第7話 敵は──
生命が寝静まった夜の時間。
オレは宿のベッドで横になっていた。
もう一つのベッドには、弟子であるコノハが深い眠りに入っていた。おそらく、奴隷として攫われてから十分に寝ていなかったのだろう。夕食を食べて風呂に入ったら、すぐ横になって眠ってしまった。
コノハは時々……酷くうなされるように顔を苦しめていた。その手は、誰かを求めるように空を彷徨う。泣きそうな顔で、今にも崩壊してしまいそうな危なさがそこにはあった。
その度に、オレはコノハの手を握る。夜泣きをされると面倒なのもあるが、少しはこいつの境遇に同情するところがあったからだ。
──こいつも、辛い思いをしているのだろう。
コノハから聞いた話によれば、こいつの村は、こいつ以外全員が死んだらしい。
それも珍しい体質であるコノハ自身のせいで……。それは悔しいだろう。恨めしいだろう。そのせいで人を憎むのは仕方ないことなのに、コノハはそれでも優しさを捨て切れていない。
ただ甘いだけだとも言う。だが、面白いとオレは思った。
だからってコノハの心が晴れるわけではない。きっとこの先も、コノハは「自分のせいで」と自分を責めるだろう。それを乗り越えられるかは、本人の問題だ。オレが関わることでは無い。
でも、その辛さを聞いたせいなのか、気づいたら弟子には優しくしてしまっている。オレのキャラじゃないとは思うが──まだオレにも『人の心』ってやつが残っていたんだな。
「ぴゅい」
と、オレの使い魔であるスラがベッドに乗り、コノハを起こさないようにと小さく鳴いた。
「──チッ」
オレは舌打ちを一回。
ベッドから体を起こし、魔力で作り出した装備を纏う。
「どうやって探し出そうかと思っていたが、まさか彼方さんから来てくれるとはな。……というか睡眠の邪魔しやがって。コノハが起きたら誤魔化すの面倒なんだぞ? ……はぁ、ったく──行くぞ」
「ぴゅい」
オレは窓を開け、そこから飛び降りた。
「スラ、分裂して街全体に『探知』張ってろ。絶対に逃すな」
「ぴゅいっ!」
十体に分裂したスラは、素早く四方に分かれていく。
それとすれ違うように来たのは、薄汚い三人組の男どもだった。奴らの頭は月の明かりに照らされ、キラリと輝いていた。反射板でも付けているのかと思ったが、違う。ただのハゲだった。
ハゲとハゲとハゲだから『トリプルショッキングヘッズ』と名付けよう。
奴らはオレを見つけ、ニヤニヤとした気持ち悪い笑みを浮かべる。
「おやぁ? こんなところでお嬢ちゃん一人は危ないよ?」
今すぐその面を潰したい気持ちが先走るが、全てのスラが配置に着くまで我慢だ。
「こんな遅い時間だと怖い人達に攫われちゃうぜぇ?」
「俺達がお家まで送って行ってあげよう」
「黙れよ。カス共」
よくもまあこんなに綺麗事を吐けるなと、オレはこいつらを賞賛する。
聞いているだけでこんなにも吐き気を催す綺麗事は初めてだ。
「おいおい口が悪いぜ譲ちゃん。俺達はただ──」
「そんな鉄の臭いを振りまいてバレないと思ったのか?」
そう言った途端、ハゲ達はムカつく笑いを止めて、本物の顔になる。
──何人も殺してきた『殺し屋』の顔だ。
「よくわかったな。身なりからして少しは鼻の良い初心冒険者ってところか」
「気づいたならさっさと逃げればよかったのによぉ。無駄な正義感が働いたかぁ?」
「まあ、それをしたところでもう遅いけどな」
ハゲ達は素早い動きでオレを囲む。
グループのリーダーらしきハゲ──略して『リダハゲ』は剣で、残りのハゲ2とハゲ3の二人はナイフだ。
そして、二軒先の屋根の上に矢を構えた奴が一人。ここからでは姿は見えないが、『魔力探知』を使えばバレバレだ。多分ハゲだろう。『クアトロショッキングヘッズ』に改名だな。
ハゲ達はオレが上の一人に気づかないと思っているのか、再びヘラヘラとした態度に戻っていた。
『ぴゅい。ぴゅい!』
ちょうどいいタイミングで、スラから『念話』が飛ぶ。
『了解。気を抜くなよ』
連絡を取っていると悟られないように、表情は変えないまま命令を出して『念話』を切断。
「おいどうしたぁ。いきなり黙りこんじゃってよ」
「ひひっ、今更怖気づいたか?」
「だがざんねーん。許してあげないぜぇ? 夜道を一人で歩いてたのを後悔するんだな」
「安心しろ。これから俺達が毎晩可愛がってやるからよぉ」
ケヒャヒャヒャ、と下品な笑いをあげるクz──ハゲ共を心底どうでもよさそうに見つめて溜め息を吐く。
「…………やっぱり女の姿だとナメられるな」
「あん? 何を――」
そろそろウザくなってきた。
黙らせるために虚空から剣を出現させ、横に振る。
遅れてゴトリと鈍い音と共に、ハゲ2の首が落ちた。
「まず一人」
「ヒィ! この野ろ──ガッ!」
数秒後に我に返ったハゲ3がナイフを投擲してくるが、それを掴んで元の持ち主の額に返してあげた。
ハゲ3は頭から血を噴き出して絶命。
「二人目ぇ──っと」
一瞬だけ月夜にキラリと光ったそれは、遠くから見張っていたハゲ達の仲間が放った矢だった。
それを半身で避けながら掴み、今にも逃げそうなリダハゲの膝に投擲する。
「ギィアアアアッ! あ、足が、足がぁ!」
「うるせぇな近所迷惑だろうが。お前は最後のお楽しみに取っといてやるから、そこで待ってろ」
そうしているうちに第二射が飛んできた。それを剣で叩き落としたところでオレを倒せないと悟ったのか、ハゲ4が逃げようと動き始める。
「一発目で逃げればよかったものを……まぁ、今更逃さないけどな」
殺すつもりで来た敵は、誰であろうと必ず殺す。
それがオレの流儀だ。
「──シッ!」
ベルトから取り出した毒針をハゲ4に投げる。
毒針は狙い通り弧を描き、背中の心臓辺りに刺さった。しばらくは動いていたが、やがて毒が回ったように動きが鈍くなり、ついにはその活動を停止させた。
「これで三人目……残るはお前だけだな」
「お、俺達が悪かった! 金ならいくらでもやるから許してくれ!」
残ったリダハゲは情けなく交渉をしてきた。
股間の辺りから臭い液体が出てることから、相当焦っているのだとわかる。
「金か……」
金は生活する上で絶対に必要となるものだ。それに今日はコノハのためにかなりの大金を消費したばかりだ。少しでもそれが戻ってくるのならそうしたいが……。
「で? いくら出すんだ?」
「金貨一枚……いや金貨四枚だそう!」
「…………ほう?」
「な? 悪い条件じゃねぇだろ? だから、な?」
「うーむ、たしかに悪い条件じゃねぇんだよなぁ……どうしよっかなぁ」
「ヘヘッ、頼むよっ!」
リダハゲは、オレが悩んでいる隙に握ったままの剣を突き出してくる。
それを半身で避けつつ手を掴んで腕を折る。
「──ぐっ! なんでわか──っ!」
痛みに耐えているリダハゲの足を力づくで払うと、再度何かが折れる鈍い音がして地面に倒れる。
相変わらず手を握ったままだったので、リダハゲの腕はいたる所が変な方向に曲がってしまっている。
「なんでわかったか? それだけ殺気を込めてりゃ誰だってわかるだろ普通」
「クソがぁ!」
それでも抵抗してくるのは褒めるに値するが、うるさいから減点だ。
「じゃあな、地獄で俺を敵にしたことを反省するんだな」
地面に伏したままだったリダハゲの頭を足で砕くと、それはそれは心地の良い音がした。
『ぴゅい』
『ああ、終わった。それで、奴らの場所は?』
『ぴゅいぴゅい』
オレの脳内に、スラの見ている景色が映し出される。両者の感覚を繋げ、お互いの情報を共有する『共鳴』という魔法だ。
「スラが言っていた場所は……今俺がいる場所から西か」
そちらに『魔力探知』を向けると、確かく建物の中で大勢の人間が動いていた。今は深夜の2時。こんな時間にこれだけの人が動いているのは変だ。
幸いなことにまだ誰も外には出ていないらしく、何かを話し合っているようだった。
「──さぁて、めちゃくちゃ面倒だが、金のためだ。オレの犠牲になってもらうぜ?」
「ぴゅい」
「わかってるよ。誰にもバレないようにするっての。それが、オレ達の受けた依頼だからな」
スラからの『共鳴』と、ルーファスの『探知』で探し当てた場所は、貧民が住む裏地の一軒家だった。中にいるのは十八人。まぁまぁ多いが……問題はない。
『ぴゅい』
『油断するなだと? ハッ! 誰に言ってんだ?』
『ぴゅいっ!』
『……はいはい。わかりましたよっと』
扉の前に立って足を後ろへと振りかぶり、重厚な扉に蹴りをいれる。
──ドゴォン!
騒騒しい音を立てて扉が中へ吹っ飛び、オレはその後に堂々と中へ侵入した。
「はぁいドーモ」
腐っても流石は裏社会の住人。
危険を察知してすぐに各々の武器を取り出し、敵の方を見てくる。
「なんだっ!?」
「て、敵だ! ハイラー達をやった奴が──ガッ!」
「はいはい、君は黙ってようねぇ」
とりあえず声を張り上げた見張り役の頭に、瞬時に作り出したナイフを刺して黙らせる。
「へぇ~、ここがお前らのアジトか」
中を見た感じ普通の酒屋という感じだった。
いや、本当に酒場を経営しているのだろう。そして夜になれば本性を現す。
「っと、見覚えのある顔があるなぁ……?」
そいつは昼間、酒場で獣人の親子に絡んでいた男だった。
従業員からは、奴が冒険者だと聞いていたんだが……裏社会にも手を出していたのか。
──ハッ! 本当に救えない馬鹿だ。
おそらく、今日のことを根に持って、オレにあのハゲ四人組を仕向けたのだろう。厄介なことをしてくれやがってと思う反面。こいつのおかげで手間が省けたと感謝するオレがいる。
ただ逆に狩られる立場になるとは夢にも思っていなかったのだろう。奴はアジトの中に居る誰よりも驚き、呆けた馬鹿面を晒していた。
「おいおい、まさか本当に一人で来るとはなぁ……」
「運良くハイラー達を殺れたからって調子に乗ったかぁ?」
「だが残念だったなぁ、あいつらはまだ入って一年の新人だ。ここにいる連中に比べたら最弱なんだよぉ!」
相手は数の有利があると思っているようだ。
好き勝手にオレを罵倒し、汚らしい唾を撒き散らす。
対するオレは大仰に手を広げ、野郎どもを見渡す。
「やぁやぁ裏社会を必死に生きている人生落第者の諸君。ご機嫌いかが?」
「なんだとゴラァ!」
「ガキが調子に乗ってんじゃねぇ!」
「喧嘩売ってんのかテメェ!」
一発目で煽ると、面白いくらいの怒号が返ってきた。
「先に喧嘩を吹っ掛けてきたのはそっちのお仲間だろ?」
全身から魔力を放つ。木製の床はギリリッと悲鳴を上げ、魔力の波動によっていくつかのテーブルと、その上にあった物が床にぶちまけられる。
オレにとってはただの挨拶のような殺気に、野郎どもは様々な反応を見せてくれた。
持っていた武器を落とす奴と、ギリギリ理性を保っている奴。奥の方に控えている野郎どもの長らしき男は、今更警戒したように武器を取った。
「ハハッ、ようやくやる気になったか。でもな、もう遅いんだよ」
オレは首元に親指を持っていき、ピッと横にズラす。
「──全員仲良く地獄行きだ」
◆◇◆
たった一晩で、とある組織が壊滅した。
それはフォドソンに住む者ならば誰でも知っているほどの悪名高き組織だった。
組織に加入している者の全ては、幾度も人殺しをしてきた実力者。
街の衛兵でも手に負えず、どうしようかと悩み、各国に助けを求めていた。
しかし、その組織は壊滅した。
誰もが知らぬ間に、たった一人の少女の手によって、ひっそりと全てが終わらされたのだ。
街の住民は組織が壊滅したとは知らない。最近見ないと話題には上がったが、それ以降は何も無く、ゆっくりと人々の記憶から、その組織の名は忘れられていくのだった。
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