第20話 使い魔
「あぁ? もっと強くなるにはどうしたら良いって?」
「……うん。師匠なら、わかると思って」
師匠との稽古で、私は着々と強くなっていた。
でも、最近になってそれでも物足りないと感じる自分がいた。だから、一番手っ取り早く強くなれる方法を師匠に聞くことにした。
「物足りない……か」
「…………」
「その身に合わない力は、己を滅ぼすぜ? お前は才能がある。焦らずゆっくりやっても良いんじゃないのか?」
師匠の言っていることは正しいのだろう。
「それでも足りないって面しやがって……」
師匠は呆れたように、笑った。
「覚悟は出来ているんだろうな?」
師匠の瞳は「下手をしたら死ぬぜ?」と語っている。
でも、そんな覚悟はとっくに出来ていた。
「ハッ! 良いぜ。手っ取り早い手段を教えてやるよ」
「ちょっとルーちゃん? 危険じゃないの? まだやめた方が……」
私達の会話を聞いていたリーフィア様は、私の身を案じてくれているのか否定的だ。
「こいつ自身が言ったことだ。なら、やってみろと言うだけだろう?」
「それは……そうだけど」
リーフィア様はそれでも心配そうに私を見つめてきた。
彼女は師匠と長い付き合いだ。そんな師匠がとんでもないことを私にやらせようとしているのを、何となく察しているのだろう。
「そんなに心配なら、リフィも付いて来るといい」
「え、いいの?」
「ああ。コノハが構わないと言うのなら、な」
「……リーフィア様が付いて来てくれるのなら、私も安心」
「だ、そうだ」
「──っ、うん! 行く。行かせて!」
こうして私と師匠の稽古に、リーフィア様も同行することになった。
「でも師匠。何をするの?」
私の力を手っ取り早く引き出すのは理解した。
でも、その方法を聞かされていない。
私と師匠の稽古を見て、確実に強くなっている私を見ているはずのリーフィア様ですら、やめた方がいいと心配するほどだ。
師匠がどのような地獄──こほんっ。稽古を企んでいるのか気になってしまう。
「お前の技量は十分だ。そろそろ、実戦も含めてやらせたいと思っていたんだよ」
「……?」
師匠の意図がわからず、首をかしげる。
すると師匠は口元をニヤリと歪ませ、こう言った。
「使い魔を探しに行くんだよ」
使い魔。
知性のある魔物を従わせ、自分の仲間にすることだ。
確かに使い魔が居れば手数も増えるし、戦いやすくなるだろう。
でも正直、リーフィア様が心配するほどのものなのか? と思う。冒険者にだって何人か使い魔を使役している人も居たし、使い魔自体がそう珍しいものでもない。
だから私は、リーフィア様の心配事と師匠の企みを理解出来なかった。
──その魔物の元まで連れて行かれるまでは。
◆◇◆
「オォーーーーーーン!」
今、私の目の前には、とても大きな獣が立ちはだかっていた。
全身に漆黒の体毛が生えていて、その全てが荒々しく逆立っている。一見サラサラに見えるそれは、師匠曰く、この世界に存在する鉱石の中で最高峰の『アダマンタイト』以上の強度を誇り、まず並みの攻撃ではかすり傷すら与えられないのだとか。
魔物の体格は、私の三倍を優に超える。
それでいて音速を超える脚力を持っているのだから、尋常ではない。
その魔物の名は──魔天狼。
大陸の端に位置する『終始の果て』と呼ばれる地を支配する魔物だ。
この地には、破滅をもたらす危険度を持つ魔物が数多く生息していて、この地に踏み入れた瞬間に命を落とすことだってあるほど危険だ。自殺希望者以外は、誰も近づこうとはしない。
そんな『終始の果て』を支配する四天王のような存在の一体が、この『魔天狼』なのだ。
「…………」
私は無言で後ろを振り返る。
その遥か後方には、何故かドヤ顔な師匠と、心配そうにこちらを見つめるリーフィア様が、岩陰から顔を出していた。
師匠に至っては親指まで立てて、全然ありがたくない激励を飛ばしてくる始末だ。
私は正面を向き直る。
そこには私の身長を軽々と超える漆黒の狼の姿が……。
「ああ、夢じゃなかった……」
魔物の瞳は、とてもギラついていた。
最高潮なくらいに興奮した目をしていて、その視線は一心に私……ではなく、後方に潜む師匠に向けられていた。
その理由は、この魔物と出会った開口一番に、師匠が放った言葉が原因だった。
『人間……このような土地に何の用だ』
眠りを妨げられたことで不機嫌そうにしている『魔天狼』を師匠は指差し、一言。
「ちょうど、移動用の犬っころが欲しかったんだ」
この魔物は『狼』と名が付くだけあって、狼としてのプライドが高い。
それなのに師匠は『犬っころ』と発言し、当然のように激怒。しかも私の使い魔になれと言われ、火に油を注ぐようなことになってしまった。
『小さき娘如きが、この我を使役する……。この一千年。長くこの地に君臨してきたが、笑えぬ冗談を言われたのは初めてだ』
「……それについてはごめんなさい。でも、冗談じゃない」
いきなり最強の魔物を使い魔にしろと言われたのは驚いたけれど、師匠は無理なことを強要しない。
つまり、私ならどうにか出来るという算段がついているのだろう。
……だからって強引過ぎるけれど。
「私は、あなたを使い魔にしたい」
『後ろの小娘の弟子だと聞いたから、同じような馬鹿者かと思うたが……小娘のくせに覚悟のある目をしておるではないか。……小さき者よ。名を聞こう』
「……コノハ」
魔物は笑う。
『よかろう。コノハ。その瞳に免じて、我に立ち向かうことを許す。その覚悟が蛮勇でないと示してみせよ!』
狼は吠える。
ビリビリと肌を震わせ、大地を轟かせる。
『ゆくぞ』
瞬間、狼が消えた。
片時も注意を逸らしたわけではない。
それなのに私の視界から忽然と姿を消した。
「──っ!」
一瞬の殺気。
それの正体はわからないけれど、とにかくやばいというのだけは理解した。
私は本能の囁くまま、前方に転がる。
ガチンッ! という歯のぶつかる音が、先程まで私の立っていた場所から鳴った。
『ほう、これを避けるか』
もし私が先程の殺気を見逃し、そのまま立っていたら、私の上半身は狼の腹の中に入っていたことだろう。
『では、もう少し本気を出すとしよう』
魔天狼から感じられる魔力が、急激に膨れ上がった。
これで少しの本気だと言うのだから、やはり『終始の果て』を統べる一体なだけはある。
でも、不思議と負ける感覚はしない。
本当に不思議だ。
相手は絶対に勝てるはずのない最強の部類に入る魔物。
それなのに、私が負けるとは思えなかった。
──チラリと、師匠を見る。
師匠は、不敵に笑っていた。
あの人も私と同じように、私が負けることなんて想像していないのだろう。
「師匠が見守ってくれている」
だから私は、負けるわけにはいかない。




