つながるピース
王都周辺の町では、相変わらずヴァンパイアの噂がささやかれている。
他の町では十字架やにんにくを買い求めるものが後を絶たないらしいが、この町では表面上はこれまでの日常とかわらない穏やかさを保っている。
ダンベルトは、この噂が誰かが意図的に流したものであると確信していた。その理由はわからないが、おそらくは今回の事件に関係しているのだろう。
噂というのは、もっとも効果的でしかも混乱を生じさせるのにたやすい方法だ。一度種をまけば、あとは勝手に広がっていくのだから。
ダンベルトは部下たちに、噂に振り回されないようにと伝えていた。振り回されれば、思わぬ混乱を呼ぶことになるから、と。忠実な部下たちはダンベルトの指示に従って、不安がる町人たちの説得に当たっていた。
そのためか、相変わらず町は活気に満ちていたし、海猫亭も普段通りの賑わいをみせていた。
ここのところ王宮と第一師団との間を往復する日々で、ラルベルには会えていない。
ノールやマルタに様子を聞いてみたが、噂を恐れてなのか、仕事以外の外出を控えている以外は特に変わりないようだ。
赤い目についても気になるところではあるが、あの時は自分もけがを負って長いテント生活で疲れてもいた。もしかしたら疲れが見せた幻覚だったのかもしれないと、今となっては思えてくる。
――何もないならば、それでいい。もう少し落ち着いたら会いに行こう。
そう思いながら、ダンベルトは今日もやるべきことに追われていた。
事態が動いたのは、それからまもなくのことだ。
「団長!動きました。数時間前に教会にゴーダの商店のおかみが来て、シスターから何かの袋を受け取っていったそうです。中身は確認できませんでしたが、どうしますか?」
「すぐに教会に向かう。あと、ゴーダの張り込みを増やしてくれ」
ダンベルトは数人の部下を引き連れ、馬で教会へと急ぐ。
――やはりゴーダは町ぐるみでこの事件に関与しているのか。一体何を受け取った?
毒の詳細とありかについてはイレウスの調べを待つしかないが、気になるのは誰がどこで、石鹸に毒を仕込んでいるのかということだ。そもそもどうやって毒物自体をこの国に持ち込んでいるのか。
輸入品は港で念入りに調べられる。もしその時に少しでも怪しまれれば、その場で荷はすべて没収される。かといってそんな毒物がこの国で精製されているなど、考えにくい。
もし仮に毒物のみを別ルートで持ち込んで国内で加工しているとするならば、誰が加工を行っているか。コニアに似た劇物など、誰にでもたやすく扱える代物ではない。
――だとすれば利用されるのは……。
教会に着いたダンベルトは、部下を少し離れた場所に待機させ一人で教会に入っていく。小さな祭壇に十字架、床はぎしぎしと今にも抜けそうなほど、建物自体が朽ちている。
ダンベルトがさりげなく立ち寄った風を装って祭壇あたりに近づくと、奥からシスターが驚いた表情で顔を出した。
「そこの方、何かご用ですか?」
突然の訪問者に少し驚いた様子ではあるが、特に不審な気配は感じられない。
「いや、随分古い教会だと思ってな。これから王都見物にいこうと思っているんだが途中で寄ってみたんだ。迷惑だったかな?」
ダンベルトはできるだけ気さくに話しかけて、シスターの様子をうかがう。
「とんでもございません。何も珍しいものはございませんが、よろしければどうそ祈りを捧げていってくださいませ」
にっこりと穏やかな笑みを浮かべるシスター。
ダンベルトはふと気づく。
しっかりと首元まで慎ましく覆われた僧衣でうまく隠してはあるが、顎の下から首へと続く肌が少し引き攣れたように動いている。
――やけどの痕、か……?
観察をしながらも、相手は女性でシスターである。さっとその痕からは目線をずらして、素振りや言葉の節々から変わった様子はないか注意を払う。
ダンベルトの予想では、この教会の人間は何者かに脅されてこの事件に巻き込まれているのでは、と考えていたのだったが、どうもそんな気配は感じられない。
見込み違いか、と立ち去ろうとしたその時。
奥の扉から、もう一人のシスターが一人の薄汚れた格好をした子供を追いかけながら飛び出してきた。こちらはまだ若い。おそらく十八、九歳といったところだろうか。子どもはぼさぼさの髪にきつい目をした十歳位の少年だ。
「申し訳ございません。お客様とは知らず……」
そういって子供の手をとると慌てて戻っていこうとする。その怯えたような表情に何かを感じるダンベルト。
「いや、こちらこそ突然にすまない。ここで暮らしている子か?」
ダンベルトがその子供に尋ねると、こちらをにらみつけるような強い目でじっと見つめ返してくる。
若いシスターはその子を背に隠すように、「お許しください。まだ来たばかりで礼儀も身についていないのです」と立ち去ろうとする。
「旅の方。申し訳ございませんが、もう子供たちに食事を与えなければなりませんので……」
先に出てきたシスターが穏やかにほほ笑んだまま、ダンベルトに立ち去るよう促す。
何気ない風を装って教会を出たダンベルトは、見張りの部下にちらと目配せをしてそのまま教会の敷地を離れる。
ダンベルトは気づいていた。
先に対応したシスターが、一瞬後から出てきた若いシスターと子供を威圧するような鋭い眼差しを向けていたことに。
――あれは恐怖の目、そして警戒と怒りの目だ。おそらくあの若いシスターと子供は……。
離れた場所につないでおいた馬を駆って、町に戻るダンベルト。
ダンベルトは確信した。
あの若いシスターと子供たちはおそらく脅されている。そしてもう一人はおそらくただのシスターではない。あれは他人を支配し威圧し慣れた者の目だ。
エディオン侯爵とつながる者か、グンニルの手の者か。
ゴーダが町ぐるみで何か後ろ暗いことに関わっていること。そしてゴーダが教会ともつながっていること。そこにエディオン侯爵と一人の女が関わっていること。
ダンベルトがこれまで見たものが少しずつパズルのようにつながっていく。
ダンベルトはその足で、第一師団の本部へと向かう。
イレウスはダンベルトの話を聞くと、何か考え込んでいたが「悪いが、またあとで来てくれ。ちょっと調べたいことがある」と言い残して、どこかへ出ていった。
少しずつだが、真相に近づいている。あとはイレウスの調べを待つしかない。
ダンベルトははやる気持ちを抑え込み、深く息を吐いた。
ラルベルは月を見ていた。
今日は満月だ。ロルに言われて、今日は一歩も外へは出ていない。マルタには体調が優れないと言って部屋にこもっている。
『満月が過ぎて一日二日すれば、お前のその渇きはおさまるはずだ。だから満月の夜は絶対に外へ出るな。特にダンベルトには絶対に会わないようにしろ。もし向こうが会いに来ても絶対に会うな、いいな』
念を押すように言われたロルの言葉を思い出すラルベル。
――なんで会っちゃだめなの?私がダンベルトさんの血を欲しがるかもしれないから?そんなわけ、ないのに。だってこの町に来てもう何度も満月はきてるんだよ。その時は平気だったもん。今回だって……。
会うなといわれると、ついダンベルトのことばかり考えてしまう。
今何をしているのかとか、今どこにいるのかとか、何を思っているのか、とか。
そういえばロルがもうひとつおかしなことを言っていた。
『お前ゴーダで何かおかしなものを見たり聞いたりしたこと、あったか?』って――。
確かにゴーダにはよく買い出しに行っていた。集落から一番近いし、人も少ないから最低限必要なものを買ってさっと撤退するにはちょうど良かったのだ。小さな町だし大しておいしそうなものはなかったけど、どのみち材料があったところで料理なんてできないし。
「そういえば、あの時危なかったなぁ……。あの人誰だったんだろう?」
確かあれは、ラルベルが集落を出る前に最後にゴーダに行った時だ。
帰り際、夕暮れ時に町の入り口に一台の小さい馬車が入ってきて、ちょうど町を出ようとしたラルベルがひかれそうになったのだ。
――思わず飛びのいて怪我せずにしんだけど、その時に中の人と目があったんだよね。あの顔、一度見たら忘れられない感じだったよなぁ……。
その特徴のある顔を思い出して、少し身震いする。
「よくわかんないけど、一応ロルに教えておいたほうがいいかな」
そうつぶやくと、手近にあった紙にすらすらと手紙を書いて窓を開けると指笛を吹く。
空からばさり、とその大きく立派な羽根を躍らせて姿を現したフクロウの足に手紙を結わえ付けて、「お願いね」と背中をひと撫ですると、フクロウはまた空へと舞い上がっていった。
――明日になったら、ダンベルトさんに会えるかな。会えるといいな。
夜の空に消えていくフクロウを見送りながら、ラルベルはダンベルトのことを思い浮かべていた。




