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致死ダメージにはかわりない

2017年のクリスマスネタ。

「ヴィル、来週は聖夜祭ですっ」


 何だかきらきらした眼差しで来週のイベントを主張してくるエステルに、ヴィルフリートはそういえぱそんな催しがあったな、と思い出す。


 聖夜祭、と名が付けられているが、要は町中を飾って盛大に飲み食いする騒ぎである。本当の事を言えばもっと神聖な意味があるのだが、一般大衆は大概賑やかな日であるという認識だ。


 そんな訳で、聖夜祭では昼間から賑やかで見知らぬ人間ともその場の勢いで交流したり、夜間は親しい人達と……もっと言うと恋人と過ごす日である。


 家族や恋人と贈り物をするのが慣習でもあるが、ヴィルフリートは親からろくなものをもらった覚えはないし、今で女性と縁がなかったというより興味があまりなかった人間なので、ついつい祭りの存在を忘れていた。


 今年はエステルと過ごす事になるな、と今さら思い当たって、だからこそこんなにもエステルはにこやかなのかと理解した。


「そうですね、まあいつも通りにはなりますが一緒に過ごしましょうか。 うちに来るかエステルの所に行くか、どっちがい」

「ヴィルのおうちがいいですっ」


 お誘いを待っていたのか、若干食いぎみに返事をするエステル。

 そんなに聖夜祭が重要なのか、とヴィルフリートとしてはいまいちピンとこないが、やはりエステルも女の子なのでこういったイベントは大切なようだ。男と女で意識が違うのかもしれない。


 いつもより少し豪勢な料理を作って、ささやかにプレゼントを贈り合う。

 まあ料理を作るのはいつもの事だし、最近は泊まりもちょこちょこあるので、違いなどプレゼントくらいだが、そこが肝らしい。


「分かりました。では料理とプレゼントを用意しておきますね」

「ほんとですか?」

「ええ。まあ、俺はきちんとした贈り物をもらったことはないので、ちょっと贈り物に悩みますが」


 今まで家族からもらったプレゼントの例が『母親の肩を叩く権利』『新しい皿(家族共用)』『野菜の種』と、これプレゼントじゃないだろというものばかりなので、参考には全くならなかった。

 バシリウスならば女性へのプレゼントの例など一つや二つ……どころでなくありそうなので(ゆえにこの時期金欠だったのだろう)、バシリウスに聞けばいいのだろうが確実に冷やかされるので止めておきたい。


「今年は私もあげますからね! ヴィルは何が欲しいですか?」


 エステルも聖夜祭の慣習にのっとりプレゼントは用意するらしいのだが、本人に聞く辺りサプライズより欲しいものを与えたいという事らしい。


「欲しいもの、ですか。そうですね……誰かに与えられるものではありませんよ」

「?」

「俺は、実力が欲しいですから。それは人に与えられるものではなくて、身に付けるものでしょう?」

「ふふ、そうですね」

「まあその実力も、欲しいものを手に入れるための前準備みたいなものですけどね」

「補佐官の地位ですか?」

「まあそれはそうですが。……欲しいのはあなたですよ」

「私?」

「エステルが欲しいですから」


 隠すつもりはないので本人に宣言しておくが、当然ヴィルフリートが頑張る理由などエステルを手に入れるために他ならない。


 手に入れる、という表現はもののように扱っている気分なのであまりしたくない表現ではあるが、エステルをただ一人の女性として欲しているという意味で求めている。


「……私、もうとうの昔にヴィルのものになってたと思ってました」

「まあ俺のものですけど、段階を踏んで名実ともに俺のものにしたいだけです」


 エステルは現状が幸せでそこまで深く考えていないようだが、ヴィルフリートの言う名実ともに、というのは婚姻関係を結ぶ、というもの。

 結婚しても、エステルがヴィルフリートのものになるというよりは、ヴィルフリートがエステルの家名を名乗る事になりそうではあるが。結果としては変わらないだろう。


「……そういうものなのです?」

「そういうものです」

「じゃあ、ヴィルのものになれるまで待ってます」

「待っててくださいな。出来るだけ急ぎますから」


 イオニアスの事も考えれば悠長にしていられない。

 エステルの相手にふさわしくなるためにも、早急に実力を身に付けなければなるまい。努力を欠かした事はないが、自覚はあるが要求が高いので、中々自分で認められるほどに至っていないというのが現状だ。


 けれど、手の届かない場所でもないと分かっているので、ヴィルフリートは何がなんでもエステルのために、自分のために、強くなる。


 エステルには茶目っ気を混ぜて笑って言ったが、本人としては大真面目だった。


「……で、そういうエステルは何が欲しいのですか」


 まあ頑張るところを見られてエステルに心配させるのも悪いので、ヴィルフリートは話題を変えるように聞いてみる。

 彼女の欲しいものなんて、ヴィルフリートの料理か魔力か一緒に居る時間くらいしか思い付かない。しかしいつもあげているものなので、要求せずとも手に入るという事を彼女は分かっているだろう。


 ヴィルフリートの問いに、エステルは考えていなかったらしく「欲しいものですか」と唸った。


「うー、そうですね……ヴィルの香りがする抱き枕とか? おうちでもヴィルの香りがあったら幸せです」


 しばらく悩んだ後に返ってきたものは、彼女以外誰も欲しがらないようなものだった。

 自分関連ということはなんとなく察していたものの、まさか抱き枕。そんなものありはしない……とは言わない(自宅にしばらく置いておけば出来る)が、それを求めるとは思いもよらなかった。


 エステルは、とっても真面目に言ったらしく「やはり私の癒しはヴィルなので、自宅でも癒されたいです」とのたまっている。


「……本体で我慢してください。現品限りでお買い得ですよ」

「ふふ、最高級品一点ものじゃないですか。抱き枕になってくれるんですね」

「どちらかといえば俺が抱き枕にしますけどね」

「どちらでもいいですよ、ぎゅーっとすれば用途は同じです!」


 ぎゅー、と抱き枕ヴィルフリートを実践すべく体を密着させてくるエステルは、甘い笑顔で「ね?」と囁く。

 思わず唸って柔らかい肢体をかき抱こうとしてしまったが、なんとか耐えて軽く頭を撫でるだけに留めておいた。理由はいたって簡単で、歯止めがきかなくなって話が滞るからである。 


 エステルはなでなでだけでも充分だったのか、胸元にすりすりと頬を寄せて「プレゼントげっとですー」と呟いている。まだ与えていないのに気が早いお嬢様だった。


「……冗談はさておき、本当に欲しいものは?」

「冗談ではないんですが」

「あのですね」

「……んー……基本的に私って欲しいものはないんですよね。だって自分で手に入れられるし」


 これはある意味残酷な事実なのだが、エステルの方が給与的には高い。仮にも室長であり、地位的にヴィルフリートよりも上なので当然もらえるものは多い。

 秘密裏に筆頭魔導師の代理もこなしているためにその分の手当ては入っているらしく、下世話な話にはなるがヴィルフリートの数倍はもらっているらしい。


 なので、エステルは基本的には手に入れられないものなど滅多にない。そもそもの問題として本人にあまり物欲がない。圧倒的に食欲に傾いている。


 本人も物欲が薄い事は自覚しているらしく「欲しいもの、欲しいもの」と繰り返し呟いていた。


「えっと、世の中の女性は何やら宝石とか、新しい服とか、そういう価値のあるものをおねだりするのですよね。……うーん、なんか欲しいとは違います。うー……あっ」

「何かありましたか?」


 もちろん料理やヴィルフリートとの時間は与えられるだけ与えるつもりだが、形に残るものも贈りたい。

 エステルがどうやら欲しいものを思い付いたらしく、ヴィルフリートを見つめる。


「ヴィルになんでもお願いを聞いてもらえる権とかどうでしょう」


 会心の笑みを浮かべたエステルに、言葉を噛み砕くのに数秒要した。


 なんでもお願いを聞いてもらえる権。

 言葉の通り、エステルのお願いを何でもかなえる、という事になる。もらう側からすれば使い勝手はとてもよい権利であるし、ある意味どんなものよりも貴重なものになるかもしれない。


 ただ、エステルがそれを使うとなると怖いのは、金銭的ではなくヴィルフリートの精神的にダメージがくるかもしれないというところだ。


「……は、はあ、ちなみに何をお願いするつもりで?」

「まだ決まってないです。大半ヴィルはお願い事を聞いてくれるので、普段許してくれないようなお願い事をしたいです」

「嫌な予感しかしませんが」

「危害を加えたりはしないです!」

「それは分かりますが、俺の心労がかさみそうな願いをされそうで怖いんですが」

「たとえば?」

「……そうですね、お泊まりだけじゃなくて一緒にお風呂とか」


 以前、無邪気に提案されて真顔で却下した事がある。

 あんまりにも自然に「ヴィルも一緒にはいりましょー」と手を引かれてうっかり行きそうになって、気付いてからとても丁寧にお説教したのだ。あの時はエステルがタオル巻くから、と主張しても全力でダメ出しをして、渋々やめてくれたのだ。


「……」

「エステル、『それだ!』みたいな顔しないでください」

「候補のひとつに入れておきます」


 余計なことを言った、と後悔しても後の祭りだ。


 にこにこしながら告げてお願い候補の数を数えるために指を折っているエステル。今のところ四本折って小指だけ残っている状態なので、ヴィルフリートへのダメージ源候補が四つほどあるらしい。

 願わくばその残り三つに致死ダメージ級の願いが含まれていない事を祈るのみである。


「そ、そもそもそういうものを差し上げるとは」

「くれませんか?」


 じいー、と物欲しげに見つめられては、断れない。

 普段はくっつく以外にあまり要求してこないエステルのお願いだ、叶えてやりたくは、あるのだが。


「代わりに私もなんでもお願い権あげますからー。ヴィルは私にお願いしたい事はないですか?」

「と、特に」

「本当に?」


 変わらずこちらを見つめてくるから、とてもやりにくい。


(……恋人なんだから、もっとスキンシップしたいとか言ったら、多分エステルは喜んで聞いてくれはするが)


 したいスキンシップの程度が違うので、さすがにヴィルフリートも要求する気にはなれなかった。


「……ふふ、ヴィルも実は何かして欲しいことがあるみたいなので、プレゼントはこれでいいですよね?」

「えっ、いやそれは」

「もう変更は聞きませんー。けってーですもん」


 ふふーん、と上機嫌に胸を張ったエステルに、ヴィルフリートは頭を抱えた。


(い、いや、こっちが願い事を言わなければ済む話だよな)


 エステルの願いはともかく、自分の願いは我慢すればいい話なので、特に困ることはないだろう。

 問題は、エステルの願いだ。


「あ、あの、お手柔らかにお願いしますね」

「大丈夫です、ヴィルが出来る事しか言いません!」


 ちっとも安心出来ないのは、何故だろうか。

 エステルの手札は四枚中一枚が致死ダメージ、残り三枚もおそらくヴィルフリート的に大ダメージのものが揃っているだろう。

 ダメージが少ないものを選んでくれるかは、エステルのご機嫌次第だ。


 頼むから精神的にも胃的にも優しいものを選んで欲しい、とご満悦そうなエステルの笑顔にそう願わずにはいられなかった。


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