第4話 助ける度胸
腹が減ったからと連れて来られたのは酒場だった。
師匠曰く、酒場は様々な情報が飛び交う場所らしい。適当に食べていても、何か有益な情報が小耳に入ってくるかもしれないから、師匠は酒場を利用することが多いのだとか。
「それに、亜人や魔物も入って良い場所だ。ここならお前も人目を気にせず食べられるだろ?」
……相変わらず素っ気無い口調だったけれど、案外私のことを考えてくれているのかも?
好きな服を選ばせてくれたし、こうして私にご飯をくれる。乱暴な態度とは裏腹に、根は優しい人なのかもしれない。
「……ま、あの店から一番近かったのが、この酒場だっただけだが。……歩くのだるいし」
訂正、あまりよく考えていないだけなのかもしれない。
「にしても、人で混んでいるな」
「……昼間だから」
「ははっ、邪魔だから消してぇ」
ポツリと呟かれた一言。
「師匠、ひどい」
「…………流石に冗談だ」
そう言う割には本気の顔をしていた。
機嫌が悪かったら、絶対にやっていただろう。
でも師匠の言う通り、そう思ってしまうくらいに酒場は人で混雑していた。席はほとんど埋まっていて、従業員は忙しなく動いている。
客の中には私と同じ亜人も居た。……多分、家族。
獣人だけどその家族は『猫人族』と呼ばれている部族で、狐人族とは少し違う。種類ある獣人の中でも身体能力に優れた種族だ。
子供の二人は……姉妹かな? その子達は美味しそうな食事を幸せそうに頬張っているけれど、母親の方は周囲の視線を察して、どこか居心地が悪そうだ。
亜人は獣人やエルフ、ドワーフと様々だ。それを一括に纏めて『亜人』と呼ばれている。人に似た形をしているけれど、純粋な人ではない。そのため差別されやすく、私達のような亜人にとっては生きづらい世の中だ。
エルフに関しては、『六英雄』のリーフィア様がエルフらしく、彼女がいるおかげで差別意識は薄くなったらしいけれど、それでも両者の溝は深いと聞いた。
「ぴゅい」
「オレだって腹が減ってんだ。料理が来るまでおとなしくしてろ」
「……スラさんは、何でも食べるの?」
「そりゃあスライムだからな。体内に入れて消化出来るものなら、何だって養分にしちまう。人間だって食っちまうからな」
「ぴゅい!」
「そこは偉そうにするところじゃねぇだろ」
スライムは人を食べる。
それを聞いて別に驚きはしなかった。
スライムが雑食なことは知っていたし、何の力も持たない子供がスライムに捕食されるという事件は、たまにある。
「だがまぁ……こいつはわがままでな。グルメと言うのか? ちゃんと味付けされたものじゃないと文句を言いやがる」
「ぴゅい!」
「ああ、魔物は別だったな」
「……そうなの?」
「スライムは消化して養分にする。つまり己の魔力にしちまうんだ。魔力の塊である魔物は、美味しいところばかりらしい」
魔物は、魔力で構築されている生命体。
生命活動に必要な養分は、勿論魔力ということになる。
……だから飢えた魔物達が、時々共食いするのか。
「でも、魔物を食うのはやめとけよ? 濃度の高い魔力は、人にとっては毒だ。めっちゃ痛いぞ。二度と食わん」
「食べたこと、あるんだ……」
「あまりにもスラが美味しそうに食べるものでな。気になって食ったら全身に激痛が走った。そりゃもう巨大な針で全身を刺されたような感覚だったな。それが丸二日は続いたか?」
「ぴゅい」
「流石のオレもあれは参ったな。マジで地獄だったわ」
師匠は軽く笑っているけど、普通だったら死んでいる。
むしろ何で師匠は生きているのだろう。それが不思議でならなかった。
「師匠は、化け物……?」
「ぴゅい!」
「おいスラ。そこは元気よく肯定するんじゃなくて、主人を馬鹿をされたことに怒るんだろうが。……だがまぁ……否定はしない」
「ぴゅい?」
「いや、他人に言われるのと自分で認めるのは、かなり変わるだろ」
「ぴゅい……」
「何で呆れた? 何で今お前は呆れたんだ? おいこらこっち向けや」
必死にそっぽを向こうとするスラさんと、腕力でそれを阻止して強引に視線を合わせようとする師匠。
側から見れば、少女と使い魔が仲良く戯れている微笑ましい光景だ。
でも、そんな光景に水を差す者がいた。
「おい、なんでこんな所に亜人がいるんだ?」
一瞬私に言われたのかと思ったけれど、違かった。
言われたのは先程の親子だ。
その一言で、さっきまで賑わっていた酒場はシンと静まり返った。
客だけではなく従業員までもが手を止め、男と亜人の方を向く。
「おおっ、見ろスラ。馬鹿がいるぞ馬鹿が」
「ぴゅい……!」
そんな中、師匠とスラさんは面白いものを発見したと言わんばかりに興奮した様子で、ヒソヒソと男を指差して笑っていた。
「無視すんじゃねぇぞこら!」
男は亜人のテーブルをダンッ! と叩く。
子供はそれに驚き、手に持っていたスプーンを落とした。でも、慌ててそれを拾おうとしたのが間違いだった。
男の威圧に怯えていたのか、全身を震わせながら体をテーブルの下に潜り込ませ……不意にバランスを崩して男にぶつかってしまう。
「──ざっけんじゃねぇぞテメェ!」
「ぎゃう……!」
激怒した男が、その子供の腹を蹴り飛ばした。
小柄な体は簡単に宙を舞い、他人のテーブルに落下するけれど、そこは身体能力の高い猫人族だ。激突する寸前に上手く受け笑みを取り、衝撃を和らげていた。でも、蹴りはもろに入ったのか、その子は激しく咳き込んでいる。
母親は慌てて駆け寄り、その子を抱いた。
姉妹の片方も心配そうにしていたけれど、恐怖でその場を動けなくなっていた。
男はそんなこと御構い無しにズカズカと近寄り、親の抵抗虚しく子供の前髪を乱暴に掴んだ。
「やめてください!」
「るせぇ!」
「──っ!?」
……見ていられない。
助けたい気持ちはあるけれど、男はかなりの大柄だ。
それに亜人である私が間に入ったところで、事態を悪化させてしまう。それを理解しているので、私は歯噛みしながらその様子を見つめていた。
「はぁ……見てらんないな」
師匠が立ち上がり、酒場の出口に足を向ける。
「ほら、別の場所に行くぞ。こんな雰囲気の悪い場所で食っても飯は美味くならねぇ」
それは慈悲の無い言葉だった。
「助けないの?」
「は? やだよめんどくせぇ」
「でも……」
「──だったらお前が助けるか?」
師匠の目が語る。
──お前にそんな度胸があるのか? と。
「関わっても後々面倒なことになる。それにオレを巻き込まないってのなら、勝手にしろ」
私は何も言えなくなっていた。
今師匠と離れたら、きっと私は何も出来ない。
命を助けて貰った恩。
洋服を買って貰った恩。
それを返すまでは、この人に迷惑を掛けることは出来ない。
「理解したなら行くぞ」
自分の無力さを嘆いたまま、私は師匠の後をついて行くことを選択した
そんな時、師匠の腕に水色の触手が絡みついた。
犯人は、スラさんだった。
「んだよ……」
「ぴゅい」
「ああ? 助けてやれだぁ?」
「ぴゅい……」
「めんどくせぇって言ってるだろうが」
「ぴゅい?」
「……この程度の騒ぎも解決できないのか、だと?」
ハッ、と師匠は薄く笑った。
「オレに挑発とは……スラも言うようになったな」
「ぴゅい」
「ああ、わかったわかった」
「ぴゅい……!」
「違う。このまま騒がれる方が面倒だから、あいつらを助けるだけだ」
……驚いた。
あの強情な師匠が、スラさんのお願いを聞くとは思っていなかった。
これが信頼の為せることなのかな……と思っていたら、師匠は不機嫌そうに私に振り向き、こう言った。
「スラが拗ねると面倒なんだ。三日は口を利かなくなる。ほんと、あれはマジで面倒臭い」
その時を思い出したかのように、師匠は渋面を作る。
「ってことで行ってくるわ」
師匠は溜め息を一つ。
それからゆっくりと騒ぎの中心へ歩いて行った。
「ああ? 誰だお前は?」
近寄る師匠に気付いた男は、敵意を漲らせて睨みを利かせた。
師匠はもう一度溜め息を吐く。
そして、閉じていた目を静かに開き、男を覗き込むように見つめ、コテンッと首を傾げた。
「ねぇおじさん。ここは亜人の立ち入りを許可している酒場だよ? それなのに、どうして騒いでいるの?」
……………………だれ?
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