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ヴァンパイアは嫌われ者

 



 ヴァンパイアは、嫌われ者だ。


 人の生き血を吸い、呪われた存在に変えてしまう恐ろしい生き物。長い二本の牙と赤い目を持ち、闇夜にまぎれて人を襲う。人間よりもはるかに長い時を生き、心臓に杭を打ち込まなければその命を絶つこともできない化け物。

 長い長い歴史の中で、ヴァンパイアは常に恐れられ、疎まれ、排除されてきた。


 本当は長命なだけで、けがや病気であっけなく死ぬこともある。人間からも動物からも命を奪ったりしないし、呪われた存在に変えたりもしない。家族を思って、仲間を守って、ほんのわずかな生き血を分けてもらってつましく生きているだけの、人間と変わらない存在だ。

 人間だって、たくさんの命を狩って生きている。ヴァンパイアは命を奪ったり、無駄に生きているものを傷つけたりしない。必要な分を必要な時に少しだけ分けてもらって、静かに生き続けてきただけだ。


 その何が呪いなの?そのどこが恐ろしいの?


 ヴァンパイアたちは、人間を憎んだりしていない。そっと遠くから近づかないように、怖がらせないように静かに暮らしているだけだ。なのに、なぜヴァンパイアというだけでこんなに忌み嫌われてきたのか、ラルベルにはわからない。

 でもあんな化け物めいた話を聞かされて育ったら、きっと恐ろしい存在なんだろうと信じてしまうのだろう。でももし人間たちが、本当のヴァンパイアの姿を知ったら?


 ラルベルは恐れていた。半分はヴァンパイアである自分が、いつかみんなに知れて嫌われることを。


 初めてみつけた自分の居場所。

 ここで、自分の新しい人生を始めてみたいと思った、そんな大切な場所。

 ラルベルを好きだと言って、優しく接してくれる町の人たち。

 

 そして、ダンベルト。

 大きな体に怖い顔の、ゴブリン天使。でも本当は優しくて頼もしくて、困り顔がおもしろい変な人。

 ダンベルトといると、ラルベルはとても嬉しくなる。少しだけ心がふわふわするけれど、ダンベルトをみているとなんだか胸があったかくなって、くすぐったくなって、おなかがすくのだ。

 ダンベルトと一緒に食事をすると、何もかもがおいしくて、楽しくて、心がいっぱいになる。ただ栄養を摂っているんじゃなくて、大切なものを体と心いっぱいに摂りこんで、隅々まで満たされるようなそんな気持ちになるのだ。


 そんな気持ちははじめてだ。だから、できることならずっとこの町で暮らしたい。海猫亭で働いて、あの下宿に住んで、町の人たちと他愛もない会話をしながら、ダンベルトのいるこの町で暮らしたい。

 でも――。


 ラルベルがもしヴァンパイアだと知れたら、みんなはどう思うんだろう?

 やっぱり怖がるのだろうか?

 ここを出ていけって、追い出すのだろうか……。

 ダンベルトも私を嫌いになるのだろうか……。


 ラルベルの目から雫が落ちる。その雫は次々と零れ落ちて、スカートの上に大きなしみを作る。

 自分がヴァンパイアであることを、呪うラルベル。自分ではどうにもできない種という問題に、ラルベルはぶつかっていた。



 ロルは港へ来ていた。

 ダンベルトたちはいまだゴーダ周辺を張っているようだ。何を調べているのかはわからないが、日増しに警戒が増しているのがわかる。表向きは、ゴーダも町に面した細道も日常通りだが。

 ロルは動物的な勘が働くほうだったし、ジョルアから聞いてダンベルトの存在は気になっていた。ラルベルがあの町で最初に出会った人間。家と仕事を与えて、ラルベルにとって近しい存在らしいとジョルアに聞いて、どんな男なのかと気になっていたのだ。

 だから、あの町へラルベルの様子をみがてら行こうと思ったのだが。


 まさか町に着くなり、舞い戻る羽目になるとは予想していなかった。とんだ無駄足だ。


 ロルは港で、先ほど入港したばかりの大船から積み荷を降ろす船員たちを観察していた。船の色や船員たちの服装から言って、おそらく隣国デルベからの船だろう。

 時折山から下りて買い物にふらりと出ることの多かったロルは、他のヴァンパイア仲間よりもこの国や町の様子に詳しい。


 最近、デルベの同じ船が定期的に何かの荷を大量に運んでくるという噂も耳にしていた。とはいっても、ただの日用品だという話だったが。

 デルベとは隣国ということもあり、もともと二国間の取引はさかんだ。だが自国内で十分自給できるような日用品を、わざわざ売買する必要はあるんだろうか。


 ロルはここで噂話のひとつでも仕入れられればいいなと思っていた。

 港と王都を行き来するものの多いこのあたりでは、たくさんの情報や噂が集中する。たかが噂とはいっても、案外多少の真実を含んでいるものだ。

 それに、ロルくらいの年頃の若者には案外大人は無警戒になんでも話してくれる。

 これまでの経験から、ロルはそれをよく知っていた。



 ヴァンパイアは人間と比べて、長命な種である。しかし、人間とは絶対的に違う特徴を持っている。子孫を残す能力が劣っているのだ。守らなければ容易にこの世界から消える儚い存在であることを、ロルは知っていた。

 だからこそ、若い個体である自分が皆を守らなければ、と考えていた。

 ダンベルトが何を調べているのかは知らないが、ヴァンパイアの集落が巻き込まれるのはごめんだ。そして、ラルベルも――。守らなければ。集落も、大切な幼馴染みも。

 ヴァンパイアにだって、生き抜く権利はあるはずだ。


 そのために自分なりに調べてみるつもりだった。それがダンベルトと同じことかは知らないが。

 もし自分たちやラルベルに危害が及ぶようなことがあれば、誰であろうと容赦はしない。俺が排除する。



 ふと目の前を通り過ぎた船員が、荷のひとつを落とした。ロルが拾い上げると、ふわっと石鹸の香りが漂う。ハーブを練りこんだ、どこの家でも使われるような安価な品だ。それらが袋にぎっしり詰め込まれている。船員の持っていた荷物の上にそれを乗せると、船員は頭を軽く下げて仕事に戻っていく。

 デルベの船を見ると、同じ袋が山のように積み上げられていた。


 ――まさかあれ、全部石鹸か?なんであんなにたくさん。あんなものわざわざ隣国から仕入れる必要ないだろうに。


首をかしげるロル。あんな石鹸、自国内でいくらでも生産されているし、ヴァンパイアの集落でも自生のハーブを利用して作っている。わざわざ珍しくもない安価な品を、どうしてわざわざ船を使って運んでくるんだ?

 ロルの勘が何か怪しいと告げる。


 船を少し離れた場所から見つめるロルは、甲板にちらっと見える人影に気が付いた。

 黒い、影のような――。


 荷が降ろされる様子を甲板から見下ろすその男は、汗ばむようなこんな暑い日だというのに全身を真っ黒い衣服で包んでいる。


 ――白髪?いや、銀髪?


 波に反射した日の光で、男の髪が時折光る。おそらくは銀髪の若い男だ。長身で鍛え上げられた肉体をしている。


 森で暮らしているロルは目がいい。遠く離れた場所からでもその男の特徴をしっかりと掴んでいた。

 場所を変えてさらに観察しようとロルが立ちあがったその時、その男の首が動いた。


 ロルははっと動きを止める。


 ――こちらを見ている。見られていることに気づいたのか、まさか……。この距離で?


 全身の毛がざわっと逆立つのを感じた。

 ロルに気づいている。こちらがあの男を観察していたように、あの男もまたこちらを観察するように見ている。

 ロルの勘が告げていた。


 ――あの男、ヤバイ。デルベの人間だろうが、多分普通の人間じゃない。


 その絡みつくような全身が粟立つような視線に、ロルは思わず目をそらす。

 次に目を向けた時には、その男の姿は消えていた。


 デルベの船は、すべての荷を下ろし終えゆっくりと港を離れていく。港にたくさんの石鹸の入った袋の山を残して――。


 もはや、自分たちを脅かす何か不穏なものが近づいているのを、ロルははっきりと感じていた。





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