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協同戦線



 先代のリューグ男爵家当主は、それなりに評判の良い男であったと聞く。だが息子が爵位を継いでからは、不祥事により領地を一部没収され、今では貴族社会の間で話題にも上らないほど没落している。

 現当主はここ一年ほど、病気を理由に表には一切姿を現していない。領地管理などの実務は、妻と執事とが行っているらしい。

 そしてその妻もまたその出自や顔を知る者は少なく、謎の多い人物である。


「つまり、やはりゴーダに出入りしているのはリューグ男爵、しかも妻がシスターに扮して教会にまで潜入して動いているということか。教会が毒入り石鹸工場とは、よく考えたな」


 ダンベルトからラルベルの話を聞いたイレウスは、うなるようにため息をつく。


「男爵の所在はつかめたのか?」

「いや。長く病床にあるらしいが、通いの医者も見当たらない。もう死んでいるという噂もあるくらいだ」

「妻のタニアはそこそこ大きな商家の出らしいが、今ではもう親類縁者もその商家もなくなっている。もともとこの国の人間ではないようだが、はっきりしない。どこかのパーティーで男爵が見初めて結婚したという話だが。何しろ奥方をみたことのある者はほとんどいないんだ」


 ダンベルトは考えていた。

 実は男爵自身ではなく、その妻こそがエディオン侯爵とつながっている黒幕だとしたら。


 ならば悪魔の花粉をこの国に持ち込んだのは、あの女がエディオン侯爵に命じられたからか。そして、あの教会であの若いシスターと子供たちを脅して石鹸を加工させている。ゴーダの町の者も脅されて使われているとしたら。

 そう考えれば、すべてがつながる。


 ダンベルトは、ギリギリと奥歯を噛みしめる。


「ところでラルベルちゃんは大丈夫なの?顔、見られてるんだよね。お前のことだからとっくに常時警護してるんだろうけど」

「それは問題ない。幼馴染みだという男にも協力してもらっているし、いざとなれば俺もすぐかけつける」


 だろうなと言わんばかりの顔で小さく笑うイレウス。


 ラルベルの身辺警護は第二師団に任せておけば問題ないだろうが、その幼馴染みだという男とラルベルの関係は心配しなくていいのかね、と心の中で思う。ラルベルの身の心配でいっぱいで、おそらくはそこまで気が回っていないのだろうが。

 どこまでも不器用で純情可憐な親友に、苦笑するイレウスである。


「教会に乗り込むか?」


 鋭い目でダンベルトをみるイレウス。ダンベルトはしばし考えこんでかぶりを振る。


「いや、やはりまずは粉のありかを突き止めたい。教会に保管されているとも考えられるが、あの女が常時いるようなら踏み込めないしな」

「どうにかして花粉だけでも無害化できればいいんだが。ガウラによれば一日日光にさらせば無害化できるらしいからな」


 イレウスの言葉に、しばし無言で考え込むダンベルト。


「あそこの子どもに接触してみる。若いシスターはおそらくあの子どもたちを盾に脅されているだろうから、口を割るとは思えないが、子どもとは言えあの子なら……」


 ダンベルトはあの十歳くらいの少年の鋭い目を思い出していた。


 ――強い目だ。まだ何もあきらめていない、強い戦う目。あの子どもなら……。



 イレウスと別れ、ダンベルトはロルの宿泊している宿に足を向ける。ラルベルの警護に協力してもらうため、長逗留になるだろうと判断したダンベルトが紹介した宿である。店主にダンベルトがかけあって、格安で月契約している。


「邪魔するぞ。頼みがあるんだ」


 食事時ではあったが部屋で休んでいた様子のロルに、声をかける。

 先日ラルベルの部屋で話して以来、ダンベルトはロルの幼馴染みを守りたいというその思いが真剣であることを見抜いていた。この男に任せておけば、当面ラルベルの安全は問題ないだろうとも。


「明日ちょっと町を離れる。何事もないとは思うが、もし数日たっても俺が戻らないようならラルベルの警護をお前に任せたい」


 ダンベルトの申し出にロルは眉を顰める。


「……当ててみせようか。教会に行くんだろ。その女が犯罪に関わってるのか?」


 ロルは真剣な顔で、ダンベルトを見つめている。まだ少年のこの男に、国を揺るがすような情報を話すわけにはいかない。だが、ラルベルを守るにはもう少し話しておくべきか……。


 思案するダンベルト。


「お前、俺の仕事を手伝う気はあるか?なら情報を教える。もちろん、全部とはいかないが」


 しばし考えこんでいたが、頷いて先を促すロル。ラルベルを守るには何より情報が必要だ。


「あの女はリューグ男爵という貴族の妻で、おそらくは今この国で起きている事件の首謀者の一人だ。その決定的な証拠品が、あの教会にあるかもしれない。それを明日確かめに行く。あの女があそこにいる以上、危険がないとは言い切れん」

「だから、もしも死んだらあとを頼むってことか?」


 勝手に人を殺すな、とロルを睨みつけるとニヤッと人の悪そうな顔で笑って見せる。くえない奴だ、と思いながらダンベルトは続ける。


「お前はラルベルの親が今どこにいるか知ってるか?もしくは他に頼れるような知り合いはいないのか?もしいるなら、あいつを連れてこの町を離れてくれ。もしくは俺が王都の安全な場所を用意してもいい。もちろん移動の際の警護は、俺の部下かイレウスに任せる。どうだ?」


 一瞬ロルの顔に警戒するような色が走ったように見えたが、気のせいだろうか。

 ロルは黙って首を振ると、身寄りも頼る先もないと言う。親はどこかを旅行しているらしいが、その行方はつかめていないらしい。


「ラルベルのことは俺がなんとかするよ。それよりあんたは大丈夫なのか。俺は顔も知られてないし、若い分警戒もされにくい。案外使えると思うぜ」


「……しかし、危険なことに巻き込むわけには」


 躊躇するダンベルト。たしかに目端はききそうだし、動きも悪くない。機転も利きそうだし、確かに警戒されないという意味では使えるかもしれないが。


ラルベルを守りたい思いは互いに同じだ。

こいつは幼馴染みとして、そして俺は――。


なんとしてもラルベルを守りたい。髪の毛一本傷つけるわけにはいかない。


「俺に命を預けてくれ、ロル。頼みたいことがある。ただしラルベルの身辺に異常がなければ、だが」


 当然とばかりに笑うロル。思いは一致したようだ。こうしてダンベルトは一人の信頼のおける協力者を手に入れたのだった。

  


 

 フクロウが夜の空に静かに飛び立っていく。


 いつもの飄々とした表情で、その背中を見送ったロル。

 手にした手紙には、ヴァンパイア仲間たちからの知らせが書いてある。ラルベルのもとを離れている間、ひそかに仲間たちに応援を頼むためである。ヴァンパイアにとって仲間は家族同然。みなの子どもといってもいいラルベルの危機に、手を貸さないわけがない。


 明日からラルベルの周辺には、常時数人のヴァンパイアたちが張ることになる。もちろん本人には何も知らせないし、姿は見せないようにいってある。


 ――まぁ、あいつは自分が危険にさらされているなんて、微塵も気づいていないだろうけどな。


 ラルベルの良さはあの能天気さだ。

 本来人間とヴァンパイアのハーフなんて、どちらの側からもはじかれる存在だ。種を超えた関係は、やはり困難が付きまとう。

 なのにあいつときたら、ヴァンパイアの集落でも人間の町でもすっかり溶け込んで、気づけば人気者だ。あいつのあの能天気な陽気さと素直さが、きっと周囲の者を引き付けるんだろう。


 ロルは正直そんなラルベルの能天気さに呆れつつも、うらやましく感じてもいた。

 あいつならどこにいてもきっとうまくやっていける。だからこそ、余計に守ってやりたいと思うのだ。あいつがいつでもへらり、と楽しそうに笑って生きていけるように。


 これで幼馴染みの身の安全は確保された。ヴァンパイアはあんな森で動物たちと共生しているだけあって、これでも人間よりははるかに身体能力は高いのだ。


 ロルも明日の朝早くには、教会へと出発する。ダンベルト一行とともに。少年らしくわずかにわくわくする思いも感じつつ、でも何よりラルベルを守るために自分にできることをすると心に強く思いながら、目を閉じる。


 夜は静かに更けていった。



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