傀儡は前線に躍り出る❖1
神殿からの天帝令により、七日の内に勇名の者が召集された。
天候は晴れ。前線に異常はなし。
俺達はまさにこれからアウロラへ向かうところである。
奇襲には奇襲を、建国記念式典の意趣返しと言ったところか。
「アキラ様。勇名の者が集まりました」と、背後からカムロの声。
俺は中庭から空を見上げるのを止めて振り返る。
――この際呼び捨てでもいいんだけど。……それで、勇名は何人だっけ?
「では、アキラと呼ばせていただきます」カムロは続ける。「この七日の内に召集された勇名の者は十三名。おそらくこれ以上の増員はないかと」
――全国から集めてもそんなもんか。俺達も含めてアウロラへ攻め込むのは十八人。皆玄関広場にいるのか。
俺は王宮の中庭から覗く玄関広場の静かな気焔を見る。多種多様な得物を携えた男共の人影が集まっていた。
俺は戦斧を携えて、カムロと共にそこへ向かう。
「戦闘魔導具や魔石の支援物資もありますが、如何致しましょうか」カムロは尋ねる。
――俺はどちらでも。三班に分かれて戦闘魔導具が必要な班は連れて行けばいい。残りはオロル達が使うだろうさ。
「一班あたり六人ですか……悪くはありませんね。アキラの班は戦闘魔導具を連れて行かない少数精鋭で、その他は班員の判断に任せましょう」
――それでお願いするよ。
カムロは俺の言葉に一礼を返すと隅に避ける。丁度玄関広場に辿り着いたのだ。
俺は勇名の顔を見渡し、軽く一礼した。
――待たせてしまったようで申し訳ない。ガントールがいないみたいだが、改めて自己紹介をさせてもらう。俺はアキラ・アマトラ。板金鎧の勇名だが、知っての通り極致の魔導具、人ではない。……では、右から同じように名乗っていただきたい。
俺は掌でカムロに促すと、カムロは身体を勇名共に向けて名乗る。
「はい。カムロと申します。現神族王であるユタ様に仕えておりますが、天帝令により前線に参りました。女である故に勇名は持ちませんが、星占の術使いでございます」
カムロは自己紹介を終えて一礼。
そして隣の男が口を開こうとして、背後の靴音に振り返る。
「……悪い、遅れたか」ガントールが現れた。
面持ちは研ぎ澄まされ、白刃のような目付きは勇名共さえ近寄り難い。
気圧されるように自然と人波が割れる。
――そこまで遅れてはいないよ。今は三班に分けるために全員に名乗ってもらってる。
「そうか」ガントールは腕を組んで俺の左に移動する。「すまない。続けてくれ」
ガントールの登場によって微かに内圧の高まる玄関広場。しかし表情は臆せず、勇名は名乗り始めた。
人種と名前、そして身に付けた得物だけで全て事足りた。冗長な戦績を語る必要のない歴戦の兵揃い。
それこそが、勇名。
以下は勇名の者の名前と各班の一覧である。
――一班――
アキラ・アマトラ。
リナルディ・ガントール。
カムロ。魔人種の術使い。
オクタ・クレイモア。獣人種の大剣士。
ヤーハバル・ワンド。魔人種の短杖士。
エリオット・タリスマン。賢人種の符使い。
――二班――
ソーサラー・ブレイド。魔人種の魔剣士。
タルキシャン・メイス。獣人種の槌戦士。
エルドリッジ・シルド。獣人種の盾持。
シックザール・クロスボウ。賢人種の弩射手。
ノイマン・パペット。賢人種の霊素使い。
ウルバルド・ロッド。魔人種の長杖士。
――三班――
ランダリアン・ランス。獣人種の槍戦士。
ハクティ・ガントレット。魔人種の魔闘士。
ラクティ・ロートレット。魔人種の魔闘士。
ユークラド・チャクラ。獣人種の輪剣士。
マーロゥ・メイディ。賢人種の薬師。
ラヴラン・リボルバ。魔人種の銃士。
各班の振り分けが完了し、カムロが作戦の説明を行う。
「三班はそれぞれ前衛と後衛に分かれるように構成されている。戦闘魔導具や魔鉱石の支援物資は各自好きに使って頂いて構いません。また、神殿より白衣が支給されております。強力な治癒術式が織り込まれていますので、作戦行動時は着用をお願いします」
その言葉に勇名共は気色の声を漏らす。こと後衛や魔呪術を使う者にとっては大盤振る舞いの対偶であり、前線に向かう士気向上に一役買ってくれた。
――その白衣にそんな力があったんだな。
俺は呟く。
「ええ。継承者に捧げる祈祷ほどではありませんが」カムロは短く答えると、説明に戻る。「アキラ率いる私達一班は、敵の殲滅よりも侵攻を主に行います。取りこぼした敵には二班と三班が当たって下さい。まず第一の目標はアウロラ邸になります」
――そこに、俺の大型兵装《板金龍》が保管されている。
カムロは俺の補足に頷いて、説明を続ける。
「アキラが大型兵装の奪還に成功すれば、以降の作戦成功率は格段に上がります」
そこで一人が手を挙げた。ソーサラー・ブレイドだ。
「前線では蛇堕がいると聞いたのだが、そいつが現れた場合はどうする?」
「蛇堕が現れた場合は、各班で戦闘を行う必要があります。勇名六人……これが蛇堕に対抗できる戦力です」
「班が六人構成なのはそのため……つまり、蛇堕に同時に戦えるのは三体までなのか」
――他の魔獣や禍人共もいるだろうから、蛇堕との戦闘は二体までにとどめたい。
「三体群がるよりも前に、確殺する必要がありますね」ノイマン・パペットは不安そうに声を漏らす。
「一班アキラが大型兵装を奪還すれば、蛇堕に勝てるのか?」と、質問を飛ばすのはランダリアン・ランス。
――まず間違いなく。
俺は頷く。
「流石、極致の魔導具……」勇名共は微かに口元を緩ませた。
❖
チクタク王宮にてアーミラ達と別れ、防壁の門を潜ると前線の地を踏んだ。
付近を警戒するが、一帯には敵の気配はない。俺達は陥落したアウロラへ向かい幌車を走らせる。
――緊張してるのか?
俺はカムロに言う。
これから行われる戦闘を思えば、緊張するのは当然だが、カムロの表情は何か暗いものがあった。
「緊張……だけではありませんね」
――というと?
「今、この場には十三人の勇名がおります。天帝令によって各国王に一人の護衛が付いているとするなら、逆算して勇名の総数が割り出せるのです」
――内地の国が十二だから、勇名は二十五人か。
「神殿にも一人残しております。そして、内地十二国の内、四国は『王無し』ですので、つまり二十二人が勇名の総数となります。
――王無し?
俺はカムロの言葉を繰り返す。返事はガントールから来た。
「神殿の円卓に水晶球は八つあっただろ? 四つの国は王の家計が途切れた国なんだ。確か、ムーンケイやデレシスがそうだったかな」
――へぇ。
俺は思い出す。確かに円卓に置かれた水晶球は八つだった。
しかし、この話がカムロの表情を曇らせることにどう繋がるのかは未だ分からない。
――それで? カムロは何を考えてるんだよ?
「内地にも少なからず間者がいるでしょう。……ユタ王によって強行された天帝令。それにより王と勇名の総数は明るみになりました」
ガントールが言葉を継ぐ。
「国王はまだいい。問題は勇名の方だな」
「ええ」カムロは頷く。「勇名の者は敵にとっての脅威であり、存在を仄めかすことで一つの抑止力となります。それが具体的な人数まで間者に知られてしまっているのなら、悪手です」
――俺たちが蛇堕の数を把握しているのと同じか。
「そうです。手の内を晒せば対策を打たれてしまう」
勇名の総数を敵に知られた可能性。
三女神の力無き今、戦力を把握されることは避けたい道だったと、カムロは苦い顔をする。
天帝令を発令したユタ王の判断は、短期的には最善手だっただろう。しかし、長期的にはどうか……?
先の読み合いが勝敗を分ける戦況。まだ若き王族を誰も責めることは出来ないが、頭の中にあるのは一滴の墨じみた不安の種であった。
どちらにせよ、これから行われる国土奪還の戦法は奇襲。速さこそがものを言うだろう。




