第12話 二人の英雄
「ルーちゃん!!」
「むぎゅ──っ」
私は瞬時に嫌な予感を察して、獣人の素早さを活かして横に跳ぶ。
そしてその嫌な予感は、見事に命中していた。
奇妙な呻き声を発した師匠は、ビュンッ! という空を斬り裂く音を立てながら、私の居た場所を猛スピードで通り過ぎる。
師匠が扉を開けるよりも早く、玄関の扉が内側から開けられ、そこから飛び出してきた人影の体当たりを直に食らって吹き飛んだのだ。
「おい! 何しやがる!」
師匠の言葉にハッと我に返り、後ろを振り向く。
「ルーちゃん! 会いたかったよぉ〜〜〜〜!」
「抱きつくな頬をスリスリするなやめろこの野郎っ!」
師匠に覆いかぶさるのは、金色に輝く髪色をした美しい三角耳の女性だ。
あれは『エルフ族』だ。普段は森の奥底に閉じ籠っていると教えられていたけど、こんなところで見ることになるとは。
「急に居なくなってメティス君からフォドソンに行ったって聞いてから、ずっと心配だったんだよ!? どうして出掛ける前に一言言ってくれなかったの!!」
「だってお前、教えたら絶対に『一緒に行く!』とか言うだろうが!」
師匠が拘束から逃れようと手足をバタバタさせるけれど、女性は退く気配が無い。
……あの師匠がいいようにやられているなんて珍しい。私は助けることを忘れ、二人の言い争い(?)を眺める。
「そりゃ勿論! ルーちゃんの居るところが私の居るところだもん。付いて行くに決まってるよ!」
「だから言わなかったんだ! オレの依頼はお前には不向きだ。変に動かれて怪我されたら困るんだよ!」
「心配してくれるルーちゃん可愛い!」
「そうじゃねぇ! いい加減退け──くそっ、どうしてこんな時だけ怪力なんだよ!? おいコノハ! 見てないで助けろ!」
っと、傍観を決めていると、師匠からの助けが飛んできた。これもまた珍しい。
「……ん? コノハ……? ──って、誰よその女!?」
女性は私に振り向き、大仰に驚く。
……浮気現場に遭遇した妻みたいなことを言われてしまった。
「浮気現場に遭遇した妻みたいなことを言うな!」
「同居しているんだから妻だもんっ!」
「その理論はおかしいと思うぞ!? ってか、どこからそんな自信が来るんだよ!」
師匠も全く同じことを思っていたらしい。
でも、女性は自信たっぷりな表情をして胸を張り、堂々と『妻』だと名乗った。
「あの師匠……そのエルフは……?」
「ああ、説明する。……おいリフィ! 後でたっぷりと相手してやるから、さっさと退け!」
「……はーい……」
リフィと呼ばれた女性は面白くなさそうに口を尖らせ、渋々了承しながら師匠の上から身を引かせる。
その後、家の中に案内された私は、全てを説明するため椅子に座らせられていた。
向かいの席には、師匠とリフィという女性が並んで座っている。師匠は相変わらずの仏頂面だったけれど、エルフの方はにこやかな笑顔で私を一点に見つめていた。
……その笑顔の中に『威圧』が含まれているのは、私の気のせいであってほしい。
ちなみにスラさんはこの場に居ない。
師匠の言っていた『依頼』を報告するため、単独で塔に向かわせられた。
魔物なのに報告出来るのかと心配だったけれど、スラさんは人間の文字なら書けるらしいので、報告だけなら問題なく終わらせられるらしい。魔物のくせに博識なことだ。
「で、まずはこいつの紹介からだな」
気まずい空気の中、師匠は私を指差し、重い口を開いた。
「この獣人はコノハ。オレの弟子だ」
「弟子!? ルーちゃん弟子取ったの?」
女性はひどく驚いた様子だった。
師匠と私を交互に見て、「えっ、えっ!?」と何度も声にならない声で狼狽している。
「しかも奴隷じゃない。もしかして……買った?」
「んなわけないだろうが」
「……だよね。そうだよね。ルーちゃんは、そういう汚いことを一番嫌っているもんね……はぁ、良かったぁ」
女性は安心したように、ホッと胸を撫で下ろす。
「それで、どうして奴隷を?」
「拾った」
「……あ〜……もうちょっと説明くれる?」
「フォドソンに向かう途中の道で馬車に轢かれて、そしたら拾った」
「もっと疑問が多くなったよ? え、馬車に轢かれた? 大丈夫なの……って、ルーちゃんなら問題ないか。それで? その操縦者はどうしたの?」
「勿論殺した。そいつらが運んでいたのが、こいつだったんだよ」
「へぇ……人攫いだったんだぁ。でもそっか。助けてあげたんだね。やっぱりルーちゃんは優しいや」
「結果的にそうなっただけで、単なる偶然だ。正義感で助けたわけじゃない」
師匠はプイッと視線を逸らし、そう言った。
相変わらずの素っ気なさだったけれど、女性はその反応を嬉しそうに見つめていた。
「でも、弟子にしたんでしょう? 服もかなり良い物だし、武器も……へぇ、刀か。珍しい物を買ってあげたんだね。なんだ、ちゃんと面倒見てあげているじゃん」
「偶然とは言え、助けちまったんだ。面倒見るのは当然だろ」
師匠は言っていた。
助けるのなら、最後まで面倒を見る。助けて終わりでは、助けられた奴はすぐに死ぬ。金も装備もないのだから当然だ。
助けることだけをして満足するのはただの『偽善』であり、責任が無いくせに無駄に正義感のある奴は、人知れず誰かを殺しているのだと。
私は師匠に何かの力を認められ、弟子にしてもらえた。
多分、私に何かの力が無くても、師匠は同じように面倒を見てくれたのかな?
「コノハの紹介はもう良いだろ。次はリフィだな」
次に師匠は、隣を指差す。
「このエルフは、リーフィア。名前くらいなら、お前も聞いたことがあるだろう?」
「リーフィア……? え、まさか……」
その名前を聞いたことがあるのかと言われたら、勿論だと答える。
むしろ知らない人の方が、圧倒的に少ない。だってその名前は…………。
「英雄、様……?」
「せいかーい。私はリーフィア。リーフィア・アークベルン。『竜巫女』の異名を持つ英雄だよ。よろしくね、お弟子ちゃん。……いやぁ、随分と有名になったものだねぇ……流石ルーちゃん!」
「オレじゃねぇだろ。オレ達、だ」
「ふふっ……そうだね♪」
驚いた。との言葉だけでは言い表せないけれど、それ以上にわかりやすい表現が思い浮かばないほど、私は驚いていた。
師匠があの『六英雄』と同居。しかも仲が良さげだ。少なくともリーフィア様の方は、師匠のことを溺愛しているように見える。
──って、ちょっと待ってほしい。
師匠は今、なんて言った?
オレではなく、『オレ達』?
「まさか、師匠……?」
「気が付いたようだな? ……それじゃあ。そろそろ名乗っておこうか」
師匠は立ち上がり、胸元からペンダントを取り出す。
それにはとある紋章が描かれていた。六角形の、花のような証……それはつい先程見たものと全く同じ紋章だった。
「オレの名は、ルーファス・アークベルン。『剣舞』の異名を持つ──英雄だ」




