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それは、圧倒的な力❖3


 空から見たラーンマクは、あたり一帯が炉となり、火の海と化していた。


 燃え盛る炎を掻い潜り、板金龍となった俺はリナルディ邸にスークレイを運んだ。


 ――スァロ爺!!


 俺は叫ぶ。リナルディ邸は無事だった。扉の前に荷を抱えた賢人種の老人を見つける……スァロ爺だ。


「なっ!? なんじゃ……龍ではないか!!」


 ――俺だ! アキラだ。体を修理して貰ってる戦闘魔導具の……


「三女神の戦闘魔導具とな? 元の鎧はどうした!?」


 ――悪いがそれどころじゃねえ……スークレイが瀕死なんだ。


 俺は驚いて事態を把握できていないスァロ爺にスークレイを預ける。


「なんと、まあ……スークレイお嬢! 酷い傷じゃ……やられたのか?」


 ――槍がまだ体の中に……治せないか……?


「腐っても賢人種……治癒術式を試してはみるが、魔石を一つ分けてくれ。その体に嵌め込まれている物ならなんでもよい」


 ――わかった……!


 俺は前脚に備えられた爪で自分の体を掻き、乱暴に魔石を取り外した。


 ――これでいいか?


「問題ない。あとは善処してみるが、一刻も早く前線を押し上げてくれ……!」


 スァロ爺の言葉に頷き、俺は飛翔する。龍の巨躯を操り、空高く飛ぶと、下に蠢く敵を見る。


 殺してやる。

 魔獣も、

 禍人種も、

 一匹残らず。


 敵だ。

 俺の敵だ。

 憎い敵だ。


 俺は翼を用いて大気を叩くと、上空から地を目掛けて急降下する。


 ――殺す。


 俺は静かに魔獣に向かって突進する。ギルスティケーでは苦戦した象のような魔獣を、俺は大剣のような角で貫き、両手の爪で左右に裂いた。

 板金龍の体は迸る返り血を浴びて暴れ回る。

 二つに裂いた屍を禍人種に向かって投擲すると、禍人種は押し潰されて朱く弾けた。


 ――殺す。


 破壊された炉から溢れる熱した鉄さえも気にせず、街を馳け廻る。溶解した鉄を纏い、煌々と燃える爪は魔獣を灼いた。

 視界に捉えた禍人種を角で突き刺すと、赤熱した鉄に肌を焼かれて絶叫した。俺は無感情に振り払い、逃げ惑う禍人種を見つけては前脚で踏み潰した。


 ――殺す。


 気付けば全身が返り血で滑る。

 翼を広げて飛翔し、身をくねらせて血を払うと、硬化した鉄が剥離して街に落ちる。

 地上では恐怖を顔を凍りつかせた禍人種が俺を見上げる。


 ……すぐに殺してやるから、待っていろよ。


 怒号。叫び。悲鳴。

 いつしかあたりには誰もいなくなり、後退していた前線は再び押し上げられたのだと知る。


 ――一人で、何人殺した……?


 ふと、我に帰る。


 泥濘ぬかるむ地面に目を向けると、ひしゃげた敵の四肢と赤い水溜りに掌を浸していた。


 俺はおそるおそる腕をどけると、鎧に肉片がこびり付き、血が滴る。原型を留めていない死体。砕けた頭骨からは脳漿が溢れる。


 ――う……わ……


 呆然と両の前脚を見つめる。爪の内側の奥まった部分に剥がれた頭皮と頭髪が絡まり、気持ちが悪い。

 咄嗟に地面に擦りつけて、首を振ると、長い龍の頭は大きく横に薙いだ。

 そしてやっと、己が龍の体であることを認識する。


 ――そうだ、板金龍に核を移して……こんな、こんなことに。


 前線は確かに持ち直した。しかし、街を破壊し、暴れまわり、何をしてるんだ。


 ――スークレイ……


 あの時、スークレイだけは助け出したことを思い出す。俺は静かに翼を広げ、リナルディ邸に戻った。





 リナルディ邸に引き返すと、未だスァロ爺が治癒術式を施していた。


 床に横たわるスークレイは生気がなく、胸に埋め込まれた槍は取り出せてはいない。内出血は酷く、赤紫の痣が胸部全体に広がっている。


 ――……ダメ、なのか……?


 俺は翼を畳み、スァロ爺に尋ねる。

 スァロ爺は難しい顔をして答える。


「わしだけでは埋め込まれた槍を抜くことができぬ。夜までこのまま凌ぎ続けるしか……」


 ――夜まで……アーミラ達が帰ってくるまでか?


 禍人種との戦いが終わる日の入りまで、スークレイは治癒術式をかけ続けて延命を図る。


「しかし、今日の奇襲は一線を超えておる……前線という意味でも、戦略という意味でも、禍人共もなりふり構ってはおらんように思うのじゃ……」正気の沙汰とは思えない。スァロ爺は続ける「もし、夜まで侵攻をやめなかった場合は、いよいよ…覚悟せねばなるまい」


 それは、嫌だ。

 なら、俺に出来ることは何だ。


 ――助けを呼んでくるよ。


「三女神の魔女か? しかし、それでは前線が再び後退してしまう」


 スァロ爺の言葉に首を振る。前線は後退させない。


 ――俺が維持してみせる。


「……『我らの希望』」


 ――え?


「三女神を指す言葉じゃ。本来龍に向けて言うべき言葉ではないが、お主は今、希望じゃよ……頼む」


 俺はスァロ爺の目を見つめ、黙って頷く。


 一刻も早くアーミラかオロルを呼び戻す。二人のどちらかならば、治癒術式を扱えるだろう。焦眉の急、スークレイを助けてもらわなければならない。前線に空いた穴は俺が維持してみせる。


 使命を果たすために、俺は再び飛翔した。





 剣のような翼を広げ、前線へ飛翔する。

 立ちはだかる魔獣を切り裂き、突き殺し、矢のように空を駆ける。


 前方に巨大な機巧を見る。あれが戦闘魔導具か。

 それは大きな車輪によって移動する無人の魔導具。光弾を撃ち、大剣を振り回すことで魔獣を討伐する。また、堅牢な盾を展開することで簡易的な拠点としても活躍していた。


 その中でも一つ、異質な蜘蛛が戦場を闊歩する。


 全長は板金龍の体と同じ程度、左右に四本ずつの脚を備え、敵を蹴散らす。時間の流れを操っているのか、行動を封じられた敵を一方的に踏み潰す様はまるで盤上の一人遊び。

 中央部には時計の文字盤。その下、振り子のようにぶら下がり、光弾を放ち戦うのはオロルの姿。


 ――オロル!


「……む? 鎧の、龍……まさかアキラか?」オロルは言いながらも掌をこちらに向ける。光弾を撃つべきか警戒しているようだ。


 ――そうだ、アキラだ。訳あってこんな姿だが。それより、治癒術式は使えるか?


「治癒術式はアーミラの方が腕が立つじゃろう。アーミラなら恐らくは東、途中でガントールが前線中央を守っておるじゃろうから、聞いてみると良い」


 ――三人一緒じゃないのか?


「阿呆。前線はラーンマク南方、国境全土に及ぶ、さらに言えばデレシスとアルクトィスもじゃ。三女神が一箇所に固まって何になる」


 ――別にアーミラじゃなくてもいい。スークレイが死にそうなんだ……胸に槍が刺さって、助けを求めてる。


「槍か、心臓をやられたか?」オロルは腕を組み、拳に顎を乗せる。その間も柱時計の戦闘魔導具は別の生き物のように律動し敵を蹴散らす。


 ――心臓を掠めてるかも知れない。無理矢理止血して、スァロ爺に治癒術式を頼んだが、一人では足りないんだ……


「ふむ。わかった」オロルは頷く。「時間がないのじゃろう? 代わりにここを頼んだぞ」


 そう言ってオロルは攻撃の手を止め、リナルディ邸に向かい八本脚を走らせる。





 三女神の一人が受け持つ前線の範囲がどこまでを指すのかは、俺にはわからない。


 地続きの禍人種領からとめどなく湧き出る魔獣を屠り、逃げ惑う禍人種を踏み潰す。

 しかし、日が傾き、西方の地平に沈み始めた今も、禍人種は攻撃の手を止めることはない。


 ――嫌な、予感がする。


 三女神が前線に介入して一(エシル)。ここに来て前線が押されるなんて想定外だ。今日の奇襲は正気の沙汰とは思えない……スァロ爺も言っていた。


 ただ維持しているだけでは、撤退には至らない?


 ならば、どうしたら。


 本当のことを言えば、答えは頭に浮かんでいた。徹底的に前線を押し上げることで、敵の侵攻は止まるかも知れない。しかし、それ以上に気になるのは皆の安否だ。


 そもそも、奇襲を許した前線はどこだ?


 オロルの態度はラーンマクが奇襲されたことを知らないようだった。ならばガントールかと言えば、前線に生まれ育った戦士だ。それは想像できない。

 実践の経験値で言うのなら、アーミラの維持していた前線が突破されたと見るのが当然。


 維持が困難な程の何かがあったとすれば、アーミラ自身も無事ではない。


 そう思い至ると、居ても立っても居られない。

 今ならオロルの維持していた前線はずいぶんと敵の侵攻が弱まっている。しばらくは戦闘魔導具と戦士共に任せ、俺は東の空へ向かって移動した。





 ガントールはくるぶしまで浸かる血の海にいた。


 この前線中央でガントールは、奇襲を行う敵の勢力全てを斬り伏せたのだ。

 気を許せば一瞬で殺されかねないその殺気に、仲間であるラーンマクの戦士さえガントールには近付けない。


 空を飛翔していた俺に気付くと、ガントールが飛び掛かる。その手に構えた斬首剣が西日を反射し煌いた。


 ――まずい……!


 俺は呟き、咄嗟に上体を反らして紙一重で首を避ける。斬首から始まるガントールの剣閃は空を裂き、流れるように二撃目に移行する。


 ――待てガントール!!


 俺は叫ぶ。


 ――俺だ、アキラだ!


「は……? アキラ、殿?」ガントールは手を止める。先程までの殺気に満ちた視線は丸くなり、俺の前脚に着地する。「その姿はどうした?」


 ――後で話すよ。それより、スークレイがやられたんだ。今はオロルとスァロ爺が治癒術式を行ってるけど……どうなるかわからない。


「な……!?」ガントールは驚きを隠せない。「前線に穴が空いたのか?」


 ――それを調べてる。もしかしたら、アーミラがやられたのかもしれない……


「まさか」ガントールは信じられないと首を振る。


 ――とにかく、禍人種の侵攻が一段と激しい。スークレイを助けるためにも、夜まで長引かせたくないんだ。


「わ、わかった……アキラ殿」ガントールの目付きは鋭くなり、斬首剣を握り直す。「侵攻不可能なほどの痛手を負わせる必要があるんだな。任せてくれ」


 ――あぁ、頼む。……俺はアーミラの様子を見てくる。


 互いに視線を交わらせ頷きを返すと、ガントールは俺の脚から前線に降下する。


 下には有象無象の魔獣共がひしめき、侵攻の手を緩めない。恐らくはオロルの維持していた前線も長く留守にしてはおけない……急ぎアーミラの無事を確認しなければ。





 東の空は闇に染まり、みかづきが細く輝く。


 星々の光は地上には届かず、前線の戦火にかき消される。

 未だ退かない前線を維持するため、アーミラは光の矢を放ち、戦っていた。


 戦場の真ん中で。


 ――なに……やってんだ……!


 俺は顎門あぎとを噛み締めて声を漏らす。


 後方からの支援魔法こそ、三女神の中で最大戦力とされるアーミラだが、なぜ前に出て禍人種に囲まれているんだ!


 俺は高度を落としアーミラの元へ駆ける。

 案の定苦戦を強いられているらしく、傷だらけだ。その苦悶の表情で戦況を変えようと奮闘するが背後には凶刃が迫っている。


 ――アーミラッ!!


 俺は叫び、手を伸ばす。

 スークレイの時のようにはさせない。


 凶刃がアーミラに届く前に、俺の前脚の爪がぞぶりと禍人種の脇腹を裂いた。

 大きく肉を穿たれて禍人は地に転がった。俺はアーミラを守るようにとぐろを巻いて、魔獣も禍人共も全てを屠る。


 大剣のような額の角で突き殺し、翼を広げて叩き斬る。


 アーミラは嵐の中で状況が理解できず、ただ呆然と立ち尽くす。遠巻きにいるラーンマクの戦士さえも息を飲み、板金龍が敵か味方か静かに見定めていた。


 気の触れた龍として映るかも知れない。しかし俺は理性的で、この体を操りながら、使命を果たしている。


 俺が、護る。

 これはそのための力だ。

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