにぺらぺらと口が回るものだ。

 それに対して、隣の牢に入れられたタニアは――。


「あんたはどうだ、タニア。男爵は屋敷から口もろくに利けない廃人同然の姿で見つかった。使用人も残らず確保されて今頃聴取されている頃だろう。あんたの狙いは何だ。こんな禿ネズミと組んで何をする気だった?」


 黙ったまま前方を静かに見据えて、口元にわずかに笑みを浮かべているあたり、グンニルに比べて肝が座っている。何を考えているのかわからない怖さがある。


「まぁいい。教会にあった花粉はとっくにすり替えておいたからな。お前たちが運んできたのは、ただの砂糖入りの石鹸だよ。生憎だったな」


 一瞬鋭い目を向けたものの、タニアは再び無表情に前方に目をやる。この様子からして拷問などしても口を割りそうにないし、口の軽いグンニルはこちらが求める以上のことは知らされていないようだ。


 ――使い捨ての駒、といったところか。なんとかして、エディオン侯爵の名前を引き出したいところだが。



 次にダンベルトが向かったのはゴーダのおかみのもとだ。


「話を聞きたいんだが、いいか」


 疲れた顔をしてはいたが、多少は落ち着いたのか穏やかな表情で出迎えてくれた。


「あのシスターを盾に脅されて加担したとのことだが、間違いないか?具体的にどんな役割を?詳しく説明してくれ」


 事が明るみになってほっとしたのか落ち着いた様子で話し出す。


「あたしはあの町でずっとあの店をやってたんです。夫はもう亡くなりましたけどまっとうな商売をしてきたつもりです。それがこんなことになっちまって、あの人になんていったらいいのか……。でもあたしはどうしてもあの石鹸を売ることだけはできなかったんです。それはもう本当に神に誓えますよ!毒入りの石鹸は全部店の裏に隠してありますとも。一個だって売ってません。これは信じてください、団長さん」


 ぼろぼろと涙を流しながら訴えかけるように話すおかみの様子に、嘘は感じられない。


 おかみは、グンニルに渡された石鹸を普通のものに紛れ込ませて一定数販売するように言われていたらしい。

 だが若いシスター、マリーという名らしいが、面倒を見ていたあの少女を守るために売るふりをして、こっそりと普通の石鹸とすり替えて隠していたのだという。グンニルは被害の報告がなかなか上がらないことにやきもきしていたらしいが、どこに流通しているかわからない以上、おかみを責め立てるわけにもいかなかったようだ。


「お前の機転のおかげで、みんな救われた。よくやってくれた。人質をとられていては逆らうことはできなかったろう。よく耐えてくれた。マリーも子どもたちも無事だ。もう安心していい」


 ダンベルトの言葉に顔を覆って泣き出すおかみ。よほど気に病んでいたのだろう。

 教会から石鹸を運ぶ手伝いをしていた御者もおかみと同様に脅されて加担していただけで、内容については何も知らされていなかった。石鹸の加工を手伝わされていたジーニーたちもまた、罪には問われないはずだ。


 ――あとはエディオン侯爵と、残りの花粉の確保か。


 まだまだ事件は終わらないが、これが大きな一歩であることは明らかだ。ダンベルトはひとつ大きく息をついた。



いよいよ物語も佳境へ。

まったりとしたお話になるかと思いきや、我ながらこんな方向へ進むとはと動揺しております。

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