禍霊諷経❖1
建国式は晴天の下、穏やかに行われた。
神人種と呼ばれる白衣を身に纏う者達は、和やかに壇上を眺め、俺たちを見つめる。
五代目国家を治める新たな国王として、アーミラ達は質の良い猫足の椅子に座る。左からガントール、アーミラ、オロルの並びだ。
俺はアーミラの背後で傀儡のようにただ立ち尽くしていた。
カムロが硬質な足音を鳴らしながら自然に注目を集め、舞台脇から式典の開始を告げる。
それを静かに見つめていたアーミラは、俺にだけ聞こえるように声を潜めて呟いた。
「生まれた時には、こんな人生を歩むなんて、思いませんでした」
何か感慨深いものがあるのであろう。瞳は陽光を反射して、眩しそうに遠くを見つめている。
――二十年近く、大変な思いをしてきたんだもんな。
アーミラのこれまでの人生は、辛いものだ。
産まれてすぐに両親に捨てられ、血の繋がりもない老魔人種に拾われた。
家もなく、金もなく、魔呪術を教わりながらも街で働き、日銭を稼いでいたのだ。
後に老魔人種の師匠がその命を全うすると、一人で生きることを強いられた。突然手に入れた自由に戸惑う内に、今度は三女神の刻印を宿すこととなる。
幸福を知らぬままに、命をかけてこの世界を救う使命を与えられた。
それでも戦い続けたアーミラだからこそ、今がある。
「幸せです……怖いくらいに、生きることが楽しくて仕方ありません」アーミラは言う。
――今までの全てが、報われたんだな。
丁度そこで、カムロの式典挨拶が終わったらしく、拍手が鳴り響く。
深々と頭を下げて、カムロは舞台脇の階段を降りる。その背中を目で追いかけると、神族の席が一つ減っていることに気付いた。そこには神族王であるラヴェル・ゼレ・リーリウスの姿がないのである。
――なぁ、リーリウス王の姿が見えないんだが。
「あれ、知りませんでしたか。リーリウス前王は退位されましたよ」と、アーミラ。
――そうなのか。老齢だからか?
「はい。今年で七十ですから……現在はその息子、ラヴェル・ゼレ・ユタ様が王の座についています」
――へぇ。
「まさにこれから、建国の祝いの言葉を下さるようですよ」
俺はアーミラに教えられた通りに、神族王の姿を見る。
歳は今年で十八になる若き王は、白い髪に白い肌。日に照らされたその姿は眩しく、天使のような神聖さを纏う。しかしその目は活力に溢れ、強い意志を宿していた。
青年は椅子から腰を上げて、大勢の人を前に気後れすることもなく、朗々と語り始めた。
「遠く前線からお集まりいただいた三女神継承者の皆様。神殿にお越しいただきありがとうございます。
私は退位した父に変わり、神族王の座を継ぐこととなりましたラヴェル・ゼレ・ユタでございます。同じ年に共に王の座に就いたのも何かの縁。是非、よろしくお願い申し上げる。
さて、今日は五代目国家建国記念式典に相応しい、見事な晴天。この長きに渡る戦争の中、前線と神殿の距離を『遠い』と言えるほどに、勝利を重ねている事を私は大変嬉しく思う。
勝利と言えば、三年前の功績は未だ記憶に新しいことだろう。中でも、次女継承者アーミラ・ラルトカンテ・アウロラ様が作り上げた一体の戦闘魔導具は、三女神の歴史に新たな伝説を刻んだ」
ユタ王はそこで言葉を切り、手を俺の方へ向け、衆目の視線を誘導した。俺は大勢の視線に戸惑っていると、アーミラは声を掛ける。
「アキラさん。頭を下げてください」
言われた通りに俺は一礼すると、それだけで会場から感嘆の声が上がる。
そして、ユタ王は続ける。
「その精巧さに真贋を疑った者も多かった。中に人がいるのではないか。禁忌を行ったのではないかと。しかしその疑念を弾き返し、出征の際には『勇名の者に偽装した戦闘魔導具』と説明され、その言葉に偽りなく、人の限界を超え数々の戦果を上げてくれました。
三年前の戦勝祝いでは新たな二つ名を……この名前で覚えた方も多いでしょう。『極致の魔導具』と。……華々しい伝説の誕生に私も胸を躍らせた一人です」
「褒められてますね」アーミラは思わぬ賛辞に頬を赤らめている。
――なんか、照れるな。
「禍人種との長きに渡る戦争は、遂に終結が近いのではないかと私は確信しております。
大勢の犠牲の果てに、真の平和が……なんだ……?」
ユタ王の言葉は途切れる。神殿内は微かに揺れ始め、神人種達も辺りを伺い、不穏な空気が漂う。
――なんだ? 何が起きてるんだ?
「空を見てください!」アーミラは咄嗟に叫ぶ。
高く抜けるような青空の向こう。黒々とした不吉な雲が広がっていた。
方角は南。
前線だ。
❖
神殿の建てられた山全体が衝撃に大きく震え、立っていられないほどだ。
俺は腰を低くして、アーミラの前に移動する。
――地震じゃあ……ないな。
「はい……南方から魔獣が飛来して来ています!」アーミラは指を差す。
青空には遥か遠くから飛来する魔獣の姿が確認できた。不吉な黒点が青空に浮かぶ。
――なら、今のは魔獣の攻撃か?
「それも違う」と、言うのはオロル。苦虫を噛み潰したような顔で空を睨む。「先の揺れは防壁を展開したのじゃろう。おそらく内地には魔獣は入ってこれまいよ」
「あぁ。とりあえずここは安全だ」ガントールがこちらに駆け寄り、壇上には全員が集まる。
――それなら、一先ずは安心だ。
俺は緊張を解いて空を見ると、既に神殿を中心に魔法陣が展開されて、透明な殻が内地を覆う。しかし三人は忌々しげに空を睨むのをやめない。
「駄目です……安心なんて……できません……!」と、アーミラ。その瞳は絶望に揺れる。
――なにが、駄目なんだ?
「敵の奇襲に対抗する力がありません……内地まで防壁が展開されていても、私達の五代目国家はその範囲の外。前線です……そこでなにが起こっているのか……」
――なん……だと!?
五代目国家は防壁の外!?
三女神の力を失った上に、前線を留守にしている現状。今だってイクスやナルに危険が迫っているかもしれない。
まるで機会を待っていたかのような魔獣共の奇襲をただ俺たちは指をくわえて見ているしかないのか。
――どうすんだ!? 今から向かっても間に合わない!!
「落ち着け、アキラよ」オロルは続ける。「まずは前線の仲間と会話がしたい。カムロの元へ行くぞ」
――何か策があるのか?
俺達はオロルの後ろについて壇上を降りる。
「もちろんじゃ。わしの国は伊達や酔狂でできてはおらんよ」
神殿内は混乱の渦で、和やかだった式典の空気ではなくなっていた。舞台脇から水晶球で部下に指示を飛ばすカムロを呼び止め、オロルは前線に連絡を取りたいと伝える。
「その水晶球でもよい。兎に角ラソマと連絡を取りたい」
「オロル様……! 水晶球、ですか? それならば、この神殿の地下回廊に大型の者があります」
カムロはそう言って俺たちを案内する。地下へ移動する道中でも忙しなく、神殿の人たち全てを避難させるように指示を飛ばしていた。
「お見苦しい所をお見せしてしまい失礼しました」カムロは手短に謝罪を述べるが、誰も気にしてなどいない。人命を優先するのは当然だ。「こちらの水晶球であれば、前線とも届きます」
カムロがそう言って示すのは両手で抱えるほどの大きさの水晶球。石を削り出した台の上に安置されている。
「これで問題無い。手間をかけた、もう下がってよいぞ」
「では、失礼します」
オロルの言葉に従い、カムロはすぐに踵を返す。神殿は防衛の要であり、最後の砦。この異常事態への対応は迅速でなければならない。
そしてそれは五代目国家にも言えるのだ。
「お主らの国は持ちこたえられると思うか?」オロルはガントールとアーミラに問う。
その言葉に自信を持って答えることが、二人には出来ない。
もちろん前線には千を超える戦士がいる。
敵の奇襲を拒む防壁も備えている。
しかし魔獣は南方より現れた。それは揺るがざる事実だ。既に何らかの形で前線は奇襲を許している。
三年間の平和。そのぬるま湯に浸かって油断していたと認めざるをえない。その責任はガントールとアーミラだけでは無い。俺は不甲斐なさに肩を震わせる。
しかしオロルは違う。
「わしの国ならば可能じゃ」オロルはきっぱりと言ってのけた。「必ず耐える。そのために策を巡らせたのじゃからな」
そこからのオロルの行動は迅速であった。




