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三女神の破壊活動 ―板金鎧に転生した男―  作者: 莞爾
Ⅳ章 三女神建国編
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禍霊諷経❖2

「ラソマよ。ラソマよ……聞こえておるか?」


 オロルは水晶球に両の掌を添えてチクタク王宮のラソマへ繋いだ。すぐに返事が返ってくる。


「オロル様! そちらは無事のようですね。聞こえています」賢人種の青年ラソマが水晶球に映る。


「今から伝える言葉スペルを全戦闘魔導具に詠唱せよ。『一人で足りる拍手喝采』じゃ。……わかったな」


「その言葉は……! ……はい。承知、致しました」


「それと、次女国家アウロラに連絡を飛ばし、可能な限り避難民を受け入れよ。前線が維持できない場合は、人命優先じゃ」


 ラソマは指示に頷くと水晶球から姿を消した。オロルは振り返り、俺たちを見る。


「次にガントールじゃ。お主の国にいる民はラーンマクへ避難させた方が良い。最悪の場合は五代目国家は三分の二が失われるが、今はこれが最善じゃ」オロルは唇を噛む。


「畜生……!」ガントールは険しい顔をして水晶球に拳を当てる。「何でこんな日に……」


 どうにもならない己の歯痒さ、悔しさに肩は震える。


 五代目国家が正式に建国を認められるはずの今日、二つの国が失われた。





 五代目長女国家リナルディ。並びに次女国家アウロラは、国王不在の白昼に陥落した。


 唯一防衛を続けている三女チクタクより随時送られるラソマの情報によれば、既に前線は壊滅的被害を受け、一方的に撤退を余儀なくされたと言う。


「人命が優先じゃ。下手に応戦したところで、戦況が泥沼化するじゃろう」オロルは続ける。「人的被害を抑えられた。今はそう思うしかあるまい」


 内地は全て防壁を展開しているため、これ以上前線が後退することはない。そして三女国家チクタクも堅牢な防壁が敵の侵入を拒み続けている。


「これから、どうすれば……」アーミラは力なく呟き、床に座り込む。


「この奇襲を耐え凌ぐ。その後はわしにもわからぬ……」


「糞ッ! ……私達だって三女神の力はもう無いぞ……!!」ガントールは沸々と湧き出る怒りを紛らせるように、壁を殴る。


 悲観に暮れる地下回廊の一室。俺自身、胸中は穏やかではない。

 邸に残したイクス達は無事だろうか。

 これからという時に、なんとまあ忌々しい。


 ――今からでも前線に向かった方がいいんじゃないか?


「無駄じゃ。蜥蜴リザードの幌車で七()の距離。アキラが単身急いだとしても三日三晩の遅れを取る」オロルは腕を組んで拳に顎を乗せる。「無駄じゃな」


 ――……今は、ラソマ一人だけが敵の奇襲から国を護ってるんだよな……?


「わしの作った魔術回路は国土全域にも張り巡らせておるし、耐え凌ぐだけであれば問題はない」


 建国前はあれだけ不安そうにしていたというのに、オロルの自信は揺らがない。


 ――なぜそう言い切れるんだよ?


「ラソマはわしの国に仕える勇名の者。ラソマ・マキナじゃ。戦闘魔導具の扱いならば奴の右に出るものはおらん」


 ――勇名の者だと!?


 あの青年が、ラソマ・マキナ。

 防壁に備えられた無数の戦闘魔導具を用いて、敵の侵入を許さない。


「わしの作った魔術回路と、戦闘魔導具を使わせれば、実力は折り紙付きじゃ。わしの国を舐めるなよ」オロルは語気を強めて言う。


 三年間の平和の中で世界を疑い続けた賢人。

 その矜持プライドが金色の瞳に宿る。


 オロルを直視することが出来ない。奇襲とはいえ自国を落とされたのは己の落ち度であり怠慢だ。地下には重苦しい沈黙が満たされる。

 そこに、カムロが現れた。

 一度この場の剣吞とした雰囲気に気圧されたように息を飲み、おずおずと呼び掛ける。


「皆様。今後の対応を話し合うために、一度本殿の方に集まって頂いてもよろしいでしょうか」


 ――……わかった。


 ぞろぞろと階段を登り、神殿に出る。

 重い足取りで本殿に移動すると、既に円卓の上座にはユタ王が腰を下ろしていた。

 左右には空席が並ぶが、その卓上には水晶球が備えられ、それぞれ別の人影が映し出されている。合計で八つ。


 その中に神妙な表情のセルレイを見つけて理解した。どうやら各国王が円卓に出席しているようだ。


「お待たせ致しました」カムロは一礼し、ガントール達に向き直る。「左からガントール様、アーミラ様、オロル様とお掛けになってください」


 促されるままにガントール達は席に着く。俺はアーミラの背後に着いて、静かに円卓を見つめる。


「よもやこんなことが起こるなんて、誰が想像できただろうな」ユタ王は円卓に両肘をついて指を組み、おとがいを乗せている。眉間には深くシワが刻まれ、表情は険しい。


「現在、五代目国家はチクタクを残し、二国が壊滅的被害を受けております」


 オロルは足の届かない高い椅子に姿勢を正し、現状を報告する。この円卓での俺たちの面子は丸潰れだ。ガントールとアーミラは微かに肩を強張らせた。


「大規模な奇襲……それも国王が留守だというのに、一つの国は未だ前線を維持している。大儀であるぞ。……他に報告がある者は?」


 ユタ王は二人を非難することはなく、建設的に話を進める。


「リナルディから避難してきた民は全て我が国ギルスティケーが保護しております」セルレイは水晶球越しに報告。ガントールは小さく安堵の息を吐いた。


「アウロラの民は我が国チクタクが受け入れた。前線の者からの報告によれば、人的被害は比較的少数とのこと」と、オロル。


「ならば前線は戦闘を避けて、すぐに国を明け渡したと?」水晶球の一つ、俺には見覚えのない王が冷ややかに指摘する。


「そうじゃ」オロルは臆せずに頷く。水晶越しに集まる視線を涼しい顔で跳ね返している。


「わし等が不在の時、しかも建国記念である今日に敵の奇襲。偶然とは思えぬ計画性じゃ。おそらく内地に間者がいることも視野に入れたほうが良い。事態を泥沼化させるよりも人命を優先させてもらった」


「しかし、これからどうするのだ……?」別の水晶球からは疑問が上がる。


 誰だって同じ問題に頭を悩ませている。そしてユタ王が本殿に招き入れた理由はまさにそこだった。


「まさに、それを決めるための会議である。ここに集められた歴代継承者達の意見を伺いたい」





 神殿に集められた国王達は円卓を囲んで会議を開く。


 今後の前線をどうするか幾つもの案が上がるが、皆その心の内には己の保身ばかりが見え隠れする。所詮は継承者の末裔、戦争を知らない内地の王だ。


 浮かび上がる問題は、誰が前線の維持を行うか。

 三女神の力を失って三年。そこから再び国を奪い返すにはどうするべきか?


「やはり、引き続き五代目継承者が前線へ出向くのが一番ではないか?」水晶球から控えめに声が上がり、その発言に他の水晶球も同意の声を上げる。


 そこに異を唱えてくれたのはセルレイだった。


「マクリマルム王。それはあまりにも酷ではないか? 五代目継承者は使命を果たしたばかり。自国を取り戻せと言うのは理解できるが……」


「もちろん、そのための可能な限りの協力はするが、内地にも間者が潜んでいる可能性を鑑みると、全面的には不可能だ。そこは理解して頂きたい」

「セルレイ王こそ、そのように言うのであれば四代目国家の国王が五代目の尻拭いをしてはどうか」


 セルレイはぎりと歯を噛み締め黙り込んだ。間者によって国を落としかけた身分である。どれだけ反論したところで賛同されないことは明らかだった。


「可能な限りの協力とは、具体的には何ができるのじゃ?」オロルは円卓を見回して問いかける。


「まず、神殿では祈祷を行うことが可能だ」ユタ王は答える。「それと、勇名の者を呼び集めよう」


「『可能な限り』とは言うが、現存する勇名は何人いるのだ?」というのはガントール。


「確かに、全てを把握できているわけではないじゃろう」オロルは続ける。「雀の涙程の人数では、とてもじゃないが戦えぬ。わしらは既に三女神の刻印を失ったただの人間なのじゃから」


 しかし、水晶球は沈黙する。

 ガントールは憤りを露わにした。


「おいおい……出来る限りの協力って、つまりそういうことなのか……!?」


 なんということか、水晶球は各々が保身と建前を使って円卓をやり過ごそうとしているのだ!


 色めき立つ水晶球。醜い言い争いが始まった。


「間者と対抗するためには、こちらは手一杯だ……他の国には居ないのか?」


「ヘイズル王よ、四代目はお主を残して他は王無し。勇名を持つ者は潤沢であると聞いたが?」


「今人数を調べておるが、時間がかかる……おそらくは三体程、そちらに向かわせることになるだろうが、それで手一杯だ」


 喧喧諤諤たる円卓。内地の王達は小さな水晶球の中から口端に泡を溜めて議論を飛ばす。


「スマン。ガントール。我が国にはもう勇名は居ない」セルレイは円卓の醜い争いを静観し、申し訳無いとガントールに謝罪していた。


「問題ありませんよ。理解しております」


 ガントールは努めて優しい声音でセルレイに言うが、内心ではこの円卓に怒りを覚えているらしく、円卓の下に隠した拳は固く握られ、震えている。

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