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第6話 剣の舞

「ここが武器屋だ。腕は確かだから安心して──」


 ──カァァァンッ!


 唐突に鳴り響いた金属の衝突するような音に、私は思わず体をビクッと震わせた。

 獣人は人間よりも五感が優れていて、当然耳が良い。甲高い音には慣れていなかったので、反射的に体が反応してしまった。


「チッ、相変わらずうるせぇな……おい、大丈夫か?」

「…………(コクッ)」

「そうか、無理はするなよ」


 師匠はそれだけ言うと、鍛冶屋の中に入って行ってしまった。


「ぴゅい!」

「……スラさん?」


 と思ったら、中からスラさんが戻ってきて頭に飛び乗り、私の三角耳に覆い被さった。


「わぁ……」


 連続して続いていた甲高い音が和らぐ。

 そこでようやく、スラさんが気を利かせてくれたのだと理解した。


「ありがとう、スラさん」

「ぴゅい! ……ぴゅい。ぴゅい」

「…………? ごめん、何言っているのかわからない」


 まだ私は師匠のようにスラさんと自由に会話することは無理らしい。何かを言っているんだな。ということはわかるけれど、意味は理解出来ない。申し訳ない気持ちはある。

 師匠が『言語理解』っていう魔法があるって言っていたような気がするど、それを覚えてみるのも良いかも?


「おい、何突っ立っているんだ。早く入ってこい」

「あ、はい」

「ぴゅい」


 店に入る前にチラッと窓から内装を覗き込むと、壁に武器がずらりと並べられていて、これぞ武器屋という感じがした。

 他にも防具や戦闘に使う消耗品も取り揃えているようで、冒険に困ったらここに訪れると心配は無さそうだ。


「いらっしゃい!」


 中に入ると、店主の元気な声に迎えられた。

 店主は全身が筋肉質で、背は低いけど横幅が長い。耳は尖く尖っていて、『ドワーフ』という種族の特徴に酷似している。

 ほとんどの武器屋はドワーフが経営しているって聞くけど、この店もその例に漏れないようだ。


「久しぶりに嬢ちゃんが来たと思ったら、連れがいるとはな。しかも奴隷とは……どういう気の回しだ?」

「まだ正式な主人じゃない。偶然拾った。んで、オレの弟子だ」

「なるほどねぇ……要するに訳ありってことか」

「まぁ、そういうところだ」


 どうやら師匠と店主は顔見知りのようだ。

 師匠の方は相変わらず口が悪いけれど、店主の言葉にちゃんと答えている。


「今日は弟子の武器を買いに来た」

「お優しいことだな」

「うっせぇ。折角面白い奴を見つけたんだ。簡単に死なれたら困るってだけだ」


 店主はチラッと私を横目で見て、師匠をからかうようにニヤついた笑みへと変わった。


「かなり質の良い服も着せているな。あれ、普通に金貨3枚以上はあるだろ。……気に入ったか?」

「んなわけねぇだろ。これ以上何か言うんだったら、この店潰させるぞ。物理的にも経済的にもな」

「へぇへぇ、それで予算は?」

「上限無し。一番良いやつだ」

「なんだよ、やっぱりお気に入りじゃねぇか……ちょっと待ってな」


 店主はそう言い、カウンターの奥へ消えて行った。


「師匠、あの人とは仲が良いの?」

「付き合いが長いだけだ」

「そう……」

「……なんだよ」

「なんでもない」


 二人の間に、気まずい空気が流れる。


「あの、師匠……?」

「んだよ」

「私、お気に入り?」

「──チッ、お前もそれ聞くのか」

「……ごめんなさい」

「別に謝ることでもないだろ。……その服も武器も、オレの横に立つに相応しい格好になってもらうためだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「そう……」

「かなり高い金を消費するんだ。それこそお前が一生働いても返せない量だ。……だから、簡単に死にやがったら許さねぇ」


 それは素っ気無い言葉だった。

 でも、それで満足している私がいた。


 どうしてだろう。自分でも不思議だ。


「おう、持って来たぞ」


 店主が大量の武器を抱えて姿を現した。

 カウンターの上にそれを並べ、私に視線を向けてくる。


 ……多分、これから選べということなのだろう。


 武器は沢山の種類があった。

 剣でも形が違う物はあるし、同じような物でも重さが違う。

 あるのは剣だけじゃなくて、斧や小剣、槍、杖と種類が豊富だ。


「……重い……」


 残念なことに私にはどれも合わなかった。

 唯一抵抗なく持てたのは、小剣と杖のみだ。でも、杖は必要ない。小剣を使うにしても、何か物足りない。


「小剣はダメだな。振りは速いが、慣れていないとリーチの差でやられる。杖は論外だ。お前は魔法を手から放てるだろう? それなら必要ない」


 師匠も同じ意見だったようで、どちらも否定した。


「だが、それじゃあ狐の嬢ちゃんに似合うものが……あ、そういえば……!」


 店主は何かを思い出したように声を上げ、再び奥の方に消えてしまった。

 そして戻ってきた時には、彼の両腕には変な武器が抱えられていた。


 剣……だけど、他とは形が別物だ。

 まず以上に細い。それでは打ち合いした時、簡単に折れてしまうのではないかと心配になってしまう。

 そして、刀身が反り立っている。刃も片側にしか無いようだ。


「ほう、刀か」


 師匠はその武器を知っているようだった。


 ──刀。


 見たことのない武器だし、勿論聞いたこともない。

 剣として不十分に見えるその武器は、師匠の興味を強く引いたらしい。店主からそれをぶん取り、少し開けた場所で何度か刀を振り下ろす。


「──っ!」


 私は思わず息を飲み、目を見開いた。


 師匠の何気無い一振り。それは一回では終わらず、流れるような連撃へと移り変わる。最初はゆっくりと動きだし、次第に動きは激しく、荒々しいものとなっていった。


 それを一言で表すのなら『剣の舞』だ。


 ブンッという空を切る音が店内に静かに、でも妙に響いて聞こえた。その動作一つ一つには、雑念が一切存在しない。ただ敵を斬るために無駄な部分を省いた剣筋が、舞いの味を強く引き立てている。


 ……師匠、別人みたい。


 誰かを小馬鹿にするような顔ではない。

 ただ一心に、手にある刀と同調するかのように『無』を作り出している。


 師匠と刀。

 両方が成立するからこその──芸術。

 そんな『剣舞』に、私は魅了されていた。


「フッ──!」


 師匠は大きく跳躍し、独楽のように空中を回った。

 着地と同時に刀を横薙ぎに振り、それによって生み出された剣の風圧が私の肌を撫でる。


「ふぅ……」


 師匠は小さく息を吐き出し、刀を鞘に収めた。


「あ? なんだよ揃ってオレを見やがって。気持ち悪い」

「いつもの師匠に戻った」

「はぁ? オレはいつも通りだろうが。頭おかしくなったのか?」

「……ううん、なんでもない」


 やっぱり、いつもの師匠だ。


 ……いや、これは本当に、本当の師匠なのだろうか?

 酒場や、先程の剣舞についてもそうだ。どちらも師匠が師匠ではないような錯覚に陥ってしまった。本当は乱暴な性格が演技で、本当の師匠はどちらかなのでは? 


「おい大丈夫か? いきなり考え込んでどうした?」

「──っ、なんでもない」

「あ、そう……まぁいいや。これ持て」


 そう言って師匠は刀を渡してくる。

 私はそれを恐る恐る受け取り、鞘から抜いた。


「……軽い」

「刀だからな。軽いのは当たり前だ。それでいてこいつは、かなりの上物だ」

「…………」


 私は、刀を見つめる。


「気に入ったか?」

「気に入った……? …………うん、気に入った」


 いつかは私も、師匠のように舞ってみたい。

 そんな願望が私を支配する。


 そうすれば師匠の望む『相応しい弟子』になれるかもしれない。


「よし、それなら買いだな。これは幾らだ?」

「どうせ店の奥で腐っていた物だ。金貨一枚で売ってやる」

「ハッ! 性能の割には激安じゃねぇか。買ってやるよ」


 師匠は金貨一枚を取り出し、店主に投げつける。


「まいど!」


 武器屋を出る頃には、もう外は薄暗くなり始めていた。

 街を歩く人もまばらになり、広場の方で遊んでいた子供達は、それぞれの家に帰る時間帯だろう。


「次はギルドにと思ったんだが……もう遅いし今日は一旦宿を取るか」

「宿……」

「勿論、亜人の立ち入りが許可されているところな。酒場の奴みたいに絡まれたら嫌だろう?」


 私は頷く。

 あれに絡まれたら、私は多分何も出来ない。

 ただ怯えて師匠に助けを求めるだろう。それは力が無いからだ。師匠のように強くあれば、私は怯えることは無いのだから。


「明日、冒険者登録をして、そこから稽古開始な」

「──っ!」

「厳しくいくからな。覚悟して今日はゆっくり休めよ」


 ──そうじゃないと、死ぬからな。


 口には出していない。

 でも、師匠の言葉には、それが続いたような気がしてしまった。

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