継承者、神殿に集う❖3
闘技場での手合わせ――ガントールに振り回されただけだが――も終わり、一難は去ったのだが、ガントールは未だに俺を連れ回す。
一人でここまで来たと言うから、退屈していたのだろう。そこで同胞を見つけた事で、意気投合。……いや、ガントールが勝手に勘違いしているんだ。意気投合なんてしていない。
――なぁ、ガントール。
「ん? なんだ?」
――ガントールは一人で神殿まで来たんだろう? それまでは何をしていたんだ?
「今まで、か。…いや実はな、私が三女神の刻印を授けられたのは、つい最近のことなんだ」
――ほう。普通なら、三女神の刻印って、産まれた時にはあるんだろ?
「そ。だから不思議だったんだが、…まぁ、能力は本物だし、刻印も本物。だからここにいる。
…そして、刻印が浮かぶ前、二年前までは前線で討伐隊として暮らしていた」
――二年前までは、か。
俺は脳裏で思い出す。確かアーミラもそんなことを言っていたな。
――本当は産まれた時から刻印があるなんて嘘なんじゃ無いのか? 先代の三女神継承者は本当に産まれた時から刻印を持ってたのかな?
「さて、…どうだろう。先代と言うと、四代目継承者だな。…ざっと二百年前も昔の事だから、わからない」
――そんなに昔なのか。
二世紀も前に遡るとは。
「その間、禍人種との戦いはずっと不利な状況でな。この辺りは内地も内地。平和なものだけど、私がいた国では防戦一方だ。
だから、二百年ぶりの三女神の誕生は世界的にも渇望していた希望なんだ」
――なるほど……。
この世界の歴史背景まではわからなかったが、やはり三女神の使命は戦うことで間違いはなさそうだ。
禍人種と言っていたが、きっと魔王とか、そういう輩がいるのだろう。
そして、アーミラやガントールは二世紀ぶりに現れた希望で、いわゆる勇者御一行。
しかし、ガントールでさえ防戦一方と言う前線で、アーミラは本当に大丈夫なのだろうか……。
――あっ……。
「どうした? アキラ殿」
すっかり忘れていた。アーミラはもう風呂から上がっているだろう。
――アーミラの所に戻る。宿に行こう。
「アーミラ? 次女継承者か……強いのか?」
――弱いぞ。
「えぇ……」
ガントールは少し肩を落としたが、すぐに気持ちを切り替えて、共に宿に戻る。
❖
「あ、あわわ……知らない人がいるんですけど」
アーミラはガントールに対して人嫌いを発動して、俺の後ろに隠れ様子を伺っている。
――この人がガントール。三女神の刻印を持つ、お前の仲間だ。
「リブラ・リナルディ・ガントールだ。三女神の長女、天秤の継承者。
ガントールって呼んでくれ」ガントールが握手を求める。
「獣人種…うぅ、強そう…大っきい…」
――いいから握手しろ。
アーミラの手を掴んでガントールと握手させる。
「あ、アーミラ・ラルトカンテ・アウロラ……です。天球儀の…なんですけど……」アーミラは身を縮めながら自己紹介をした。
……うぅむ。なんで人間相手だとこうも訥弁になるのか。
――それより、獣人種ってなんだ?
アーミラに訊ねたが、ガントールから返事が来た。
「変なことを聞くんだな。獣人種ってのは私みたいな人種のこと。獣の特徴を持つ人種だ。人によっては角もある。ほら、これが角だ」
――おお、髪飾りだと思ってた。
ガントールが頭を下げて頭角を見せてくれた。耳の上、赤髪の中から二本の長く真っ直ぐな角が生えている。ずっとツインテールの髪留めの飾りだと思っていた。
「それに、肌だって魔人種と比べると少し肌色が強い。背も高いのが特徴だ」
――へぇ。
「魔人種は、肌が白くて、耳が尖ってる。背は中間くらいで、獣人種よりも、体が弱い」ガントールは丁寧にアーミラの種についても説明してくれた。
――なるほどな。
「アキラ殿は? 魔人種か?」
「……げ」アーミラは声を漏らす。答えを用意していない。
――俺は…、なんだろうなぁ…ははは。
「むむむ、でも魔法を使う様子はなかったぞ? 賢人種にしては背が高い。……獣人種ならそもそもあんな質問はしないし…」
俺は口を噤む、ガントールの口振りから察するに、ただの人間はいないのかもしれない。
これ以上はボロが出てしまう。と、アーミラに視線を送る。
「…ま、魔人種ですが!」アーミラは咄嗟に答える。「肉体強化の……術を使っているので」
――そ、そうだぞ。俺は魔人種だ。…いやぁ、修行ばかりしていたせいで、学が無くて……。
俺はとにかくアーミラに乗っかる。肉体が無いことは禁忌の秘密。知られてはいけない。
「なるほど! 肉体強化を極めて、勇名の騎士に登りつめたのか。
であれは闘技場で見せてくれた驚異的な体力も納得だ!」ガントールは納得した。
アーミラと俺は静かに胸をなでおろす。
このまま話題を変えよう。
――神殿に集まったのは三女神の刻印を持つ者だけなのか? アーミラの護衛のためにここまで来たが、一体、神殿で何が行われるんだ?
こんな質問をしては、さすがに学が無いどころか世間知らずと思われても仕方が無いが、俺が咄嗟に思い浮かんだことはこれしかない。
これから何をするために、神殿に集まったのか。
「式典と祈祷が行われるんだ。それから前線に向かう私たちに、神族直々に加護を与えてくれる」と、ガントール。
「…出征のための式典が、ここで開かれます」とアーミラ。
どちらも真剣な表情。普段からは想像できないが、やはりこれからの事を真剣に受け止めているのだと分かる。
――その式典が、明日。……三女神のもう一人は?
ガントールが長女。
アーミラが次女。
ならば三女の継承者がいると見て間違いない。
「確かに、まだ来てないな」ガントールは首を振る。
――当日に来る…とか?
「それはないだろう。神殿までは山を登る旅路だ。できる事なら体を休めたい。私だってそう思う」
「…私も、そうです」アーミラはガントールの意見に肯定した。
――とすると、今日にも辿り着くはずだが、さすがに遅くないか?
「…あ、あの。私、…探せるんですけど……」
「探せるって、三人目を?」ガントールは驚いて聞き返す。
「…あぅ、…な、名前が、分かれば……」
その言葉に、ガントールは俺と目を合わせる。
考えている事は理解できた。俺は頷く。
――三人目の名前を門番に聞いてみるよ。
❖
ガントールと共に門番の元へ向かい、三人目の名前をさして苦労なく手に入れた。
すぐに宿へ戻り、アーミラに伝える。
――三人目の名前は、チクタク・オロル・トゥールバッハだと。
「…わかりました……少し待ってて下さい」アーミラは頷いて、部屋の隅に立てかけていた巨大な杖を手に取る。
そして詠唱。
「祝福されし命の名、チクタク・オロル・トゥールバッハ。…その者の座標を示せ。『テレグノス』…!」
アーミラが詠唱を終えると、天球儀に嵌められた赤紫の宝玉が水晶のように透明度を増して、そこに風景を映し出した。その名を持つ人物は林の中を歩いているらしく、その姿は草木に隠れてよく見えない。
その足取りの重さたるや、見るからに疲労困憊。手に持っている木の枝を支えに、老人のような足取り。
「これは…取り敢えず問題は無いですけど…ちょっと、可哀想…?」アーミラは困惑した顔で宝玉の中の景色を見つめる。
「あー、私、迎えに行くよ」ガントールは困り笑いをして、宿から出て行く。
一足飛びで神殿から跳躍するのを見届けて、俺はアーミラの隣で宝玉を眺める。
林の中を彷徨う女の子を二人で眺める。
――三人目も戦いには不向きみたいだな。
「でも、一人でここまで来たっていう事は、それなりにできる方では?」
――それもそうか。…背が小さいな。まだ子供か?
「もしかしたら賢人種かもしれません。彼らは私たちよりも背が低い人種なので」
――へぇ。
「あ、ガントールさん」
――早いな。なんか話してる。
「背中におぶりましたね」
――おぉ、…跳んだ。…ガントールの跳躍すげぇな。
「三女神の中で一番戦えますね」
――もう門番の所まで来てる。……俺、出迎えに行くけど、アーミラは?
「私は人見知りなので、ここから見てますね」
――うぃ。
と、いうわけで、ガントールと三人目を出迎える。
❖
「うぇ…っ。…吐きそうじゃ」
賢人種。三女神の刻印を持つ最後の一人。
チクタク・オロル・トゥールバッハ。
ガントールに運ばれて、顔を青くしている小さい女の子がその人だ。
褐色の肌、丈の短い羅紗の肩掛け。異国文化溢れる衣装に身を包む。
金色の頭髪は短く、肩に掛からない程度に切り揃えられているが、人工髪が取り付けられて、派手に飾られている。
まるで衣装そのものが何かの術を形成しているような雰囲気。
瞳の色も磨き抜かれた貴金属のような輝きがある。
そんな賢人種が、青ざめた顔で吐き気に耐えている。
――確かに、ガントールの跳躍に乗り物酔いしてしまうかもな。
俺は呟く。
「お名前の確認をさせて頂きます」門番は引きつった笑顔で対応する。
「チ、チクタク・オロル・トゥールバッハじゃ…。早く、休ませて…」
「申し訳ありません。これで終わりますので。
三女神の刻印を見せて下さい」
「これじゃ。…はよう、はよう休ませてくれぇ……」
オロルの刻印は掌にあった。そこで初めて、三女神の刻印がどのようなものなのか見る事が出来た。
それは、皮膚の内側から光る紋様。
複雑な魔法陣のような刺青。時計の文字盤に似ている。
刻印の場所は人によって違うのか。
――ガントールはどこにあるんだ?
「私は背中だな。見たいのか?」
――いや、知りたかっただけ。






