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スイーツの神様、登場



 その日の早朝、ダンベルトは町を出た。前回よりも厳重な装備と、十人ほどの部下を連れて。



 ラルベルは眠れぬ夜を過ごしていた。

 レテ山には大切な仲間たちがいるのに、その仲間たちを守るために何もできない自分がうらめしく、情けない。どうすればいいのか途方に暮れつつも、仕事に行かなければならない。

 ぐるぐると頭の中で不安が渦巻いて、朝食にもあまり手をつけずに家を出るラルベル。


「なんて顔してんだよ。腹でも壊してんのか?」


 玄関ドアを開けたところで、聞き覚えのある声とシルエットが目に飛び込んでくる。逆光で顔はよく見えないが、その声は……。


「ロル!」


 この前ジョルアがラルベルに会いに来てから、かれこれひと月程たっていた。


 そう言えば、ロルに能天気な手紙を書いた覚えがある。確か食べたいスイーツのレシピをいくつかと、この町でどんなものを食べているかとか。まぁ、主に食べ物の話を中心に。

 なぜ生粋のヴァンパイアであるロルに、そんな食べ物の話をわざわざ手紙にしたためるのだと問われたら困るのだが。

 まぁ、ラルベルにとってロルは料理人、しかもスイーツの神だから。


「お前があれこれ食いもんのことばっかり書いてくるから、つい気になって来ちまった。面白そうだからさ。で?お前はなんでそんな不細工な顔してるわけ?」


 相変わらず口の悪い幼馴染みである。

 ラルベルはあまりにひどい言いように多少カチン、ときつつも、それどころではないと思いなおす。


「そうだ!ロル。いいとこにきた。すぐみんなの所に戻って!」


 まさに今到着したばかりであろう大荷物を背負ったロルに向かって、ラルベルの唐突な帰れコール。


 ロルは盛大に顔をしかめると、ラルベルの頭に容赦なくぐりぐりと両方の拳を押しつける。痛さに悶絶するラルベルは、ちょっと話をきけとロルの体をばしばしと叩く。


「違うんだって!みんなが危ないんだってば。すぐに戻ってみんなを隠してほしいの!」


 ラルベルのただならぬ様子にロルは一通り話を聞くと、荷物の一部を放ってよこす。


「邪魔だ。これ預かっとけ。長くても数日で戻るから、お前は心配せずにここで待ってろ」


 そう言って、ロルはラルベルの頭をくしゃくしゃとひと撫でして走っていった。

 ラルベルはひとり道の真ん中で、ロルの大きな荷物を抱えて立ち尽くしていた。


 ――どうか間に合って。みんなが無事でありますように。ロル、頼んだからね!



「まったく、今着いたばかりだってのに何だってんだ。余計なことしやがって……!」


 ロルはその俊足を生かして、今来たばかりの道を戻る。

 ヴァンパイアとはいっても身体能力は普通の人間とは変わらないのだが、ロルは非常に足が速いのだ。


 ラルベルの話では朝六時くらいに調査隊が出立したらしいから、もしかしたらもうだいぶ先まで進んでいるかもしれない。途中どこかの町に立ち寄るかしていればいいが、と願いながら、ロルは大きな街道を外れてレテ山方向に伸びる川沿いを進み始める。

 道としては街道の方が進みやすいが、少しでも先んじるにはロルの土地勘と能力を駆使して川沿いを進んだ方がいい。それに、ロルにはとっておきの秘策があった。それを使うには一刻も早く森の中に入らねばならないのだ。


 ロルがようやくレテ山まで半分の距離まで到達する頃、ダンベルトたちは隣町を出発したところであった。

 隣町の詰所に顔を出していくつかの指示と調査を命じてから、先へ進むためである。

 この時間が、ロルに味方した。


 ダンベルトたちがゴーダ町に到着した頃、ロルはすでに集落への道を駆け上っていた。もちろん、普通の人間たちには絶対に通れないルートを使って。


 ロルは、巨大な焦茶色の毛の固まりの上に乗っていた。その固まりごと、風を切るように森の中を疾走する。

 ごわごわとしたその毛の固まりからは、時折グゴォァァ、とかグルゥオァァ、とか地の底から響くような唸り声が聞こえてくる。


 ――熊である。しかもとびきり大きな。


 ロルは、この熊とは友人であった。いや、友熊というべきか。

 幼い頃から何故か動物たちと通じ合っていたロルは、いつしかこうして背中に乗せて運んでもらえるまでになっていた。ロルにとっては、山の中であれば大抵の場所はこうして動物たちの手を借りて通ることができたし、人間では絶対に通ることのできないような道さえも知り尽くしていた。


 ここまでくれば、たくさんの荷物と人数で身動きのとりにくい調査隊の目をごまかすことなど簡単だ。

 それでもロルは、あの今にも泣きそうな顔で自分にすがりついてきた幼馴染みを思い出して、険しい山をヴァンパイアの集落目指して進んでいくのだった。




 ラルベルはいつになく落ち込んでいた。

 ロルはああいってくれたけど、間に合うだろうか。だって相手は馬に乗っているのだ。どんなにロルの足が速くても追いつけないに決まっているし、もし集落にダンベルトたちが気づく前に山にたどり着けたとしても、もし山の中でダンベルトとロルがかち合ってしまったら?

 ダンベルトのことももちろん心配ではあったが、ロルはなんといっても自分と同い年の十七歳の少年なのだ。


 それに、もうラルベルも知っていた。

 ダンベルトが、見かけだけではなくとても腕の立つ強い武人で、あれだけの部下たちを率いる能力に秀でた男なのだということを。


「今日ラルベルちゃん元気ないっすね~。何かあったのかなぁ」

「そりゃダンベルトさんが出発したからだろう。前回の調査より長く留守にするっていってたもんなぁ。寂しいんだろ」


 厨房では料理人たちが、その手を止めて元気のないラルベルの姿を心配そうに見守っていた。

 もちろん別の理由があるなど知るわけもなく、好意をもっているダンベルトが任務に旅立ったことで落ち込んでいるのだろうと考えていたが。


「無事に早く戻ってくるといいっすね。じゃないと、まかないも作り甲斐ないっす」

「だなぁ~」


 ラルベルは背後でそんな心配をされているとは露にも思わず、大きなため息をついた。


 どうか早くロルがみんなのところに着きますように。

 そしてダンベルトがレテ山の捜索を早く諦めてくれますように、と思いながら。



 ヴァンパイアの集落では、ロルと仲間たちが対策を練っていた。

 血を求めた際に歩き回った痕跡やヴァンパイアだけが知る道などを、ひとつひとつ念入りに木の葉や枝などで隠していく。普通の人間が容易に集落へとたどり着けるはずもないが、一応集落につながる道には大岩でバリケードも作っておく。

 これだけ念入りに工作しておけば見つかることはないだろう、とロルたちは顔を見合わせて頷く。


 あとは念のため、見張りとしてジョルアや他数人を残して、それ以外はさらに森の奥へとしばらく身を隠すことにする。

 ロルはその能力をフルに生かし、動物たちの手を借りて人の気配を感じたらすぐに対処できるよう木陰に身を潜めていた。


 ダンベルトたちもその頃、レテ山の近くまでたどり着いていた。

 が、実のところは山のふもとで野営しつつ、ゴーダとその周辺の道を通る馬車や通行人の動きを監視するのが目的であった。しかも、ゴーダ町のグンニルには気取られぬように。


 それぞれの心配と思惑が渦巻く中、少しずつ日は暮れようとしていた。






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