表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/131

顕現する幼女❖2


❖――視点:カムロ



 激しい雨が降り注ぐ中、アキラは神の言葉によって沈黙した。

 板金龍の体は支えを失って地面に倒れる。

 まさに眠りにつくように。


 一体、何が起こっているのか。

 アキラと神の間で交わされた幾つかの言葉。『元の世界』『記憶』『妹』……全ての点は線となり、一つの可能性にたどり着く。


 アキラは戦闘魔道具アルテマ・マギではない。


 約三(イバン)前にも、私は同じような疑念を抱き、神殿の出征式典で審問を行った。そして、禁忌の成果ではないという結論に至ったはずだ。


 しかし、ならばこの状況はなんだ?

 アキラと呼ばれる極致の鎧。アーミラによって作り上げられたとされる人を模した戦士。その魂の正体……


「くそ……ッ」私は苦々しげに眺めることしかできない。


 アキラは何者なのだ!?


「カムロ」と、ガントールは不意に私を呼ぶ。「アンタはたしか、水晶を持ってるよな。それでオロルとアーミラをここへ呼び出してくれないか。……おそらく、今ここにいる者だけではアレは対応できないだろう」


 ガントールの提案に私は頷く。

 アウロラ国内は奪還成功と見ていい。雑兵の討伐も落ち着いたようで、ずいぶんと静かになった。辺りには雨の音しか聞こえない。

 もうすぐここに勇名達が戻ってくるだろう。


「……承知、致しました。お二人をお呼び致します」





 雷雲立ち込める嵐の夜。水晶球より召集した二人の継承者は未だ来ず、私達は到着を待つ。

 今ここには勇名十五名とガントール。そして私が集まっている。


 重苦しい奇妙な沈黙。勇名達の視線の先、板金龍は未だ沈黙し、その腹の上に童女がゆったりと座していた。

 自身を神と名乗る童女を中心に結界は生成されており、雨は不可視の球体表面を滑るように流れて行く。そのかさは広く、しとどに濡れてしまった私達も雨風から護られており、吹き付ける風も穏やかに感じられた。


「カムロ隊長……なんなんですか、あれは……」と、声を潜めて耳打ちをしてきたのはヤーハバル。


 アウロラ奪還成功の報せを持って邸の前に戻ってきた彼等。手柄顔であった彼等の表情も曇っていた。謎の童女の姿に戸惑うのも無理はない。


 私とガントールの様子から、童女が敵ではない――少なくとも攻撃の指示を待つべき――と判断したようだが、地面に寝転び、黙って椅子の扱いを受けている板金龍アキラには目を丸くしている。


「信じ難い事だが……もし、あれがヴィオーシュヌ神だと言われたら、お前はどうする?」


 私は顳顬こめかみを抑え、ヤーハバルの質問に質問で返す。自分でも嫌な性格だと辟易するが、現状では明確に説明する事は出来ない。


「あの子供がそのような事を……? まさか、信じるのですか?」ヤーハバルは私の肩を掴む。


「当然疑ったさ。しかし、力を見せつけられては信じるしかない」


 私はあの童女の力を見せつけられた。

 何の詠唱も行わずに、私の口を塞いだあの力。

 あれは呪術に属するアレスの一つだろう。しかし、他人の形状を一方的に操るなどという術は今まで聞いた事もない。本来呪術とは生物の心に作用するものだ……あの力は、まるで生物を物のように……


「そう……信じるしかない」私は繰り返す。誰にでもなく、自分に言い聞かせるように。


 魔呪術マギカというものは全て代償を伴う。通常ならば魔鉱石を消費する事でその代償は支払われるが。しかしあの童女はどうだ。布一つ纏う他にはなにも身に付けていない。何を代償にしてあるのかさえ、私には見破る事は出来ないでいる。


 もし、それに種や仕掛けがあるとしても、相当な手練れである事は間違いない。

 敵であった場合、勝率はどれだけのものだろう。

 もし鼻を塞がれたら……それだけで息は出来ない。

 もし、指を丸められたら……それだけで得物を握る事さえ出来ない。


 だから私は祈るしかない。

 どうか神であってくれと。


「寛ぎたまえよ」神は言う。「星が見えぬ今宵、残りの姉妹継承者は暫くかかるだろう。それまでずっと気を張っているつもりか?」


「貴女が本当にヴィオーシュヌ神であると分かれば、私だって寛げるさ」そう言ってガントールは腰掛けていた瓦礫から立ちあがる。片腕を失った痛みは癒えたのか、刻然とした足取りで神の前に立つ。「ずっとそうしてアキラ殿の上に座っているが、アキラ殿はどうなったのだ?」


 ガントールは武器ではなく言葉によって真っ直ぐに切り込む。誰もが疑問を抱きながら声に出せずにいた疑問。遠巻きに眺める勇名達は息を飲んで二人を見つめた。

 神は板金龍に背を預けたままガントールを見上げ、答えた。


「此奴は今眠りの中にいる」


「眠り?」と、ガントール。


「長女継承者よ、君は知っていたね。アキラが異世界から迷い込んだ魂であると」


 私は二人の会話に耳を疑う。

 まさか、ガントールまで何か事情を知っているとは思ってもいなかったのだ。


「ああ。アーミラとアキラ本人から教えてもらった。『記憶を失くしてしまった』と。……オロルだって知っている」ガントールはちらりとこちらに視線を向けた。全て隠す事なくこの場で話すつもりか。


「そう……アキラは記憶を失っている。可哀想だと思うだろう? 実際に君もそう思っていた筈だ。オロルに至ってはアーミラを叱りもしたね」


「見ていたのか……?」ガントールは驚く。


「神だからね」と、さしてどうという事もなく応え、続ける。「そしてアキラは記憶を取り戻す事も、肉体を取り戻す事も諦めた。この世界に馴染んでしまったんだよ。人ではなく、物として」


「アキラは今だって人だ。物に成り下がってなどいない……」ガントールは強かに訂正を求め、反論した。


「いいや、物だね。一揃えの板金に魂が入っているだけさ」


 ガントールは無言のまま神を睨むが、神は抗議の視線を前に涼しい顔。愉快そうに口の端を吊り上げてさえいる。


「ガントール。君がどう思っていようと人の定義は揺るがない。継承者の娘三人が人の様に扱うそれは、大勢の民からすれば傀儡だよ。話を先に進めて構わないかな?」


「……ちっ……」ガントールは不満を隠す事なく、睨む視線を逸らした。


 今は状況を明らめるのが先だと理性では分かっている。受け入れがたい事があったとしても、今は飲み込むしかない。

 たとえ信仰している神がこのような童女であっても。


「神に向かって舌打ちとはねえ。これでも我は君達の母なのだが……まぁよい。話を続けよう。我は優しいからね。

 さて、優しい神である我は、アキラを人に戻してあげようというのが、つまるところの結論だ」


「人に戻すとは?」と、ガントール。


「……おっと、まあ待ちたまえよ」


 神は手で制止する。話を先に進めたがっていた癖に、底意地の悪い神だ。ガントールは拳を固めてため息を吐く。


「まぁまぁ、遅かれ早かれ全てを話すさ」と、神は言い、人差し指を立てて前方を指す。


 対面しているガントールの後ろ、私達のさらに後ろ側へ。


 示された先には闇夜。未だ降り止まぬ嵐が映る。そして一つの灯り。アーミラとオロルを乗せた幌車が向かって来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ