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それは、圧倒的な力❖2


 リナルディ邸で過ごす事一(エシル)


 スァロ爺によって日に日に俺の体は五体満足へ近付いていく。残すところは禍人種に切り裂かれた首と、損傷と傷の激しい両腕だ。


「少なくとも歩き回る事は出来るな」ガントールは俺の背中を叩く。「調子はどうだ? アキラ殿」


 ――もうすっかり問題ないよ。


 朝、三女神が前線へ向かう三女神を見送る。


 ――今日明日には俺も一緒に行けるだろ。


「だな。じゃあ、行ってくる」ガントールはそう言うと、ちらりと俺の横に立つスークレイに視線を飛ばして邸を出る。その後にオロルが眠そうな顔でついて歩く。


「行ってきます」アーミラが言う。


 ――あぁ、気を付けてな。


 もう何度も繰り返した見送りの挨拶を交わす。


 遠くなる三人の背中を眺めていると、スークレイは外出の提案をしてきた。


「少し、ついてきて欲しいところがあるのだけれど」


 ――珍しいな。どこに行くんだ?


「国王のところ。ラーンマク石窟宮殿よ。ボロ鎧の時には気づかなかったけれど、今の貴方にとても似ている鎧が保管されているわ」





 スァロ爺によって黒鉄色の板金鎧は修復され、白金の輝きを取り戻した。


 四代目の三女神が建国し、その血を継ぐ国王が住むラーンマク石窟宮殿には、俺と似た鎧があるという。

 リナルディ・スークレイは俺を連れて悠然と石窟宮殿の門を潜る。


 ――顔と名前だけで中に入れるなんて、流石はお嬢様だな。


「貴方の方こそ、意外とすんなり中へ入れたわね。近衛兵に捕まればよろしかったのに」


 門を警備する近衛兵は、首と両腕の欠落した鎧を意外にもあっさり受け入れた。神殿で行われた審問により、俺がアーミラの戦闘魔導具である事は事前に把握しているという。あの時の苦労がここに来て功を奏した。


「私は少し国王の元へ行きますわ」貴方はそこで待っていなさいな。とスークレイに言われて数分、石窟宮殿の玄関広場を目的もなく歩き回る。


 理路整然と立ち並ぶ板金鎧が円形の玄関広場の壁伝いに並び、視線は中央に集まる。


 古ぼけた鎧はその歳月を無言の内に語り、静かに眠り続ける。しかし、この鎧は俺と同じとは思えない。とても簡素な造りだ。


 俺は歩を進めて地下へ伸びる階段を降りていく。立ち並ぶ板金鎧たち一つ一つを観察しながら、導かれるように下へ降りていくと巨大な龍と対峙する。


 雄々しく歯を剥いて俺を睨み、静止する龍の鎧。


 ――板金の……龍……?


 俺はその存在感に目を奪われ、自然と体を強張らせた。


 この地下の広い空間は、この板金の龍のためにある。そして一目見て理解する。スークレイの言っていた鎧はこいつで間違いない。


 俺と同じ意匠、板金は未だ衰えぬ光沢を放ち、地金には緋緋色金が使用されていると推測できる。


 前脚は力強く床を掴み、後脚は駆け出す機会を息を潜めて待っている。背に生えた雄雄しい翼は冴え冴えとした刃の羽根だ。全長はおよそ五〇メートルほどで、大剣のような角を生やした頭の先から尾の先まで、躍動感のある動きを切り取って静止している。

 双眸には暗い穴。その奥に潜む闇は色濃い。


「人が身に纏うことを拒む存在感。これそのものが芸術品ですのよ」


 ――スークレイ。


 いつの間にか背後に立つスークレイに振り向く。勝手に歩き回ったことに皮肉の一つでも浴びせられるかと思ったが、そんな俺の予想とは裏腹に、スークレイは話を続ける。


「スァロ爺が修復した板金龍。貴方ととても似ているわ……まるで、本来は二つで一つの作品だったみたいに」スークレイは扇で口元を隠し、冷たい視線で俺と龍を見比べる。


 ――龍騎士みたいなやつが、歴史上には居なかったのか?


「おりませんわよ。名を馳せた戦士は少なからずおりますが、龍に乗るなんて馬鹿げた話よ。初めてこれを見たときも、不思議に思ったものですわ」


 ――そんなに不思議か? 蜥蜴の幌車だってあるし、歴史の伝説が誇張されてる可能性とか……


「ありませんわ」スークレイはきっぱりと言う。「伝説と呼べるものは三女神ホーライ以外ありません。それに、龍というのは禍人種の力の象徴。龍騎士を作るなんて、本来ならば悪趣味よ」


 ――そうなのか。


 龍は禍人種の力の象徴。


 ならば何故、貴重な緋緋色金を用いてまで、板金龍は制作されたのか。


「私が思うに、この地下の空間は板金龍を封印しているという意味合いなのかもしれないわ。

 もし、貴方の体も合わせて、二つで一つの作品なのなら、『龍を討伐する騎士』という構図が成り立つわね」


 スークレイは板金龍の背後に回ってその巨躯を見上げる。


「文献も何もない以上は、すべて憶測の域を超えられませんけれど」


 なるほど。

 地下に展示されているのは封印を意味しているという憶測は、信憑性がある。


 石窟宮殿に展示されている数体の鎧も、封印された龍を見張っているという暗喩なのだろうか。


 ――調べようにも手掛かりがないのか……


 俺はスークレイに倣って板金龍を見上げる。過去を記す文献……?


 ある……あるじゃないか!


 ――驚異ヴンダー部屋カンマー……!


「ヴンダー……? いきなりどうしたのよ?」スークレイは怪訝な顔をして俺を睨む。


 ――もしかしたら、アーミラが……


「待ちなさい」


 興奮して説明をしようとした俺の言葉を制して、スークレイは上を見上げる。

 視線は板金龍ではなく天井。その表情は険しい。


 ――どうした?


「……揺れているわ」


 スークレイは手を皿にして胸の前に出す。まるで雨が降っているか確かめるみたいに。

 そこに小さな砂埃が落ちて来た。それはスークレイの掌だけでなく、俺の肩に、板金龍の背中に落ちる。地面が揺れている……


 ――何が、起きてるんだ? 地震か?


「寝ぼけているの? 前線が押されているのよ……!」スークレイは鬼気迫る表情で階段を上り、石窟宮殿の外へ出る。





 外は至るところで黒煙が上がり、朝にアーミラ達を見送った景色から一変、赤く燃えていた。鍛冶屋の炉を破壊され、溶けた鉄が地面を焦がす。


 逃げ惑う人々。

 馳け廻る近衛兵。

 そして飛来する魔獣と禍人種の姿。


 阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


 ――なんで……!?


「地下にいたから気付くのが遅れたのよ……いえ、それでなくても奇襲……! そうだわ……スァロ爺様が……!!」


 スークレイは誰に言うともなく呟いて、不用意に走り出し、立ち込める黒煙を吸い込んで咳き込む。

 そして石窟宮殿に槍の雨が降る。



 地を鳴らす揺れの正体は空から降り注ぐ槍だった。その一つが今まさにスークレイに迫っている!


 ――スークレイ!!!


 俺は咄嗟に駆け出し、槍に向かって飛び込み手を伸ば……せない。


 俺にはまだ、腕が無い。


 嘘、だろ……。


 一瞬の時間が引き延ばされて、俺はその中ではっきりと見てしまう。


 目の前で禍人種の槍に胸を貫かれるスークレイ。赤紫のドレスを切り裂き、肋骨を砕き、背中に貫通する。


 ――スークレイ……!!


 ゆっくりと後ろに倒れるスークレイの顔が痛みに歪む。


 俺と目が会う。

 助けられなかった。

 助けられなかった!


 俺は全てを見届けた後、無様に地面に転がる。両手がない俺の体は、どれだけ蠢いても立ち上がることはできず、這い回るようにしてスークレイの元へ移動する。


 ――スークレイ! 大丈夫か!?


「……そんな、風に……見えるかしら……ッ! かはっ」


 スークレイは咳き込み、口から血を噴き出す。瞳に力が無く、地面には大量の血液が池を作る。


 ――すまない……ど、どうすれば、ごめん、ごめん! ……死なないでくれ……


 俺は震える声でスークレイに謝る事しかできない。


「……多少の…治癒、術式くらい…心得ておりますわよ……うっ、ぐぅううう……っ!」


 スークレイは激痛に呻きながら、魔術を使用して胸を貫く槍を切り落とし、そのまま術式を発動させて止血した。胸には槍が埋め込まれたまま、皮膚を伸ばして覆い、赤黒く痣が残る。


「はぁ……はぁ……っ、宮…殿の、地下へ……ごぷっ」


 無理矢理立ち上がるスークレイは口から一塊の血を吐き出し、地面にぶち撒ける。明らかに致死量。

 スークレイはそれを一時、愕然と見つめると、すぐに石窟宮殿へ向かった。


 死を悟った顔をして、それでも歩みを止めないスークレイに、俺は叫ぶ。


 ――動くなよ! 頼む、無理だ。そんなことをしたら死んじまう……!


 俺は地面に這いつくばってスークレイの後を追う。スークレイの縺れる足、虚ろな瞳、とてもじゃないがこれ以上動き回ってはいけない。死んでしまう。


「……ここに、いたって、死ぬわよ……」スークレイは石窟宮殿の壁に寄りかかり、重い体を引きずって、地下の板金龍が眠る空間まで歩く。俺は階段を転げ落ちるようにして板金龍の下まで移動する。


 ――わかったよ……ここでいい。スークレイはもう動かないでくれ。


 地下の空間は頑丈な作りで、スークレイの判断は間違っていない。避難するには最適な場所だ。あとは安静にしていれば、助かるかもしれない。


 しかし、スークレイは首を振る。


「駄目よ」


 ――何が…駄目だよ!? ここで助けを待とう!!


「腑抜けたことを、言うんじゃないわよ……」スークレイは咳き込み、泡立った血を吐く。顔色は白くなり、呼吸も荒い。「……ふざけるんじゃないわ」


 覚束無い足取りで俺の上に乗り、首元を掴む。痛みと怒りに歪む顔で俺を睨む。意識が混乱しているのか……!?


 いや、違う。

 スークレイは爪を立てて、俺の核を外そうとしている!


 ――何、してるんだよ!? もう動くな! 死んじまうぞ!!


「死んだって……っ! 構わないわ……」スークレイは尋常ではない痛みに耐えながら、首鎧に嵌め込まれた核を掻き出そうと苦闘する。


 隙間に差し込んだ爪は割れて、指先は血で滑る。


「ガントール姉様や……スァロ爺様……。もう死んでしまったお父様にお母さ……っ」スークレイは吐血し、俺の鎧にかかる。「ここで死んでも、構わない……。使命を果たせたのなら、それは生き抜いたと同義よ」


 ――スークレイ……


 俺は言葉を失う。


 『使命を果たせなのなら、生き抜いたと同義』……その言葉が俺の中で留まり続ける。


 俺は、何をしているんだ……?

 スークレイを守れず、怯え、地下に隠れて床に寝転んでいるなんて。


 使命を果たせ。

 約束を守れ。

 覚悟を決めろ。


 戦え!

 戦え!!

 戦え!!!


 俺は流れるはずのない血液が滾るのを感じる。


 胸が熱い。


 板金鎧が燐光を放ち、緋緋色金がとろりと形を変えて、板金龍へ向かい、枝を伸ばす。

 その枝は板金龍へ伸びてゆく。


「……そう、よ……」スークレイはかすれゆく意識の中、呟く。「戦って……」


 首鎧の緋緋色金が板金龍の額と結合し、俺の核が埋め込まれた。


 願いが通じた……?

 奇跡が起きた……?

 なんだって構わない。


 俺は前脚でスークレイを優しく掻き抱くと、狭い石窟宮殿の階段を砕きながら駆け上り、外へ出た。


 そのまま両翼を広げて飛翔する……


 目指すはリナルディ邸、そこにスァロ爺がいると信じて空を駆ける。

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