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第19話 仲直り

 師匠との稽古は、私が気絶するまで続く。

 むしろ私が本当の限界を迎えて手足が動かなくなるか、意識を手放さないと終わらない。


 他からしたら地獄のよう稽古なのだろう。

 実際にリーフィア様や、ふらっと遊びに来た他の英雄様達は「本当によくやっている」と褒めてくれる。


 確かに厳しい。痛いのは嫌いだし、辛いのだって嫌いだ。

 師匠の稽古は、下手をしたら死ぬ。それでも師匠は、私のダメな部分を全部教えてくれる。どうすればそれが直るかを徹底的に叩き込んでくれる。絶対に手抜きはしない。


 ここまで真剣に私と向き合ってくれたのは、師匠が初めてだ。

 師匠には恩もある。それを仇で返したくない。


 だから私は、やめたいだなんて思わない。

 それは私を認めてくれた師匠への『裏切り』だし、強くなることへの『逃げ』だからだ。


 それに、私が強くなれば師匠の期待に応えられていると思えて、嬉しい気持ちになる。


「師匠ー。ししょー?」


 私は今日も稽古を付けてもらおうと、早朝から師匠の部屋を尋ねる。

 いつもこの時間は、師匠は眠っている。なので、まずは起こすことから始まる。

 鍵は掛かっていないので、いつも通り扉を開けて中に入る。


「師匠……? …………いない」


 いつもはベッドの上で丸まっている師匠の姿が、今日は見えなかった。


「先に起きているなんて珍しい」


 そう思った私は、階段を降りて一階へ向かった。


「……ん? ああ、コノハちゃん。おはよ〜」


 リビングにはリーフィア様が居た。

 暇そうに紅茶を飲んで、片手にお菓子をつまんでいる。


「リーフィア様、おはよう。……師匠は?」


 リビングを見渡しても、師匠の姿は見当たらない。使い魔のスラさんもだ。


「あ〜、なんか急用があるとかで深夜に出て行ったよ」

「急用……?」

「うん、急用。何かは聞かないでね? 私も聞いていないんだ」

「…………そう……」


 師匠が居ない。それを残念に思う。


「私も連れて行ってくれたら良かったのに」


 今までずっと師匠と共に行動してきた。

 急に居なくなられると、心の中の何処かにぽっかりと穴が空いたような気分になる。


 それを示すようにピンと立っていた耳が垂れ下がり、入念に手入れした尻尾がしぼんだ。


「そんなに落ち込まないの。今日の夕方前には戻って来るって言っていたし、ルーちゃんの弟子になるのなら、待つことにも慣れなきゃだよ」

「…………うん」


 リーフィア様は困ったように苦笑し、「そうだっ!」と何かを思いついたように立ち上がった。


「コノハちゃん。今日予定空いてる?」

「師匠との稽古しかない。でも……予定、無くなっちゃった」

「よし、それじゃあピクニックに行こう! ピクニック!」


「……え?」




          ◆◇◆




 リーフィア様の提案に戸惑っている間に、彼女は全ての準備を終わらせてしまった。


 お昼ご飯をあっという間に作り、何かあった時のために回復薬等の荷物を『収納袋』に詰め込み、リーフィア様は私の手を取って家を飛び出す。


 そして連れて来られたのは、大きな丘の上だった。

 風が心地良く、日差しも温かい。そして何より、ここはネクトフリーデンを一望出来る。


 ピクニックと聞いて戸惑ったけれど、確かにここに来て良かったと感じられる。……そんな場所だった。


「……凄い……」


 私はその光景に釘付けとなっていた。


「ふふっ、良い場所でしょう? 私も、悩み事があったらよくここに来るんだぁ……」

「悩み……リーフィア様にもあるの?」

「あるよ。沢山、ね……むしろ、英雄になってからの方が多いかも。……そして今が、一番……」

「……それって、師匠のこと?」


 リーフィア様は困ったように笑った。

 それが、彼女の答えなのだろう。


「もしかして、あの夜のこと聞かれちゃってた?」

「…………ごめんなさい」


 私がやったことは盗み聞きだ。

 あの夜の会話は、二人にとって聞かれたくない内容だったのだろう。


 一緒に住んでいるのだから仕方ないことなのは理解しているけれど、それでも悪いことをしてしまった自覚はある。だから謝ったけれど、リーフィア様はそのことを怒っていないようだった。


「あはは、謝ることじゃないよ……むしろ、謝るのはこっちの方だ」


 どうしてリーフィア様が謝るの?

 彼女の本意がわからず、私は首を傾げる。


「ごめんなさい!」


 そしてリーフィア様は、私に頭を下げた。


「コノハちゃんに酷いことを言っちゃった。ルーちゃんが居なくなるのが嫌で、突き放すような言葉を……だから、ごめんなさい」

「リーフィア様は悪くない」

「でも……」


 まだ何かを言おうとするリーフィア様に、私は静かに首を振った。


「リーフィア様はそれだけ師匠を想っているってわかった。大切な人が居なくなるのは……寂しいし悲しい。私も、同じ……」


 今日、師匠が居ないことを知った私は、寂しいと思った。

 リーフィア様はずっとこの感情に耐えて来たのだろう。いつか帰って来てくれる。それだけを信じて、彼女は師匠の帰る場所を守っていたのだろう。


 でも、私が来たことによって、師匠は死ぬ覚悟が出来てしまった。

 そんな疫病神のような私を排除しようとするのは当然のことだ。リーフィア様は悪くない。何も考えずに、師匠の優しさに甘えてきた私が悪い。


 ……でも、これじゃダメだと思う。


 互いが自分を悪いと思って謝るのは、何も始まらない。何の意味も無い。

 だから私は、これで終わりにすることにした。


「お互い悪い。だから、仲直りしよう……?」

「……え?」

「私は師匠が好きだけど、同じようにリーフィア様も好き。だから仲良くなりたい。……だめ?」


 リーフィア様の顔は、色々な感情が混ざってぐちゃぐちゃになった。

 でも最後には笑ってくれた。心から笑ってくれているのだと安心出来るような、そんな微笑みだ。


「わかった。それじゃ、仲直りだ」


 リーフィア様は右手を差し出す。

 私はその手を取り、私達は握手を交わした。


 ……これで、仲直り。


「よしっ、仲直りしたところでピクニックの続きをしようか! はいコノハちゃん! お腹、空いたでしょう?」


 リーフィア様が家を出る前に作ってくれたご飯。色々な具材にソースを掛けて、パンで挟んだものだ。それが四角い籠に沢山入っている。

 ……そういえばまだ何も食べていなかった。それを思い出した私のお腹からは、変な音が鳴った。


「コノハちゃんのために作ったんだから、遠慮せずに食べてね!」

「…………いただきます」


 私は恐る恐るパンに手を伸ばし、一つを口の中に運ぶ。


「美味しい……!」


 野菜のシャキシャキとした食感と、噛む度に溢れてくるお肉の汁。

 美味しくないわけがない。


 私は次々とパンを口に運ぶ。


「……あ……もう無くなっちゃった……」


 伸ばした手の先に何も残っていないことを知り、そして申し訳なくなった。

 リーフィア様は私が食べている様子を見ているだけで、ほとんど食べていない。


「ごめんなさい。ほとんど食べちゃった……」

「ふふっ……気にしないで。まるでルーちゃんを見ているみたいだったよ」

「……師匠を?」

「ルーちゃんもね、私の料理は沢山食べてくれるんだ。それはもうガツガツと……口には出さないけれど、絶対に残さないの」


 師匠は外ではあまり食べない。

 でも、リーフィア様の言った通り、三人でテーブルを囲んでいる時だけは、沢山食べているような気がする。それはリーフィア様が作ったというのもあるだろうけど、やはり美味しいからというのが一番の理由なのだろう。


「自分の作った料理を美味しそうに食べて貰えるって、凄く嬉しいことなんだよ? 私の料理は美味しかった?」

「すっごく、美味しかった」

「なら、良かった……」


 心の底から嬉しそうにそう言うリーフィア様。

 その笑顔に、私は少しドキッとしてしまった。

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