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眠る躰を引きずって❖8


 各国王が退席し、私もユタ王を奥之院へ送り届けるために円卓の間を後にする。


「そうだ、サハリよ」ユタ王は何かを思い出したように立ち止まり、あろうことかサハリを呼び出した。「二人には伝えておきたいことがある」


「……承知致しました」


 私はそう返事をするが、サハリと隣り合って奥之院に向かう道中は気まずいことこの上ない。何を話すというのだろうか。


 努めて視線を合わせようとはしないサハリと共に地下回廊を歩く。奥之院へ足を踏み入れるとユタ王は謁見ノ間にて私達を招き入れた。


「父から聞いた。私がなぜ、前線に神族近衛隊を派兵したのか、疑問に思っているそうではないか」ユタ王は言う。


 それは私が前王リーリウスに尋ねたことだ。

 しかし、答えたのはサハリだった。


「はい。丁度この場でも改めてお答えを頂くつもりでした。……この招集はその事について教えていただけるのでしょうか?」と、サハリ。


 私と同じ疑問を抱いていたのか。いや、考えてみれば当然。隠密斥候隊としては仕事を奪われた立場なのだからその理由を明らかにしたいはずだ。


「もちろんそうだ。……とはいえ、そこまで時間を取らせる話でもない」ユタ王は謁見ノ間に置かれた椅子に腰掛けると私達にも椅子に着くよう促した。


「私も前線に派兵するのは隠密斥候隊だと考えていた。しかし、隊長の方から提言されたのだ。

 『天帝令を発令したのであれば、顔の効く近衛隊を主導した方が良い』――と、

 実戦経験の差こそあれ、実力が劣ることはないだろうとな」


「隊長から、ですか」サハリは驚きを隠せないという顔で言う。


 ユタ王は頷く。


「あぁ。そして、隠密斥候隊はちゃんと前線に派兵されている。隊長は今も前線にいるだろう。……とはいえ、己を責めるでないぞ。この作戦は隊長単独の行動なのだ。副隊長のお前にも、そして神族近衛隊にも伝えられていない」


「前線に派兵されているのですか……!?」私はその事実に感情を抑えられず語調を乱す。


 隠密斥候隊隊長が前線にいるというとするならば、いったいどこにいるというのか。息を呑んでユタ王の言葉を待つ。


「集められた勇名の中に紛れて前線を調べている。……だから、実の所私はアキラについての一部始終は隠密斥候隊隊長より報告が届いているのだ」


「何故、私にまで秘密にしたのです?」サハリは震える声で問う。


「あの時、五代目国家に起きた大規模な奇襲によって、どれだけの間者うかみが国に紛れているかわからない状況にあった。それは今も続いている。

 特に隠密斥候隊は前線と神殿を往復する。敵にとっては絶好の隠れ蓑となってしまうだろう」


 サハリはそこまで聞いてなにか得心がいったようで、閃いたように呟く。


「だからあれ以降、私は現場待機を命じられた……」


「そうだ。奇襲に紛れて神殿に間者が入り込むことを防ぐため、隊長は各所に散らばる斥候隊に待機を命じたのだろうな。特に、神殿への帰投は禁じているだろう」


「そう……だったのですね……」サハリはそう呟くと、項垂れるように俯いてしまった。


 私はその会話から、今の隠密斥候隊に何が起きているのかを察した。

 そうか……部下も隊長も帰ってこなかったのだ……あの大規模な奇襲の後、たまたま神殿にいたサハリのみが今日まで仲間の帰りを待ち続け、そして誰も帰っては来なかった。


「よかった……皆……まだ生きてるんだな……」


 サハリの言葉、そして床に落ちた一雫の涙を見て、私は言葉を失う。


 サハリが、泣いている……?


 血の気が多く、私を敵視している彼女が零した涙。それは前線を知る者の涙だ。


 常日頃盤上を眺めるのと変わらぬ目で、派兵された者達の名を見つめる神族近衛隊とは訳が違う。隠密斥候隊は常に心を戦場に置き、派兵された者達の中に仲間の名を見つけ身を案じる。きっと今までも多くの斥候隊がその身を犠牲にしたのだろう。


 『――近衛隊は内地で偉そうにしているだけでいいんだよ!』


 ……私はその言葉の理由わけを悟る。待機を命じられたサハリにとってこの一月は果てしなく長い。できることならば仲間の身を案じ、すぐにでも探しに行きたい思いだったのだろう。待てど暮らせど音沙汰のない日々に身を切られる思いだったのだろう。


 私は一時強く目を閉じて、気持ちを切り替える。


「隠密斥候隊の隊長は勇名に紛れていると仰いましたが、その名を聞いてもよろしいでしょうか」私はユタ王に問う。


「名も偽装しているのなら私にもわからないが、隠密斥候隊の隊長はランダリアンという男だ。心当たりはあるか?」


 その名であれば知っている。

 確かに奪還作戦時にも勇名として戦っていた。


「ランダリアン・ランスと名乗る者がおりました……彼が隠密斥候隊の隊長でしたか……」


「ランスを名乗っていたか。なるほど、槍の扱いにも長けていたが、勇名自体は変装の為の偽名だな」と、ユタ王はまるで旧知の仲といった物言い。「……とにかく、その隊長から前線がある程度落ち着いたという報告が届いて、今日こうして二人に話す事になった。隠密斥候隊副隊長、サハリよ。このような事情があったとはいえ、今まで隠していたことを詫びよう」


「そんな、ユタ様が頭を下げる必要はありません」サハリは白衣の袖で目元を乱暴に擦り、涙を拭う。「今は彼らが生きていることを知れた、それだけでもありがたいことです」


 そう言うサハリに対して、今まで見た事のない一面を知る。敵視していた彼女の善性を目の当たりにして、彼女に対する認識が変化するのを感じていた。有り体に言えば、毒気が抜けたのだ。


 ユタ王は椅子から立ち上がり、謁見の間での話を切り上げる。


「今日の円卓、ご苦労であった。二人共、もう下がってよいぞ」





 奥之院でのユタ王の話は終わり、私とサハリは二人、地下回廊を戻る。


 サハリは泣き腫らした目を怒らせて先を歩く。今更になって涙を見られたことを恥ずかしく思っているらしい。唇を尖らせて拗ねた顔をしている。私はその半歩ほど遅れて後に続いた。


「……なに、見てんだよ」サハリは言う。


「はい?」


「さっきから私の顔を見てるだろ。やめろ」


「……承知致しました」私はそれだけ答えてほんの少しだけ微笑む。


「あー、もう。なんなんだよ」サハリは赤髪を乱暴に掻き乱して言った。「調子が狂うから笑うんじゃねぇよ」


「すみません。……私も何故か自制が効かないんです」


「疲れてんじゃねぇの」


「そうかもしれませんね」そんな事を言ってはぐらかすが、本当はわかっている。


 私はこの一件でサハリの事を理解できるようになったのだろう。


 神人種としての競争だけで決めつけていた敵と味方。二番手であるサハリと一番の私……前線に行く前の私はとても狭い世界に生きていた。地位と名誉を欲するあまり、物事の一面しか捉えることが出来ていなかったのだ。


 今は違う。

 まつりごとを知り、前線に流れる血を見た。

 そこに生きる者が盤上の駒でないことを知れた。

 そうして、サハリに対しても心通わせることが出来ると感じたのだ。


 円卓で人の心をこじ開けたように、私もまた心を開かれた。百の言葉ではなく、一雫の涙によって。


「……また、じろじろと人の顔を」サハリは眉を跳ね上げてこちらに向き合う。「勘違いをしてくれるなよ! 私は、今も……お前が嫌いだ!」


「そうですか、……仲間の為に涙を流す貴女を見て、私は少し好きになれましたよ?」


「な! ……に、……っそういうところも嫌いだ!!」


 サハリは耳まで赤く染めて、逃げ出すように走って行ってしまった。


 敵だと思っていた者と分かり合えそうなこの感覚、ぴったりと閉じていた扉が微かに開き、光が差し込むような温かさ……私はこの胸の高まりがあまり嫌いじゃない。



❖――視点:アキラ。



 円卓会議は終わり、俺はやっとひと段落ついて胸を撫で下ろす。宿に戻るとロビーではスークレイが椅子に座って寛いでいた。

 俺のやるべきことは一つ。


「……なぁ、スークレイ」


 俺の声にスークレイは視線だけを向ける。姉よりも鋭い目つきは俺を射抜き、次の言葉を待つように肘掛に預けていた手を組んだ。


「昨日の事で話しにきたんだ」俺はそこまで言ってから、一度呼吸を整える。「()()()()()()じゃ()()()


「……なに?」スークレイは俺の言葉に反応する。眉はいっそう吊りあがり、冴え冴えとした視線が俺を捉えた。


 そうなることは予想できている。それでも言わなければならない言葉があるのだ。俺は背を丸めず顎を引き、胸を張って視線を受け止めた。


「……俺は俺のできることをやっていた。今こうして内地にいるのも、肉体を手に入れて死の危険から逃げたわけじゃないんだ。……前線では戦力にならないこと。そして神殿でやるべき事をやり遂げるためにここにいる」


「此の期に及んで腹立たしいわね」と、スークレイは立ち上がる。


 もしかしたら、それでもスークレイは俺の頬を打つかもしれない。


 ロビー全体の空気が少しずつ内圧を高めて張り詰めていくのが肌でわかる。俺は歯を食いしばり目を閉じた。


「腹立たしいけれど、それで正解よ」


 頬にそっとスークレイの手が触れる。


「人はね、誰かの生き方を模倣してはいけないのよ。他人の言葉に従って生き方を変える必要もないわ。……どのような仕打ちを受けたとしても、貴方は進みたい道を選び取らなければならないの」


「スー……クレイ……?」俺は自体が呑み込めず、恐る恐る目を開く。そしかしたら油断させるための罠か?


 ……どうやら、違うらしい。


 そこには、穏やかに微笑むスークレイがいた。その笑顔はガントールにとてもよく似ている。


「もしも貴方が私に頭を下げていたら、どうしようもない愚か者と決めて見放すところでしたわ」


「……待ってくれよ、どういう意味なんだ?」俺は頬に添えられたスークレイの手を握り、説明を求める。


「馬鹿ね。一から説明をさせるつもりかしら?」スークレイは俺の手を離すと椅子に座り直す。口ではそう言いつつも、話してくれるということらしい。俺は向かい合うように椅子に座る。


「……五代目国家アウロラ奪還作戦の経緯は全てガントール姉様から伝えられていますわ。『アキラ殿に責はない』とも……」


「じゃあ、どうして俺を叩いたんだよ……?」


「それはあの時の言葉通りよ。

 腕を失ったガントール姉様は前線にいますのに、肉体を手に入れたアキラは内地いる。その皮肉が私には腹立たしい」


 スークレイはそこまで言って、扇を開くといつものように口を隠した。


「ですがそれは私の事情。貴方は貴方の事情があり、そのもとに生きている……だから私に頭を下げる必要はないの」


「謝らないのが正解だった、ということか」


「まあ、あくまでこの場合はそうね。

 他人に合わせて生き方をかえるのなら貴方はきっと板金鎧と変わらない。

 人になったというのなら、時として我を通す必要に迫られるでしょう」スークレイは再び微笑む。「貴方はもう、傀儡ではないということよ」


「……!」


 俺はもう、傀儡ではない。

 その言葉に俺の心は軽くなる。


 記憶と肉体を失いこの世界に鎧として生まれ、誰かが望むままに生きて、誰かが望むままに人を殺してきた。その果てに讃えられ、褒めそやされ、ついには国家のための傀儡に成り下がった俺にスークレイは言ってくれた。


 抗うこと。

 感じ取ること。

 分かり合うこと。


 ――それは人として失ってはいけない心。


「……おや、アキラ様、スークレイ様。ここにいらしたのですね」と、カムロが宿の扉をくぐり、俺たちに気付いた。


 俺はいつの間にか目蓋に溢れていた涙を慌てて拭い、平静を装う。


「あ、あぁ。先に宿に戻ってた」


「……? スークレイ様、もしやまた昨晩のように……」カムロは顔を顰めてスークレイに言う。


「今回は叩いてないわ」スークレイは扇で口元を隠し、涼しい顔で言い返す。その言い分もどうかと思うが……


 そこで俺はあることを思い出し、カムロに話しかける。


「おおそうだ、カムロ。昨日のことなんだけどさ」


「? なんでしょう。スークレイ様に頬を打たれて倒れたことなら、部下から報告を受けていますよ」


「じゃなくて、円卓が開かれる前だよ。話したこと覚えてるか?」


 カムロは腕を組んで記憶を探るように眉にしわを寄せて上を向く。そして思い出したように手を打った。


「はい。『生きることはつまり有用性を示し続けることではないか』という私の話しですね。それに対してアキラ様は、同じようなことを言う人を知っていると仰いました」


「そうそう」俺は頷く。「俺もさっき思い出したんだ」


「結局誰だったのか聞けずじまいでしたね。……誰なんです?」


「ふふふ……」俺はわざとらしく笑ってみせる。


 円卓という一つの山を越えた開放感からか、あるいはスークレイに褒められたからか、気分は弾んでいる。

 カムロはそんな俺を見て苦笑した。


「その笑顔で察しがつきましたよ……」


「そう。御察しの通り他でもないスークレイのことだよ」


 俺の言葉にスークレイは反応する。なんの話だかわからないまま自分の名前が挙がったことに小首を傾げてみせた。それを見たカムロは話の流れを説明すると、スークレイも悪い気はしないようで、『なるほど』と一言。


「なんとなくカムロとスークレイって似た者同士な感じするよな。気が合うんじゃないか?」と、俺は言う。


「私はあくまで神人種でございます。事実上ラーンマクを統べる国王であるスークレイ様には及びませんよ」カムロは慌てて半歩下がる。


「それは過ぎた謙遜で御座いますわ。神族近衛隊の隊長であれば各国王とも肩を並べる地位。寧ろ私のような国王代理が貴方様とこうして会話をすることさえ恐れ多いことに御座います」


 スークレイとカムロは堅苦しい言葉を並べてお互いを尊重し合う。その表情は満更でもなさそうで、俺は二人が心通わせる瞬間を穏やかに感じ取っていた。



❖Ⅴ章 神託戦士編 ―終―

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