荒廃
この話は、未来の日本を予想した姿ではありません。
勝手なシュミレーションですので、真剣考えずにお読みください。
20XX・3・23、早朝。
日本経済復興省に勤める針生重幸(26)は、上野公園をパトロールしていた。
いつものように、あちらこちらに、ホームレスたちがゴミ箱をあさっている。
(また、増えてるな…)針生は呟く。
西郷隆盛の『銅跡』には、バラック小屋に毛の生えたような建造物がある。
ホームレスの大番頭である石見大介がそこに居座る。
ホームレスにも階級があり、一番下は新聞紙にゴザ。少し上になると、テントに住み。石見のような大物にはバラック小屋が与えられる。元上野美術館の中から数十人の垢にまみれた顔の男たちが、こん棒だのビール瓶だのを持って現れた。
「背広を着ているという事は金持ちだな。」
「ここは、俺達自然人の縄張りだ。」
「通行料をよこせ」
男たちは針生に迫る。
「ふ!何が自然人だ!単なる浮浪者だろ」
針生は嘲笑うかのように言いはなつ。
「言わしておけばー!」
ビール瓶を持った中年ホームレスが針生に殴りかかる。
それを針生はかわし、みぞうちに蹴りを入れた。ホームレスは倒れ、呻く。こん棒を持ったホームレスが針生に殴りかかる。
それを彼はかわす。
「やめんかー!」
バラック小屋の中から中年の大男が臨場した。
ホームレス連中は手を止め気をつけをする。石見は針生の前で土下座した。
「石見の旦那本当に申し訳ない。今後このような事がないよう、注意します」
「今回は多目に見ておくが、また民間人を襲うような事があれば、数ヶ月は配給がないと思え」
針生は立ち去る。
「石見殿あの方は何物ですか?」
ホームレスの一人が石見に聞く。
「経済復興省ホームレス対策部配給課上野地区係長の針生重幸様だ!あの人にさかられば俺たちなんて、即飢えちまうよ」
2 経済復興省経済復興省は10年前にできた日本の復興を掲げた組織である。だが、開設から10年たっても日本の経済復興の見通しはついていない。針生はここのホームレス対策部に所属している。
経済復興省は元六本木ヒルズにあるが、分署として上野駅の中に事務所がある。事務所に入ると、部下のゆかりがお茶を入れてくれていた。
「また、お前に負けたな」
「私は常に一番早く来てますからね」
針生は四年生大学を卒業して、経済復興省に入った。ゆかりとは同い年であるが、職業学校(専門学校)卒である為、彼女の方が先輩である。
「お前が一番、俺が二番相変わらずだな」
茶を啜りながら、針生は微笑んだ。
「いいえ!今日は三番よ」
「珍しいな、誰か来ているのか?」
トイレから背広を着た男が出てきた。
「おす!」
ズボンをあげながら、挨拶する。
「深川!お前か。防衛省の事務官が何しに着た?」
この頃の日本は、明治時代と同じくらい官尊民否の思考が強く、大学を卒業すると、皆官庁や警察に就職する。ちなみに、大学も十数年前に支援の一切を打ちきられ、少子化の影響により私立大学は閉校、国公立大学は都道府県に1つと定められた。それにより、学士号という言葉が再び出てきた。
「出勤前にゆかりの顔を覗きに来た。」
深川は満面の笑みである。
「そうか、あいにく俺は忙しいのでね。」と言い、ノートパソコンを開いた。
「もう1つ用件がある。」
「何だよ。」
不機嫌そうに、針生が答える。
「悪いが、ゆかり外してくれないか?」
と深川が言う。
「ゆかり!いていいぞ!」
針生はノートパソコンに記憶媒体を挿入しながら言う。
「二人で話たい」
真面目な顔で深川が言う。
「なら上野駅の喫茶店でコーヒーおごってくれ」
この物不足の時代コーヒーは貴重で現代のウィスキー以上に高い。
「勘弁してくれよ〜」深川は嘆く。
針生は隠し事は好きではなく、コソコソ話は大の苦手だ。係長と言えども1ポスト、まして、ゆかりは雑用係の事務員だが針生に取っては大切な部下であり、恩のある先輩だ!
「お茶買ってきまーす」
ゆかりは気をきかせ出て行った。
ゆかりがいなくなると、深川は話始めた。
「最近、上野公園はどんな感じだ?」
「相変わらず、親分がいてそれに従うように子分がいる。猿山だよ。」「どれくらいいるんだ?」
「我々の予測では三万人弱だが、元美術館の中に何人いるかが分からない。石田に聞けば分かるが」
元美術館とは元上野美術館である。数十年前、食料不足が深刻化した時に国は上野公園に畑を作り食料を生産させた。その時に、雇った労働者が今のホームレスの元である。施設は畑の拡張に伴い、壊したが美術館だけはアパート的な物として残した。(勿論絵画は海外に売られた)
畑の拡張に伴い労働者も増加したが、何年かすると食料省(農林水産省)が破綻、上野公園にいた労働者も捨てられた。
それに怒った労働者は上野公園に居座り、時給自足の生活を始めた。しかし、食料の奪い合いが元で殺人事件が発生したり、民間人を襲ったりと事件が多発した。
それは危険だと感じた国は、彼らに支援する事を決めた。その代わり、必要以外に上野公園内から出ない事や、民間人を襲わない事を条件とした。
また、上野公園内で起きたホームレス同士のトラブルはその時の長が解決、警察はタッチしない事と決めた。
長の印は西郷隆盛銅像跡(銅像も売りにだされた)の前のバラック小屋に住んでいる者と決めた。
いわばホームレスは働かざるけども食える。しかし、最低限度の生活しかできない。
「正直な所手を焼いているか?」
「当たり前だよ!あの連中は増える一方!その度に予算も増えるし、いなくなればどれだけ財政が楽になる事か」
しばらく置いてから、深川が再び話し初める。
「ちょっと気になる事があってな!実は最近、陸上自衛隊の化学科の連中から聞いた話だが。上野公園内で極秘の演習を行うらしい。現に陸上自衛隊科学科の予算も大幅に増強されている。」
針生の顔色が変わったが平常心のフリをしてパソコンにスイッチを入れた。
「自衛隊は半世紀以上前の存在する組織じゃない。あってもいいんじゃないか?」
「上野公園だぞ!彼処は、国も都も手出しすることをタブーとしてきたエリアだ!そこで、演習をするという事はホームレス連中との契約違反じゃないか?」
「確かにそうかもしれんが、自衛隊が何をしようと俺が聞く耳立ててもしょうがない。俺の仕事はあくまで、上野公園にいるホームレスに餌(配給)をやる事と監視だ!連中の将来を心配する事じゃない。それで、ホームレスが片付いてくれれば、俺も六本木に戻れる。陸自さんにこっちから頼みたいよ。」
「上野公園の管理者は誰だ?お前の縄張りを荒らされてるんだぞ!役人としてのプライドはないのか?」
深川が言った時に、また、出勤してきた人間がいたので、深川は退出した。
針生は気にせずパソコンを操作しようとしたが、深川の言った事が気なり同じアイコンをクリックしたりと落ち着かない。
針生は目の前の電話を取り電話をかけた。
3 防衛省
その日、防衛省では幕僚会議が開かれていた。陸上幕僚長、海上幕僚長、航空幕僚長、統合幕僚長、防衛大臣、防衛事務次官、そして総理大臣の7人である。それに加え、オブザーバーとして陸上自衛隊化学学校長、研究部総括班長、東大教授が二人である。司会の防衛事務次官、只野康夫がまず発言した。
「この度は、お忙しい中総理までお越し頂きありがとうございます。今日話し合われる内容は国家の存亡を揺るがす最重要的な内容なので、数日間話し合おうと考えております。」
「化学学校長まで来ているという事は兵器開発に関する事だな」
総理の桑野慎太郎が言う。
「そうです。」まず、こちらのVTRをご覧下さい。」
只野はプロジェクターにグラフを写し出す。
「これが、現在日本が備蓄している食料と燃料です。皆さんご存知の通り、今年は寒波があったりと作物が不足でした。燃料についても、対外債務に頼るのは限界です」
「私が外務大臣の頃に取った方策だからもう、五年になるな。」
桑野が言う。
「はい。世界中で日本の円は信用価値がなくなりつつあり、貸してくれる国はないでしょう」「それじゃ、どうするんだ?」
「それで、この事態に自衛隊として貢献できる事はないか考えました。これ以降は統合幕僚長お願いします。」統合幕僚長の須崎晃(陸将)が発言する。
「率直に言います。戦争をしようと考えています。」
「君正気かね?今日本が戦争をしたら、世界中から相手にされなくなるよ。輸入は」
「制限されると言いたいのですね?どっちにしろ同じです。今年は近年希に見る食料不足の年でした。輸入はできないと考えていいでしょう。先ほどのデータでも分かるとおり、日本の食料備蓄はあと一年で底を着くでしょう。そうなれば、国民は飢えるでしょう。石油等の燃料についても、もう輸入先がありません。第一日本はここ数年で無計画なアメリカに対して無計画な借金をしております。返せる見込みは勿論、利子だけで天文学的な数字になっています。方法が他にありますか?」
「…。しかし、武力にいる訴えるなんて事は文民の私は許さない。」
「ですが、燃料輸入の為に無計画な対外債務を考えたのは誰ですか?あなたが、アメリカの国務長官の口車に乗せられてやったんじゃないですか?当時の外務大臣は誰ですか?」
「それは…」
桑野は黙った。
「自衛隊の情報機関が聞きつけた情報によると、期限までに対外債務を返せなければ、日本はアメリカの51番目の州になるそうじゃないですか?これも全てあなたの失態ですよ。バレた時点で総理の座から降りる事になるでしょうな」
須崎の攻めに桑野は言葉を失った。「しかし、どこの国に戦争をしかけるのですか?」
防衛大臣の草野雅文が言う。
「それは、言うまでもなくアメリカです」
この時代の世界情勢はアメリカの一人勝ちと言っても過言ではない。広大な国土と農業生産力と工業力のあるアメリカは持ち前の軍事力で、世界各地を植民地とし、アラブの石油権をも強奪した。
「アメリカに?どうやって?自衛隊の武器はすべてアメリカ制ですぞ、大人と子供の喧嘩以下ですな」
草野が言う。
「大昔の日本人のように、太平洋艦隊に奇襲をかけるとか言うんじゃないよな?」
只野が言う。
それを嘲笑うかのように須崎は答える。「まさか、日本の制空権はアメリカの物と言っても過言でありません。小笠原諸島で撃ち落とされます」
「ならどうしたらいいんだ?」
桑野の聞く。
「この後は、陸上自衛隊化学学校長よりお願いいたします」
化学学校長の中本昭正(陸将補)が発言した。
「私は東大の理学部修士課程出身です。在籍中より、ある研究を行っていました。それは、時空間移動、俗に言われるタイムスリップです。皆さまもご存知だと思いますが、最近の研究で、瞬間的な強い電力によりイオンを発生させれば、4次元の移動が可能だという事であります」
その後、中本による化学の説明がされた。
「そして、この二人の教授の研究によって、範囲と規模を指定した時空間移動を可能にする事ができました。更にそれを隣の工藤君によって武器化する事に成功しました。」
中本の隣に座っていた若い男を紹介した。工藤正平(2等陸尉)である。工藤は立ち上がり、お辞儀する。
「工藤2尉によって発明された兵器、まぁ現段階では新型爆弾としましょう。新型爆弾は一瞬原子爆弾と同様に地上から投下し上空で爆発さます。そして、爆発圏内の人や建物を4次元空間に送り込むという兵器です。」
全員固唾を飲んだ。
「他国も開発しているのではないのか?」
桑野が質問する。
その問いに、年配の東大教授が答えた。
「はい。時空間移動に関する論文、研究発表は世界中の研究者から出ています。しかし、どこも実用化が見込めない事などから、撤退をしています。特にアメリカは時空間研究の支援を完全に打ちきりバイオ研究に回すとの予定と聞いています。時空間研究が進んでいるイギリスも研究成果や論文は出ていても、実用化されてはいません」
「要は兵器に持っていけたの日本だけって事です。」
大学教授の若い方が言う。
「なるほど」
桑野が目を輝かせる。
「この爆弾を使ってアメリカに攻め込むて訳ですか?」
海上幕僚長の原野治(海将)が言う。
そうです。
「これ以降は、上層部のみの会議とする統合幕僚長及び3幕(陸・海・空)の長と、防衛大臣以外は退席願う」桑野が言う。
「待ってください!総理!事務方の私にも出席権はあると思います。」
「いや、君にははずしてもらう、これからは軍事的な作戦の問題だからね」
総理自らドアを開け即する。
「予算の関係等は?」
「後でまた会議を開き君を呼ぶよ。」
と言い、只野を押し出し、ドアを閉めた。
只野は腹立たしかった。ここ数年、防衛省は制服組の言いなりである。予算を取れと言われれば、拒否する事はできず、やりくりして経費を確保する。
民間企業に頭を下げたり、不祥事を詫びたりするのも事務官等の背広組である。
(何が、軍事上の作戦の問題だ!総理だって元は外務官僚だし、防衛大臣だって厚生労働省あがりで、軍事上のプロじゃないくせに)
「誰が予算を確保してやってると思っているんだ」
只野は呟き、エレベーターを降りた。
4 上野計画
桑野が話し始める。
「どうやって攻め込むんだい?」
「はい。まず、爆弾をミサイルに搭載し小笠原諸島にまず投下します。そこで小笠原諸島にいるアメリカ艦隊を時空間移動させ、更にそこから爆撃でハワイの太平洋艦隊を消滅させ、アメリカ本土に新型爆弾を投下します。その為には、大掛かりな準備が必要です。」
「準備というと、爆弾かね?」
「ええ。それは勿論ですが、作戦を実行するにあたり、陸海空の自衛隊及び外務省にも協力頂かなくてはなりません。」
「外務省は大使館の閉鎖だね?」
「さすが総理。おわかりが早い。それに伴い大使館職員の拘束もお願いします。」
「分かった。それは私にまかせてくれ」
須崎は水を口に含みパソコンを操作した。
「これは、日本にある駐留アメリカ軍の基地と兵士の数です。」
スクリーンにグラフや数値が写し出された。全員が釘いる。戦闘となれば、全てのアメリカ軍施設を抑えなければなりません。これは、陸上自衛隊にお願いしたいが、宜しいか?森岡」
須崎は陸上幕僚長の森岡巧(陸将)に聞いた。
「はい。勿論!」
二つ返事で引き受けた。須崎と森岡は防衛大学、上級幹部学校と先輩後輩の関係である。須崎が陸上幕僚長の頃、森岡は副幕僚長であった。
軍隊は階級よりも先輩後輩の関係がなにより優先させられる。
「海上自衛隊さんには、横須賀、岩国にある米軍施設を抑えて頂きたい。」
須崎の問いに、海上幕僚長の湯浅真司(海将)は机を叩き横に首を降った。
「須崎!お前考えてる事が分かって言ってるのか?どれだけの人間の命を奪うか分かって話しているのか?」
「別に人の命を奪うわけではない。タイムスリップしてもらうだけですよ。」
「この世界からいなくなる事には変わらない!」
「それは、そうですが」
須崎は言葉に詰まる。
「憲法9条団体から批判される。」
「憲法9条?先輩はそんな連中を恐れているのですか?」
「いや、恐れている訳じゃないが…」
今度は湯浅が言葉を詰まらせる。
この時代には憲法は改正されているが、最近になって、憲法9条の復帰の動きが見え始めた。
理由は簡単である。国際情勢が緊迫する中、『戦争には巻き込まれたくない』という安易な考えの人間が出てきたからだ。憲法ができたくらいで、平和にはならない。憲法があるにしろ、ないにしろ戦争を仕掛ける国は関係なく攻め込んでくる。こんな弱肉強食の世の中にも、『武器を捨てた平和』を望む輩もいる。
「と、とにかく私は反対だ!」
湯浅は反対した。
湯浅は防衛大学の一期後輩の須崎に自衛隊における制服組のトップである統合幕僚長の座を奪われた今、狙うのは国家議員のみである。『平和な日本を望む元自衛官』を売りに、出馬の準備をしている。だから、憲法9条団体等の連中とも波風立てるような関係にはしたくない。
「まぁ。海上さんにやって頂く仕事は少ないですから…」
湯浅はムッとした。
「問題は航空自衛隊だ!やってくれるかな?」
航空幕僚長、佐藤豊(空将)はハッとした。作戦についてあれこれ考えていた。
「この作戦には航空自衛隊の支援が必要不可欠だ!攻撃方法は爆撃かミサイルだ!飛行機やミサイルを保有しているのは航空自衛隊だけだ。頼む!この作戦に手を貸してくれ」
須崎は佐藤の前に手をついて頼んだ。
しばらく、考えてから佐藤は話した。
「私が考えるにミサイルでの攻撃は不可であると思います。」
「なぜかね?」
桑野が言う。
それに対し須崎が佐藤の変わりに答える。
「アメリカはミサイルを全てシャットアウトできるシステムがあり、宇宙から攻撃をかわします。」
「大陸間弾道システムか?」
「そうです。だが、佐藤空将。航空自衛隊のミサイルはディフェンス機能としてしか期待はしていない。ペトリオットに新型爆弾を搭載させ気はない。航空自衛隊に期待しているのは爆弾機による新型爆弾投下と、戦闘機による対空戦だ。言い換えれば優秀なパイロットを貸して欲しい。」須崎は再び頭を下げた。
佐藤は黙り、
「少し考えさせてください」
と言った。
それに対し、森岡が何か言おうとしたが、須崎がせいした。
「分かった。明後日再び会議を開くそれまでに決めてくれ。今日の会議の内容は側近意外は誰にも相談しない事、漏洩した場合は逮捕されると思ってくれ。」
須崎はコップの水を飲み干し、
「この作戦は決定次第、実験を行う。」
桑野が手を上げ
「実験というとどこかに新型爆弾を落とすのか?」
「ええ。東京のある場所に落としたいと考えています」
「東京?そんな危険な事は…。」
「総理!我々、都民及び日本国民にとって一掃したい人や場所はありませんか?」
「上野のホームレスか?」
「はい。彼らは日本にとっての最大の税金泥棒です。税金は払わない癖に年々高配給ばかり求めて、時には善良な都民を襲います。その数は増える一方で対策の見通しすらありません。この機械に一掃してはいかがでしょうか?」
「そうだな。連中がいなくなれば、我々の悩みも大きく解消する上、国民も文句は言わんな。」
桑野は笑顔で頷いた。