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甘い甘いスイーツタイム



 今日は海猫亭の定休日。


 ここのところ自分の中のヴァンパイアとしての本能がにわかに忙しいせいで、すっかり家に食料が尽きてしまったラルベルである。買いためていたクッキーやら果物やらで空腹を紛らわしていたラルベルも、さすがにそろそろ限界である。


 ――甘いものが食べたい。今すぐに。クッキーもメレンゲももうなくなってしまったし、昨日の夜最後の砦であるキャラメルも食べつくしてしまった……。


 よもやこの町にいて、飢えるとは。

 ラルベルは決心する。


 ――よし、町に行くぞ。買い物しよう。して、さっさと帰ってこよう!そうしよう!


 満月の影響が残っているかもしれないとロルは言っていたが、この前ダンベルトたちが部屋に来た時は特に変な感じはしなかった。やっぱりあれは一時的な体調不良みたいなものだったんじゃないかな。


 そう自分に言い聞かせて、意気揚々とお気に入りのワンピースを着て下宿を出るラルベル。



 町をこうして歩き回るのは約一週間ぶりだ。もちろん海猫亭には仕事に行っていたけれど、店と家の往復だけの生活はやっぱりどこかつまらない。

 ふんふんと鼻歌まじりに町を歩く。


 ヴァンパイアが現れて人を襲っているという噂は思ったより広がっていないようで、まだ知らない人もまだいるらしい。十字架とかにんにくを欲しがる人も特にいないし、騒ぎもおきていないようだ。


 ――私が思っているほど、ヴァンパイアはこわがられてないんだろうか?イメージではもっと気味悪がられて迫害される感じだったんだけど。


 ずっと人間世界と切り離された森の中で生きてきたラルベルにとって、人間が自分たちをどうみているのか、実はよく知らない。

ただ歴史の中で迫害されて、時に死に追いやられるような事態も起きたと聞いている。


 もしあんまり憎まれていないならいいな、とラルベルは思う。たとえ共存することは難しくても、理解しあってそばで暮らせたらいい。


「こんにちは~!これと、あとその奥のケーキもください」


 浮き浮きとショーケースを指さしながら、色とりどりのスイーツたちを物色するラルベル。馴染みの店主もラルベルに気さくに声をかけてくれる。

 おまけにくれたキャラメルを口に放り込んで、軽い足取りで次のお店へ向かっていく。

 次は、あのボンボンのお店の向かいにあるお店で箱入りのチョコレートを買うのだ。


 あのボンボンのお店は一時のピークは過ぎたらしいが、今でも人気だ。今日も行列ができていて、にぎやかに押し合いへし合いしているようだ。

 ラルベルは両手いっぱいにスイーツを持ち、下宿へと戻る。



 下宿の前では、ある人物がラルベルの帰りを待っていた。


「……ダンベルトさん?」

「おかえり。随分買い込んだな。もしかして中身は全部甘いものか?」


 ラルベルの腕に抱えられた袋をちらと覗き見て、その顔を少し引きつらせるダンベルト。

 ラルベルがダンベルトに会うのは、この前ロルと一緒にここにきて話した以来だ。なんだか少し胸がそわそわするラルベルである。


「どうしたんですか?こんな昼間に」


 いつもダンベルトと会うのは海猫亭か夜に詰所で会うかで、あまり昼間に部屋で会うことはない。ダンベルトの仕事は年中無休のようなものだし、最近は町を留守にすることも多かったから。

 ラルベルの部屋の小さな椅子に窮屈そうに座るダンベルトは、胸のポケットから小さな紙袋を取り出すとテーブルの上に置く。


「最近貴族の間で流行っている菓子だそうだ。あまり食べ応えはないだろうが、まぁおやつにでも食べるといい」


 ちょっともじもじしているダンベルトに苦笑しながら、ラルベルはそっと包みを開く。

 小さな星のような形をした飴だろうか?とても繊細でかわいらしいお菓子が入っていた。


 ――わざわざ買ってきてくれたのかな。嬉しい。


 じんわりと心があったかくなるのを感じるラルベル。


「この間はあんな時間に急に押しかけて悪かった。取り急ぎ確認したくてな。その後変わったことはないな?」

「私がみたあの女の人がどうかしたの?ダンベルトさんが怪我した件と関係あるの?」


 一瞬あの日のことを思い出し、体に違和感を感じるラルベルだったが、すぐに元に戻ったことに安堵する。


 ――大丈夫みたい。この前みたいに熱くならないし、ダンベルトさんのそばにいてもなんともないし。やっぱりもう治ったのかな。


 ダンベルトは少しためらいつつも、話してくれた。

 ラルベルのみた女性が今起こりつつある事件に関わっているかもしれないこと。その身元を確認するために、ラルベルの目撃証言はとても役に立ったこと。もし同じ人物をみかけたら絶対に声はかけずにすぐに知らせてほしいこと。


「ちょっと危険かもしれないんだ。だからその女を見たり、身辺で何か変わったことがあったら俺でも部下でもいいし、ロルでもいい。すぐに教えてくれ」


 あまり怖がらせないようにだろうか。一生懸命こちらの反応をうかがいながら、言葉を選んで話しているようだ。


 ――危ないことに関わってしまったのかな。ダンベルトさんも、ロルも危険な目にこれ以上あわなければいいけど。


 どちらもラルベルにとって大切な存在だ。

 そう、たとえば家族のような。


「無茶しないでね、ダンベルトさん……。もしこの前みたいなことがあったら、私」


 ダンベルトにもしものことがあったらと思うと、おなかがぎゅっと苦しくなる。そうなったら……。考えただけでラルベルは怖くなる。

 いつのまに、こんなに近い存在になったんだろう。

 いつのまに、こんなに大切になったんだろう。


 ヴァンパイア仲間に対するものとも、ロルに対するものとも違う。大好きな町の人やノールさんたち、常連さんたちに対するものとも違う。

 なにかもっと別な気持ち。


 不安そうな目で自分をみつめてくるラルベルの頭を、ダンベルトはふっと優しく笑いかけてくしゃくしゃっと撫でる。


「大丈夫だよ、お前が心配することはない。何があっても俺が守ってやるし、自分のことは自分でなんとかできる。それよりも……」


 一瞬間をおいて、真剣な顔でラルベルを見つめる。


「言っておきたいことがあるんだ。お前がどこからきて、何を隠しているのは知らないが、言いたくなるまで言わなくていい。でももし、話したくなったら聞いてほしくなったら、助けが必要になったら、頼ってほしい。俺はお前の力になりたいと思っているし、守ってやりたいと思っている。だから」


 息をのんでダンベルトの言葉を聞くラルベル。


「だから、忘れないでくれ。どんな時でも、俺を思い出せ。困ったときでも泣きたいときでも、腹がすいたときでも俺がなんとかしてやるから」


 ダンベルトの言葉ひとつひとつがラルベルの心にしみていく。

 じわじわと、血の渇きとはまた違う熱が、ラルベルの体中を巡って頬を熱くする。


 ダンベルトのラルベルを見る目は、どこまでも優しい。

 思わず、その大きな体に引き寄せられるくらいに。


「うん……。わかった。覚えておく」


 他に言葉が思いつかずに、頷くことしかできないラルベル。


 頬が熱い。

 燃えて消し炭になってしまいそうなくらい、熱い。溶けるほどに甘いスイーツを口にした時よりも、ずっとずっと甘くとろけるような気持ち。


 この気持ちはなんだろう?

 この気恥ずかしいけれど、浮き立つようなこの思いはなんだろう?


 ラルベルはダンベルトと見つめあう。あたたかく包み込むような優しい目。

 ラルベルはこの思いが人生で初めて感じる、なにかとても大切な感情であると気づいていた。




 でもそれが、恋と呼ばれるものであるのかを気づくのは、もう少し先の話。どこまでも純情で不器用な二人である。


 そんな二人の気持ちをよそに、事態は進んでいた。

 それも、悪い方向に――。




 ダンベルトがロルとともに町を発ったのは、その翌日のことである。

 ラルベルのもとにも、その足音は近づいていた。


 事が大きく動くのは、もうすぐ――――。




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