第二師団、闇に潜む
「これはこれは。またもやおいでいただくとは、調査のし忘れでもございましたかな?」
グンニルは細い目をさらに細めてダンベルトに媚びるように笑いかける。
ゴーダの町は今日も先日訪れた時と変わらず、どこか陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
そして、あの給水塔。よく見ればただの給水塔には不似合いなほど周囲に頑丈な柵をめぐらせてあるし、その入り口には錠までかけている厳重ぶりだ。明らかに普通ではない。
だが、ダンベルトはグンニルに勘づかれないよう、あえてそちらを見ない。
前回の調査のあと、ダンベルトはこの町とグンニルの財政状況を調べてみたが、数字上は驚くほど質素であった。あくまで、数字上は、である。
町が外部から得ている収入は、主に農作物と、街道を利用せずにゴーダの前の歩細道を通る馬車や通行人の休憩地として得られるわずかな給水や修理などからの収入だけである。グンニル自身は特にこれといった資産を親から譲り受けているということもなく、あれほど立派な屋敷を構えられるその金がどこから捻出されているのか。
ダンベルトは、グンニル自身が、もしくはこの町全体が後ろ暗いことに関わっているのではないかとにらんでいた。
今回の調査はそのためであった。
たくさん目立つように持ってきた装備も、実は山の捜索のためのものというよりは、ゴーダを監視できる場所で野営するためのものが中心だ。
――しばらく固い地べたに眠ることになりそうだ。できれば早くしっぽを出してくれるとありがたいんだがな。
部下たちを数人ずつに分けて、夜目のきく者たちは屋敷と給水塔の裏に、他数名は街道からこちらの道に分岐する道沿いに、残りはダンベルトとともに町の入り口を監視する。
先日調査に入ったことで警戒しているかもしれないが、もし悪事に関わっているのであれば、逆に発覚を恐れて仲間と接触する可能性もある。だが町の子どもたちは、貴族の姿を見たことがないようである。ということは、おそらく町の者が寝静まった夜更けに人目を忍んでここへきているのだろう。そして後ろ暗い目的で訪れた馬車を隠すのは、あの給水塔の裏が最適だ。
前回来た時にダンベルトがみた、あの黒い箱のような影。
あれはおそらく、貴族たちが使う小さなお忍び用の小型馬車だ。扉にはおそらくその家の紋章が描かれているはず。それがダンベルトがマークしているリューグ男爵家の紋であれば、グンニルと関係があるのは間違いない。
ダンベルトは、その馬車が訪れるのを待った。
レテ山の森深くでは、ロルが一人歩いていた。人の気配はない。
まだ明るい時間に、ふもとで野営の準備をしている男たちがこそこそと何かを話していた。
離れたところからそれを観察していたロルにはその内容までは分からなかったが、おそらくあれがラルベルの言っていた調査隊ご一行だろう。
レテ山を捜索するといっていたが、そのくせ一向に山の中には入ろうとしない。野営の準備をしっかり整えてから、明日以降本格的な調査に乗り出す気なんだろうか。
ロルは警戒を強めたまま、そっと夜の暗い森を一羽のフクロウを肩に乗せてともに進む。この辺りからなら、野営から漏れる灯りが見える。誰かがこちらに進んでくれば、すぐにわかるはずだ。
ロルが木陰に身を潜めたその時、野営のテントの中から一人の男が進み出るのが見えて、息を殺して身構える。
ぱき、がさっという草や小枝を踏みしめる足音が近づいてくる。ゆらゆらと小さな灯りが森の中をわずかに照らす。
――何かを探している。こんな暗がりで何を?
ロルの潜んでいたすこし手前あたりまで来たようだったが、しばらくするとその灯りはまた少しずつテントの方へと戻っていった。
――俺の気配に気づいたのか?まさか、な。
ロルは鋭い目でその灯りが小さくなっていくのを見つめていた。
ダンベルトは、一睡もせずにゴーダ周辺を見張っていた。
一瞬背後の山の中から何かの気配を感じて、少し中に入ってみたのだが特に誰かいるような気配はなく、動物か、と戻ろうとしたその時。
わずかではあるが人が通った跡を消そうとした痕跡を見つけた。うまく木の枝や枯れ葉で隠してはあるが、岩にびっしりと生えた苔が一部ずるりとはげているのが確認できる。
ちょうど大人の片足ぐらいの大きさで。
ごく最近ここを通ったものがいる。山菜採りに訪れた者か、もしくは……。
その頃ゴーダの町では。
給水塔の裏手に動く人影が目撃されていた。のっそりとした男、だろうか。月明りに照らされてシルエットだけがうっすらと確認できる。ごそごそと暗がりで何かしていたようだったが、しばらくすると町の方へと戻っていく。こんな夜更けに隠れるように一体何をしていたのか。
――あとで団長に報告しなければ。
翌日も調査は続いた。
部下からの報告を聞き給水塔の周辺を捜索したダンベルト。
その裏に大人一人が身を屈めてやっと通れるほどの小さな扉と、貴族用ではないが荷馬車らしきものが、茶色の布をかぶせられて隠してあった。
もちろんごく普通の荷を運ぶためのものかもしれないが、他の馬車は普通に町の中に無造作に止めてあるところを見ると、故意に隠しているように感じられる。
――一体あの給水塔に何があるんだ?中に何か良からぬものでも隠しているのか、それとも誰かをかくまっているのか。
とはいえ、現時点ですでに怪しいのは確かだが、中を見せろと踏み込むわけにはいかない。ダンベルトが長年の勘で、悪事の匂いを嗅ぎ取っているだけなのだ。もっと何か確たる証拠なり、動きが欲しい。明らかに犯罪を示す確たるものが。
今夜もまた神経を研ぎ澄ませ調査を続けるダンベルトたちであった。
「あいつらなんで入ってこないんだろうねぇ。山の捜索が目的じゃないのかね」
「多分あの一番体の大きい背の高い男だよ、ダンベルトとかいうのは。ラルベルちゃんが話してたからねぇ、ゴブリンか熊みたいだって」
ジョルアは先日町を訪れた際に、ラルベルからダンベルトという男に世話になっていると聞いていた。第一師団の団長をしているという男に拾われて、家も仕事も用意してくれたんだと嬉しそうに話していた。
その時のラルベルの明るくはにかんだ顔を思い出しながら、ジョルアは続ける。
「もしかしたら他に目的があるのかもな。あの男たちどうもゴーダのあたりを見張ってるようだし。ちょっと前に何か騒動が起きていたようだけど、その調べかねぇ」
ゴーダといえば、以前ラルベルがよく買い出しにいっていた町だけど……。
あの町は、さびれた農村といった方がしっくりくるくらいの小さな町だ。ロルは港やもっと王都よりの大きい町へは行ったことがあるが、ゴーダには行ったことがない。何もない退屈な町なのだ。
調べてみたい気もするが、あいつらが見張っている間は下手に動くわけにはいかない。顔を覚えられでもしたら面倒だ。ゴーダで何か起きているのか。
ちょっと俺なりに調べてみるか――。
ロルはそうつぶやいて、肩の上のフクロウをひと撫でするのだった。