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三女神の破壊活動 ―板金鎧に転生した男―  作者: 莞爾
Ⅳ章 三女神建国編
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束の間の暇❖1


  賢人は果てのない正気の沙汰の中にいた。

  精神は何人も踏み入れられぬ恩寵に護られ、

  あらゆる事象を俯瞰して世を語った。

  常に完成された人として振る舞い、

  彼女は完成された鉄――金人と喩えられた。


 あの日から、三年が過ぎた。


 禍人種と共に災禍の龍討伐を成し遂げ、かくして三女神ホーライ継承者たちは歴史に名を残す華々しい勝利を収めてから、三年。


 俺の活躍は英雄譚として語られることはなく、あくまで戦闘魔導具アルテマ・マギとして世に広く知れ渡り、その術者であるアーミラが賞賛された。

 俺はそれに不満があるわけもなく、異世界で生きるにはむしろ充分な待遇であり、人であることを公にしてしまうよりは都合が良かった。


『前線を押し上げたら、すぐに五代目を建国しましょう。

 そしたら、私とゆっくり過ごしませんか?』


 あの時の言葉。


 アーミラの約束は実現し、五代目国家は建国された。


 次女国家アウロラ。

 前線を維持する堅牢な砦こそ、アーミラと俺が生活を共にする邸だ。

 安息の地と言うには前線はあまりにも物騒ではあるが、災禍の龍討伐以降、大きな争いはなく、心休まる日常に身を置いている。


 まさに順風満帆。


「アキラさん。これからお昼にしましょう」アーミラが俺の元へ歩み寄り、手を取った。


 暖かな陽光が差す邸の前庭。

 アーミラは紗の白生地でできた衣服を纏い、穏やかに微笑む。

 前線で負った傷も、失った手足も全て再生されている。


 ――いつも言ってるだろう? 俺は飯はいらないって。座ってるだけじゃ暇なんだよ。


「ダメです。アキラは私の戦闘魔導具。常に傍にいてください……いつも言ってるんですけど」アーミラは悪戯好きな笑みを浮かべて俺の手を引く。


 ――……しょうがないな。


 なんて言いつつ、悪い気はしない。俺はアーミラに引かれるままに今日も昼を共にする。


 ――そういえば、今日じゃなかったか?


 「ん?」何のことですか。と目で尋ねる。口に頬張った鶏肉料理のせいで話せないのだ。咀嚼して飲み込むと、杯の水を口に含み飲み込んだ。


 ――忘れたのか? 姉妹国家チクタク。


「あぁ!」アーミラは思い出して声を上げた。


 三年の内に国土は拡大し、前線はさらに南方へ移動した。

 三女神の活躍により手に入れた新たな国土は、ガントール、アーミラ、オロルの三人が建国するには充分であり、既に各々を国王として王宮が建造されている。


 災禍の龍討伐の地はアーミラ。

 そこから西側に広がる地はガントール。

 そして反対、東側はオロル。


 それぞれの名を冠し、五代目姉妹国家は『リナルディ』『アウロラ』『チクタク』と名付けられた。


 まさに今日、チクタクの王宮が完成する予定なのだ。


「オロルはこだわりが強いから、さらに建造が遅れているかもしれませんよ」アーミラはフォークだけで鶏肉を一口大に器用に裂いて、付け合せの野菜と共に口に運ぶ。


 ――自分で作り上げた宮の中で迷子になってるかもしれないな。方向音痴なのが唯一の欠点だし。


 そんな冗談を言うとアーミラは口元を抑えて笑った。


「とりあえず、何かあればすぐに連絡が来るでしょう」アーミラは袖の内側から小さな魔導具を取り出した。


 それは遠方とのやりとりに用いられる魔導具で、国家間を繋ぐ水晶球だ。これにより、直接会わずとも会話が可能になる。


 ――まぁ、それもそうか。


 俺が頷くと、ちょうど部屋の扉が開いて、侍女が入ってきた。


「もし宜しければおかわりはいかがでしょうか」

 アーミラが昼餐ちゅうさんを摂る邸の一室で、侍女は浅く腰を屈めて言う。アーミラは俺に向かって小さく首を振る。充分だと伝えて欲しいようだ。


 ――……相変わらず人嫌いは変わらないな。

 俺は呟き、侍女に向き直る。

 ――ありがとう。大丈夫みたいだ。


「承知致しました」


 ――あ、水はいるんじゃないか? アーミラ。


 俺は空の杯を指差すとアーミラは恥じらいながら頷いた。


「では、水差し(カラフ)をお持ち致します」


 ――ありがとう。ナル。


「いえいえ」アウロラ邸の侍女は感情に乏しい愛想笑いで応えると、部屋を出る。


 ――……三(イバン)だぞ? この邸に住んでからはまだ日が浅いが、いい加減会話くらい出来るようにならないと。


「そういう事は全て戦闘魔導具(アキラ)に任せていますので」アーミラは目を逸らして言う。


 ――ギルスティケーからわざわざ来てくれたんだから、そうはいかないぞ。


 俺は卓に頬杖をついて前のめりにアーミラの顔に迫る。


 そうなのだ。ギルスティケー・セルレイの元に仕えていた侍女の一人、ナル本人がわざわざアーミラの邸に仕えることになった。今やこの邸の管理からアーミラの身の回りの世話まで全て行っている。


 何故この邸に来たのかと言われれば、俺には一つしか見当がつかない。


「おっ? 見つめ合ってお熱いねえ。お二人さん」


「ひっ!?」

 ――おわぁっ!?


 開かれたままの部屋の扉に背を預け、不意に話しかけてくるもう一人の従者。


「驚き方も似てきたか?」


 イクスは演技然とした態度で肩をすくませて首を振る。仮面によって表情は見えないが、声は笑っていた。


 ――イクス…驚かせるなよ。


「邪魔したか?」


 ――してない。


 俺は手を振って追い払う。イクスはやれやれとおどけて部屋を出て行った。茶々を入れるだけで、何の用事もなかったのか。


 ナルがこの邸に仕える理由は、きっとイクスについて行くためだ。


 そもそも事の始まりは、イクスがアウロラ邸に仕えたいと言いだしたことから始まった。

 ギルスティケー国王、セルレイも快く受け入れ、イクスを見送った……役職は従者。そして前線の討伐隊発足のための指揮全て。


 ナルはおそらく、イクスを慕っているのだろう。何の迷いもなく付いてくると、流れるようにアウロラ邸の侍女として住み着いた。


 セルレイは全てを悟ったらしく、ナルの行動を咎めることもせずに見送り、一方アーミラ側としても不都合はなく、生活が楽になるのならと受け入れた。


 そんな経緯があり、邸には二人の従者がいる。


 人嫌いのアーミラには、ナルとイクスは適役だ。顔を知っているし、以前ギルスティケーの宮で生活していた時から為人ひととなりも理解している。


「お待たせ致しました。水差し(カラフ)をお持ち致しました」


 ナルがイクスと入れ替わりに部屋に入って来ると、卓に水差しを置いて、一礼。


 ――ありがとう……イクスがさっき来ていたよ。


「……存じております」ナルは表情を崩さずにそう言うと、再び一礼して部屋を後にした。


 心持ち歩く速度が速い。

 おそらくその足でイクスのところへ向かったのだろう。顔には出さなくとも、見ていればわかる。


 ――可愛い奴だ。


 俺は卓に頬杖をついたまま、人の居なくなった廊下を眺める。


「え……」


 聞き捨てならないのはアーミラ。


「ナルの方が好きなんですか……!」アーミラは眉をつり上げて椅子から立ち上がると、俺の眼前に移動する。


 ――違う違う! ナルの、顔には出さないけど行動に出ちゃってる所が見ていて微笑ましいなぁ。ってことだよ。


「……なんだ。『可愛い』という言葉に要約せずに、最初からそう言って下さい」アーミラはすぐに平静を取り戻し、椅子に座る。


 ――あのなぁ……


 俺はそれ以上言葉を繋げる気力を失い、椅子の背もたれに身を預ける。





 天球儀は災禍の龍討伐戦の最中で失われ、三女神の刻印も建国以降、消滅している。


 沢山の思い出が驚異ヴンダー部屋カンマーの中にはあったが、今ではもう記憶の中にしか存在しない。悲しいことではあるが、それで良かったと思う。


 使命を果たしたという、何よりの証拠だから。


「む…オロルですかね」アーミラが袖から魔導具を取り出す。それは淡く光を放って、馴染みのある声で話し始めた。


「久しぶりだな、二人共……戦勝祝いの時以来か?」その声はガントール。水晶球の中にその姿が映し出される。


「…お久しぶりです。二(イバン)ぶりですね」と、アーミラ。「お変わりありませんね」


「あぁ! 相変わらず元気さ。…アーミラの方は、少し大人びたんじゃないか?」


「…そ、そうですか……?」アーミラは照れているのか、頬を赤らめて髪を弄ぶ。


「胸も大きくなってるな!」ガントールは爽やかに言ってのける。


「ちょっと!? ……もう」アーミラは頬を膨らませて胸を手で隠した。「何の用で連絡してきたんですか……」


「ごめんごめん。ほら、オロルから何の連絡もないから、二人は何か知ってるかなぁ、って」


 ――建国式典があるから、これ以上遅れると困るんだがな。


「そうそう。やっぱり二人にも連絡来てないのか……」ガントールは腕を組んで呟く。「直接見に行こうかな」


 ――いやいや、国王になって暇してるだろうけど、自分の国を留守にするのは……


「それはそうだが、前線である以上、心配だろ?」と、ガントール。


「自由が利く人なんて……」アーミラはそこまで言って、俺と目が合った。


 ――なんだ? 行ってこいってか?


「個人的には行かせたくはないですが……」アーミラは眉間に皺を寄せて悩んでいる。


 邸では常に傍に置きたがるほどのアーミラだ。しかし、オロルが心配なのも確か。国王として身動きが取れない以上、適任は俺しかいない。


 ――こっちから連絡は飛ばせないのか?


 俺は問う。

 水晶球で会話が可能ならば、わざわざ向かわなくても、それこそ連絡を待たずとも、こちらから送ればいい。


「それが出来ないんだ。無視しているのか壊れているのか、オロルはだんまりを決め込んでる」ガントールは頭を掻いて首を傾げている。


 それだけ怪しいと、確かに心配だ。

 あの日以降、前線に攻め込むのは弱々しい魔獣ばかり。まさか攻め込まれたなんてとても考えられないが……


 ――しょうがない。このまま連絡が来ないなら、明日オロルの王宮へ行くよ。


「行ってくれるか? 助かるよアキラ殿」


 俺はガントールの言葉に頷く。

 体力に限界のない板金鎧。使節や小間使いくらいはもう慣れている。

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