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勇敢な少年の笑顔



 イレウスは焦っていた。


 リューグ男爵の妻タニアがこの国に持ち込んだ悪魔の花の花粉は、王都とその周辺一帯の町全部を壊滅させるに十分な量だ。それらしき被害の報告がないことから考えて流通こそまだしていないようだが、広まるのは時間の問題といっていい。

 国中に広まる前に何としても回収しなければ――。


 ――あいつは今頃教会を見張っている頃か……。うまくみつかるといいが。



 その頃ロルは、教会の裏手にある一本の大木に登っていた。その身軽な身体と山で培った能力をいかして、大きな音もたてずにするすると登っていく。


 ちょうど建物全体を見渡せる位置に辿り着いたロルは、教会の屋根を見下ろす。

 屋根板は剥がれかかり、あちこちに隙間がみえる。いつ崩れ落ちてもおかしくないくらい、古い建物だ。

 ダンベルトの仕事を手伝うことになったロルの役割は、この教会のどこかに隠されている危険な毒物のありかを見つけ、可能であればそれをあるものとすりかえることである。


 教会の表側を少し離れたところで見張っていたダンベルトは、ロルが器用に大木を登っていく様を見ていた。


 ――まるで山猿だな。ラルベルとは違う意味でおかしな奴だ。


 ラルベルといいロルといい、どうも野生的な匂いがする。同じ町の出身というが、一体どんな場所で育ったんだろうか、と思わず苦笑するダンベルトである。


 なんとしてでもシスターと子どもたちを安全にここから救い出さなければならない。そのためには、絶対にあの女にこちらの動きを知られずに、花粉のありかと中の様子を探らなければ……。

 

 ――しかし、タニアはどこにいるのだろう。ここについてもう六時間ほどたつが、姿はどこにも見えないな。

 

 そこに聞こえてきた声。


「シスター!あいつはいつ戻ってくるんだ?」


 礼拝堂の中から聞こえてくるのはあの少年と若いシスターの声だ。


「あいつなんていってはだめよ!もし聞かれたらどうするの?」


 慌ててたしなめるシスターになおも何か話しているようだが、ダンベルトの耳には届かない。ただ、声には怒りと憤りがにじんでいる。

 その後もとぎれとぎれに声が聞こえてくる。


 ――夜。あの女。石鹸。殺され……。


 いくつかの言葉を拾い合わせて、ダンベルトは確信する。


 ――間違いない。ここで加工が行われている。しかもこの若いシスターと子どもたちの手で。殺されるというのはタニアに脅されてという意味だろう。夜というのは、加工が夜ということか?



 その後も数日にわたって、教会の監視は続いた。

 やはり、監視の目をどう潜り抜けているのかはわからないが、タニアは誰にも見られずにこの教会を出入りしているようだ。男爵家の屋敷には戻っていないようで、どこに滞在しているのか首をかしげるダンベルトである。

 子どもたちとシスターは、毎日午前中の決まった時間に礼拝堂の清掃を行い、洗濯物を干したり畑で芋などを収穫しに姿を見せるくらいだ。


 どうにかしてあの少年に接触して事情を聞きだせないかと思案するダンベルト。

 清掃の時間に入っていって話を聞いてもいいのだが、もしタイミング悪くタニアが戻ってきたら子どもたちの身が危ない。


 ――せめてタニアが確実に不在にする時間がわかればな。



 チャンスが訪れたのは、そのあくる日の朝早く。


「団長!タニアが男爵家に先ほど戻ったとの連絡が入りました」


 ダンベルトはその知らせを受けてあの少年に接触するチャンスは今日しかない、と即座に判断する。


 ここ数日間タニアの出入りは見張りの者たちを各所に配置しているにも関わらず、ようとしてつかめなかったのだ。何か特別なルートを使って出入りしているのは明らかだ。

 だが今現在王都の屋敷にいるのであれば、教会に戻るためにはどれほど馬を走らせても数時間の猶予はある。


 ダンベルトは、清掃の時間をじっと待った。教会の周辺に怪しい人影がないことは部下にも確かめさせているし、どうやら教会にエディオン侯爵家の私兵はついていないようだ。もし仮に誰かが近づこうとしても、ロルが木の上から合図を送ってくれる手はずになっている。

 

 ――シスターは少々気が弱そうだが、あの少年ならばきっと。


 ダンベルトはあの少年に賭けていた。あの何かを守ろうとする、何者にも屈しない強い目に。



 いつもと同じ時間に、清掃は始まった。慎重に礼拝堂の入り口に近づくダンベルト。

 シスターが高い場所を片付けるためこちらに背を向けたのを確認すると、小さく指笛を吹く。警戒心の強そうなあの子であれば、きっと気が付くはずだ。


 案の定さっと険しい表情で振り向いた少年を手招きで建物の裏手に誘導すると、鋭い視線で警戒しながらもついてくる。


「俺は第二師団団長のダンベルトだ。単刀直入に聞く。お前たちはあのやけどの女に脅されているのか?」


 今は持って回った言い方で話している暇はない。タニアが不在の間にわずかでも情報を聞き出さなければならない。

 一瞬目を見張り、少年は頷く。


「何をやらされている?」

「石鹸の中に粉みたいなものを仕込んでる。年長の俺ら五人とシスターで。やらなきゃみんな殺すっていわれてる」


 少年は悔しそうに顔を歪ませる。


「お前たちを助けたい。手伝ってくれるか?」


 完全に警戒が解けたわけではなさそうだが、「何をすればいい?」と尋ね返してきた。

 ダンベルトは、作らせているのは毒入りの石鹸であり、その毒のありかと加工した後の石鹸をどう運んでいるのかを調べていると説明する。

 少年はすぐに事態を飲み込むと、教会裏の切り立った崖を指さした。


「毒は、あの女が加工する分だけ箱に入れて持ってくる。石鹸と毒はあの蔦の裏にある抜け道の中に隠してあって、俺が中に運んでみんなで中に詰めるんだ。加工し終わったら袋に入れて、あの抜け道を通り抜けた先の小屋に運ぶんだよ」


 まさかそんな抜け道まで用意してあったとは、と愕然とするダンベルト。確かによく見れば蔦が覆いかぶさっている個所が見える。


「もしかして、あの抜け道を使ってあの女はどこかへ出入りしているのか?」


 無言で頷く少年。


「俺、抜け道の先に待ってる馬車のあとを付けようと思って走ったけど、追いつけなかった。このままじゃみんな殺される。助けて!」


 悲壮な声に、事態がひっ迫しているのを感じるダンベルト。

 少年の頭に手を乗せてなでてやると、その鋭いまっすぐな瞳にみるみる膜が張る。


「大丈夫だ。俺たちが必ず助ける。箱の中身を俺たちが他の粉にすり替える。加工済みの石鹸をいつ運ぶか知っているか?」


「明日の夜だと思う。袋は俺とあと二人が運んで、後からあの女が監視しながら付いてくる。他の子どもとシスターをその間鍵のかかった部屋に閉じ込めておくんだ。袋を全部運び終わったら、女がその鍵を俺に渡して俺たちだけここに戻ってくることになってる」


 汚いやり口に反吐が出そうだが、この少年のおかげでこれ以上ないほど有益な情報が手に入った。


「よくわかった。明日の夜俺たちが馬車のあとをつける。お前はすり替えたことを絶対に気づかれないように、いつも通り加工して、ここに戻ってきてくれ。あの女が教会に戻ってこないようなら、指笛で合図しろ。すぐに部下たちがお前たちを助け出しにいく」


 まっすぐな目で力強く頷く少年。

 もし計画がばれれば命の危険もある。本来ならばこんな小さな子どもにやらせるべきではないが、今はどうあっても石鹸のルートを突き止めなければならない。それができなければ、遅かれ早かれ第二のこの子たちを生み出すだけだ。


「俺にまかせて。その代わり絶対にみんなを助けてくれよ。そのためなら何でもする」


 力強い声で言い切る少年。頼もしい一言に、ダンベルトの胸に希望の光が灯る。


「聞き忘れていた。お前の名前は?」

「ジーニーだよ。シスターがつけてくれたんだ。俺、名無しの捨て子だったからさ。ここにきて初めて人扱いされたんだ」


 少し気恥ずかしそうに、でも嬉しそうに答えるジーニーの話に一瞬言葉を失うダンベルトだったが、そのひたむきな思いに心打たれた。


「ジーニー、いい名だな。俺たちが絶対に助ける。くれぐれも気取られるなよ」


 ダンベルトは教会の尖塔の先の十字架に目をやり、柄にもなく神頼みする。


 ――どうかこの子たちを見守ってくれ。俺たちが必ず助け出せるように。そしてこの国をあんな薄汚れた奴らから守れるように。



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