禍霊諷経❖4
アーミラ達も驚きを隠せず、信じられないという顔でオロルを見つめる。
――あの災禍の龍に対抗できるのか?
「備えるというのは、過去最大の脅威を想定するのが理想じゃろう。災禍の龍と渡り合えないのなら、国を建てる意味はあるまい」
――……俺たちだって、理想はそうだったよ。でも実現可能かどうかは別の問題だろ?
「うむ」オロルは頷く。「わしの国が本当に災禍の龍に対抗できるかはその時が来るまでは分からぬ。しかし、三女神の力を失っても尚戦い続ける為には、戦闘魔導具の強化と発展が必要と見た。……これはアキラから得た発想じゃ」
――俺から……?
「極致の魔導具。まぁ、神の力に頼らない強力な武器として、アキラは有用性を知らしめた」オロルは語る。「小型化と意思の疎通。この二つは革新的じゃな」
従来の戦闘魔導具は魔獣に対抗するためにも高火力で巨大な物が多かった。しかし、アーミラの制作した魔導具――と、表向きには公表されている俺――は、人語を解して小型。それは頭打ちとされていた戦闘魔導具に新たな活路と指針を示した。
幌車は門をくぐり、街の景色が広がる。
「小型化に伴い小回りが利くようになったが、どうしても威力は下がる。それを補うには大量の頭数が必要となった。
しかし、魔導具を大量に配置するには操作の練度と維持費がかかる。……なにより、膨大な魔力を消費する。
この問題の解決方はこの街を見ればわかるじゃろう」
「街に魔力消費を抑える工夫を凝らしているのですか……?」
カムロは幌車の小さな窓から景色を観察するが、皆目見当が付かないといった顔だ。
「……街の区画に法則性がありそうです……回路になってますね」そう答えたのはアーミラ。皆の視線が集まり、萎縮しながらも答え続ける。
「それに……魔力消費を、お、抑えている訳ではなさそうですけど……。もしかしたら、つ……常に魔力を消費し続けることで、循環させている……?」
「ほう……正解じゃ」オロルは感嘆のため息をついてアーミラの言葉に驚いたが、口の端を吊り上げて笑う。
カムロとガントール、そして勇名を持つ男共もいよいよ理解が追いつかない。
「抑えるのではなく常時微量の魔力を浪費させる。それにより、かえって循環効率の良い魔導回路が成り立つ」オロルは得意げに説明する。
「……き、起動と停止の瞬間は、一番魔力が消費されますので。国単位で魔導回路を組むとなると、つ、常に起動させ続けた方が良いということですけど」と、アーミラは控えめに補足する。
「むむむ、例えどれだけ丁寧に説明されても、私には分かる気がしないな」魔呪術に不得手なガントールは早くも思考を放棄してぼんやりと街を眺める。
「とにかく、『極致』から着想を得て戦闘魔導具を飛躍的に向上させたのですね?」カムロはなんとか二人に追いつく為に、噛み砕いて確認する。
「そうじゃな。それだけ理解できれば問題ないじゃろう」オロルは鼻越しにカムロを見る。自国に戻ったからか、振る舞いには普段の気丈さが見える。
❖
「お待ちしておりましたよ。オロル様」
王宮にて出迎えるのはラソマ。そして後ろには従者が数人、左右に列を作り頭を下げる。
幌車から皆が降り、オロルがつかつかとラソマの前に立つ。
「よく持ち堪えてくれた。早速で悪いが敵の勢力や当時の状況を改めて確認したい。新たな情報は無いか?」
「はい。新たな情報についてはこちらからも急ぎ伝えたいことが御座います」
平静を装うラソマではあったが、声には焦りが表れている。オロルは片方の眉を吊り上げると、すぐに王宮へ俺達を招いた。
❖
ラソマから得た情報、それはにわかには信じられない事実を知らされることになる。
避難民を受け入れたチクタクとギルスティケー間で共有された敵戦力の情報。それらを照らし合わせることで浮かび上がる脅威。
今回の奇襲、前線では八体の蛇堕の存在が認められた。
俺達は戦慄に身体を強張らせる。
冗談じゃない。
「本当に……見たのか……!?」ガントールは奥歯を噛み締めてラソマに尋ねる。
「あくまでも人伝でしかありません。しかし、避難してきたアウロラの国民と、水晶球を介して集めた情報を照合すると、半人半蛇の化物は同時に八体程姿を見せたと思われます」と、ラソマは答えた。
「最悪じゃな」オロルは昼御座に胡座を掻いて座り、掌で顔を覆う。「前代未聞じゃよ。全く」
――どうするんだよ……勇名を持っていても蛇堕に勝てるかどうか怪しいぞ。
「三女神の力を持っていたガントールでさえ、一度首を落とされた程じゃ。わしはまず間違いなく殺されるな」
――それは駄目だ。戦える者のみで小隊を組もう。
俺がそう提案すると、オロルはアーミラを手招いた。
「とりあえず、アーミラもその小隊には入れぬだろう。この王宮にいる者から選別しよう」と、オロル。
「ならば、私はアキラ殿の方に」ガントールは俺の元へ移動する。その後ろに続くようにオクタとヤーハバルが並ぶ。
――とりあえずこの四人組は確定か? カムロはどっちなんだ?
「どちらでも。国の守りに問題がないのであれば小隊につきますが、如何致しましょう?」カムロはオロルに確認する。
「ラソマとわしで守りは十分じゃ。アーミラには補佐を務めてもらう」
「承知致しました。であれば私もアキラ様につきます」
――かなり少数精鋭だな。
俺は皆の顔を見回す。
アウロラに攻め込む小隊は俺とガントール。そしてカムロ、オクタ、ヤーハバル。
国の防衛と戦闘魔導具での補助を行うのはオロルとアーミラ。そしてラソマの三人。
「他の国からも勇名の者が集まるはずです。とは言え、どれくらいの増援が見込めるのかは私もわかりませんが」と、カムロ。
「皆それぞれ準備する時間も必要じゃろう。内地からの増援を待つのも合わせて七日じゃ。七日後にアウロラの奪還を行う」オロルは俺に視線を移して続ける。「アキラよ。お主が板金龍を手に入れることが作戦の要じゃ。頼むぞ」と、念を押す。
多数の禍人種を相手にするには板金龍が必要となる。俺がこの作戦の命運の分けることになるとは、責任は重大だ。
――あぁ。なんとかしてみせるよ。
俺を静かに見つめると、オロルは各自解散を指示し、三々五々に部屋を後にした。
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チクタク王宮の露台にてアーミラは避難民の姿を見下ろしていた。
前庭の広い敷地は煉瓦造りの壁に囲われていて、地面は芝が短く揃えられている。
昼下がりの陽光は嘘みたいに穏やかで、避難民は配給の食事を済ませた後の束の間の休息を取っていた。皆どこか落ち着きがなく、いつまた起こるかもわからない第二波に怯えている。その身体には痛々しい傷を負う者も少なくない。
ここにいる避難民は全て、アウロラに移住してきた人達だ。前線防衛の使命と俸禄の為に移住した戦士や土地浄化を行う祈祷師、その他様々な職人が国を立ち上げるために集まっていた。
国王としてアーミラは避難民に会わせる顔を持っていないと、頭巾を目深に被り、唇を噛んで前庭を眺める。
「イクスさん達、どこにいるんでしょうね」アーミラは言う。欄干を掴む手は悔しさに震え、指先は白くなる。
俺はアーミラに習い、露台から前庭を見下ろす。
すぐに避難民の中から見覚えのある戦斧を発見した。
――ナルを見つけたぞ。
「どこですか?」
――あの戦斧を持ってる人だよ。
俺は指を差す。戦斧を抱えているナルはこちらに気付いてはいないようで、王宮の侍女に混ざって鍋を運んでいた。どうやら配給の手伝いをしているらしい。
――俺、行ってくるよ。避難民にも何か言葉をかけて来る……まぁ、頭を下げるくらいはしないとな。
「待ってください」アーミラは俺を引き止める。「謝罪は……私が行うべきです」
――いいのか? ……その、対人応対は俺の仕事だろ?
「そ、それでも……私から言わなければなりませんから」
アーミラは震える声で言う。
国王不在の際に起きた奇襲。国が陥落し多大な被害を出した以上、責任はアーミラにある。
――もしかして、さっきから落ち着きがないのは……
「ここで、言葉を纏めていました。国民に対しての、謝罪の言葉ですけど……」
その言葉に俺は納得する。
露台からイクスやナルを探しているというのは嘘だったのだ。前庭の避難民を眺めながら、アーミラは密かに謝罪の言葉を考えていたのだろう。
「アキラさんに頼っては、いけない事だと思って。……でも、大丈夫です」アーミラはそう言って頭巾を外して顔を晒した。
そして露台から避難民を見渡し、体を強張らせて震えを抑える。
そして、建国されるはずだったアウロラの国王として、語りはじめた。
「避難民の、皆様……アウロラ国民となるはずだった皆様……私は、私は……」
今にも頽れてしまいそうな膝。
アーミラは王宮の露台から精一杯の声で衆目を集める。
「私は、アーミラ・アウロラです。他、他でもない、今は亡きアウロラの国王で、ござい……ます……
皆様には、国王として、深くお詫び申し上げなければならないと思い、今、ここに立っております……」
アーミラの言葉に、避難民は割って入る。
『アウロラ様の責任ではございません』
『前線を守れず申し訳ございませんでした』
……驚いたことに避難民はそんな言葉を口々に頭を下げ始めたのだ。
三女神次女継承者であるアーミラを単に信じてくれる国民達。神殿円卓会議で見た国王とは似て非なる彼等の姿に、俺の胸は熱くなる。
つらい状況でありながらも礫を投げることもない清らかな人達……その姿に俺は平和な日々を思い出す。
奇襲が起きなければ、平和で豊かな国が作れたかもしれない。そう悔やまずには入られない。きっと、無残に命を落とした者も居るだろう。今日という建国記念日を心から祝福してくれていたはずなのだ。
それを無残に打ち砕かれた今、心根では俺達の失態を恨んでいてもおかしくは無いのだ。
辛酸を浴びて。
涙を飲んで。
アーミラは奥歯を噛み締めながら、避難民に頭を下げ続ける。
そんな中、前庭の人波を割って一人の男が現れた。重たい足取り、片脚を微かに引き摺るその歩き方には見覚えがある。
――イクス……
俺は露台から名を呼ぶ。
外套から覗く左腕には包帯が巻かれている。赤黒く血が滲むそれは、一目で深手だとわかる。
疑うべくもなく、イクスはあの時戦っていたのだ……
「アーミラ様……」イクスは露台を見上げる。「国王不在のアウロラを任された筈が、この様な失態……誠に、申し訳ございません……!」イクスは深々と腰を折り、頭を下げた。
――ちょっと待て! 確かに留守を任せたが、違うんだ、イクスのせいじゃない。
俺は咄嗟に露台から飛び降りて、イクスの肩に手を添える。
――顔を上げてくれ。頼むから……
誰のせいでもないはずなんだ。
禍人種さえ、いなければ……。
「アキラ、すまねぇ……すまねぇ……っ!」
――大丈夫、大丈夫だ。たとえ国が落とされても、民が生きていればなんとかなるさ。
俺はイクスの肩を持ち上げ、顔を上げさせる。
――謝る必要なんてない。……お前が無事でなによりだ。
「……っ! 本当に、すまねぇ……」イクスは仮面の下で涙を流し、嗚咽を漏らした。
その後ろにそっとナルが寄り添う。
――その戦斧を。
「はい。アキラ様」ナルはそっと戦斧を俺に差し出した。
俺はそれを受け取ると、跳躍して露台に移る。
果たすべき使命がはっきりと理解できた。今この場に俺がいる意味が分かった気がする。
雄々しく顎を引き、胸を張って避難民の視線を受け止めて立つ。
――辛い思いをさせてしまった。国民の中には家族や友人を失った者も居るだろう……だが、待っていて欲しい。
戦斧を握り直し、空に突き上げ掲げると言葉を続ける。
――必ずや、俺が報復して見せる……!
俺は禍人種への憎しみを力に変えて、前庭の民に誓った。その言葉が避難民の一縷の希望となり、瞳に光が灯る。
『極致の魔導具……!』
我らの無念を晴らしてくれと願う声……




