第5話 可愛らしい女の子?
「何だとぉ!?」
「きゃっ……! で、でも……みんなの迷惑になるから……」
……………………えぇ……?
私はツンツンとスラさんを指で突く。
「ぴゅい?」
「スラさん、あれは誰?」
「……ぴゅい?」
え、師匠でしょ? と言いたげに首を傾げるスラさん。
スライムに首なんて無いけど、そんな感じがした。
「でもあれは……別人」
「…………ぴゅい」
スラさんも同意するように頷いた。
男の睨みを真正面から受けた師匠は、少女らしくびくびくと震えながらも、亜人を助けようと男を説得しようとしている。
いつもの師匠なら、男の睨みに殺気で返しそうなのに……本当に中身がそのままそっくり変わったような感じがする。
はっきり言って、可愛かった。
師匠は見た目だけを見れば、そこらの少女とは比べ物にならないほどの可愛さを持っている。それを今更認識した。
……普段の態度が悪いだけで、ここまで人の印象って変わるんだなぁ……と、私は内心別の人を見るような感覚で師匠のことを見つめていた。
「ガキが口出しするんじゃねぇ!」
「けど、ここは獣人も許可している場所なんだよ?」
「──っ、てめぇ!」
男は威嚇するように腕を高く振り上げる。
それに対して師匠は体をビクッとさせ、目を強く瞑りながら腕を交差させた。
「ご、ごめんなさい! でも、獣人の子達が可哀想だったから……」
絶対思っていない。だって「助けてあげて」と言っても「面倒くせぇ」で拒否するような人だ。
「お願いだから、やめてあげて……」
体をビクビクと震わせ、恐怖で両目に涙を溜めながらも、獣人の親子と男を隔てるように両手を広げて立つ師匠。
「その子の言う通りだ!」
「ここは酒場だぞ! 亜人が居ても良いだろうが!」
「これ以上迷惑を掛けてみろ! 俺達が許さねぇからな!」
そんな健気な少女の勇姿に感化されたのか、酒場の客達は師匠に味方をするように声を上げる。
「──クソッ! 覚えてろ!」
男は客や店員から睨まれて居づらくなり、最後に悪態をついて酒場を出て行った。
少しの静寂の後、拍手が一斉に店内に響く。その中心にいるのは、勿論師匠だ。
「嬢ちゃんよく言った!」
「かっこいいぞ!」
「ジュース奢ってやる!」
「それじゃあ俺は飯奢ってやるぞ!」
「おい店員! 料理あるだけ持ってこい!」
そして客は次第に大盛り上がりしていき、昼間なのにも関わらずその酒場は宴のようになった。
外の人はその騒ぎを聞きつけて酒場に顔を覗き込ませ、そして同じように騒ぎに混ざって盛り上がる。
特に冒険者が多く集まるのが、酒場というものだ。その効果もあって、名も知らない人同士なのに肩を組んで酒を飲み、次々と出される料理を食い、皆で笑い合う。
ひとときの嵐のように盛り上がった後は、虚しさを感じるくらい酒場は静まり返る。満足した人から自由に帰り、酔って眠り込んでしまった人は、店員によって邪魔にならないように一箇所に集められていた。
「本当に、ありがとうございました……!」
「お姉ちゃんありがとう!」
場も完全に落ち着いた頃、獣人の親子が私達の元に寄って来て、改めてお礼を言った。
「私も助けたかっただけだから、気にしないで! ほんと無事でよかったよ! ね、スラ!」
「ぴゅい!」
「次からは気をつけてね! はいこれ、痛むようだったら飲んでね!」
師匠はそれを笑顔で対応して、腹を蹴られた子供に回復薬を渡していた。
「何から何までありがとうございます!」
「ありがとう!」
「……あなたのことは忘れません。本当に、ありがとうございました。では、私達はこれで失礼します」
「ばいばい、お姉ちゃん!」
「じゃーねー!」
親子は何度も頭を下げながら、酒場を出て行った。
笑顔で手を振り、それを見送る師匠。
「あの、ありがとうございました!」
「……ん?」
まだ師匠に感謝する人が居るのかと振り返ると、酒場の店員が師匠に頭を下げていた。
「あの人は冒険者の中でもかなりの手練れで、本当に助かりました」
「へぇ〜、そうなんだ。同じ冒険者として困っちゃうなぁ。評判とか悪くなるから、悪目立ちはしないで欲しいよ」
「そんなに若いのに、冒険者なのですね……」
「一応ね」
師匠も冒険者だったのか……話されていなかったし聞こうとも思わなかったので、全く知らなかった。
……思えば私は、師匠のことを全然知らない。これは弟子としてどうなのか? 師弟関係なのだから、おそらく長い付き合いになる。お互いのことを何にも知らないというのは、少々問題なんじゃないかと思う。
「それじゃあ、私達も用事があるから帰るね」
「はい、またお越しください! ありがとうございました!」
食費は、他の客が代わりに払ってくれた。
私達は意図せずにタダ飯にありつけたということになる。
「ま、人助けもたまには良いことあるのかもな。めんどくせぇのには変わらないが」
店を出た師匠は、そう言って笑った。
「口調……」
「あん?」
「戻ってる」
「演技する必要が無くなったからな。普通に戻るに決まってるだろ」
やっぱり演技だったのか。
でも、あっちの方が自然だったような感じがする。見た目的に。
それを言うと、師匠は面白くなさそうに口を尖らせた。
「あれは人前でしかやらないんだよ。だって気持ち悪いだろう?」
私は首を横に振る。
「可愛かった」
「……まじかよ。冗談でもやめろよな」
「違う。可愛かった」
「…………くそっ、こいつ、リフィみたいなことを言いやがる……!」
師匠も口調を直せば可愛いのに、どうして男口調なんかを使っているんだろう? 正直言って、勿体無い。
「でもまぁ、無理してでも甘さを捨てないと生きていけない環境にいたからな。こっちの口調の方が癖になっているんだよ」
「そんな若さなのに?」
「この姿は……まぁ、そんなところだ」
何かを言おうとしたけど、途中で言葉を濁された。
気にはなるけれど、多分言及しても教えてくれないだろう。なら、今のは聞かなかったことにしよう。
「師匠、次はどこに?」
「……うーむ、お前の武器を買いに行くぞ。魔法が主体でも近接用の武器は必要だからな。護身用に買っておいた方がいい。何が欲しい?」
「武器……わからない」
私は武器なんて持ったことが無い。
魔法は……少しなら会得しているけど、強い方ではなかったと思う。
「やっぱり実際に触った方がいいか」
「師匠は、武器無いの?」
武器は必要と言う割に、師匠は何も身に付けていなかった。
「ああ、オレはこれがあるからな」
師匠の手には、いつの間にか剣が握られていた。
腰に持っていた『収納袋』という物から出した様子はない。本当に一瞬で、剣が現れた。
ただ敵を斬るためだけに作られたようなシンプルなもので、一見すると強そうには見えない。……でも、魔力の扱いに長けている狐人族の私には、その剣に秘められた膨大な魔力が視えていた。
ドワーフという鍛治職人の多い種族が作った、魔力の込もっている剣のことを『魔法剣』と呼ぶ。それは使用者を強化したり、炎などの属性を付与したりと様々な効果を与えるため、かなりの魔力が込められている。
でも師匠の剣は、それが塵同然に思えるほどの魔力量を秘めている。
一体これは……?
「オレは一度触った武器なら、何でも創り出すことが出来る。見ての通り一瞬でな。だから武器を持ち歩く必要は無いんだよ。便利な魔法だろ?」
……なるほど。師匠の言う通りなら、武器を持ち歩く方が邪魔になる。
だからって師匠の魔法は異質過ぎる。戦ったことのない私がここまで戦慄し、脅威と感じるの。
それはまさに──化け物。
「ま、オレの力は異常だから真似しようとするなよ」
そう言って、師匠はパッと武器を手放す。
その瞬間に剣は霞のように消え失せた。
「ほれ、オレの説明も終わったところで、そろそろ行くぞ」
師匠は特に自慢することもなく、さっさと歩いて行ってしまう。
今回のことで、師匠のことを少しだけ知ることが出来た。
……でも、師匠に対する疑問は更に深まった。
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