第13話 覚悟
「オレの名は、ルーファス・アークベルン。『剣舞』の異名を持つ英雄だ」
正体を明かされた時、私は意外と落ち着いていた。
「…………そう」
「なんだ? 案外驚かないもんだな」
師匠の言う通りだ。
……いや、私の師匠が『六英雄』なのだ。普通は驚くことなのだろう。でも、不思議とその感情が湧いてこない。
「ルーちゃんの周りは驚くことばかりだもんね。慣れちゃったんじゃない?」
「……いや、違う…………多分、納得した」
見た目では考えられないような強さ。
翡翠色の冒険者プレート。
稽古の時の──化け物のような殺気。
今思えば、そのどれを取っても異常だった。
でも、師匠が『六英雄』なのだとわかれば、不思議と納得してしまった。
「……まぁ、良い。変に驚いて混乱されるよりは、よっぽど楽だ」
師匠は面倒臭がりだ。
多少は驚かれると予想していたみたいだけど、驚かないのなら好都合だとでも言いたげに、どっかりと椅子に座り直す。
「何か質問はあるか?」
「えっと……私は本当に、弟子になって良いの?」
きっと、これを聞けるのはこのタイミングしかない。
そう思った私は、素直な疑問を口にする。
「あん? それはどういうことだ?」
「私は、奴隷。英雄の弟子には相応しくない」
師匠はまだ無名で、ただ単純に規格外の強さを持った人であったのなら、問題はなかったもしれない。でも、英雄だと知れば話は別だ。
「……さっきもそうだった。奴隷は印象が悪い。奴隷というだけで嫌に思われる。……英雄の側に居るのは、問題になる」
私は俯き、服の裾をぎゅっと握る。
師匠のおかげで忘れられていたけど、現状はこれが正しい。奴隷は人でも亜人でもなく──『奴隷』という種族だ。人として接して貰えることが珍しくて、普通なら目も向けられない。そんな種族だ。
「くだらねぇ」
そんな私の悩みを、師匠はたった一言で片付けてしまった。
「確かに奴隷は、奴隷というだけで軽蔑される。それは何故か? 大抵の奴が犯罪を犯して堕とされるからだ」
私のように攫われて奴隷として売られる場合もあるけど、それは少ない。だから高値で取引されるのだ。
ほとんどは犯罪を犯して堕とされたり、借金を払い戻せなくて堕とされたりと、問題のある人が『奴隷』となる。だからなのか、人は奴隷を軽蔑するようになった。奴隷を人とは思わなくなった。
「では聞こう。コノハ、お前は何か悪いことをしたか?」
「してない」
「……なら問題ない。自分は何も悪いことはしていないと、堂々としていろ。下らない奴らの言葉なんかに負けるな。そんな言葉なんかに俯くな。……お前は、英雄の弟子なんだからよ」
「──っ、師匠!」
「……それに、オレがお前を弟子にすると言ったんだ。誰にも文句は言わせねぇ。勿論、他の英雄にだってな」
私は、二度も師匠に助けられた。
命だけではなく、心までも助けられた。
……私は不安だった。
奴隷だからという理由で、やっぱり弟子にするのは止めたと言われるのではないか? 師匠の足枷となる自分が、いつか邪魔だと思われるのではないか?
表には出さないようにしていたけれど、そんな不安が私の中で渦を巻いていた。
でも、師匠は「下らない」と言ってくれた。私を『英雄の弟子』だと言ってくれたんだ。
師匠は命を助けてくれた。
師匠は『死』の恐怖を教えてくれた。
師匠は私に生きる意味をくれた。
「ありがとう、ございます……!」
気が付けば私は泣いていた。
それを自覚した途端に、目元から止め処なく涙が溢れてくる。
裾で拭っても拭っても、涙は止まない。
「ありがとうございます……師匠……!」
私は何度も、師匠に礼を言った。
◆◇◆
それからも私は泣き止まず、師匠は私の部屋を掃除するため、一度席を立った。
私はようやく落ち着いたのは、その後のことだった。
「はい、お茶どうぞ」
私の前にそっと差し出されるお茶。
俯いていた顔を上げると、リーフィア様が微笑んでこちらを見ていた。
「……ありがとうございます」
私はお茶を受け取り、礼を言う。
すると、困ったように笑われてしまった。
「あはは、敬語なんていらないよ。ルーちゃんに話すような同じ口調で構わないよ。これから同居することになるんだもん。その方が親しみやすいでしょう?」
「……はい」
初対面なのにここまで優しくしてくれるリーフィア様に感謝をしつつ、私は出されたお茶を飲む。
「美味しい……」
嗅いだことのない香りと、村で飲んでいたのとは違う味だ。
ずっと嗅いでいたいくらい、良い匂い。
「そう? 良かったぁ……これは紅茶って言うんだけどね。口にあったようで安心したよ」
リーフィア様は安心したように微笑んだ。
その表情がとても綺麗で私はドキッとしてしまった。
「あの、師匠はいつもあんな感じなんですか?」
我ながら急な話題転換だと思った。
でも、師匠のいない今、聞けることを聞いておきたい。
本人がいれば絶対に教えてくれないようなことだ。
師匠はリーフィア様とは馴染みだと言っていた。もしかしたら、色々なことを教えてくれるんじゃないかと期待を込めて、私は彼女に質問をした。
「うーん、いつも……だねぇ。前は素直で良い子だったんだけどね……ある日、ガラッと変わっちゃったんだ……」
そう言うリーフィア様の表情は、どこか寂しそうに感じられた。
「どうして……?」
「…………それは、言えないかな。多分ルーちゃんなら話してくれないと思うから……だから私も、話さない」
師匠が言わないから、自分も言わない。
それだけの言葉で、二人が信頼し合っているのだと理解出来た。
……敵わないな。
私が師匠を想う気持ちは、この人には敵わない。
悔しいけれど、素直にそう思った。
「師匠が大好きなの?」
「そうだよ。大好き。私はルーちゃんが大好きなんだ。あの人は私に全てを与えてくれた。……好きにならないわけがないよ」
リーフィア様は、恥ずかしげも無くそう言ってみせた。
「だから私は、ルーちゃんの側に居続ける。ルーちゃんのために、全てを投げ出す覚悟だって出来ている。それが私の返せる唯一の恩だから」
恩……私にだって恩はある。
師匠からは色々なものを貰った。それこそリーフィア様が言っていたように、全てを貰った。全てを失った私に、師匠は全てをくれた。一生掛かっても返せるとは思っていない。でも、それくらい大きな恩がある。
……師匠は「そんなのいらねぇよ」と鼻で笑うだろうけど。
「だから私は──コノハを認めないよ」
「…………え……?」
リーフィア様が言った言葉を、私はしばらく理解出来なかった。
「あなたが居れば、ルーちゃんは不幸になる。それを理解しているかな?」
「……それは、私が奴隷だから?」
その問いに、リーフィア様は首を振る。
「ルーちゃんも言っていたでしょう? 奴隷だ亜人だってのは、下らない。私が言いたいのはそうじゃなくて、もっと大切なこと」
リーフィア様は笑顔を止め、真剣な表情に変わった。
宝石のような翡翠色の瞳が私を真っ直ぐに見つめる。
「あなたに、英雄の弟子になる覚悟はあるの?」




