第3話 師匠ができた
本当に急なことだけど、私に『師匠』が出来た。
名前は……わからない。聞くタイミングを逃してしまった。
私と同い年くらいで、同じ髪色をしている。瞳は綺麗な水色をしている。
黒いワンピースを着た可憐な女の子? なのに荒々しい男口調で、どこか偉そうだ。でも、それが変に見えなくて、むしろ様になっている。
──不思議な人だ。
それが私の率直な感想だった。
そんな師匠には使い魔がいる。
最弱の魔物と有名な『スライム』で、名前は『スラ』というらしい。
何という安直な名前だと思ったけど、それを師匠に言ったら怒られそうなので、その気持ちは私の心の中に押し留める。
ちなみに私は、その使い魔のことを『スラさん』と呼ぶことにした。
教育係の人に、目上の人に呼び捨ては失礼だと教わった。例え魔物であっても、師匠の使い魔なら私よりも偉い。だからスラさんだ
それにしても、師匠はどうしてスライムを使い魔にしているのだろう?
さっきも言ったけど、スライムは最弱の魔物だ。…………いや、このスライムには弱点となる『核』が無いので、最弱という言葉は相応しいのかわからないけれど、それでも普通の人は雑魚を使い魔にしていると思ってしまう。
まだ師匠のことを何もわからない私だけど、それでも師匠の実力は凄まじいと理解している。
波のようにいた魔物を当然のように蹴散らし、それなりに強い人攫いの二人を一瞬で殺したのだ。弱いはずがない。
彼女ならもっと強い魔物を使い魔に出来るはずだ。
でも、師匠は他に使い魔を持っていないのだと言っていた。
「でっかい魔物を連れていても邪魔なだけだろ?」
と師匠は言っていたけれど、小さくても強い魔物は居る。
最強の魔物と恐れられている『竜族』を無数に従える『六英雄』の一人、リーフィア様のようにとは言わないけれど、それに近い魔物を従えるくらいなら出来るのでは? と私は思ってしまった。
『六英雄』とは、この世界を守護する六人のことだ。
世界に巣食う悪を殲滅し、秩序をもたらす。
英雄故に最強であり無敵。神から与えられた加護によって、決してその身が滅ぶことはないとされる絶対の六人。
全員で六人……と言っても、ただ一人だけは正体が秘匿されているらしく、知られているのは『ルーファス・アークベルン』という名前のみ。
決して表舞台に出ることはなく、中では「本当は居ないのでは?」とか「どこかで死亡し、その事実が秘匿されているのでは?」とか都市伝説になっている、らしい。教育係にそう教わった。
私の住む村は、かなり田舎だった。
それでも全ての子供に教育として語られるのだから、それだけの人物なのだろう。
まず普通ではお目に掛かることも叶わないらしい。存在が貴重なだけあって、英雄様と出会うことを人生の目標にしている人も少なくはないのだとか。
私も小さい頃から『六英雄』の伝説を聞いているので、一度は会ってみたいと思うけれど……流石に無理だろうなぁと半分以上は諦めている。
──と、話が逸れてしまった。
師匠にはもっと強い魔物を従えることが出来るんじゃないのか? という話だった。
そんな私の疑問は、師匠が適当に言い放った一言で終わってしまう。
「だるい」
…………ああ、そうですか。
そんな会話をしながら、私達はフォドソンの街というところに向かっていた。
聞いた話ではあまり特徴の無い街だけど、店や施設は充実しているので、不自由の無い生活が出来るらしい。
「お、見えてきたぜ」
師匠が指差した先には、巨大な壁が建っていた。
今の人間が住む大きな街は、ほとんどがあのような壁に隔てられているのだと師匠は教えてくれた。それは魔物の襲撃から民を守るためだったり、もし国家同士の戦争があった場合に強固な防壁として役立てたりと、様々な用途があるらしい。
検問を潜り、まず最初に師匠が向かったのは、見るからに高級そうな洋服店だった。
店の内装を見てみると、置いてあるのは全て和服。……看板にも『和服専門店』と書かれていて、本当に私に洋服を買ってくれるのだと嬉しくなった。
「好きなの選んで良いぞ」
そう言って私を店内に連れ込む師匠。
近くには居てくれるらしいけれど、彼女は何もする気がないようだ。店内に備え付けられている椅子に腰掛け、目を瞑って腕を組み始めた。
「え、は……し、師匠……?」
「いらっしゃいませ〜」
私が混乱しているところに、店員が笑顔で近寄って来た。
「あら、可愛らしい狐人族の子ですね」
「えっと……あの……」
「今日は和服の購入でよろしいですか?」
店員は私が奴隷だということに気づき、一緒に入って来た師匠に近寄って声を掛ける。
師匠は頷き、店員さんに何かを耳打ちしている。そして一枚の紙を取り出した。
店員は一瞬だけ驚いたように目を丸くしたけれど、すぐに笑顔になって私のところに戻ってきた。
「あなたの主人から、あなたに似合う服を見繕ってくれと頼まれました。どうかお任せください!」
そう言いながら腕を振る店員さんは、めちゃくちゃに張り切っていた。
「え……?」
「さぁ、行きますよ!」
腕を掴まれ、私は店の奥に引き摺り込まれる。
訳が分からず師匠に助けを求めようと視線を送ると、師匠はただ手を振って私を見送るだけだった。
◆◇◆
その後、私は店員に様々な服を紹介された。
……気分は着せ替え人形だった。
「さぁさぁ、どれにしましょうか!」
私の目の前には、無数の和服が並んでいる。
良い店なだけあって紹介された服は、どれも魅力的だった。そして、どれも高そうだ。私が元々村で着ていた服なんかが塵程度にしか思えないような、良い素材を使っている。素人の私でもそれがわかるくらいなのだから、本当に良質な物なのだろう。
正直、選ぶことなんて出来ない。
……最初はそう思っていた。
でも、和服選びは意外とすぐに終わった。
「……これにします」
着た瞬間に気に入った服が、一着だけある。
赤と白と基調にした巫女服のようなものだ。
肩や横腹、太ももが露出しているのは恥ずかしいけれど、動きづらいよりは断然こっちの方が良い。
その後も気に入る服が見つかるかもしれないと思っていたけれど、やっぱりそれ以上に良い物は見つからなかった。
「お客様にはそれが一番似合っていると思っていましたよ!」
店員さんもそう言って褒めてくれた。
会計はすでに済まされていると聞いた私は、服選びを手伝ってくれた店員にお礼を言い、師匠の元に戻った。
「あれ……師匠は?」
感想を聞きたい。
そう思っていたけれど、師匠は店内の椅子に居なかった。
その代わり師匠が座っていた椅子には、師匠の使い魔、スラさんがポツンと佇んでいた。
「スラさん、師匠は……?」
「ぴゅい」
スラさんは触手を伸ばし、とある方向に向けた。
そこは店の出口で…………多分待っているのに飽きたから、スラさんを置いて出て行ったのだろう。
「行こうか」
「ぴゅい!」
スラさんを抱きしめ、私は店内を後にする。
すると────
「お? なんだ終わったのか」
ちょうど店を出たところで師匠と出会った。
「師匠……どう?」
「ん、可愛いんじゃねえか?」
「…………そう……」
素っ気無い態度だけど、なんかそれが師匠らしいと納得してしまう。
まだ出会って数時間なのに、変な気持ちだ。
「ちゃんと自分で選んだか?」
「うん」
「金で選ばなかったか?」
「うん」
「気に入ったか?」
「うん」
「なら、よし……大事にしろよ」
師匠は踵を返し、歩いていく。
「師匠、どこに……?」
「腹減った。飯食いに行くぞ」
ご飯、そういえば何も食べてなかった。
──くぅぅぅ。
それを思い出したら、私のお腹から小さい音が鳴った。
恥ずかしさで私の顔が熱くなるのを感じる。でも、人攫いにあってから何も食べていなかったのだ。……食欲には勝てない。
「なんだ? お前も腹減ったのか」
「…………(こくり)」
「ははっ、正直な奴だ」
師匠は笑う。
「良いぜ。満足するまで食えば良いさ」
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