プロローグ
新作です。
どうぞよろしくお願いします!
少女の目の前には、一人の獣人が地面に座り込んでいた。
少女と同じ、珍しい白髪。
鮮やかな紅の瞳は、今は薄暗く澱んでいる。
その獣人の首には奴隷の首輪、手には頑丈な枷が嵌められていた。
「良い目だ」
恐れと諦めが入り混じっている。だが、それでも優しさを捨てきれない。
……獣人は、そんな目をしていた。
「決めた」
コノハと名乗った獣人の枷を斬り裂き、少女は手を向ける。
「今日からお前は──オレの弟子だ」
これが世界を救う『偽りの英雄』と、世界に失望した『獣人』の出会いだった。
◆◇◆
ガタガタと馬車が激しく揺れる。
整備されていない森の道を全力で走り、道端の石を踏んで何度か跳ねるたび、お尻を強く打った。
でも、それに文句を言うことは出来ない。
もし言ったのなら、二度とそんな口が聞けないよう、暴力を振るわれると知っているからだ。
私は──奴隷。
今馬車を操っている人達は人攫いで、私を狙って私の村を焼きに来た。
……どうやら私は、不幸を呼び寄せる体質のようだ。
昔から村の人にそう言われ続けていたから、多分そうなのだろう。
獣人種の狐人族。その中で唯一の白い髪と真っ赤な瞳は、悪目立ちするのに十分な要素だった。村の皆からは『神の使い』だと言われながら、誰とも目を合わさぬように隔離されていた。
私が一人前の証である15歳になったのと、人攫いが現れたのは同時だった。
そして私だけではなく、若い狐人も共に連れ去られ、今はこうして馬車で運ばれている。
でも、馬車の荷台には私しかいない。
その理由は、私達の後ろにあった。
「キシャァアアア!」
馬車を追いかけるように後ろを走っているのは、『魔物』と呼ばれる全種族の天敵。
そいつらは何匹もいた。形も、獣だったり昆虫だったりと様々だ。
混ざり合うようにこの馬車を追いかけ、走れば走るだけその数は増していく。
……ああ、これは死ぬかなぁ。
徐々に迫り来る魔物を見て、私は他人事のようにそう思った。
恐れは不思議と無い。ただ、まだやりたいことがあったのになぁと、残念に思うだけだ。
昔から度胸……というより、覚悟は出来ていた。いつかこうなるのだろうと、そういう予想はしていた。だから目の前に迫る魔物を見ても、恐れというのはあまり感じない。
こうして明確な『死』が迫っているというのに、この程度のことにしか思っていない私は、きっとこの先を生きていたとしても、一生恐怖というのを感じないのだろう。
「おい! もっと早く走らせろ!」
「無理です、これが限界です!」
でもどうやら、人攫いの二人はそうではないようだった。
後ろの魔物に恐怖し、どうにかして馬を走らせようと鞭を打つ。
先程、荷台には私以外居ないと言った理由は、この魔物と人攫いが原因だ。
早く逃げるために、人はどうするか。
まずは馬をもっと早く走らせようとするはずだ。
それでも振り切ることが出来なかった場合は、荷物を軽くさせようとする。
私と共に連れ去られた娘達は、馬車を軽くさせるために捨てられた。
十人弱居たのに、残っているのは私だけだ。
勿論、生きているはずない。
全速力で走る馬車から捨てられたこともそうだけど、後ろには大量の魔物が束のように走っているのだから、捨てられた瞬間に踏み潰されるのは逃れられない『運命』なのだろう。
──くだらない。
死ぬしかない運命なんて、そんなの糞以下の何物でもない。
その原因は魔物であり、人攫いであり、私。
私があの村に居なければ、村が焼かれることはなかった。娘達が攫われることはなかった。こんな無意味な犠牲を負うことはなかったはずだ。
『お前のせいだ……』
彼女達は口々にそう言っていた。
憎しみを持った目で睨み、捨てられる最後の時まで呪詛のように、そう呟いていた。
私はただ謝るだけだった。
言い返すことなんて出来ない。
そして、どうか私を恨んでくれと思った。
その憎しみが積もれば積もるほど、私は死にやすくなる。
これ以上、誰かを不幸にさせないために、私は早く死ななければいけない。
出来るのであれば、魔物の群れに飛び込みたい。
でも、それは叶わない。
それは私の首に嵌められている奴隷の首輪は、命令に背いた行動が出来ないようになっている。
私は珍しい個体であるため、金になる。そのため男達は、私を絶対に殺そうとはしなかった。
「あ、おい……!」
その声に、前を向いた。
垂れ幕の間から正面の景色が見える。
目の前に広がる道に、誰かが立っていた。私と同じような白い髪で、同じような歳の少女だ。
少し先の曲がり角から現れたのだろう。
手には砂糖菓子のようなものを持ち、美味しそうに頬張っていた。
「邪魔だ、退け!」
少女は馬車に気が付いたけど、その時には全てが手遅れだった。
興奮した馬二匹に撥ねられ、その子は天高く打ち上げられる。その下を馬車は通り過ぎ、少女は遅れて魔物の群れの中に落ちた。
あれでは、もう助からない。
「……ごめんなさい」
私のせいでまた一人、犠牲が生まれてしまった。
ただこの道を通っただけなのに、理不尽な不幸で名も知らぬ少女を殺してしまった。
謝ったところで許されるとは思わない。
でも、私のせいでこうなってしまったのだから、謝罪くらいはする。
例えそれが気休めだろうと、私はあの子に謝らなければならない。
「おい、もっと早く走れ!」
「だから無理って言っているでしょう! そんなに言うなら、あんたが手綱握りますか!?」
「なんだとぉ!?」
人攫い達は喧嘩になっていた。
私が言うのも何だけど、命よりも大切なものは無い。
なのに私が金になるという理由だけで、今もどうにかしようと馬車を走らせている。
「なんだテメェ! 言い方ってもんがあるだろうが!」
最終的には大柄の方の男が、手綱を握っている男に掴みかかった。
「ハハッ! なんだ仲間割れかぁ?」
「誰だ────っっっ!?」
唐突に聞こえた鈴の音のような声。
今もガラガラと馬車の走る騒音が聞こえる中、それは鮮明に聞こえた。
そして次の瞬間、馬車が一際大きく揺れて天高く宙に舞う。
一瞬の浮遊感の後、私は地面に叩きつけられた。
骨は……折れていない。と思う……多分。
「──っ、魔物……!」
そう思ったのと同時に、おかしいと気づく。
あんなに間近に迫っていた魔物の足音が、今は何一つ聞こえない。
一体どうしたのか。それが気になった私はよろよろと体を起き上がらせ、後方を振り向いた。
「え……?」
そこに広がる凄惨な現場を目にした私は、言葉を失った。
私を攫った二人の男が、大量の血を流して死んでいる。
それもただの落下死によるものではない。彼らの体には無数の剣が刺さり、急所を確実に貫いている。もう至る所に刺さり過ぎて、原型を残していなかった。
でも、彼らの着ていた服が剣山の間から見えたので、あれは彼らだったものなのだろうと予想がついた。
そんな剣山の上に──誰かが立っている。
「……ん?」
その人物が、私に振り向いた。
彼女の顔を見た私は、更に混乱することになる。
だってその人は、先程この馬車が轢き殺した少女だったのだから。
真っ白な髪は、人だろうと亜人だろうと珍しい。見間違えるはずがない。
「おお! まだ生き残りがいたのか」
「えっと……」
「あん? ……お前、奴隷か…………あ〜、なるほど? その様子だと攫われたのか。おっと同情はしないぜ? この程度の雑魚に攫われたお前が悪いんだからな」
雑魚?
それは違う。あの二人は村の人達を殺した。
平和主義だったとはいえ、外敵に対応する手段くらいは持ち合わせていた。
そんな皆を殺してしまった彼らは、そこそこの手練れだったはず……。
「にしてもひっでぇよな。適当に買い溜めしていた菓子を食っていたら、いきなり激突だぜ? しかも着地地点が魔物の群れとか……なんていう悪運だとは思わねぇか?」
「……どうやって…………」
「どうやって生きていたのかって?」
私はコクンッと頷く。
「全部殺した。簡単なことだろう?」
全部殺した? あの数の魔物を、全部?
ありえない。
でも、そうなのだと信じるしかない。
魔物は死んだら魔力の石『魔石』と呼ばれる物を残す。
それ以外は全て、魔力の残滓となって消えてしまう。
あんなに居た魔物の姿が見えないのは、そういうことなのだろう。
「……ほうほう……ふぅむ、なるほどぉ?」
「あの、何か……?」
少女は顎に手を置き、私の顔をジロジロと見てきた。
見た目は小さな少女とはいえ、人攫いの二人を瞬殺した相手だ。
「お前、良い目をしているな」
「目……?」
「ああ、人生を諦めているが、それでも人を心配出来る目をしている」
「…………」
まるで中身を見られているかのような観察眼だ。
「決めた。お前、名前は?」
「……コノハ」
「コノハ……よし。今日からお前、オレの弟子な」
「…………は?」
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