表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三女神の破壊活動 ―板金鎧に転生した男―  作者: 莞爾
Ⅰ章 異世界召喚編
4/131

板金鎧に宿るもの❖4


 ゆっくりと歩き回って、街の散策を終える。


 すっかり陽は沈んで夜になる。月明かりが眩しくて、空を見上げると、月がとても近くにあった。

 今までの世界との違いを感じ取ると、なんとも言い難い不安感に襲われて、俺は息を呑む。


 誰も月との距離に不信感を抱かない。この世界ではこの景色こそが正常なのだ。

 静かに空に浮かぶ月、恐ろしくもあり、なんとも美しいこと!


 空の景色を切り取るビルも無い。

 月光を霞ませる電気もない。この世界は未発達なのではない。きっと、無垢なのだ。


 俺はそう思い至ると心が弾んだ。今度は人の少ない方へ向かう。露店からは逆方向に伸びる大通りの果て、街の出入り口まで歩く。

 蝋燭の火のような柔らかい光を放つ鉱石が嵌め込まれた街灯が、規則正しく並ぶ灯の先に、門がある。

 その門の外は夜闇に覆われている。


 ――ここから先は街の外か。


 魔獣がいるかも知れないので、これ以上の散策は控える。明日からも退屈はしないだろう。


 驚異の部屋へ戻る。とっくに飯を食べ終えたアーミラが、書見台に向き合って本を読んでいた。


「あ、おかえり」鎧の音に気付いてアーミラが迎えてくれた。


 ――おう。ただいま。


「丁度良かった。アキラが出かけている間、私なりに失敗の原因を調べてみたんですけど」


 ――失敗、とは?


「魂の生成についてですが」


 ――へぇ、原因はわかったか?


「おそらく、わかりました。アキラさん。これを」アーミラは書見台の本の隣に置いていた物を俺に手渡してきた。


「詳しいことはわかりませんが、驚異の部屋に保管されていた石の一つです。先代の三女神、天球儀の継承者が書き記した情報と照らし合わせると、その昔、異世界の門を通してこちらにきた石のようです」


 ――異世界からの石、ねぇ……。つまり、俺がいた世界にあった石の可能性があるのか。


 アーミラから渡されたその石を見つめる。灰色の粒子が凝固した一つの塊。俺から見れば馴染みのあるもの。


 ――コンクリートだ、これ。


「コンクリィト? その石の名前ですか? この世界では存在しない石なのですけど、その様子だと、アキラの世界のもので間違いはないのですか?」


 ――多分、コンクリートで間違いないけど、こんなの、この世界でもありそうな感じだが、何が違うんだよ?


「それは、唯一の特徴があるんです。」アーミラはコンクリートを手にとって、床に置く。「いいですか? ……浮かべ!」


 アーミラはコンクリートに命令する。当然、浮かぶわけはない。


「……と、いうわけなんですが」


 ――はぁ?


「ひっ!?」


 おっと、いけない。高圧的な態度は苦手なのだ、アーミラには優しくしなければ。


 ――すまんすまん、でも普通ならコンクリートは飛ばないもんだろ。


「それが違うんですよ! いいですか……」アーミラは驚異の部屋の二階へ上がり、すぐに数々の鉱石を抱えて戻ってきた。「これは、この世界に存在する鉱石のコレクションです」


 それらをごとりと床に置くと、それだけに留まらず、外に出て街から小石を一つ持ってきた。玉石混淆ぎょくせきこんこう、その前でアーミラは俺に視線を送る。


 なるほど、やりたいことがわかってきたぞ。


「いきますよ。……汝ら、浮かべ!」


 アーミラの命令に、石は()()()()()()全て宙に浮遊する。そして、アーミラの手のひらの動きに合わせて横に移動し、床にゆっくりと着地する。


 元の場所に取り残された石が一つ。


「これなら、分かりますね?」


 ――あぁ、わかった。…異世界の石は『魔法が効かない』んだな。


 アーミラは頷く。


「この世界の物質は全て魔法に対して影響を受けます。生き物であれば呪術の影響を受けます。

 だからこそ、このコンクリィトは驚異の部屋に保管されていました。現存する唯一の魔呪術無効アンチ・マギカの石です」


 俺のいた世界では当たり前だったその能力が、この世界では唯一無二。コンクリートの欠片が驚異の部屋のコレクションになるのか。


 ――それで? 俺がこの世界に、鎧になった理由は?


「はい…。実は、魂の生成は禁忌の魔法なので、一人で試行錯誤を繰り返すしかなくて、…その、つい、この石の事をよく知らずに、魂の生成の材料として使ってしまったのですけど…」


 ――へぇー。


「……それが、原因かなって、思うんですけど………」


 うん。それだな。


 ――この……アホがぁぁぁっ!!


「ひぃぃぃいいい!? ごめんなさい!! ごめんなさい!!」


 異世界の物を材料にして禁忌の魔法!

 俺は、怒っていいと思うんですけど!!





 一夜明けて、朝が来た。


 俺は予測されていた通り、睡魔とは無縁で、ずっと朝を待っていた。

 アーミラはといえば、昨夜の一件からずっと落ち込んで、愚図りながら毛布に潜っていた。よく眠れた…わけがなく、泣き腫らした瞼が赤く、隈ができている。酷い顔だ。旅立ちの日なのに。


 ――なぁ、もう怒ってないから、機嫌なおしてくれよ?


「う、ぐじゅ…。お、怒ってないですかぁ…? 本当に、う、ん…、ごべ、なざいぃ……」


 ――あーもー、そんな泣くなよ。顔洗ってさ、これから一緒に旅に出るんだから、な?


「うん、う、ずびっ…わがったぁ……」


 アーミラはそのまま一階の奥……おそらく顔を洗いに行った。

 寝てないな。あれは。

 号泣じゃねぇか。

 俺は痛まないはずの頭を抑える。


 数分後、アーミラは顔を洗い終わって戻ってくる。

 とりあえず、泣き止んではくれたらしい。


 ――よし、次は着替えてきなさい。それ寝巻きだろ?


「うん。…もう怒ってない?」アーミラはもう一度確認する。鎧になった俺の方が背が高いため、自然、上目使いだ。


 ――怒ってない怒ってない。俺は引きずらないタイプだからな。


「よかったです。一時はどうなるかと思ったんですが、なんとかなるかも」


 えへへ。と、アーミラは笑う。ころころと表情が変わるのが可愛い。

 着替えのために今度は二階に上がって行った。


 とりあえず旅に出るのだが、俺にはまだまだわからないことだらけだ。

 例えば、アーミラの親は居ないのか?とか。神殿はどこだろう?とか。他の三女神はどんな奴だろう?とか。

 自分の事で手一杯なはずなのに、流されるまま旅に同行する。未だに現実味がない。


「さて、行きますよ」


 ――ん? おぉ、行こう。


 アーミラの声に思考を中断して、顔を上げる。旅の正装なのか、纏う服は魔女というよりは高僧の法衣のようだ。全体の色調は青系で統一されている。

 頭部は大仰な頭巾で覆われ、藍鉄色の髪も前に流して両肩に垂らし、胸元で一つに束ねている。

 アーミラは息を整え、扉の前で俺に告げる。


「…では、神殿に向かいます」


 驚異の部屋の扉を開けて、外へ出る。光に目を焼かれないように手のひらで庇う。慣れたものだ。


 天球儀の杖を軽々と持ち上げて、アーミラはそれを宝物のように両手で抱いて歩く。人目に触れたくないようで、俺の陰に隠れるようにして街を歩く。


 ――ここでアーミラが育ったのか?


「まぁ、そうですね。滅多に関わりはありませんが、……捨て子だったんですよ。私」


 ――拾われたのか。


「えぇ、魔術を教えてくれた師匠に。もう二(イバン)も前に亡くなりました。」


 昨夜の歩いた大通りを、山に向かう方へ歩き始めるアーミラ。俺は後ろから付いて行く。


「師匠に拾われた時は一緒に旅をしていたんですけど、老衰で動けなくなり、最期はこの街でひっそりと過ごしました。

 ……別に、街の人たちは良い人だと思いますよ。ただ、旅人が根をおろすこと自体、警戒するのは当然ですし、私も、人と話すのは苦手なので」


 ――じゃあ、たまたまここで暮らしていたのか。


「そうですね。橋の下とか、空き家で逞しく暮らしたものです」


 ――そんなことが? アーミラが逞しく生きる姿が想像できないな。


「えへへ」


 その後も歩きながら、『あの露店で働いたことがある』とか、『あそこの橋の下で過ごしました』とか、思い出を辿るように街を歩く。


 時折、街の人たちに話しかけられては激励の言葉を貰い、アーミラはおどおどとしながらも手を振って応えた。


 皆口々に言うのは『希望』という言葉だ。それは、三女神の刻印を指しているのだろう。


 ――刻印って、産まれた時からあったんだろ? そんな大切な使命を持って産まれたお前が、なんで捨てられたんだろうな。


「あぁ、いえ。私は産まれた時には三女神の刻印は無かったんです。もちろん杖もありません」


 ――どういうことだ?


「私にも、わかりません。師匠が亡くなって、その年の誕生日に胸が……火傷のように熱く痛んで、三女神の刻印が現れたんです。その後、神族の使いの者が浮遊する天球儀の杖と共に私の前に現れて、神殿に来なさいと…」


 ――ふむ。


 生まれた時からあるはずの刻印が、今更になって現れた……故にアーミラは戦う術を知らず、頼る人もおらず、禁忌である魂の生成を行ったわけか。


 ――よくわかんないけど、アーミラもいろいろと大変だったんだな。


 俺はアーミラの半生を聞いて、それ以外に言える言葉は無かった。大変な思いをして生きてきて、これからは使命のために生きることになる。

 異世界に来た俺が、アーミラの助けになれたら良いのだが。


「……でも、アキラにはご迷惑をかけてしまいました。……あ、そう言えば、伝え忘れていました。

 魂の生成は禁忌だと、昨日伝えましたが、アキラの正体もまた、他の人たちには秘密でお願いします。異世界の話しなんて信じて貰えないですし、禁忌を破った事を知られてしまうので」


 ――もしそうなったらどうなるんだ? 禁忌への罰って何がある?


「……禁忌を行ったものは厳しく処罰されますね。首を刎ねられる事もあるみたいですよ。……まず生成された命は神殿が処理するでしょう? 私はきっと、三女神の使命を果たすまでは生かされますが……」


 ――使命を果たしたその後は讃えられることもなく死ぬ。か、……怖い怖い。


 俺は強がっておどけてみせるが、内心は穏やかではない。


「では、このまま山沿いの街を抜けて、少し魔獣と戦ってみましょう」


 ――もし俺が、魔獣を倒せない時は?


「私は戦えないので、その時は逃げますけど?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ