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三女神の破壊活動 ―板金鎧に転生した男―  作者: 莞爾
Ⅳ章 三女神建国編
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束の間の暇❖3


 正門から大通りを移動し、板金龍の体は王宮に招かれた。

 行き交う人は通りの隅に寄り、俺の為に道を開けてくれる。先導し前を歩くのは国王本人であった。


「龍の姿で来るでないわ。無用な混乱を招くじゃろうが」オロルは言う。


 その怒りは御尤もだが、しかし徒歩では時間がかかる。なにより今の俺は景色に見惚れていた。


 胡粉こふんを用いて飾られた白い宮。建物の配置は五芒星を描き、堅牢で不可侵な雰囲気を醸し出している。


 建造物は賢人種特有の東洋文化と似通ったものであり色彩豊かな宗教観を匂わせる謎めいた図形は眺めているだけで自然と気持ちが引き締まる。


 先程上空から見たこの国の防壁も、綺麗な円を描いていて、国土そのものが一つの術式を成そうとしているのが推察できた。いかにもオロルらしい趣向が前面に表れている。


 ……こだわりが強いせいで建国が大幅に遅れた理由が、改めて実感できる。


 そんなことを思っているうちに、いつの間にかチクタク王宮に足を踏み入れていた。


 ――急ぎの用だったんだよ。……なんで連絡をよこさないんだ? アーミラとガントールが心配してるぞ。


 オロルの王宮の中庭に座り、そこからオロルに問い掛ける。


「ふん」オロルは昼御座ひのおましに胡座をかいて、拳に顎を乗せた。手には酒壜デカンタ、琥珀色の液体が揺れている。

「おかしいと思わんか?」オロルは酒を舐めながら言う。


 ――昼から飲んでいることがか?


「阿呆。前線の話じゃ」


 ――いや……とくに違和感はなかったけど。


 俺は素直に答える。


 こだわりが強いせいで建国が遅れたり、連絡をよこさず無視したり。

 挙句昼から酒を飲む目の前の賢人の方がよっぽどおかしい。


 しかし、言葉には出さない。


 ――どうおかしいんだよ?


「前線が、静かすぎる」オロルは苦い顔をした。「確かに、おかしくないと思うのも無理はないが、長い歴史の中で、魔獣まで姿を消すのは初めてじゃ……それが三(イバン)も続けば、それは最早異常じゃろう。気味が悪い」


 まるで嵐の前の静けさのようじゃ。とオロルは呟く。


 ――そうは言われても、結構な事じゃないか。平和な方がいいに決まってる。禍人種だってそれに気付いたんだろ。


 俺の言葉にオロルはため息を吐いて、自棄になったように蒸留酒を呷る。オロルらしくない、まるで何かに怯えているのを誤魔化しているようだ。


「歴史を知らぬ者には理解出来んじゃろう。この不安は」


 ――んなこと言ったって……じゃあ、禍人共は何をするつもりなんだよ。


「じゃから、それが分からぬから不安なのじゃ! この阿呆! 馬鹿!」オロルは感情に任せて俺に罵詈雑言を浴びせる。意外にも悪酔いしているようで、足を崩して昼御座に横になった。

「前代未聞じゃぁ……」


 オロルはお手上げといった状態で、それだけ呟くと黙ってしまった。


 ――んー……よくわかんないけど、それに備えるために今まで色々やってたのか?


「うん」


 オロルは子供のように頷いた。うんって……


 ――連絡を寄こさなかったのは?


「防壁を作るので忙しいからじゃ。この国を護る戦闘魔導具の殆どはわしの術を備えておるが、それだけでは足りんような気がしてのう。

 今のわし等には三女神の力はない。最善を尽くす必要がある」


 ――……なるほど。


 とりあえず理由はわかった。

 建国が遅れたのは予想が出来ない禍人種に備えていたからだ。

 故にこの国そのものが堅牢な印象を受けるのは当然。可能な限りの防衛機構を備えているというのだから。


 少し意外だったのは、オロルが誰よりも臆病である事だった。


 いや、死を誰よりも正確に理解しているからこそ、こんな奇行に走ったのだろう。


 ――とりあえず、アーミラかガントールに連絡を入れてくれ。今日は一晩ここに居るよ。


「わかったのじゃあ……」


 不安のせいか、酒に悪酔いして、オロルはどこか幼児退行していた。





 水晶球を介してアーミラに連絡を入れる。

 オロルは酩酊状態のため、説明は全て俺が行った。


 ――……っつーわけで、今日は帰らないよ。


 俺はアーミラに告げる。


「わかりました……こちらは大丈夫ですので」


 ――あぁ、よろしく。


「それにしても、少し意外ですね。オロルがそんな風になるなんて……」


 ――俺もそう思う。多分、知識があるからこその悩みなんだろうな。


「そうかもですね。ガントールには私から伝えるので、気にしないで下さい」


 ――アーミラから伝えられるのか?


 人嫌いのアーミラが、成長したなあ。


「……できますけどっ」アーミラは頬を膨らませて睨む。


 ――じゃあ、任せた。うん。またな。


 アーミラは手を振って、水晶球から姿を消す。連絡は終わった。あとはオロルの方だ。

 昼御座に寝そべるオロルは難しい顔をしていた。


「ありがとうな……」


 しおらしくオロルは言う。子供のような態度に俺はどうにも慣れない。


 平和である事が、これほどまで不安だとは、誰が予想できただろうか。いや、気付いてやるべきだったのかもしれない。


 三女神の力を失っても、アーミラには俺が居るし、ガントールは戦闘に慣れている。オロルは呪術のみでこれからも前線に立たなければならない。

 それを汲み取ってやるべきだったのかもしれない。


 ――いいっていいって。確かに三女神の力が無いのに、前線に居続けるのは不安だよな。


「今であれば分かる。アーミラが禁忌を行ってでも助けを求めたのが……あの時は偉そうな事を言ったもんじゃ。まったく、情けない……」


 ――そんなに追い込まれるなって。今のオロルだって滅茶苦茶強いだろ? 前線の維持だけならなんの問題もねぇよ。


「そうかのぅ……」オロルは寝そべったまま酒壜に口を付ける。そして、起き上がって中庭の縁まで移動した。


 何か言いたそうな態度で俺の側に来ると、胡座をかいた。


「今だから、話せるのじゃがな……」


 ――……? なんだよ。


「実はわしは、生まれた時には刻印を持たなかったのじゃ」


 ――え?


「三女神の刻印は、本来ならば生まれた時にすでに刻まれておるものじゃ。知っておるな?

 ……わしは、出征する二(イバン)前まで、刻印を持ってはおらんかったのじゃ……」


 オロルは秘密を打ち明けるように、そう言った。


 しかし、そうか。


 ――てっきり三人に聞いたと思ってた……そうか。


「ん? なんじゃ」


 ――いや、オロルは今まで言えずにいたんだろうけど、大した秘密じゃないよ。それ。


「そんな訳あるまい!」オロルは眉を吊り上げる。「使命を果たした今だからこそ打ち明けられた、刻印を持たずに産まれたのはわしだけじゃぞ!?」


 俺は黙って首を振る。


 ――ううん。違うよ。……アーミラもガントールも、出征する二(イバン)前まで刻印を持ってなかったよ。


「……なっ、……なんじゃと……?」


 なんでも知っている風なオロルが、それ故に秘密を打ち明けるのを躊躇っていた。

 歴史を知っているからこそ、事を重大に受け止めて、打ち明けられなかったのだろう。


「ならば、この悩みは……」


 ――徒労だね。一人で悩む必要は無かったんだ。


「そんな……」


 オロルは刻印を持たずに生まれた。

 それを打ち明けられずにいたせいで、どこか自分をまがい物のように感じていたのだろう。

 そして、今になって不安は高まり、一人で悩み続けていた。


 もっと話し合うべきだったんだ。

 こんなにも簡単に不安は解せるのだから。





 オロルは己が内に隠し続けていた秘密。その悩みが一人だけのものでは無かった事に安堵した。

 歴史上の言い伝えとは異なる刻印の出現時期については引っかかる所があるが、オロルは幾分落ち着きを取り戻した。


「伝説というものは、歴史の中で尾ひれがつくものじゃ。おそらく先代の継承者も生まれた時には刻印を持ってはおらんかったのじゃろう」


 オロルは知識よりも事実を優先し、アーミラもガントールも同じならば言い伝えが間違っているのだと納得した。


 『伝説は歴史の中で尾ひれがつく』……それは往々にしてありふれた話だ。歴史を紐解く賢人種のオロルが言うのだから、説得力がある。


「今宵はこの宮に泊まるのじゃろう?」オロルは立ち上がる。「秘密を話したら安心したわい。少し喉が渇いた……付き合え」


 そう言って、オロルは返事を待たずに宮の奥に消える。そしてすぐに戻ってきた。

 手には新しい酒壜。


 ――付き合えって、まだ昼だぞ。


 蒸留酒で喉が潤う訳はない。俺は呆れる。


「この王宮には、わしのこだわりの蔵があるのじゃ。蒸留酒を集めながらこの王宮での生活を謳歌するためにのう」


 ――こだわったのそこかよ!?


「あたり前じゃ。わし等は使命を果たし、もう一生分働いた。あとは好きに生きるまでじゃ」


 ――はぁ。そうですか。本当好きだな……酒。


「当然じゃ。蒸留酒とは時間を飲む酒じゃ。わしは柱時計の継承者じゃぞ? まさにぴったりじゃ」


 ――時間を飲む?


 俺の疑問にオロルは頷く。微かに瞳に火が灯る。

 どうやら話は長くなるようだが、どうせ中庭からは出られない。大人しく聞き役に徹するとしよう。


「この世界に流通している酒は全て、一代目国家から作られておる。土壌環境や、水質、そして蒸留酒を寝かせる樽は、前線では手に入らん」


 俺は曖昧に頷く。


「その態度……わかっておらんな。お主はその鎧の体だからわからんじゃろうが、禍人種から勝ち取った領地は、酷く汚染しておるのじゃ。

 三(イバン)前、建国するよりも先に、わし等含めて多くの人が土地に祈祷を行ったのを、覚えているか?」


 ――あぁ。覚えてる。


 俺は思い出す。

 災禍の龍を討ち、前線を押し上げた後に行われた祈祷。

 魔呪術を扱う者たちが内地からも訪れ、数万人単位で土に祈りを捧げていた。


 ――あれは、戦死した人たちに向けていたんだろ?


「そうでもある」オロル酒壜を揺らし、空に透かした。そして続ける。「しかしそれだけではない」


 オロルの金色の瞳は酩酊の最中、開いた瞳孔のせいかとてもひたむきに俺を見つめた。


「あの祈祷を行わなければ、ここに人が生き続けることはできんよ。あれは戦死した魂への祈りと、土地浄化の二つを同時に行っておる」


 ――呪いがかけられてるのか? 土地浄化をしなければ死ぬって、どんな風にだよ。


「それはまぁ、先代の時に記されておる。歴史によると、『あらゆる生命は輪郭を歪ませ、果物も水も毒を持つ』……と記されておった。

 実際、その時を生きていた者達が語り継ぐ話も、文献も、同じように記されておる。お前は知らんじゃろうが、常識じゃ」


 ――そうなのか。嫌がらせみたいな呪いだな。……んで、何の話だっけ。


「酒じゃ」オロルは眉を吊り上げて俺を睨む。


 もっと真面目に話を聞けと、金色の瞳が語るが、瞳には力が無くとろりとしている。あの一瞬の視線は偶然だったのか。


「そも、蒸留酒というのは一つを作り出すのに酷く時間がかかる。者によっては五十(イバン)を超える……まあ、そんな上等な酒は、神殿にしかないじゃろうがな」


 ――へぇ。戦争をしてる割に、凝ったものを作るんだな。


「うむ。悠長なものじゃ。しかし健全とも言える。人は一生を一つ事に囚われてはいけないのじゃ。前線で繰り広げられる人の生き死にと、己を線引きして、忘我の果てに安息を見出す……悪いことではない」


 ――忘我の果てに安息を見出す……。


 オロルの言葉を俺は繰り返す。何となく他人事とは思えない言葉だ。


「そして内地は戦争と生活を切り離し、別の何かに傾注する。その一つが蒸留酒じゃな。飲んでもよし、寝かせてもよし。正に忘我の友。そして蒸留酒製造にかけた長い年月が、この琥珀色に溶けておる……どうじゃ? 浪漫ではないか」オロルは酩酊の意識で楽しそうに語る。


 長い年月が溶け込んだ琥珀色の液体。そして人はそれに酔い、一時の意識を遊離させる。

 なるほど。時間を飲む酒とはよく言ったものだ。


 ――浪漫か……それなりに理解できたよ。もし肉体があったなら、飲んでみたいもんだ。


「うむ。勿体無いのう。人生の全てを損しておる」


 ――全てかよ……


「全てじゃろう。常に覚醒し続ける魂。そのくせ肉体を持たず、アーミラを抱くことも出来ぬとは、想像もできん」わしなら気が狂う。と、オロルはとろけた瞳で俺を眺めていた。


 世界のために災禍を払った戦士が、称えられず、酒池肉林さえ叶わない。


 なるほど。オロルの言い分はごもっともだ。


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