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魔呪術無効❖3


 ――その言葉を目で読み、耳で聞き、俺は色を失う。


「何でしょうかね? 一行目まではなんとなくわかりますが、以降の行は聞きなれない言葉が見られますね。解読を拒む造語でしょうか?」と、カムロ。


「やはり訳を間違えたのかもしれませんね」ザルマカシムは肩を落とす。


 それらの声は薄膜に隔てられるように遠くに聴こえる。首の辺りから血が上り、脳は事態を処理しようと空回りを続けて固まった。……眩暈がする。


「どうかしたんですか?」側にいたアーミラはいち早く俺の異変に気付いて顔を覗き込む。


「いや……眩暈だ、少し座りたい」俺はそう答えて側にある寝台に腰かけた。「……分かったんだ。解明した」


 俺の視覚が神によってこの世界に同期されているのなら、どれだけ齟齬がなく共有できているのかはわからない。

 しかし、事実として辻褄は合う。


 ザルマカシムがどれだけ頭を捻っても、理解できないだろうことにも納得できる。それはこの世界にはない物だからだ。


 涙の盃という名の意味にも納得できる。それが奪う命は敵味方を選べないからだ。


 禍人種から勝ち取った土地を浄化しなければならない意味にも納得できる。それは禍人種が残した土壌汚染ではなく、放射線によるものだからだ。


 今更その事実を知って、ただただ戦慄した。

 目の前に置かれている天球儀の杖。それが原子爆弾だという事実が空恐ろしい。


「……うまく説明できないかもしれないけど、その杖は原爆と同じなんだよ。えっと、なんていうか、滅茶苦茶危険だ」


 俺の言葉に、アーミラ達は顔を見合わせて眉を顰める。


「その、『原爆』という言葉が意味するものが私達には分かりません……」と、カムロ。


 どこから、どのように話せばいいんだろうかと悩み、俺は言葉を纏めると話し始めた。


「……神様を信仰しない俺達も、昔々は戦争をしてたんだよ。似たような世界大戦……まぁ、俺が生まれるずっと前の話しだけどさ。

 そこで使用された強力な爆弾……『爆弾』の意味は伝わるよな? そのまま爆発する弾って意味なんだけど……それが原爆、原子爆弾だ」


 自分で口から話しているはずなのに、出てきた言葉にはっとする。言語化することで頭が冷静に整理できたのだろう。


「そうだ。……そうだよ。

 今思えば似てるんだ。先代の次女継承者がやったことは原爆投下と全く同じじゃないか――」


「ちょっと、待ってくださいアキラさん!」アーミラは俺の肩を揺する。「まずは落ち着いて、私達にわかるようにこの天球儀の文字を訳してください」


 俺は我に帰ると、手渡された紙を受け取りザルマカシムの訳を説明した。


「わ、わかった。えぇと……

 こことは異なる地球、神への信仰を忘れた文明があった――これはつまり、俺のいた世界のことで間違いない。

 それは繁栄と衰退を繰り返し、ついには星そのものを壊しかねない兵器を産み出した。――それが原子爆弾だ。星を喰むって言うのは、その爆弾が生み出す光だけじゃなくて、目に見えない毒が放射されるんだ。それが長い期間土地を蝕むことを示してるんだと思う」


 そこまで聞いて、カムロ達の顔は険しくなる。

 しかし、アーミラはその脅威が伝わらなかったのか、呆けている。


「怖くないのかよ? その杖に宿る力は、アーミラが思ってるよりもずっと恐ろしいものなんだぞ?」俺は言う。


「理解……してますよ。星喰光ホシバミノヒカリ、私は実際に使用したんですから。

 それよりも知りたいのは、土地を蝕む毒についてです」


 俺はアーミラの問いにたじろいだ。彼女の真剣な怒りの表情を初めて見たかもしれない。


「アキラの言葉が正しいなら、土地を犯していたのは禍人種ではなく、次女継承者の仕業ということですか?」


 原爆による土壌汚染ないし放射能被曝。

 それを知らない彼等は今の今までその土地の毒が禍人種の仕業だと信じていた。なんと姑息で汚いやり口なのだと憤り、浄化して回ったのだ。

 それがここに来て次女継承者の仕業だと知る。アーミラは無自覚の過失により、己が名誉を傷つけていたのだ。腹も立つだろう。


「確証は、無いよ……あくまで俺の世界ではそういう道理だったってだけだ」


 俺の答えにアーミラは目を見開くとふっと視線を床へ落として頭巾に隠した。


「アキラが嘘をつく訳ないですよね……正直、知りたく無い事実です」


 重苦しい沈黙、カムロは小さくため息を吐いて手を叩く。


「確かに、知りたく無い事実です。というよりも、明るみに出したくはないですね。

 ザルマカシム、ヤーハバル、オクタ。このことは決して口外しないようにお願いします」


 次いで今度は俺に向き合い肩に手を置く。


「アキラさん。貴重な情報をありがとうございます。……ですが、一旦置いておきましょう。今知りたいのはコンクリートの入手方法です」


 そうだった。あくまで目的はコンクリートの入手。しかし俺にはわからない。視線をアーミラに飛ばす。


「その、入手方法についてはおおよその見当はついていますよ」


「それは、本当ですか?」カムロはアーミラの言葉に眉が開いた。が、すぐに業腹な態度で一層寄せる。「なぜ今まで教えてくれなかったのです?」


「天球儀の杖からより明確な情報が得られたならその方がいいと思っていたのです……それに、私の見当は憶測に過ぎませんし、それこそ見当違いだったならかなりの時間を無駄にしてしまいます」


 そんな風に情報を出し惜しむアーミラ。

 とりあえず聞いてみないと始まらない。


「今はそれに頼るしか無いだろうし、教えてよ。どこにあるんだ?」


 俺の問いかけにアーミラは腕を窓に向けて指差した。

 窓の外は露台があり、そしてそこから一望するは大きな湖、涙の盃に他ならない。


「デレシス国土の四割です。探すには骨が折れますが、おそらくコンクリートは水底に沈んでいると思います」


 アーミラの言葉にカムロ達は沈黙した。見合わせる顔は困惑に裏返り、戸惑った笑みを作る。国土のほぼ半分という範囲を探すとなると途方も無い。砂漠で砂金を探すのと変わらないではないか。


 ザルマカシムは髭を撫でながら、皆の思いを代弁した。


「それは……悪い冗談だ」





 秋の日は釣瓶落としとはよく言うが、ここ数日はすっかり日の入が早く、瞳を焼いていた西日さえもどこか熱を失い肌寒い夜に覆われた。


 涙の盃に面した宿にて、神族近衛達は別の部屋に移りアーミラと二人きり。


 お互いに寄り添い、何も言わずに露台から湖面を眺めている。俺がいた世界よりもずっと大きな月。それが煌々と夜を照らせば湖の水面に反射する。穏やかな波にたゆたう光の揺れを眺めながら、触れた肩に伝わる人肌に気を休めていた。


「オロルとガントールは今どうしてるんだろう……アーミラは何か知らないか?」


「オロルさんは自国のチクタクに居ますよ。ここしばらくは魔獣が防壁付近をうろついて居ましたけど、何の問題もありません。

 ガントールさんは義手を手に入れて、リナルディ奪還のために準備しています」


「義手……もう手に入れたのか」俺は呟く。


 スークレイが円卓に来た時のことは鮮明に思い出せる。それこそ頬の痛みは昨日のことのように覚えている。痛みと憧れの念をくすぐる思い出だ。


 ……すぐにそれは最奥寝所の暗い思い出に裏返り、なんだか後味が悪い。俺は省みる気持ちを振り払って口を開く。


「神殿でスークレイと会ったよ。アーゲイに向かうって言ってた。そこに義体技術が集まってるんだってな」


 俺の言葉にアーミラは頷き、詳しく話してくれた。


「一代目長女国家アーゲイ。神殿のさらに向こう側、最北端に位置します。

 陸は山で囲われていて、天然の防壁を成しています。果ては海に面していて漁業が盛んだそうですよ。

 義体技術については、その国の背景と密接に関わっていますね」


「背景?」俺は渋い顔を作る。神族みたいな黒い話はごめんだ。


「アーゲイは国を起こしてから、負傷兵を優先して集めたのです。最北端かつ、山と海によって最も攻め込まれにくい土地でしたから。

 そこでやれる仕事と言えば漁。仕事をするにはまず失った四肢に変わる義体が必要……全て理に適っていますね」


「……へえ」俺の返事はただそれだけ。


 興味がない訳ではない。むしろ別のことに気を取られていた。というのも、以前の人嫌いはなりを潜め、饒舌なアーミラに気付いたのだ。

 アーミラはそんなことは露ほども知らず、俺の生返事を咎める。


「もう、ちゃんと聞いていましたか?」


「ごめんごめん。聞いてたよ。

 ……ただ、すごく明るくなったなあって」


「明るく?」アーミラは俺の言葉の意味を理解できず、首を傾げた。


「うん。しばらく会わない内に、よく話すようになった。カムロ達にも物怖じしなかったしさ」


「……それこそ、しばらく会わなかったから……」アーミラは俯いた。しかしその横顔に陰はなく、むしろ口の端しが笑みにほころんでいる。照れているのか。


 また二人。再開出来たことがアーミラの心を弾ませた。

 そう理解した俺は、ほんの少しだけアーミラに肩を寄せる。


「それにね、アキラさん」アーミラは続ける。「姿を変え、肩書きを変えてゆく……そんな貴方を隣で見ていたら、私だって変わらないわけにはいかないじゃないですか」


 ふてくされた風に言うその声音は、甘く弾んでいた。


「はは、そうかもな」俺は夜空を見上げ、感慨に耽ける。「……初めて会った時のことは覚えてるか?」


「……ええ、すごく懐かしいですね」アーミラはうっとりとそう言って、次にはくつくつと笑い出す。「ナルトリポカから神殿に向かう時なんて、こんな小さな魔獣に手こずってましたね」


 こんな魔獣、とアーミラは両手で大きさを表す。初めて戦った魔獣は内地にはぐれた個体。体躯は熊に似た比較的小柄な部類で、そんな相手に逃げ惑っていたのは我がことながら恥ずかしい。


「アーミラだって、俺を呼び出した時は相当な図々しさだったのを俺は忘れてないからな」


「はう……っ!」アーミラは己の恥ずかしい過去を指摘されて声を漏らす。「……と、当時はお互いに若かったんですっ! この話はやめにしましょう。アキラは、成長したということを伝えたかったんでしょう?」


 アーミラは無理矢理に切り上げて両手をひらひらと降る。


「そうだけどさ……もう少し話したかったけど、しょうがないな」俺は肩をわざとらしく落として続ける。「そろそろ部屋に入ろうぜ。少し冷えてきた」


「でしたら久しぶりに驚異ヴンダー部屋カンマーに行きませんか? あそこは季節に関係なく適温ですし、どうせ夜はもう眠るだけですから」


「うぅむ……」俺は少し気が乗らない。「天球儀の杖の正体がわかった今、なんとなく怖いんだよなあ」


「大丈夫ですよ。これがアキラの言う『原爆ホシハミ』だとしても、あくまでそれが発動するのは私の詠唱が必要です」


 アーミラは俺の袖を摘むと急かすように引っ張った。その仕草につい見惚れて、俺は吸い込まれるように杖の中に潜って行った。





 翌朝。湖の底を本格的に探索するために行動を開始する。これにはカムロからの働き掛けにより、デレシスの討伐隊も協力してくれることとなった。人手はざっと二百を超え、たった六人だった昨夜と比べたら国土四割を占める湖を調べて回るのにも少しは現実味を帯びてきた。


「アキラさんはあまり目立たないように待機していてください」


 外へ出ようと長上着を羽織った所で、カムロからの指示が飛ばされる。


「人目につくとまずいのか?」


「まずいことはございませんが、良くも悪くも衆目を集めてしまいます故、無用な混乱は避けたいですね。

 それに魔呪術を弾く以上、用意した魔道具も貴方には使えません」


 そう言ってカムロは掌程の大きさの道具を俺の目の前に見せた。

 丁字型で左右の筒は尺が短く、元の世界で似ているものといえば防毒面が近いだろう。


「それはなんだ?」


えらですよ。魔道具の一つです」カムロはさも当然という顔で答える。俺がこの世界の知識に疎い事を知っている上で意地悪にも説明を省いた。


「それで水中でも呼吸ができるのか?」


「はい。これは元々アーゲイの義体技術から派生したものですが、時間にして一度の潜水につき六(ムサ)の水中呼吸を可能にしてくれます。便利でしょう?」カムロは自慢げに見せびらかす。「魔呪術無効アンチ・マギカには使用不可でございますが」


「ぐぬ……」俺は奥歯を噛み締める。


 いいなぁ、俺も潜ってみたかったな。

 しかしそれは叶わないと知り、素直に不貞腐れることにした。


「いいよもう。頑張ってコンクリートを探して来なよ」と、俺は追い払うように手を振る。


 そうして、秋の陽光の下、カムロ達は幾(そう)もの木造の小舟に乗り、もやいを解いて湖の中央へ目指して進む。

 宿から見送る彼女等の姿が小さくなると、アーミラは天球儀の杖を用いてその働きぶりを観察し始めた。


「カムロの座標を示せ――『テレグノス』」


 アーミラの呼びかけに答えるように、杖に嵌め込まれた赤紫の宝玉は水晶のように透明度を上げる。そして澄んだ球体の中に彼女等の姿が映る。


「懐かしいな」俺は呟き、アーミラの隣で宝玉を眺める。「次女継承(天球儀)の力か」


「はい……」


「そういえば、それで俺を見るとどうなるんだろうな?」


 ふと思いついた疑問と共にアーミラに顔を向ける。困惑した表情。視線はこちらに向いてはくれない。


「まさか……」俺はある可能性が頭に浮かぶ。「見てたのか?」


 神殿での俺を。


 そこまで言葉にして、アーミラはこくりと頷いた。


「事情はなんとなくわかります。だからその事については私は怒ったり悲しんだりしていませんよ」


 円卓会議での事。

 最奥寝所での事。

 ずっと見ていたわけではないはずだ。

 果たしてどこまでを見たというのか。

 アーミラの口ぶりから察するに、最奥寝所でセラエーナと共に閉じ込められた所は見ているのだろう。含みのある言葉に対して、持ち合わせる弁明の言葉はあまりに少ない。


「その、……ごめん」


 俺は言葉に出来ず、ただ一言の謝罪と共に頭を下げる。

 アーミラは首を振って笑ってみせた。


「謝ることなんて無いですよ。今ここにアキラがいるという事は、私を選んでくれた何よりの証拠です。

 あの黒い部屋での事は、断片的にしか見ていませんが……アキラは王女様に心を許してはいませんでした。それだけはしっかり分かっていますよ」


 アーミラの言葉を聞いて、俺は胸を撫で下ろす。


「良かった……」俺なりに戦っていたことが、ここに来て実を結んだ。


「ええ、本当に良かったです。

 もしアキラさんが王女様を選んでいたら、私はこの杖で神殿を壊すでしょうね」ふふふ。


 俺は閉口する。

 アーミラの目が笑ってないぞ。

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