第2話 弟子と使い魔
再び師匠視点です
次回から主人公視点になります
休憩も十分に取ったし、そろそろ森の出口に向かおう。
そう思って歩き出すと、コノハにちょんちょんと肩を叩かれた。
何か用か? と言いたげに振り向くと、コノハは反対側……馬車がやってきた方角を指差していた。
「あの、師匠……魔石……」
「魔石……? ああ、そうか。売れば金になるんだったな」
長い間、魔物相手ではなく人を相手にしていたせいで、それを完全に忘れていた。
コノハを弟子に迎え入れたことで、金の出費は増えるだろう。だが、オレには十分な貯蔵がある。魔石を売ったところで、そんなに変わりはしない。
「回収は好きにしろ」
コノハは頷き、魔石の転がっている方へと走った。
「別に無理して取らなくても良いんだぜ?」
「……お金、大事……」
「あっそう……それじゃあこれにでも入れておけ」
そう言って『収納袋』を渡す。
「……多分、入りきらない……?」
「あ? 何だ、収納袋を知らないのか?」
「収納袋……?」
「あーーーー、そうか」
『収納袋』はただ道具を持ち運ぶ袋ではない。
袋の中身は異空間が広がっていて、見た目の何十倍以上は入る。そこらに出回っていない貴重な物なので、盗られやすいのが難点だが、これだけで手荷物がかなり激減するので便利な道具だ。
しかし、形の無いものは仕舞うことが出来ない。液体や砂がそれだな。瓶などの中に入れておけば問題は無いが、普通にそのまま入れてしまうと異空間の中で分裂してしまい、他の荷物に掛かって悲惨なことになる。
それを説明すると、コノハは表情には出さないものの、目をキラキラとさせていた。
「凄い……!」
「そうか? まぁ便利だからな……欲しいならやるよ」
「──っ、良いの?」
「オレは他のを持っているからな。その代わり盗られるなよ」
オレがさっき投げ渡したのは、中身が空の袋だ。
コノハに渡しても問題は無い。
「ありがとう、ございます……」
「おう。それよりも早く回収しろ」
コノハはせっせと魔石を回収して、オレの元に戻ってきた。
そして収納袋を渡してくる。
「ん? やるって言わなかったか?」
「……違う。魔石、渡す」
「面倒だからいい。売りに行くまでお前が持ってろ」
「でも……」
「いいって言ってんだろ。それとも何か? お前はそれを盗んで逃げるつもりなのか?」
コノハは首をブンブンと横に振る。
「なら、いい」
オレは袋を返し、今度こそ歩き出す。
背後でパタパタと素足で歩いてくる音が聞こえた。ちゃんと後を付いて来ているようだ。
◆◇◆
オレ達は特別会話もせず、森を歩き続けた。
そして整備された道が見えてきたなと思った時、茂みの方から青色のプルンプルンとした生物が飛び出して来た。
「お?」
「ん?」
「ぴゅい?」
オレとコノハ、そして青色の物体は見つめ合い、一番に動いたのはコノハだった。
「師匠、魔物……!」
その青い生物は『スライム』という魔物だ。
体内にある『核』を破壊してしまえば簡単に消滅する雑魚中の雑魚だが、コノハにとっては雑魚だろうと敵には変わりない。オレとスライムを隔てるように飛び出し、狐の尻尾を逆立てて威嚇している。
「待てコノハ」
「でも……」
「いいから待てって言っているんだ。まずは落ち着け。どうせ戦っても、こいつには勝てない」
「スライムくらいは、核を壊せば」
「ほう? じゃあ、あいつの核はどこにあるんだろうなぁ?」
「──っ、そんな……核が……」
目の前に現れたスライムは、体内の何処を探しても奴の『核』らしい物は見当たらない。
スライムは弱点を突けば簡単に消滅する魔物だが、それ以外の攻撃には驚異的な耐性を誇る。
つまり目の前のスライムは、絶対に殺せない。
コノハがどんな力を持っていようと、全てが無意味なのだ。
「それじゃあどうすれば……」
「だから落ち着けって。こいつはオレの使い魔だ」
「えっ……?」
「スライムのスラだ。仲良くしてやってくれ。おいスラ、こいつはコノハだ。オレの弟子にするから優しくしろよ」
オレが紹介してやると、スラは「ぴゅふぅー」と呆れたように鳴いた。
「ぴゅい?」
「あんだと? 別に脅してねぇわ」
「…………ぴゅい」
「おお、そうか。そんなに怪しいか。──今日は飯抜きな」
「ぴゅい! ぴゅい、ぴゅい!」
「ハッ! 最初からそう言っておけばいいんだよ」
どうしてまず最初にオレが誘拐したと疑うんだ。
性格は問題あるとしても、オレは一応『英雄』だぞ? 流石に誘拐は……しないと思う。多分。いや、必要だったらするかもな。
「それで? 魔物は十分に食えたのか?」
「ぴゅい……」
「は? 全然魔物がいなかったから満足していないだと? ……あ〜……」
おそらくコノハを追っていた魔物達が、この森の大半を占めていたんだろう。
あそこまで魔物が集まるのは珍しいことだが、まぁ、あそこまでうるさく馬車を引いていれば、あんなに大量に集まるのも仕方がないことか。
「道中も魔物と遭遇するだろ。そんな時は好きに食えばいい」
「ぴゅい!」
「あの、師匠……?」
──と、スラと話をしていたら、コノハがオレの腕を指で突っついた。
振り向くと、コノハが不思議そうにオレとスラのことを交互に見つめていた。
そして首を傾げ、口を開く。
「言葉、わかるの?」
「オレとスラは長年の付き合いだからな。理解しているさ。なぁ?」
「ぴゅい!」
「…………すごい」
「そうか? まぁ、お前も一緒に行動していればわかるようになるだろ」
スラは基本的に「ぴゅい」しか鳴かないが、イントネーションでなんとなく理解出来る部分がある。
なので、コノハも一緒に行動していれば自然と何て言っているのかわかるようになると思う。保証はしない。
世の中には『言語理解』とかいう魔法を使えば、魔物や動物の言葉がわかるようになるらしいが、会話するのにいちいち魔法を使っていたら面倒だ。
「ほれ、全員集合したわけだし、さっさと街に行くぞ」
「……はい」
「ぴゅい!」
スラはオレの頭の上に乗り、コノハは後ろを静かに歩く。
『ぴゅい』
──と、そんな時にスラが『念話』を使って話しかけてきた。
その内容は「一体何を考えている?」というものだった。
『別に、説明した通りだよ』
『ぴゅい……』
『あ? 違うって?』
『ぴゅい』
『──チッ。わかってんなら聞くんじゃねぇ……そうだよ。お前の予想している通りだ』
『……ぴゅい……』
『……はいはい。わかってるよ。ちゃんとあいつには説明する。嘘偽りなく、な』
一方的に『念話』を遮断する。
スラは心配していたが、これはオレの問題だ。
「…………なに?」
「いや、何でもない」
チラッと後方を見ると、コノハもちょうどオレのことを見ていたようで視線が合った。
「師匠……スライム……」
コノハはスラのことを一心に見つめていた。
どこかキラキラした目をしている気がしたので、もしかしたらと思ったことを口にする。
「触りたいのか?」
「……ん」
頷くコノハ。……どうやら当たりだったようだ。
「スラ、行ってやれ」
「ぴゅい!」
頭からぴょんと跳び、コノハの両腕に収まるスラ。
スライムのプニプニした感触を味わうように弄るコノハは、興奮したように頬を赤くして満更でもない様子だ。
「スラさん、冷たい……」
「ぴゅい?」
対するスラは恥ずかしそうにしていたが、美少女に抱かれて嬉しそうにしている。
それはもう青色の表面が少し赤く染まるほど、デレデレだ。
なーーーんか無性に気に食わないが……弟子が嬉しそうにしているなら良いか。
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