第1話 弟子ができた
師匠視点です
これを人は『思わぬ収穫』と言うのだろう。
オレが目標としているフォドソンの街は、かなりの距離がある。
馬車を借りに行くのも面倒だし、歩いて三日程度の距離なら適当にそこらをぶらぶらしながら向かおう。
そう決めて家に貯蔵してあった食料を『収納袋』に詰め込み、本来の目的通り適当に道中ぶらぶらしていた時のことだ。
まさか出会い頭で馬車に轢かれることになるとは思わなかった。
不注意だったオレも悪いんだろうが、やはり轢かれたらムカつく。腹いせに、ちょうど良いところに群がっていた害虫どもを蹴散らし、馬車を操縦していた二人をぶっ殺した。
旅の初っ端から酷い目に遭ったわけだが、それのおかげで面白い奴に出会うことが出来た。
そいつは獣人……その中でも『狐人族』と言われる種類で、オレと同じ髪の色をしている。真っ赤に燃えるような瞳は、今は酷く濁っていた。
これは絶望、または失望をしている奴の瞳だ。
何もかもを諦めて、流れる時の運命に身を任せようとしてやがる。
だが、そんな中にも、捨て切れない優しさが見え隠れしていた。
何かに絶望した奴は、自分も他人もどうでもよくなる。それなのにこの獣人は、他人への優しさを捨てていない。
それにこいつは根性もある。
目の前で二人が惨殺されているんだ。そして、その犯人が近くにいる。普通なら混乱して泣き喚き、挙句には震えが止まらなくなるだろう。
なのにこいつは震えるどころか泣きもせず、しかもこのオレを警戒した目で見やがった。
──ああ、面白い。
オレは内心ほくそ笑む。
こいつなら、きっとオレの望みを叶えてくれる。
そんな期待がオレの中で渦巻いた。
だからこの獣人を『コノハ』と名乗ったガキを、オレの弟子にした。
勿論、拒否権は無い。奴隷にそんな権利があると思ったら大間違いだ。
そうなった理由はどうであれ、奴隷に落ちたが最後。諦めるしかない。
無慈悲だ。どうにかしてあげろ。
そんな声は、耳にタコが出来るくらい聞いた。
だが、オレはやらない。なんでか? ただ単純にメリットが無くて、デメリットばかりが残るからだ。
奴隷の呪いを解除するのは疲れるし、奴隷商人から疎まれると後々面倒なことになる。
その苦労に対して何の報酬も無く、得られるのは何の役にも立たない感謝の言葉。言葉だけでは飯は食えない。どうせやるなら金になることをやる。
奴隷を助けた後だって問題が残る。
助けた奴のその後は? 金は当然持っていない。奴隷になった期間が長ければ長いほど、そいつの心には深く癒えない傷が残っていることだろう。
助ける。はい終わり。……ではない。
それだけならば、ただの偽善と同じ。
どうせ助けるのなら、そいつを一生養っていく覚悟を持たなければいけない。
偽善は嫌いなんだ。
オレはそこまで面倒を見るのが嫌だから、下手に奴隷を助けようとは思わない。
……まぁ、今回は助けちゃったわけだが……まさか人攫いだと思わなかったし、奴隷が乗っているとも思わなかった。不可抗力の範疇だろう。
「それじゃ、行くぞ」
「え……行くってどこに」
「フォドソンの街ってところだ」
「フォドソン……?」
「何だ知らないのか」
まぁ、そうだろうな。
狐人族はもっと大陸の端っこに住んでいると聞く。
ここらはまだ大陸の内側だから、そもそも訪れないのだろう。フォドソンは普通の街で、これといった特徴のない場所だ。知られていないのも仕方ない。
「とりあえず街に着いたらお前の服を新調しないとな。武器も……何が良いんだ? ……まぁ、店に行って実際に触った方が早いか」
「あ、あの……!」
「あん? どうした?」
「えっと、服を買ってくれるの? ……ですか?」
「だってそんなボロボロの服だと嫌だろ? ……ああ、それと、別に無理して敬語を使う必要はないぞ。慣れない敬語で話されてもウザいだけだからな」
──女の子は洋服に気を使うものです!
昔、オレの仲間、リーフィアが言った言葉だ。
その頃のオレは、暴力が全てを支配する世界を生きていて、身だしなみを意識する余裕は無かった。そのせいで同居しているリーフィアにはいつも何かを言われていた。
流石のオレもウザく感じ始めていたが、それでもお姉さん気質なあいつが止まることはなく、仕方なく言うことを聞くようになった。
だから、女が望むのは何かというのを少しは理解出来るようになり、特に身だしなみには気を使うのだということを勉強した。
コノハも一応女だ。
薄汚れた奴隷服のままでは、不満もあるだろう。
狐人は『和服』というのを好んで着ると以前に聞いたことがある。オレの記憶が正しければ、フォドソンの街に一軒だけ和服専門店なるものがあった気がする。まずはそこに行くとしよう。
「あの……」
「…………んだよ、まだ何かあんのか?」
「あの、あなたのことは、何て呼べば……?」
「…………あ〜〜……そうだなぁ……」
確かにオレはこいつの主人となったわけだが、まだ完全な契約にまでは至っていない。
オレから離れることは出来なくなったが。オレの命令は絶対ではないし、オレを傷付けることだって可能だ。やろうと思えば、オレを殺して逃げることだって出来るだろう。
……まぁ、オレがそんなヘマをするわけがないがな。
「お前はオレの弟子だ。だからお前は、オレのことを『師匠』と呼べ。わかったか?」
「……はい、師匠」
正直、外でご主人様って呼ばれるのは、変に悪目立ちしそうで好みじゃない。
だから『師匠』でちょうどいいだろう。
「まずはこの森を出る」
「はい」
「そしたら多分オレの仲間と合流出来るから、合流次第でフォドソンの街に向かう」
「仲間……?」
コノハが首を傾げる。
「オレに仲間が居るのが不思議か?」
「…………(コクンッ)」
正直な奴だ。
「仲間と言っても、オレの使い魔だ」
「使い魔……」
「そうだ。まぁ、会った時に紹介してやるよ」
オレの使い魔であるスライム──スラとは、森に入ると同時に別行動となった。
ちょうど奴が「腹が減った」と文句を言ってきたので、森の出口で待ち合わせということにして、スラをぶん投げたのだ。
ちなみに投げる必要は全く無かった。
ただ何度も文句を言うものだからウザくなり、腹いせに投げただけのこと。
スラもこれには予想外だったのか「このやろぉおおお!!」と鳴きながら、森の奥へと消えて行った。
絶対に集合した時文句を言われるだろうが、オレの知ったことではない。
もし言ってきたら、再び投げれば良いだけのことだ。
次回は0時に更新予定です。
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