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三女神の破壊活動 ―板金鎧に転生した男―  作者: 莞爾
Ⅳ章 三女神建国編
52/131

傀儡は前線に躍り出る❖4


❖――視点:アキラ



 瓦礫に生き埋めにされてからどれだけの時間が経っただろうか。

 俺は脱出を試みて窮屈な暗闇の中で体を動かそうともがいていたが、出られそうにない。果たしてどうやって板金龍まで辿り着こうか。


 外からは断続的に戦闘の音が届く。

 剣同士で打ち合うような鋭い音。光弾の爆発音、魔獣の雄叫び。

 なによりも、暴れ回る何かの存在が感じ取れる。明らかに異質、蛇堕が現れたのかもしれない。


 ――く、そ……身動きができねぇ……


 俺は無理矢理体を揺らすが、その度に隙間に瓦礫が入り込み、動けば動くほど自由を奪われる。


 ここでいくら足掻いたところで脱出は不可能だ。

 ならば、ここから板金龍を探すしか術はない。


 ――どこか別の場所に運ばれたなんてことはないよな……


 俺は光の届かない暗闇で意識を集中させる。


 ――布留部 由良由良止 布留部……


 詠唱を引き金に緋緋色金を溶かし、瓦礫の隙間を手当たり次第に捜索する。意のままに枝葉を伸ばすとろりとした鎧は、狭い隙間に潜り込んで板金龍探す。

 外の戦闘はますます激化し、やがてけだもののような断末魔が轟いた。





 ――見つけた……!


 板金龍を見つけたのは断末魔の残業も消えて無音の世界になってからすぐのことだった。

 俺はすぐさま自身の核を取り外し、移動させる。

 暗闇の中、狭い瓦礫の隙間を縫って、意識は板金龍に宿る……詰めろだ。


 これでアウロラ奪還作戦は確実に成功する。俺は勝利を確信して瓦礫の中から眠れる龍を起き上がらせる。


 ――オオオォォォアアアァァァ……ッ!!


 力任せに跳躍し、背にのしかかる瓦礫を吹き飛ばすと、すぐに戦況を確認した。


 驚くべきことに、既に三体の蛇堕の屍が転がっていた。夥しいむくろの輪の中で血に濡れた生者の姿――勇名の者は傷だらけではあるが全員確認できた。死者はいない。


 辺りには多数の魔獣。そして蛇堕が一体。


 口に咥えているのは何かの肉片……あぎとからはみ出したそれは細長く、どうやら腕であると理解する……その手が未だ握り続ける片手剣に気付き、俺は目を疑う。


 ガントールの、腕だ。

 肩口から千切られたそれは、次の瞬間には蛇堕の体内に飲み込まれた。


 ――なにしやがる……!!


 俺は翼をはためかせて地上へ急降下すると、仲間と蛇堕の間に割って入った。付近にいた魔獣は通り抜き様に翼で切り裂き、足で踏み潰す。


「アキラッ!!」カムロが駆け寄る。


 ――あいつ、ガントールの腕を……!!


「はい……我々の不意を突くように現れて、オクタを庇ったガントール様が……」カムロの声が震える。


 事のあらましはどうだっていい。問題はあの忌々しい蛇堕がガントールの腕を奪った事実である。


 ――すぐに倒す。ガントールは任せたぞ。


 俺はカムロの返事を待たずに駆け出す。

 逃げ惑う魔獣を踏み潰し、切り裂き、嚙み砕く。一匹残らず駆逐すると、蛇堕に狙いを定めた。


 ――死ねよ……化物。


 板金龍の額に備えられた大剣のような角。それを蛇堕の心臓目掛けて突進。鋭い切っ先が蛇堕の胸に滑り込み、脈動する急所を貫いた。


 轢き貫いた蛇堕の胸元に俺の鼻先がぶつかると、微かな声を聞く。


「……ラ、ムダ……」蛇堕は血の泡を吹きながら呟く。「サリワル、ヒム……クシャ……」


 最初、その呟きは反撃の詠唱かと警戒した。

 オルト信仰独自の体系から成り立つ魔呪術であると……しかし、いくら身構えても何も起こらなかった。

 蛇堕は焦点の定まらない双眸で口惜しそうに睨む。直感的にその言葉の意味を知る。


 そうか……詠唱ではない。

 失った仲間の名を並べていたのだ。


「オルト神の使いが……何、故……」蛇堕はそんな言葉を最後に息絶える。


 ――俺は災禍の龍じゃねえ。


 もう蛇堕の耳には届かないだろうが、俺は黙っていられなかった。

 禍人種の信仰するオルト宗教。その中で神の使いとされる龍。


 なんの因果かは知らないが、板金龍の体は俺によく馴染む。この姿は敵を絶望させるにはおあつらえ向きだろう。


 ――お前らは神に裏切られたのかもな。


 虚空を見つめる蛇堕の屍に呟いて、俺はガントールの元に向かう。


 ――治るのか?


 符使いエリオット・タリスマンを筆頭に魔呪術を極めた勇名が簡易的な結界を展開し、その中で薬師マーロゥ・メイディが手負いのガントールの腕を診ていた。


 カムロは厳しい顔のまま俺の前に立つ。その表情から察するに芳しくないらしい。


 ――祈祷を行っただろう……?


 神殿で捧げられた祈り。それは強力な治癒の力を発揮する。以前は刎ねられた首さえも繋いで見せたのだ。腕くらい造作も無いはず。

 しかしカムロは首を横に振る。


「それはおそらく、切断された部位が側にあったからでしょう……腹に隠されては治りようがありません」


 ――そんな……!


 声を荒げて蛇堕の屍を睨む。既に息絶えたそれは何も言わず、荒れた土の上に力なく横たわる。


 蛇堕の体内に飲み込まれてしまったガントールの腕は戻ってこない。

 俺は板金龍の顎門を静かに噛み締めた。


「すまない。アキラ殿……しくじった」ガントールは力の入らない体を無理矢理起き上がらせ、右肩の傷を庇いながら俺の前に歩み出る。


 食い破られた袖から覗く傷口は、失った腕を諦め、皮膚で断面を丸められていた。失血したせいか顔色も悪い。


 ――あいつの腹から腕を取り戻したら……治るだろうか?


「いいや、多分腕は治らない」ガントールは気丈に振舞おうと笑みを作るが、それがかえって痛々しい。「治癒反応も収まったし、今更腕を取り戻しても手遅れさ。……それに、蛇堕の毒に汚染されてるだろうしな」


 ――……くそっ!


 俺はやり場の無い怒りと憎しみに声を漏らし、蛇堕の屍の腹を裂いてみせた。

 ガントールの腕は腹腔内の粘液に塗れて見つかったが、消化液の酸に蕩けて骨が露出していた。


 その光景にはらわたは煮え繰り返る思いで、俺は憤怒のままに屍の頭骨を押し潰す。


「アキラ……」カムロは顔を顰めて控えめに抗議した。ガントールも続く。


「やめろ、()()()()。そんなことをされても私は嬉しく無い」


 ――……すまん……


 アマトラと呼ばれて俺は怒りを収める。ガントールの語感は冷たかった。懐かしい師弟としての響きはなく、俺の行いに軽蔑し、咎めるような声音だったからだ。


 カムロは場の空気を感じ取り、俺とガントールの間に立つ。ここで不毛な仲違いをしている場合では無い。


「取り敢えず戦闘は落ち着きましたね。アウロラは奪還できたようですが、如何致しますか?」


「……蛇堕のおよそ半数を仕留めたはずだ。残り四体はリナルディにいると予測できる。

 アウロラの奪還はもう少しだ。残る雑兵を掃討しろ」ガントールは勇名に指示を出すと、瓦礫に倒れこむように腰掛けた。


 夕暮れの空は夜の闇と共に厚い黒雲に覆われ、稲光りが見える。


 ――……一雨、来そうだな。


 俺はガントールの側に寄り、話しかける。勇名は四方に展開し、アウロラ邸前には俺とガントールの二人しか居ない。


「あぁ」ガントールは短く答えた。利き腕を失って酷く疲弊しているようだ。


「アキラ様」と、カムロが俺を呼ぶ。「瓦礫に埋められた鎧は如何致し……


 言い終わる前に、大気を切り裂くような強大な閃光が地に落ち、カムロの言葉は轟音に掻き消されてしまう。


 闇夜を貫いたのは光弾ではない。魔呪術とは異なる閃光。

 それは、巨大な稲妻だった。それも目の前、カムロの背後に落ちた。


 ――な……っ!?


 俺は驚愕し、目を奪われる。


 落雷によって穿たれたそこには、見知らぬ人影が土煙の中から浮かび上がっていた。



❖Ⅳ章 三女神建国編 ―終―

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