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記憶/追憶❖5


 禁忌というのは、主に代償と成果が割りに合わないもの。

 成果物が予期せぬ結果を招く、または安定していないもの。

 ……そして、人の道徳にそむくもの。――の、三つの内どれかに該当する魔呪術マギカです。


 カムロはそう言って、ついでとして世に伝わる禁忌の簡単な事例を挙げた。

 例えば、屑鉄から金を作り出す行為

 例えば、生死を問わず人間を材料に用いる行為。

 例えば、不老不死やそれに準ずる行為。


 俺はカムロの話を聞いてふむと声を漏らす。

 アーミラがカムロの言葉を継いだ。


「魂の生成は禁忌中の禁忌。三つの全てを満たすものに他なりません。

 初めて魂の生成が行われたのはおよそ四百(イバン)前になります。人の代わりに戦闘を行う人造の兵……しかし、それを作り上げるには魔鉱石の消費量が割に合わなかったんです」


「ん、あれ? じゃあ魂の生成って禁忌は実際には行われてないのか?」


 俺の質問にアーミラは首を振る。


「……ここで禁忌認定されれば机上の空論や夢物語ですが、先に話した通り魂の生成は三つの定義を満たすまで研究が進められます。ここで終りにはならないのです。

 当時、魂の生成は神殿が主体で行われていました。人の代わりに戦闘を行う人造の兵。それが叶うのならば、魔鉱石の消費量が膨大でも、それに釣り合う価値があると信じられていました」


 カムロがアーミラの説明に補足する。


「それに、人には厄介なものがあります。知的好奇心……当時の神殿には、興味と、魔鉱石と、技術があったのです」


 アーミラはその補足説明に――いささか自罰的な表情で――深く頷くと、話を先へ進めた。


「そして、幾つもの失敗を繰り返し、一体の生命体を生成することが出来たのは百(イバン)も経ってから、その時点で二つ目の禁忌の定義を満たしています。

 そしてその生命体。成果物こそが三つ目に該当したのです」


 アーミラの話を聞いている内に、この部屋の空気は張り詰める。俺は息を飲んで続きを促した。


「……どんな、成果だったんだよ……」


 アーミラは俺の質問に答えるように、生命体の外見的特徴を説明する。


「まず、赤子のように柔らかく、小さな生命体であると書物には記載されています。ただし手足の数はおびただしく、皮膚の表面に泡のように生えては消滅する液状のものでした。頭部も不定形で、時には二つに分裂し、小さい方が皮膚に吸収されるという変化を繰り返します。

 そして、その生命体は神殿に仕えていた神人種を殺したのです」


「……」


 俺は何も言えず、生唾を飲み込んだ。

 禁忌中の禁忌。魂の生成がどのようなものであるか、その狂気の片鱗を理解した。


「突然浮遊して、神人種の眼窩に腕を差し込んだ……とされていますが、正史ではそこまで詳しく書き記されていません。様々な書物から殺害方法の情報をかき集めても、そのような事が起きたと仄めかす程度です。

 そして、二人目に襲いかかる際に身体を蹴られ、息絶えたそうです」


「蹴られただけで?」と、俺が言うと、カムロが答える。


「生命力は皆無。そして知能があるか疑わしい……兵としての利用価値はなく、ただ忌まわしい結果だけが残りました」カムロは苦い顔をする。神殿に仕える者としては、消し去りたい歴史だろう。


「魂の生成ねぇ……俺はそれの成果物である疑いをかけられてるのか」


「ええ。成果や結果が安定していないのが禁忌の定義の一つですから。たまたま完成度の高い生命体が生まれたとしてもおかしくはないのです」カムロは真面目な顔で俺を見つめる。


「……なんだよ。まさか疑っている側の人間か?」


「いえ。私は神を見た一人ですから。……しかし、全国民の内、どちらが多数派でしょう。

 前例のある禁忌と、前代未聞の神の子」


 確かにその二つでどちらを信じるかと言われれば、説明する必要がある事は明白だった。


 話が結論に達した時、まるで見計らったかのようにオロルが書庫へ入って来た。


「……お、オロルさん?」アーミラは突然の来訪者に驚く。


「誰かと思ったら……驚かせるなよ」と、俺が言うと、オロルはまじまじと興味深そうに視線を返した。


「ふむ、アキラか。元気そうじゃな」


「多少は良くなった。アーミラに看護してもらったからな。で、何で急に入って来たんだ?」


「カムロが中に入ったのが見えたのでな、鍵も掛けておらんかったから、様子を見に来た」


 オロルの言葉にアーミラはあっと口を押さえる。どうやら驚異の部屋の鍵をかけ忘れたのだろう。

 俺は構わずに続ける。


「ガントールは? 一緒じゃないのか?」


「外におる。宥めるので忙しいのじゃ」オロルは少し嫌味っぽく言い、続けた。「お主らが中で何を話していたかは知らぬが、余り隠されては勇名の者共も不安が広がる。まずは外の混乱を収めてくれんか?」


 オロルの言葉を理解するのに時間がかかり、俺はアーミラとカムロに遅れをとる。


「どういうこと?」と、アーミラに尋ねると、単純な答えが返ってきた。


「アキラについて、誰もが関心を持っています。先程話した『説明責任』……今、それを勇名達に果たす必要があるという事です」


 その言葉に継いでカムロが口を開く。


「神を目撃しただけ、理解は早いでしょう。アキラを神殿に連れて行く前に、彼等には味方となってもらいたい」





 驚異ヴンダー部屋カンマーから外に出ると、アウロラ邸の瓦礫の山は平たく崩されていた。

 そして板金鎧が安置されている。


 勇名の者共はやる事もなく、手持ち無沙汰に体を休ませていたが。俺を見つけると静かに視線を向ける。

 空気が()()ついて、肌が総毛立つ。


「すごい、見つめられてる……」俺は呟く。


「当たり前じゃ。これでもガントールが落ち着かせた方なんじゃぞ」オロルは不機嫌そうに言う。


「ごめんごめん。皆にもちゃんと話すよ」


 俺はアーミラの肩を借りて、力の入らない足で苦労して歩き、先導するオロルに付いて行く。


 そこはアウロラ邸から少し離れた所に位置する、比較的被害の少ない建物だった。


 禍人種の奇襲が起こる前、まだ国として機能していた時は、この建物は教会堂だった。深い縦長の構造で、船底天井の造りは空間を広く見せている。

 左右には支柱が並び、柱頭には精緻な天使の姿が象嵌されている。崩れた壁にははめ殺しの窓が取り付けられ、色硝子を用いた幾何学模様フラクタルが作られている。


 祭壇の前は大きく崩れて空が覗いているが、差し込む日の光が埃を照らし、筋となる。その光景は不思議と絵になる神秘さがあり、オロルはすぐに提案した。


「アキラよ、お主はその祭壇に立つがよい。勇名共にそこから話すのじゃ」


「いいけど、何でさ?」


「言ってしまうなら印象操作じゃな。視覚から訴える情報は大きい。それに、戦力が疲弊しておる今、士気を高める光が欲しい」


 俺に対する疑念や憶測がこれ以上ストレスとなる前に、希望の光だと印象付けたい。と、オロルの策だ。


「ただでさえ内地から搔き集めた兵、蛇堕ナーガとの戦闘を経て、次は神を見た。前線での生活は決して良いものではないじゃろう。全員が無事であるだけでも奇跡と言っていい」


 禍人種が何時また動き出すかわからない以上、強い指針や光を与えたいのだ。


 そして、その役目を果たせるのが俺だという。


「つまり、俺はどうすればいい?」俺はオロルに問う。


「まず、気丈に振る舞え」


 オロルは指を立てて続ける。


「アキラが元気な姿を見せるだけでも、印象は大きく変わる。病み上がりじゃろうが間違っても倒れたりしてくれるなよ。

 次に、お前の口から禁忌の成果ではないと明言するのじゃ」


「わ、わかった……あとは?」


「あとは出たとこ勝負じゃな。この祭壇だけでも舞台演出はできておる。くれぐれも士気を下げることは言うでないぞ」


 オロルはそう言って、俺の背中を強く叩いた。

 俺は押し出されるようにして祭壇に上がると、振り返ってアーミラを見つめる。アーミラは拳を握り、強く頷きかけた。





 カムロによって教会堂に全員が集められた。

 今この場には勇名の者十五名とカムロ、三女神のガントールとオロル。そしてアーミラが俺を見つめている。


 祭壇に立つ俺は、何を話せばいいのかわからず、気圧されるように沈黙していたが、神殿で場慣れしているカムロが歩み寄り、沈黙を破る。


「ここに集まって頂いた皆様に、まずは神殿現国王ユタ様に代わり、神族近衛隊隊長の私、カムロからこの場を借りてお礼を申し上げます。

 この度の五代目次女国家アウロラ奪還、誠に大義でありました。此度の戦闘で蛇堕のおよそ半数を討伐し、こちらの犠牲者を零に留める戦績。正に勇名に偽りない活躍でございます。

 さて、この場にお集まり頂いたのは、重要なお話があるからでございます。

 それは他でもないアキラ・アマトラについてです」


 祭壇の側に立つカムロの言葉に、勇名の者達の目の色は変わる。

 その隣、支柱に背を預けるガントールは失った右肩の皮膚を撫でながら事態を静観していた。


「『勇名の者に偽装した戦闘魔導具(アルテマ・マギ)』あるいは『極致エストの魔導具』……複写という誰も真似できない魔呪術の成功例と言われていたアーミラ様の板金鎧フルプレート・メイル

 しかし、正体は全くの別物であると判明しました。この場にいる全員が見た神の存在。そして男の肉体。

 ……それがなんであったか、アキラ様本人から、ご説明して頂きます」


 カムロはそう言って一礼すると、俺の方を振り返り視線を送る。

 俺はその視線に頷き、口を開いた。


「ここにいる勇名の者達を含め、全国民には騙すようなことをして、申し訳ないと思っている。

 結論を先に言わせて貰えば、俺は異世界から来た人間だ」


 勇名の者達は色めき立ち、頭を抱える。『神の子……ではないのか?』『異世界とはなんだ?』『容姿は神と似ているが……』


 俺は渇いた喉に唾を飲み込み、手を控えめに持ち上げる。気丈に振る舞えとオロルには言われたが、体力の無い今の俺ではこれが精一杯だ。

 しかし効果は充分で、まるで掌に声が吸い込まれるかのように辺りは静まる。


「……いろいろ疑問もあるだろう。が、憶測で判断されては無用な混乱を生んでしまう。話し合うのであれば俺に直接聞いて欲しい。

 可能な限り真実を伝えようと思う」

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