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三女神の破壊活動 ―板金鎧に転生した男―  作者: 莞爾
Ⅰ章 異世界召喚編
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継承者、神殿に集う❖4


「ほら、背中に乗りな」ガントールはオロルの前でしゃがみこむ。


「おお、すまんのじゃ…ここ六()ほど、山の中を歩き回って…、流石に疲れたのじゃぁ」オロルはガントールの背中におぶられて、宿まで歩く。


 そこまでかかる道程か?と、ガントールと目が合う。苦笑して軽く首を振る。

 なるほど。


 ……相当な、方向音痴だったのか。


「大変お疲れでしょうし、私の案内はもう不要みたいですね」カムロは苦笑してそう言った。


 ――このまま私たちが宿まで運ぶので、大丈夫です。ありがとうございました。


 カムロの案内はここで終了。一礼して去っていく。


「ところで、お主は誰なのじゃ?」


 オロルはガントールの背中に揺られながら、視線はこちらに向いていた。


 ――私は三女神の刻印を持つアーミラの護衛役です。


 一応、丁寧な挨拶をする。ガントールの時みたいな失敗をしたくはない。


「次女継承者はアーミラと言うのか…はぁ、腹が空いたのう」オロルは脱力してガントールの背中に凭れ掛かった。


「三女神が揃ったし、オロルもそんな様子だから、夕飯の支度をしてくれてると思うよ」ガントールはそう答えて、オロルを宿まで連れて行く。


「おかえり」


 宿に着くとアーミラがロビーの椅子に体を寛がせて待っていた。ガントールはオロルの部屋の鍵を貰って、二階へ消える。


 ――うぃ。


 俺はアーミラの隣に寄って、声をかける。


「どうだった?」


 ――なかなかパンチの効いた三女神が揃ったけど、嫌な奴はいないし、仲良くできそうじゃないか?


「ふぅん」


 ――なんだ? 人嫌いだから仲良くできないってか。


「違うんですけど…」アーミラは頬杖を付いて、三白眼で俺を見る。「アキラは私の戦闘魔導具アルテマ・マギなんですけど……。」ついっ。と視線を逸らす。


 ――……わかってるよ。


 自由に動き回りすぎたか、アーミラを不機嫌にさせてしまったようだ。

 この世界では一応、アーミラの護衛役なのだから、他の二人ばかり相手をするのは良くないな。





「次は風呂じゃ!」


 日が沈んで、晩餐の後。

 オロルは一足遅れの神殿を満喫するため、一人温泉へ向かった。裸足でぺたぺたと走る後ろ姿は無垢な少女そのものだ。


「アキラ殿! 晩酌に付き合って貰えないか?」ガントールは手に持った瓶と木製の杯をテーブルに置いてそう言った。


 ――晩酌? ガントールっていくつ?


「二十三だ。…なんだ? いくつに見えたんだ?」


 ――いや、若く見えた……。


 ガントールは俺よりも年上じゃないか。


「…私が変わりに付き合いますよ。アキラは酒が飲めないので」アーミラはフォローを入れる。


 そうだ、俺は年齢関係なく食べることも飲むことも出来ない。

 しかし、アーミラは十八歳。


 ――十八から酒なんていいのか?


「駄目なんですか?」とアーミラは平然と聞き返す。どうやら年齢制限はないようだ。


「アキラ殿は酒も飲まないのか…、では、アーミラ。杯を」


「…はい、…頂きます」


 人見知りのアーミラが、俺のためとは言えガントールの晩酌に付き合うとは。俺はちらりとアーミラの表情を伺ってみると、まだ口を付けていないのに目が潤んでいる。やはり無理をしているようだ。そんなに人嫌いかよ……。


「では、改めて三女神の出会いに……」ガントールは杯を掲げる。


「…出会いに……」アーミラは後に続く。


 そして二人は酒を一口呷る。


「アーミラは、アキラ殿とどういう風に出会ったのだ?」


「…アキラ、と……?」


「そうだ。アキラ殿は護衛なのだろう?」


「…おぼ、覚えてない…ですけど……」


 ガントールの質問に狼狽えるアーミラ。

 それはそうだ。異世界の魂を召喚してしまったなんて言えない。


「むむむ。アーミラは覚えていないのか……。アキラ殿は覚えているのか?」


 ――えっ?


「まさか、二人とも覚えていないのか?」


 ――…いやぁ、…どうだったかな……。アーミラはまるで戦えないから? 心配になって護衛を始めたのは、覚えているが……


「怪しいな」ガントールは眉をひそめる。「アーミラは三女神の刻印は産まれた時からあったのか?」ガントールは俺から視線を外し、アーミラに詰め寄る。


「ひぃっ? …二(イバン)程、前。ですけど…」


「私と同じじゃないか。……ふむ、ということはまだまだ最近の事。二人とも忘れているなんて、怪しい。隠し事でもあるのか……?」


 ガントールは疑念の意思を示し、俺を見る。


「アキラ殿、何故顔を見せてくれない……?」


 三女神の刻印を持つアーミラは偽物である可能性は低い。疑わしいのは必然的に俺になる。

 当然だ、肌を見せない男が弱々しい魔女について回るなんて、信用できるわけがない。


 ――アーミラ。ガントールには話したほうがいいんじゃないか。


 ガントールは鋭く俺を睨んでいる。このまま隠しおおせるとは思えない。……ならば、事態を拗らせる前に素直に打ち明け、秘密を共有してもらった方がいい。


「…そうですね。…では、驚異ヴンダー部屋カンマーに行きましょう」アーミラは頷いて、杯を手に持ったまま立ち上がる。


「驚異の部屋…?」ガントールは聞き返す。


「…て、天球儀の杖の、能力。ですけど…」


 ――そこで大事な話をする。ここでは他の人が聞いているかも知れないからな。


 特別な部屋に連れられて、他の人には言えない事を話すと言われ、ガントールの表情は険しくなる。

 ガントールは訝しんではいるが、天球儀の杖は他でもない三女神の継承者の能力。腹を決めて付いてきた。


「人に話せない秘密があるのか。…まぁ、アキラ殿も悪い奴だとは思いたくないしな、そこで話してくれ」





 驚異の部屋。

 そこに招き入れられたガントールは感嘆を漏らす。


「おぉ……! 何という蔵書量! それに、世界では既に失われたとされる高度な魔術書まで……!」


 ガントールは興奮して書庫を駆け回り、次いで二階へ上がる。アーミラの制止も耳に入らず、部屋に入ると、再び感嘆の声を上げた。


「…や、やめ……やめてほしいんですけど」アーミラは俺の隣で呟く。二階のガントールにはもちろん届かない。


 ――はぁ…。おぉい! ガントール! アーミラの部屋を荒らさないでくれー!


 俺がアーミラの意志を代弁して大声で呼びかける。ガントールはすぐに一階に降りてきた。


「ごめんごめん。…まさに驚異の部屋だ。我を忘れたよ」


 さて、ガントールも落ち着いた所で、アーミラと俺は今までの事を説明した。禁忌の魔法、魂の生成。それに失敗して、偶然にも異世界の魂を召喚してしまったこと。そして、俺には肉体がないこと。時間をかけて、ガントールは一つ大きく頷いた。


「その話を、私に話すのは早計ではないか?」ガントールは厳しい顔でそう告げる。


「…えっ、ど、どうして……?」アーミラは狼狽する。


「私は、三女神の長女。天秤の継承者だぞ。

 天秤が測るものは重さ。そして裁くは罪。

 公平な正義の裁量こそ、私が継承した能力。……なのに。その私に禁忌の魔法を行ったと明かすとは……。」


 ガントールは頭を抱える。やはり、俺の存在はこの世界では存在してはならないものだ。


 存在そのものが疑わしい。


 それを今更ながら、理解する。

 アーミラもガントールの態度に怯え、俺の背中に隠れる。

 ただの晩酌、それも最初の夜から、こんな事になるとは。


 重い沈黙の中、ガントールは斬首剣を見つめ続ける。そして判決を告げる。


「……汝ら、罪なし!」


 ――えっ?


 ガントールは考えるのをやめて、にこやかに微笑んだ。


「よく話してくれた。アーミラの禁忌については、もともと三女神の使命を果たすために行ったのだ。同情の余地がある。そして結果として魂は生成されず、未遂で終わった。禁忌の成果ではないから、罪は無いと、この剣が言うのだ。

 ……アキラ殿は、純粋に異世界から呼び出されてしまった不運な魂だな。……この部屋を駆け回り、二階も見て回ったが、特に疑わしいものはない」ガントールは俺とアーミラの肩に手を乗せる。そして誓ってくれた。


「禁忌では無いが厄介なことになったな。……協力しよう。私も秘密を守る」


 ――おぉ……! よかったな。協力してくれるってよ、アーミラ。


「…うぅ、ダメかと思いました……」アーミラは緊張から解放されて胸を撫で下ろす。


「改めて、乾杯!」ガントールは飲みかけだった晩酌の酒を呷った。


「…乾杯……」アーミラもガントールに続いて杯を乾かす。


「まったく、初対面で、まだ旅にも出ていないのにこんな事になるなんて、思っても見なかった」


 ――俺も。気が休まらない毎日だよ。


「確かにな。生き物の欲求全て奪われているのは大変だろう。アキラ殿。

 眠らない、食べない。……あれ、あと何だっけ?」


「…睡眠欲、食欲、性欲……ですけど」アーミラは控えめに答える。


「おぉ、それだ。眠らない、食べない、昂らない。……なんだか可哀想だな」ガントールはそんなことを言って俺をぼんやりと見つめる。


 ――な、なんだよ。


「いや、よく耐えられるなぁって思って」ガントールは二杯目の酒を舐める。「アーミラに怒ったりしなかったのか?」


 ――多少は怒ったさ。


「多少だろう? 私ならもっと喚き散らしたり、アーミラに向かって暴力に訴えたりすると思うのだが…。異世界人だからか? この感情の落ち着きは」


 ――……いや、アーミラは殴れないだろ。


 俺とガントールがアーミラを見ると、ばつが悪そうに俯いた。


「そうかもしれないが、鎧にされた時点でアーミラを気遣う心の余裕なんて、多分この世界の人間にはないだろう。まして護衛を務めるなんて……。

 アキラ殿は懐の深いな」ガントールはそう結論付けて、二杯目も空にする。


「オロルも今頃風呂から出ているだろうし、私はロビーに戻るが、アーミラとアキラ殿はどうする?」


 ガントールは立ち上がり、瓶に栓をする。


「…私は、もう眠りたいので……」アーミラはお酒に少し酔っている。旅の疲れもあるらしく。目はとろりと眠そうだ。


 ――俺は眠らないから、アーミラが眠ってから、そちらに行くよ。


「わかった。それじゃアーミラ、おやすみ」ガントールは手を振って驚異の部屋から出て行った。

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