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あかずきんのおおかみ  作者: 七草
6/6

あかずきんのおおかみ6



「んで、ばあさんはどこよ」


寒い寒いと震えながら熊の処理を終えた後、三人で暖炉の前に椅子を持ってきて当たりながら、かりうどが問いかけました。

三人とも漏れなくびしょびしょになってしまったので、タオルに包まってジンジャーティをすすっている所です。


おおかみは自分がおばあさんだった、あかずきんを騙してたんだと告白するタイミングを探しながらやっぱりここが温かいと。帰ってこれたような気分になって、暖炉に当たりながらほっとしていました。


そんな中、空気読まない系男子、かりうどの突然の発言です。


おおかみは、知らない、と答えようとした所で、かりうどが自分を見ていないことに気がつきました。


「私の家よ」

「え」


あっさり答えたあかずきんに、おおかみの口から変な息が漏れました。

今、あかずきんはなんと言ったのでしょう。


「やっぱりな。そんなこったろうと思ったぜ。んで、こいつのばあさんの変装にも気付いてたんだろ」

「もちろんよ」

「え」


邪気のない瞳でくすくす笑いながらのまたも衝撃の発言に、おおかみは呆然としてしまいました。


「おおかみさんたら、気付かれてることに全然気付いてなくて、本当に可愛かったわ」

「え」


固まるばかりのおおかみに、かりうどが耳打ちしてきました。

「な、こいつこえーだろ」

「うっさい」

かりうどをあかずきんがはたきました。


飲み終わったカップを片付けながら、あかずきんは立ち上がってかりうどに向けて言います。


「さ、あったまったでしょ。かりうどはおばあさんを呼びに行ってきてちょうだい」

「おいおいマジかよ」

「マジよ。さ、お願いね」


しばらくうだうだ言っていたようですが、結局あかずきんに一睨みされてしぶしぶながらもかりうども立ち上がり、寒空の中に再度出て行きました。



おおかみが衝撃から立ち直れないうちに、いつのまにか部屋にはおおかみとあかずきん、二人きりです。


(え、え、どういう、え)

(あかずきんは、始めから僕が狼だと知ってた? 知ってても、怖がらなかった?)

(知ってても、笑いかけてくれた? 親しげに、話しかけてくれてた?)


嫌われ者のおおかみは大パニックです。

そんな人が居るなんて、考えたこともありませんでした。


「おおかみさんは、私を騙していたと思っていたみたいだけれど、本当は逆」

「私の方が、おおかみさんを騙していたの」


あかずきんが少し気まずそうに言いました。

おおかみはやっと我に返って、茫然と首を横に振ります。


「いつ、から」

「はじめからよ。本当に始めから。私が、おばあさんにお願いしたの」


「おおかみさんに適当に理由付けて、家にいてもらうようにしたの」

「な、ぜ」


なぜあかずきんはそんなことをしたのでしょう。

こんな嫌われ者の狼にそんなことをして、あかずきんに一体何の得があるというのでしょうか。


おおかみには、考えても考えてもさっぱりわかりません。


「私がおおかみさんを気になっていたからよ。近くで、触れ合ってみたかったから」


何も、言葉が出ませんでした。

あかずきんの言葉は、それほどに現実味がありませんでした。




「僕は狼だ。危険な狼。君なんて、一瞬で丸呑みにできる。ほら、牙だってこんなに鋭い。爪だってこんなに硬い」


むき出しにした歯を近づけても、その柔いほほに軽く爪をたてても、あかずきんの表情は欠片も変化しません。

微笑を湛えたまま、おおかみの瞳をじっと覗き込むばかりです。

あかずきんの瞳にうつるおおかみは、ひどく怯えて見えました。

真実、怖がっているのは、あかずきんではなくおおかみのほうです。


「ほら、僕が怖いだろう。恐ろしいだろう」

「いいえ、ちっとも」

「あなたがやさしいことを私はよく知っているわ」


「いつも、遠くから見ていたわ。あなたは一度だって人を傷つけたりしなかった。それどころか、助けているのを何度も見かけたわ。それなのに、誰もがみなあなたが狼だというただそれだけで恐れた。助けたあなたを放り出して逃げ出した。だからあなたはいつもひとり。それを受け入れてしまっているあなたを森で見かけるたびに苦しかった。さびしそうなその瞳に、心が痛くて」



あかずきんのこげ茶の瞳に、暖炉の炎が映って赤く温かそうに燃えています。

全てを知られていたと知ったおおかみのほほに、さっと赤みが差しました。


「気付けば夢中になっていたわ。暗いその瞳が、笑えばどんな色になるんだろう、楽しいときはどんな笑顔をうかべるんだろうって」


その白魚のような手が、おおかみの頬を優しくなでました。

触れられたような、触れられていないような、そのぐらい繊細な位置です。

すぐ近くにいるあかずきんに、おおかみも触れていいのでしょうか。

どのぐらいの力加減で触れば、あかずきんは嫌がらないでしょうか。おびえないでしょうか。


おおかみにはさっぱりわかりません。


「いつもあなたのことを考えてた。どうしても、どうしても笑って欲しくて」

「大好きよ。臆病で優しくて、寂しがりやなあなたのことが」


「一生懸命私のために、おばあさんのために、慣れない演技をする姿が、愛しかった。ばればれなのに、ごまかそうとする姿がいじらしくて」


「あかずきんは、少しいじわるだ」

「あら、心外。こんなにも褒めているのに」


唇をとがらせるあかずきんはとても可愛らしく、おおかみはその大切なものに怖くても触れてみようと思いました。

おおかみもあかずきんと同じように、爪をたててしまった頬のあたりを、曲げた指の背でそっと撫ぜました。

これなら間違ってもあかずきんを傷つけることはありません。


すべらかなその感触に、ほっとしたような笑いが漏れました。


「ああ、ほら。やっと見られた。その顔が見たかったの。とっても素敵よ。すごく素敵。誰よりも。笑って。沢山笑って。いつも笑っていて。できれば、私の傍で」


「あれ、僕、さっきも笑ったけど」

「ええ。でもあの時は、屈託なく笑うあなたがまぶしくて、あまり見られなかったから」

「いくらでもどうぞ? その代わり、君の笑顔がみたいな、あかずきん。僕もどうやら、君の笑顔が大好きなようだ」

「それこそ、いくらでもよ」

「君の笑顔は安心するんだ。今日、君の笑顔から目が離せなくなりそうだった」


「なら私はずっと笑うわ。あなたのために。だからおおかみさんも、お願いね」


あかずきんは早速にっこりと笑ってくれました。

おおかみも笑おうと上げた口角に沿って、滴が流れて行きました。

あたたかなそれに、そっと触れる様にあかずきんが口づけます。


「と、思ったけど、泣き笑いなら大歓迎よ。笑顔を彩る潤んだ瞳。それもとってもきれいなんだもの」










おおかみの涙が乾いた頃、おばあさんを迎えに行ったかりうどが騒々しく帰ってきました。

かりうどは叫ばないと死んでしまう病なのでしょうか。


「いえーいハッピーホリデーイ! あかずきんにおおかみ、よろしくやってっか~!」

「何言ってんのよ!」

早速あかずきんがかりうどをはたきにいきました。



「邪魔するよ」


おばあさんが、あかずきんにしばかれているかりうどの後ろから、室内に入ってきました。


「おばあさん」

「おやおおかみ、私の代わりは上手く努めてくれたようだね」

「はは、あかずきんには全然駄目だったようです」

「そりゃあそうさ、あの子はもともと知ってたんだからね」

「おばあさんは、あかずきんが狼を気にしていると知って、反対しなかったんですか」

「ちっとも」

「なぜ」

「なぜって、狼は悪い物ばかりじゃないのを知ってたからさ。この年まで生きてるとね、いろんな人に会うんだよ。狼にだっていいやつはごまんといるよ。人間にもいいやつと悪いやつ、両方いるだろう。同じことさ。私は偏見てやつが大嫌いなんだ」

「そう、ですか。ありがとうございます」

「いいんだよ。あんたは元々何も悪くない。さあ、パーティを始めようか。あかずきん!」


おばあさんに呼ばれたあかずきんが、みんなのグラスをテーブルに並べました。

あかずきんの分、おばあさんの分、かりうどの分。そして、おおかみの分。



「今日は、聖夜だ。あかずきんとおおかみが準備してくれた。ごちそうに、飾りつけ。うん、いい夜だ」

始まりは、年長者、おばあさんのことばです。


グラスにシャンパンを注いで各々持ちます。

おおかみは子供の頃からずっと、夢にまで見た光景に、そわそわわくわくが止まりません。


「どうしたの、おおかみさん。そわそわして」

「僕、今までずっとひとりだったから、こういうの憧れてたんだ。飾りつけとか準備もすごく楽しかったし夢のようだったけど、まさかパーティにまで参加できるなんて。特大の幸せをありがとう。あかずきん」

「い、いいえぇ…」


嬉しそうに笑うおおかみに、あかずきんは身悶え、かりうどは快活に笑い、おばあさんも優しく微笑みました。


「さあ、ハッピーホリデイ!!」

「ハッピーホリデーイ!!」


みんなの声と、はじける笑顔と共に、グラスを上に掲げました。

きらきら光るツリーに煌々と燃える暖炉。七面鳥にブッシュドノエル、色とりどりの聖夜のごちそう。笑いあう人々。

なんて夢のような幸せでしょう。



この時間は、おばあさんの物ではなく、おおかみのものです。

借り物だとか気にしなくていい、本当におおかみ自身のものです。

いつもしていたように、夢から覚めてしまわないように、そっと瞳を閉じてみましたが、目の前にいるあかずきんが、おばあさんが、かりうどが、見たくて、すぐに開けました。

この光景を目に焼き付けておかないと、あまりにももったいなくて。


切り分けられた七面鳥は柔らかく、サラダはみずみずしく、チーズはとろけ。


おおかみは夢がひとつひとつ叶っていくのが本当に嬉しくて、笑い声を上げます。


かりうどと話して、あかずきんと笑いあって、おばあさんと呑みくらべ。

主にかりうどのせいで騒々しくもにぎやかに、緩やかに、楽しいときは流れていきます。





「ねえねえみて、おおかみさん。これ」


あかずきんがケーキを指差します。

おおかみが最後に砂糖菓子をのせた、あのケーキでした。


「ああ、これ、あかずきんとおばあさんだろ?」


チョコレートで建てられた小さな木のおうちの前に、人形が二つ。

おおかみがずっと二人仲良くいられるようにと、寄り添いあうように願いを込めて載せたそれでした。


「ふふ。ちがうの。見て」


そう言うと、あかずきんは砂糖細工のおばあさんの方、おおかみがおばあさんだと思っていた方の被っていた大きな帽子をぱかりと取りました。


帽子の下から現れたのは、焦げ茶のとんがった耳、黒い毛並、なんと正しくおおかみでした。

服装こそおばあさんですが、にっこり笑顔を浮かべたそれは、紛れもなくおおかみです。


「え、これ……」

「可愛いでしょう? 今日のあなたを想定して作ってたの」

「全然、気づかなかった」

「うふふ、大成功ね」


きゃっきゃと笑うあかずきんをみて、おおかみは二人の人形をそっと人差し指でなぞりました。

これを載せたとき、寄り添うふたりに自分がなれたらとは考えていましたが、諦めてもいました。

自分は狼ですから。


でもあかずきんは、そんな狼をまるごと受け止めて、まるごと受け入れてくれていました。それも、おおかみと言葉を交わす前から。


おおかみの胸を温かいものが満たし、溢れそうになったので代わりにあかずきんを抱き締めました。

その気持ちをあかずきんに伝えて分け渡さなければ本当に溢れてしまいそうです。


おおかみにとって、誰かの隣に立つことが許される事がどれ程に特別なことなのか、あかずきんにはきっとわからないでしょう。


おおかみが、どれ程に嬉しかったのか。

どこまで、幸せを積み重ねてくれるのか。



「お、おおかみさん?」

「ありがとう、あかずきん。君はまるで、赤い衣で聖夜に訪れるという聖人のようだね」

「まあ、ふふ。喜んでくれて嬉しいわ」

「サンタクロースって、本当にいたんだね。こんな素敵な、幸せ、贈り物をこんな僕になんて……」



あかずきんの肩に顔を埋め、おおかみは真剣に祈りました。

自分は狼だけれど、願わくば、許される限り、この少女の隣に寄り添い立ち続けられますように。

昼間に祈った以上に、重ねて祈りました。

そのサンタクロースとか言うらしい聖人に向けて。

何度、恨んで、憎んできたかしれない、神様にさえ向けて。


あかずきんも、ぎゅっと抱き締め返してくれました。


「来年もまた、一緒にお祝いしましょうね」

「来年も……」

「その次も、その次もよ」

「うん、うん……!」

「そうだな! みんなで祝おうぜ! みんなで!!」


かりうどの言葉に、あかずきんが一瞬不満そうな顔をしたのはおおかみの気のせいだったでしょうか。



おばあさんもかりうども、みんなが約束をしてくれました。

来年も、その次もずっとずっと。

代わりにおおかみも約束をしました。


この人たちを必ず守ると。

傷つけるばかりだった牙と爪を持って、憂いを切り裂くと。

自分はきっとそのために、嫌われるばかりだったこの体で生まれてきたのです。

神だかサンタクロースだかおおかみにはよくわからないそれらに、手当たり次第に約束しました。



希望に溢れた約束は、おおかみの力になります。

極大の幸せを知ってしまったおおかみは、もうひとりぼっちには戻れません。

寒い夜はこりごりです。






おおかみの生活を一変させたあかずきんとおおかみの聖夜は、約束通りその後何年経っても続きました。

かりうどと連携を組んで村を守るおおかみに救われた人はどんどん増え、年を経る事に参加の人数は減ることなく、増える一方です。


今では共におおかみが住む、おばあさんの小さな家にはひっきりなしに人が訪れ、皆おおかみと乾杯をして談笑して、聖夜を祝い帰っていきます。



聖夜のおおかみは何年経っても変わらず幸せで、まるでサンタクロースだと信じているあかずきんにべったりでした。

かりうどにどれだけ囃し立てられても二人は離れることなくずっと笑顔で、ずっと一緒です。

(かりうどはその後、怖い笑顔のあかずきんに叩かれました)





あかずきんとの。優しい人たちとの約束を得て。

恐れられてたひとりぼっちのおおかみは、優しく親しまれるひとりぼっちでない、幸せなおおかみになりました。







物語は、これで終わりです。



臆病でひとりぼっち、愛に飢えて寒さに震えてたおおかみも。

そんなをおおかみを絶対手に入れるべく、おおかみが村人に受け入れられるよう見えないところで情報操作、良い噂を広めるのに暗躍したあかずきんも。

村を守るのに足りなかった接近戦の強者を仲間に入れる事ができたかりうども。

ひとり森暮らしが堪えても亡きおじいさんの思い出の詰まった家を離れたくなかったおばあさんも。




みんなみんなが幸せになりました。





めでたし、めでたし。







短編のつもりが、随分と長くなりました。


当初たてたプロットと段々ずれていってラストが迷子になりそうでしたが、なんとか完結できてよかったです。

あかずきんの暗躍、村人との和解まで入れようかと考えていましたが完全に蛇足になりそうでしたので、これで完結とします。


最後まで読んでくださった皆々様、本当にありがとうございました。

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