ロルとダンベルト
ダンベルトは二人の部下を引き連れて港を訪れた。
悪魔の花の花粉がこの国に持ち込まれているとしたら、おそらく石鹸とは別にデルベから輸入されているはずだ。
それ自体は無害なら毒の検査にもおそらく引っかからず、調味料や化粧品といった形で持ち込まれている可能性もある。
だがおそらく輸入時期は同時期。まずは、半年ほどの間の輸入リストから該当する品をしらみつぶしに調べていく。
グンニルとリューグ男爵家は、グル商会とデーグ商会という名を使ってデルベの同船から石鹸を輸入している。その商会名では、石鹸以外のものを仕入れた形跡はない。
では別の商会名で、同時期にデルベの船から輸入されているものは――。
「ありました!同日同時刻にデルベの別の船からおしろい粉を輸入している者がいます。しかも、リューグ男爵家の名で……!」
「他の日付でも仕入れていないか、続けて調べてくれ。俺は港の者たちに話を聞いてくる」
部下たちにリストの調査を任せて、ダンベルトは港で働く者たちにグル商会とデーグ商会、そしてリューグ男爵家について何か知っていることはないか聞き取りにまわる。
特に有益な情報は得られなかったが、デルベの船についてある話を聞いた。
「デルベの船にはいつも変な男が乗ってるんです。暑い日でも全身真っ黒な服を着てましてね、なんだか胡散臭い奴でねぇ。冷ややかっていうのか、おっかないっていうのか。とりあえず夜にすれ違ったら俺ならすぐ逃げますね」
船の手入れをしていたその男は、そういって笑い飛ばした。
ダンベルトはその男の特徴に、思い当たる節があった。以前イレウスが言っていた、エディオン侯爵家の私兵の特徴と、あの日ダンベルトを襲った人を殺すことを微塵もためらわない気配。
――俺を襲ったやつと同じ男かもしれない。だとしたら容易にこの国に入り込んでいるということか。
ダンベルトは一通り聞き込みを済ませて、部下のもとへ戻る。
「どうだった?」
結果は、過去に二度石鹸と同時期におしろい粉がデルベから持ち込まれていた。
ダンベルトはその粉が悪魔の花の花粉だと、確信する。これでどれくらいの量が入ってきているのか、大体の見当がつく。あとは、それが現段階でどれほど流通しているかだが――。
石鹸を毒入りに加工するにはある程度の広い場所が必要だが、ゴーダにはそれらしい場所がない。となると、疑わしいのは教会だ。しかし、人質となっているであろう若いシスターと子どもたちの身の安全が確保できない現段階では、踏み込むわけにもいかない。
ダンベルトは今後の対策を練るために、一度町に引き返す。
詰所には、一人の客が待っていた。
ラルベルと同じくらいの年だろうか。どこか飄々とした雰囲気をまとった少年である。
「あんたがダンベルトだな。俺はロル。ラルベルの兄貴分だ」
どことなく挑戦的な態度に、ダンベルトは一瞬眉間にしわを寄せる。
ラルベルとはもう一週間ほど会えていない。変わりはないとは聞いていたが、兄貴分なんていたのか。
「あんたゴーダを見張ってたろ」
ゴーダという名前に反応するダンベルト。
いぶかしげにロルを見て、「なぜそれを知ってる?あの町の者か?」と尋ねるが、首を振る。
「あんたと部下たちが見張ってるのを見たんだ。何を探ってる?」
「それを聞いてどうする?」
ゴーダを偵察していたことはラルベルにも話していないし、この町の者も知らないはずだ。まさか事件と関係しているのかと警戒するダンベルト。
「ラルベルがあの町で馬車に乗った貴族を見たと言っている。首にやけどの痕のある女だそうだ。何か知ってるか?」
昨日ラルベルから届いた手紙にはこう書いてあった。
『半年くらい前に、ゴーダで小さな馬車に乗った貴族に轢かれそうになったの。首にやけどの痕のある綺麗な女の人』、と。
おそらくゴーダで何かの犯罪の調査をしているのだろうとは踏んでいたが、この警戒ぶりを見ると相当やばそうだ。ならば、その女を見たというラルベルの身にも危険が及ぶかもしれない。もしそうならば、なんとしてでもラルベルを守らなければならない。
だが、ロル一人の力ではなんともならない。この男の力を借りるのが得策だ、とロルの勘が告げていた。
激しく驚いた表情でしばらくロルを見つめて何かを考えこんでいたダンベルトは、口を開く。
「ラルベルと直接話したい。お前も来てくれ」
そう言ってロルを伴って詰所を出て、ラルベルの下宿へと向かう。
「ラルベル、ちょっといいか。聞きたいことがあるんだが」
ラルベルの部屋に、ダンベルトとロンが並んで座っている。その取り合わせに戸惑う。しかも二人とも互いを警戒しているようで、なんとも居心地が悪い。
「え~と、どんなことでしょう……」
まさか自分がヴァンパイアであることがばれたのではと、久しぶりに会えて浮きたった気持ちがぐんぐんと冷えていく。
「お前が見た馬車の話を聞かせてほしい。とても大事なことなんだ。だから、よく思い出して……ん?どうした?」
ラルベルは、そういえばこの前ロルに手紙送ったなぁ……とぼんやり思い出した。ということは、ヴァンパイアじゃなくて馬車の話を聞きにきたのか!と力が抜ける。
「えっと見たっていっても、一瞬ちらっとだよ?話したりもしてないし」
ロルは小さく肩をすくめている。
「その時にお前が見たもの、感じたことを余さず教えてほしい」
いつになく真剣な表情のダンベルトに戸惑いつつも、記憶を辿りながら話し始める。
あれは確か秋の終わり頃、風の強い日で――。
いつものように店で干し肉と紅茶とパンを買って町を出ようとしたら、風でフードがめくれて小さな女の子に顔を一瞬見られちゃったんだよね。慌ててフードを被りなおして、立ち去ろうと町の入り口まで行ったら、そこに一台の馬車がなかなかのスピードで入ってきて……。
「それで?どんな奴だった?馬車の色や形状は?」
食い気味にラルベルに質問してくるダンベルトに、思わず身を引きつつも記憶を辿る。
「えっと、確か黒に金の縁飾りのある小さな馬車で、中に一人貴族っぽい人が乗ってて」
ラルベルのすぐ横を、かすめるように走っていったんだよな。もう少しでひかれるとこだったから、思わず馬車の中を見たら中の人とばっちり目が合っちゃって。
「黒のベールが風で舞い上がってちらっと顔が見えたの。顎の下から首元にかけてかな?引き攣れたような、やけどか何かの痕があったよ。綺麗な女の人だったけど」
そう話すと、ダンベルトの目がくわっと大きく鋭く見開かれて、ラルベルは青ざめる。
――久しぶりに見た。この眼光。やっぱりゴブリン怖い。この人、怖い!
初めて会った時の鋭い目を思い出し、おなかの中がきゅっと悲鳴をあげる。
ダンベルトはゆっくりと口元に笑みを浮かべると、息を吐いた。
「私見たのはそれだけ。すぐ奥のお屋敷の方に走っていっちゃったし。あ!でもあと馬車に紋章が見えたよ。なんだろうな、あれ?剣に蔦みたいな植物が絡み合ったみたいな」
結構凝った柄で、綺麗といえば綺麗だったよなぁと呑気に思い出すラルベル。
それを聞いたダンベルトは、一瞬の間ののちに大声で笑いだす。
鋭い眼光でぶわっはっはっはっ!と大声で急に笑い出したダンベルトを、もはや恐怖のまなざしで見つめるラルベルである。もう久しぶりに会えた喜びも、浮き浮き感もとうの昔にどこかへ消え去ってしまった。
――やっぱりゴブリン怖すぎる!なんなの?
ひとしきり笑ってすっきりしたのか、先ほどまでとは打って変わって明るい表情でラルベルを見るダンベルト。
ロンは先ほどまでの警戒心はどこかへ消えてしまったようで、残念なものを見るような目でダンベルトを見ている。
「よく分かった。ありがとう。お手柄だ、ラルベル。お前はこの町と国を救う一手になるかもしれん」
――私が救う?この町と国を?いきなりヒーロー、いや。ヒロインか!なんでだ。
わけのわからないことを言い出したダンベルトは、そういって優しく笑う。そのいつも通りのあたたかさに、思わずちょっと嬉しくなるラルベルだ。
――まぁ役に立てたんならいいか。この町にも、ダンベルトさんにも。
「ところでラルベル、お前その女と目が合ったなら向こうもお前を見たってことだよな?」
ダンベルトとラルベルの話をじっと横で聞いていたロルが、険しい顔をして問いかける。
「う~ん、まぁそうだと思うけど。一瞬だったから向こうは気にも留めてないんじゃないかな?」
ラルベルはそういってへらり、と笑って見せたが、目の前の男二人は笑っていない。
「幼馴染みだといったな。協力してくれるか」
「はなからそのつもりだ。そっちこそ俺に協力しろ」
ふん、と鼻をならしていつもの不遜な態度でこたえるロル。
気のせいだろうか、火花が見える……?
二人の男は無言でしばしにらみ合っていたが、その後頷きあって「この下宿を毎日……」とか「夜は2人外に……」とか、何かよくわからないことをぶつぶつと小声で話し合っている。
――いつのまに仲良くなったんだろ、この二人。
その後、のんびりと紅茶と木の実がたっぷりのマフィンを楽しむラルベルをよそ目に、しばらく何かを話していた二人だったが、その後仲良く連れ立って帰っていった。
一体なんだったんだろうなぁ、とつぶやいてその背中を見送るラルベルだった。




