第8話 ギルドの登録
翌日、私は師匠に連れられて『ギルド』という場所まで来ていた。
主に冒険者の管理をしている組織らしく、依頼の張り出しや登録の受付などもそこで全てやるのだと、師匠は教えてくれた。
今日ここに来たのは、魔石を売るのと私の登録が目的だ。
「……ふ、ぁ、ああ……」
師匠が眠そうに大きな欠伸をした。
「師匠……寝不足?」
「ああ、少しな……ん、んん、寝みぃ……」
「ぴゅいぃ……」
「スラさんまで?」
「……ぴゅい」
二人して寝不足なんてどうしたんだろう?
師匠が取ってくれた宿場は、かなり良い所だったと思う。
それこそこの街で一番大きいのではないか? と思いほどで、内装も煌びやかだった。
二人部屋とは思えない大きな部屋と、凄く弾むふかふかのベッド。
奴隷として攫われてから十分に眠れなかった私は、一気に疲れがドッと押し寄せて来て、すぐに眠ってしまった。
でも、師匠達には合わなかったのかな?
……思えば師匠は、当然のようにかなりの大金を消費している。
私の服もそうだし、買ってもらった刀もそうだ。そして高級そうな宿場を当然のように選んだ。
もしかしたら師匠は、凄い人なのかも?
普通なら奴隷に大金を出すのは渋る。
でも、師匠は『オレに相応しい弟子になるため』という理由だけで、惜しみなくお金を出してくれている。
師匠は何を考えているのだろう?
本当にその程度の理由だけで動いているとは、どうにも思えない。何か裏があるのではないか? 何となくだけど、そんな予感がする。
「ほら、早く登録してこい。オレは適当に座って待って……ふあぁ……」
「え、うん……」
どうやら登録は一人でやれということらしい。それとも同行するのが面倒なのか。
師匠は再び欠伸を噛み締めながらスラさんを枕にして、空いている長椅子にゴロンと横になった。
あれは絶対にお願いしても来てくれないやつだと、私は諦めて歩き出す。
「こんにちは! ギルドへようこそ!」
『受付』と書かれている看板のところに行くと、職員さんが笑顔で私を迎え入れてくれた。
職員は女性だ。茶色の髪を後ろに纏めていて、職員共通の服装なのかな? それをきっちりと着込んでいる。他の女性職員と比べると、かなりの美人さんだ。
職員さんの視線は、チラッと私の首──奴隷の首輪へと注がれる。
私は後ずさり、警戒心を顕にした。今までは師匠が側に居てくれたから、他の人は普通に接してくれた。でも今、私は一人だ。
奴隷は人では無い。最悪見向きもされず、突っ返されかねない。
「今日はどのような用件でしょうか?」
でも、職員さんは変わらぬ明るい笑顔を私に向けてくれた。思ったよりもすんなり受け入れてくれたので、私は少しだけ驚く。
「……? どうしました?」
職員はそれを疑問に思ったのだろう。
反応がなくなった私を心配そうに見つめ、顔を覗き込んでくる。
「無視、しないの……?」
「無視? ……ああ、なるほど。無視なんてしませんよ。冒険者は色々な境遇の方が居ますからね。過去に犯罪を犯している人も居ますし、元奴隷も居ます。なので、ここでは皆平等ですよ」
たまに厄介な人は居ますけれど、と職員は困ったように笑った。
昨日の酒場で騒ぎを起こした大柄の男も、冒険者だと言っていた。
あれが職員の言う『厄介な人』なのだろう。でも職員の言うことが本当なら、ここは安全だ。変なのに絡まれても、周りはそれに同調しない。最悪こちらが不利になることはないだろう。
「冒険者登録を、しに来た」
そういえばまだ用件を伝えていなかった。
登録のことを口にすると、職員は「少々お待ちください」と言い、一枚の銅プレートを取り出した。
「登録には一銀貨を頂きます。お金はありますか?」
「あ、お金……えっと……」
登録にお金が必要だとは知らなかった。勿論私はお金を持っていない。どうしようかと混乱していた時、背中をちょんっと叩かれた。
振り返ると、そこにはポヨンポヨンと揺れ動く青い物体が…………
「スラさん?」
「ぴゅい!」
スラさんから伸ばされた触手には、一枚の銀貨が握られていた。
「持って来てくれたの?」
「ぴゅい」
「……ありがとう」
「ぴゅい!」
スラさんは触手を振りながら、師匠の元へ戻って行った。そして再び師匠の腕に抱かれ、枕と成り代わる。
「これ、銀貨」
「……今のは、使い魔ですか?」
「私のじゃない。師匠の」
「師匠…………あの方、どこかで……」
「……?」
職員は長椅子で横になる師匠を見つめ、目を細くさせた。
「あ、いえ、すいません。……では、お名前をお聞きしてもいいですか?」
「コノハ」
「はい、コノハさん……っと」
銅のプレートに、特別な筆で私の名を刻む職員。
「はい、これがあなたの身分証になります。失くした場合は再発行に料金が掛かるので、気を付けてくださいね」
渡されたプレートは、首に掛けられるように紐が付いていた。
私は早速首を通し、胸元のプレートを触る。
「では、これから冒険者の規則を教えますね」
・冒険者同時の喧嘩に、職員は関与しない。
何か問題があるのなら、お好きにどうぞということだろう。
でも、新人冒険者にやたらと突っかかる人がたまに居る。その場合は遠慮なく職員に相談して良いらしい。
・冒険者同士での死闘は禁じられている。
決闘は存在するけれど、互いに殺しあうことは禁止されている。もし破った場合は、それなりの処罰を受けることになるらしい。他にも禁止されていることはあるけれど、大抵が犯罪的なことだったので、すぐに納得することが出来た。
・冒険者のランクは、依頼をこなすことで上がる。
冒険者の強さを示すランクは、全部で五つ。下から『銅』、『銀』、『金』、『白金』、『翡翠』。ただし『白金』以上の者は伝説に名を残す人物とされている。なので、実際には『金』が冒険者の中で一番とされているらしい。
……あれ? そういえば師匠のプレートは何色だったっけ?
首にはそれらしいものを掛けていなかった。ということは『収納袋』に入っているのか。師匠のことだから『銀』……いや、『金』は行っていそうだ。
「これであらかたの説明は終わりです。何か質問はありますか?」
「…………無い」
「では、これにて冒険者登録は完了です。死なないよう、無理をせず頑張ってくださいね」
登録は思っていたよりも呆気なかった。もっと面倒な手続きをするものだと思っていたけれど、やったのは銅プレートを渡されて銀貨一枚を払い、簡単な規則を聞いただけ。
「ん、終わった?」
すると、師匠がタイミングを見計らったように声を掛けてきた。
いつもより高音で弾むような明るい声。
私は一瞬で理解する。
──これは演技しているな、と。
人前では演技をすると言っていた。
今はその人前だから、純粋な子供を演じているのだろう。
「これでコノハも正式に私の仲間だね! おめでとう!」
「うん、ありがとう……師匠」
理解はしていても、やっぱり慣れない。
「それじゃあ裏の訓練場に行こうか!」
訓練場。そこに行って何をするかは、何も知らない私でも理解することが出来た。
やっとだ。やっと、師弟らしいことをするのだ。それを理解した途端に、緊張が私の体を支配する。生唾を飲み込み、自然と腰に差してある刀に手が伸びる。
でも逃げることはしない。決意を固めるように、強くそれを握りしめた。
師匠はまだ演技を続けたままだ。
でも、一瞬……本当に一瞬だけ、獰猛な化け物が笑うかの如く、口元が歪に蠢いたように見えた。
「……すいません。今日は訓練場は貸し切りと、ギルドマスターが」
と、職員が申し訳なさそうに言った。
貸し切りならば訓練場は使えない。
残念に思う気持ちと、延命して嬉しく思う気持ちが、私の中で混ざり合う。
でも、師匠だけは反応が別だった。
「ああ、それ私!」
「へ……?」
職員はヘンテコな声を上げる。
それだけ予想外のことだったのか、美人さんが台無しに思うくらいの呆けた表情となっている。
「だから、私が貸し切りにしたの! 昨日グラマスにお願いしておいたんだ!」
「グラマス!? そんな、だってグラマスは……!」
「何か問題があるの?」
「──っ、いえ。それでは、身分証の提示をお願いできますか? ギルマスからそう言われているので」
「はーい!」
師匠は収納袋をガサゴソと漁る。
そして取り出したのは──鮮やかな翡翠色のプレートだった。
「──なっ、ひす──っ!?」
狼狽した声を上げる職員の言葉は、強制的に中断させられた。
全てを言い切る前に、師匠が誰にも見えない角度から彼女に短剣を向けていたのだ。
「ダメだよ。ギルドの職員が、そんな簡単に情報を垂れ流しにしたら……ね?」
師匠は優しく微笑む。でもそれは、側から見ればとても不気味に映った。
それを直に受けた職員は、生きている感覚がしなかったのだろう。取れるんじゃないかと心配になるくらい必死に首を縦に振り、目には若干の涙を浮かべている。
「師匠、脅しは良くない」
「えー? 脅しじゃないよぉ。職員さんが騒ぎを起こしそうになったから、事前に止めただけじゃん」
「でも、短剣は良くない。師匠なら口が開くより速く動いて、口を塞ぐとか出来たはず」
その言葉に、師匠はハッと気づいたような表情になった。
「…………天才か?」
素が出ている。
「まぁ、これで私の立場は理解したかな。それじゃあ訓練場を借りるねっ!」
バイバーイと手を振り、師匠は訓練場へ歩いて行った。私は未だ呆然としている職員に頭を下げ、その後を付いていく。
「師匠……」
「なんだ?」
「師匠は、何者?」
「そんなの聞く必要あるか?」
「…………気になる」
「……はぁ……」
師匠は頭をガリガリと乱暴に掻き、大きな溜め息を吐いた。
「今は話すことじゃない。だが、そうだな……お前が本当の意味でオレの弟子になったのなら、教えてやってもいい」
「…………? どういうこと?」
「今日の稽古を死に物狂いで頑張って、死を乗り越えれば教えてやるってことだ」
つまり、今日の訓練の結果次第で教えてもらえるか、そうじゃないかが変わる。
……いや、それよりも大切なことがある。
師匠は「死を乗り越えれば」と言った。今日の稽古で私は、それを越えなければならないらしい。下手をすれば死ぬ。
確かに、今日の稽古で死ぬような奴に正体を明かす意味はないだろう。
──死ぬような奴に興味は無い。
そう言葉にはしなかったけれど、師匠の言っていることは、つまりそういうことなのだろう。
とてもシンプルで、とても厳しい。師匠らしい言葉だ。
だからこそ、私は覚悟を持って稽古に挑める。




