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三女神の破壊活動 ―板金鎧に転生した男―  作者: 莞爾
Ⅳ章 三女神建国編
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束の間の暇❖5


 闘技場でガントールの組手の相手をしながら、近況を尋ねる。


 ――スークレイは相変わらずか?


「あぁ。セルレイの愚痴ばかり話してるよ」


 ――ははっ、棘があるんだろうな。


「でも、毎日話すことが尽きないから、きっと嫌ってはいないんだ」


 ガントールの拳を掌で弾きながら、ちらりと顔を見ると、微笑んでいたのが見えた。


 ――ガントールはどうなんだ? 言い寄ってくる奴の一人や二人いるんじゃないか?


「私?」ガントールは微かに動揺した。俺はすかさずに脚を刈る。


 横に回した蹴りがガントールの足を狩り、すとんと尻餅をついた。


「あらら」


 ――勝ち。…で? 動揺したってことはなんかあるのか。


「いやいや、具体的にどうって話はないよ。内地のお坊ちゃんが話を持ちかけてくるくらいさ」ガントールは立ち上がり、砂埃を払う。


 ――充分具体的な話じゃねーか!?


「そうは言っても、全部断っているからな」どうということはないような顔でガントールは再び構え直す。


 ――断ってるって……


 俺も構え直して組手を再開する。


「単純な話だ。私自身興味がないんだよ」


 ――色恋に? それとも坊ちゃんに?


「どっちもだな。でも限定的だ」ガントールの動きが攻勢に変わる。「坊ちゃんとの色恋に興味がない!」


 ――う、お……!?


 世界は反転。俺はガントールに投げ飛ばされていた。


 ――鬱憤晴らしの道具じゃないぞ……全く。ガントールはどんな相手が好きなんだ?


 俺は起き上がって、構えるのをやめた。組手よりもガントールの色恋の方が興味がある。


「それは、まぁ、いろいろ…?」奥歯にものが詰まったような物言い。この手の話題は苦手なようで、頬が赤い。


 ――じゃあ、お坊ちゃんのどこが受け付けないんだ?


「それは簡単だ。私より弱い男に興味がない」


 ――はっ、ガントールより強い男がこの世界にいるもんかね。


「……いるさ。でもそいつは間違いなく『坊ちゃん』ではないな。『勇名いさなの者』と呼ばれているのが最低条件」


 ガントールは人差し指を立ててにやりと笑う。


 ――ガントールらしいや。次は? 顔立ちとか性格とか。


「むむむ……そのあたりは全然、考えたこともないな」


 ――えぇ……


 好みの異性の条件といえば、まず最初は顔と性格だろうに。


「いいだろもう! それよりもアキラ殿だ」


 ――ん? 俺が何だ?


「アキラ殿は、アーミラのどこが好きなんだ?」ガントールは目を輝かせて俺に詰め寄る。組手よりもあしらい辛い一撃に俺は後退あとずさった。


 ――それは、その、あれだ。


 言おうと思えばいくらでも。

 しかし言葉にするには恥ずかしい。


「顔はどうだ? アーミラは知性的で整った顔をしている。好きか?」


 ――うぐっ……す、好きに決まってるだろ。長い睫毛とか、考え事をしてる時の横顔とか。……見惚れるさ。


「ほおぉぉぉ」ガントールは目を見開いて声を漏らす。「なら、性格はどうだ? 自他共に認める人嫌いで有名だが」


 ――俺は、全然問題ない。世話をするのも好きだし、人嫌いではあるけど無礼とは違う、性格はいいぞ。


「くはぁぁぁっ! ……いいなっ! 甘酸っぱいぞアマトラ!!」ガントールは色恋話にはしゃぎ、身悶えしている。「アキラ殿からはそういった素振りを見せないから、少し以外だな!」


 ――素振り?


「あぁ。アーミラの好意は見ていてわかるが、アキラ殿からはあまり好意が伝わらないから、もっと淡白だと思っていた。いや安心したよ」ガントールは俺の肩を叩く。そして声を潜めて続ける。「それで、抱き締めたりとかはするのか?」


 ――抱き締めたり……し、してない……な。


「何!? 一度もか!?」


 ガントールは俺の言葉に驚愕する。俺自身も今更ながら驚いた。欲を失ったこの体、確かに愛情はあれど、とても淡白であることは否めない。腕を組んで記憶を遡るが、この三年間思い返せば抱きしめたことはない。


 ――一度も、してないと思う……


「な、な……!?」


 それは駄目だろう。ガントールはわなわなと震え、目で訴えると、俺の手を掴んで走り出した。


 ――おい!? どうした急に!?


「アーミラは宿だろう? 抱き締めてやるべきだアキラ殿」





「なっ!? ちょっ、着替え中なんですけど!?」


 湯上がりで火照る身体を乾布タオルで隠し、アーミラは突然の客人に慌てふためいた。手元にあった枕を投げる。


「おわぁ!? ごめんアーミラ!!」


 ガントールは俺の背に隠れて回避したが、俺だって裸を見るのは許されてはいない。

 投げられた枕を受け止めて、そのままガントールと部屋を出る。


 ――スマン! す、すぐに服を着てくれ!!


「い…、い…、意味がわかりませんけど!!」


 扉を閉じた向こうで、二つ目の枕が壁にぶつかる音が聞こえた。


「もしかして、裸を見るのも初めてだったのか?」ガントールは少年の様な笑みを浮かべてそんなことを言う。


 ――そうだよ! ……まったく、人騒がせな。


「でも、綺麗な肌だったな」


 ――まぁ。眼福。


 ガントールは手柄顔で笑い、肘で俺を小突いた。


「それで、二人は何の様ですか?」扉から顔を覗かせて、三白眼で睨むアーミラ。かなり警戒しているらしい。


 ――いや、大した用じゃないんだけどさ……


「む、何を言うアキラ殿!」ガントールは俺の言葉を遮る。「大事なことだ。アーミラ。中へ入れてくれないか?」





 大儀そうな顔でアーミラを説得するガントール。あれよあれよと次女の間に入ると、経緯を説明した。

 アーミラは顔を引きつらせて疲れた顔をする。


「つまり、私を抱き締めてくれるということですか?」と、アーミラ。


「うむ。アキラ殿は一度も抱き締めたことがないと言うのでな」


 ガントールの言葉にアーミラはため息を一つ。


「抱き締められたことならありますよ。たくさん」


「……え?」

 ――え?


 ガントールと俺は顔を見合わせる。抱き締めたことがあるだって?


 ――えっと? いつだ……?


「…認識の、違いです。アキラという鎧を着る……それは私にとって、抱き締められてるのと同じですけど」少し恥じらいながら、アーミラは言う。


 板金鎧の中に入ること。それはつまり俺の中に入るということ。

 アーミラはそれで、抱擁されている気持ちになるというのだ。


 ――なるほど。だったら俺はそれなりにアーミラのことを抱き締めていたんだな。


「そう、なりますね」


 ――なら、別に改まって抱き締める必要はないか。


「そうはなりませんけど……」アーミラは控えめに否定して、俺の手を掴む。


「うん。それは違うな。アキラ殿」ガントールもアーミラに賛同する。「……お邪魔なら、外に出るが?」


 ――うぅむ……


 俺は面倒な事態になったと声を漏らす。

 アーミラと視線を合わせる。その碧眼はどきりとする程切なく輝いていた。


 ――ガントール。少しだけ外に行っててくれるとありがたい。


 それだけ伝えると、ガントールは黙って部屋を出て行った。扉越しに長靴ちょうかの音が響き、遠くに消える。


「……は、恥ずかしい、ですね」アーミラは初々しいはにかみ顔。


 ――頬が赤いな。


「それは、湯上りだからですけど……ひゃうっ!」


 俺は黙ってアーミラを抱き締めた。


「…やっぱり、硬くて冷たいです」


 ――はは、こればっかりはどうしようもないな。止めるか?


「いえ、もう少しこのままで……火照った体には、気持ち良いです」


 アーミラはそのまま頬を板金に当てて、俺の体を抱き締めた。

 俺の中にある微かな感覚は、人肌の温もりを感じ取る。

 もし匂いがわかるなら、好きな人の香りはどんなものだろうか?

 俺に肉体があれば、この抱擁がより鮮明に感じ取れるのだろう。





 日は沈んで、夜になる。

 抱擁を思う存分に味わった俺とアーミラは、なぜか気恥ずかしくなって宿を出た。


「が、ガントールが、居ませんね。どこに行ったんでしょう」アーミラは手で首元を仰ぎながら、俺とは別の方ばかりを見ている。


 ――オロルも、まだ来てないのかな……さ、探して回るか?


 かくいう俺も、アーミラを直視できない。


「探さんでよい。ここにおるわ」


 と、背後から声が聞こえ、振り返る。

 そこにはオロルがいた。そしてガントールも。


「…宿には行くなとガントールに止められた」オロルは不満そうに言う。「もういいのか?」


 ――ははは。……どうぞ。

「……えへへ。……どうぞ」


 俺とアーミラは照れながらもオロルを宿へ促した。

 ガントールに悪意はなく、ただただいい笑顔をして頷いていた。

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